流し人形

白河よぞら

第4話 祭りの準備Ⅲ

 5月9日
 日付が変わった次の日。俺たちは、祭りの設営を手伝うために自治会の集会所へと向かった。人形流しの本番に使われる人形は、まずじいちゃんの作業場で作られてからこの集会所へと集められる。
 人形流しに使われる人形は、じいちゃんとその他の住人の5人ほどで作られる。5人が作業を行う作業場は、この集会所からそれほど遠くない町が管理している作業場で、掘っ立て小屋のようなものが5つ建っており、各々そこに入って作業を行う。
 人形流しに使われる人形は「神聖な人形」であるため、完成した人形は箱に収められてからこの集会所へと集められ、丁重に保管される。

「なるほど。この伝統的なお祭りは、かなり昔からやっていると聞きましたが」

 この町の町長が、他の市からやってきたマスコミの質問に嬉々として答えていた。どこに行ってもそうだが、田舎町というのは人口減少が激しい。実家の農家を継ぐくらいしかないため、まともな働き口を求めて若い人たちは都会へと出て行くのだ。
 この町も当然その例にもれず、人口が減っていっている。人口減少が避けられないならば、それを少しでも緩やかにするために、こうして伝統的なお祭りをやっている、ということをマスコミを使って全国へ宣伝し、祭りの時期だけでも来てもらおうと考えているのだ。

「へー、そんな昔からやられているお祭りなんですね」
「はい。お祭りの当日は、色々な催し物もやる予定ですので、よろしければ皆さん一度、ここ、轟木町へいらしてください。町民一同、心よりお待ちしております」
「はい、岩下さん。ありがとうございました。いやー、人形流し。楽しみですねー。私たちも、お祭りの当日はぜひ、参加させていただこうと思います。それでは、人形流しの準備が進む、轟木町からの中継でしたー」

 実況中継も終わったようで、町長さんがテレビ局のスタッフを町一番のホテル(旅館)へと案内しはじめた。

「修くん」
「ん? あ、じいちゃん!」

 呼びかけられたので振り返ると、そこには作業場へ缶詰めになって人形を作っているはずのじいちゃんの姿があった。

「どうしたの、じいちゃん。作業してなくていいの?」
「ああ。今は休憩時間だからな」
「今年は、マスコミも来ているのか」

 町長がマスコミの取材陣を案内しているのを見てじいちゃんが言った。じいちゃんはマスコミに対して、好印象を持たない。前に聞いたことあった気がするけど、正直思い出せない。今度また聞こう。

「お、そうそう。今年は、特別な人形もあるから、楽しみにしておくんだぞ~」

 そういって、じいちゃんは俺の顔をグリグリやったあと、もよおしたのかトイレへと駆け込んでいった。うっかり間違えて女子トイレに入りそうになったのは、正直恥ずかしかったけど。

「修也-」
「あ、父さん」

 じいちゃんがトイレに行くのを見送ったあと、俺は川岸に立った。源流が近いこともあってか、この辺りの川は澄んでおり、透明度が非常に高い。父さんが言うには、夜でも場所によっては月明かりで川底が見えるところもあるという。とはいうものの、今は真っ昼間なので、そんな風情ある光景は見れないが。
 それからしばらく経ってから、父さんが走って戻ってきた。

「ごめんごめん」
「もう、遅いよー」
「いやっ、コンビニがなぜか混んでてさー、買えなかった」
「えー!」

 田舎ではあるが、コンビニはちゃんとある。というより、昔ながらの駄菓子屋さんみたいなお店が、独自にコンビニとして経営しているようなものだが。

「ほぅれ、だから言っただろう? お茶を持っていけーって」

 そう言って、設営のスタッフに飲み物を配っていたおばあちゃんが、紙コップに入った麦茶を手渡してきた。まだ5月とはいえ、思ったよりも暑いこともあり、冷えた麦茶は嬉しかった。

「いや、すまんね、母さん」

 走ってきて汗ビショビショの父さんは、ばあちゃんから手渡された麦茶をごくごくと飲み干した。

「いやー! やっぱり母さんの麦茶は美味しいなぁ」
「んな、変わらんよ、市販のと」
「いやいや、やっぱり水が違うんだろうな、水が」

 この辺り一帯の住民は、近くを流れるこの川から水を汲んで飲み水などに使っている。水道が通っていないことはないが、昔からそうしているから、ということで住民たちは水道水よりも川の水を重宝している。この麦茶も、そんな川の水を使って作られたものだ。

「さて。一休みしたら、手伝いに行こうか、修也」
「うん」

 そういって、父さんと俺は川岸のそれなりに大きな石の上に腰を下ろして一休みをすることにした。

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