異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

最期の冒険③~葛藤の中で~


 残り七つの首の一つが,切り落とされた首に気付いて雄叫びを上げた。どうやら彼らの身体は痛みを共有しないらしい。不思議な生き物だ。
 その首が今度はジャンに向けて,火の玉を吹いた。まるで隕石が向かってきているかのように大きな球体が蜃気楼をまとうようにして放たれた。ジャンがまた鎌を振る。すると,生命の炎が消されたように,火の玉は姿を消した。怒り狂ったヤマタノオロチがまた首を向けていった。しかも,今度は二つの頭だった。さすがにまずいと思ったが,ジャンはいとも簡単に二つの首を切り落とした。
頭は残り五つ。だが,今回は全ての頭がジャンを認識した。しかも,怒りにまかせて突進してくるという様子ではなく,ジャンの動きを注意深く見切ろうとしている。同じ身体から派生しているのに不思議だ。かたや考えなしに猪突猛進してくるかと思えば,かたや思慮深く戦略的に攻めてくる。身体が大きいだけでなく,個性や特性を持って多様な攻めをされるとそうとうきついはずだ。それでも,ジャンは不敵な笑みを浮かべている。もしかしたら,この状況を本当に楽しんですらいるのかもしれない。
でも,それは思い違いかも知れなかった。ジャンの顔には時折光るものが反射した。それは,これから振るう鎌の一振り一振りが確実に自分の最期を示しているからであり,別れを意味しているからだろうか。自分が勝つと言うことが死に近づいていく。その矛盾した暗い道のりの中にジャンはいる。その心境はこれから生き続ける者には想像を絶する者だろう。それでも自分のやるべき事のために自分の感情や希望に反して責務を果たす兄の姿が目の前にある。ただ,その姿を焼き付けるように見ることしか自分には出来なかった。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品