異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

時空を超えて⑪~ジャンの秘密~


 時間の問題だな,とジャンは呟いた。自分の素性がソラにばれないように,違和感のある生活は全くしなかったし,痕跡を消し,あるいは捏造したこともあった。おそらくこの旅で,自分に隠された秘密をソラは知ることになるだろう。バオウに関してはほとんど確信に近いものを得ている。

「たとえソラにばれたとしても,あいつには役目を果たしてもらわないといけない。それしか道がないんだから。・・・・・・いや,あいつにそんなことができるか? 絶対に素性は明かせない。あいつは心が優しすぎる。真実に気付いたら,あいつはきっと・・・・・・」
「交代するか?」

 肩が上がり,身体が跳ねるように反応した。しまった,聞かれたか? 薄暗くて細かい表情は認識できないが,手を伸ばせば届く距離にバオウがいる。ぐっすり眠っていると思ったのに。ガラにもなく独り言なんて呟いてしまったのが悔やまれる。

「信じてやれよ。ソラはやるやつだぜ。まるで役に立たないようなところしか見てないが,自分の中で正しいと信じたことは必ずやり遂げる。誰になんと言われようともな。学校でもそうだった。見ているやつは見てた。だから,たとえ人気者じゃなくても,おかしなことにあいつには人望があった。矛盾しているようだが,実際そうだった。そんなあいつが,おれは羨ましかったんだ。同時に憎かった。強く当たっちまうおれを,悲しそうな目で見ていた。憐憫の目だ。あいつは分かっていたんだ。おれが寂しかったことを。友と呼べる人がいないことにむなしさを感じていたことを。だれよりも人の心に敏感なやつだ。あいつなら・・・・・・,ソラならきっとあんたの望み通りにしてくれるさ」

 顔を上げてバオウを見た。その目はこれまでに見たことのないような優しさを内に秘めていた。こいつ,こんな目をするんだ。それはソラからもらったものなのかもしれない。
 だよな,と呟いて二度首を左右に振った。

「そうだ。ソラはきっと,おれの望み通りの選択をするだろう。・・・・・・だから,ダメなんだ。それじゃあ困るんだ」

 バオウは一瞬訳が分からないといった様子でたじろいだ。そして,ジャンの顔を覗き込むように知って聞いた。

「どういうことだ? お前が望むことって一体・・・・・・・。まさか・・・・・・・!?」

 バオウは口に手を当てて考えた後,頭を掻きむしった。血がつながっているのか,と呟いた。

「察しが早いな。その通り。おれはソラの実の兄だ。お前たちが生きていた世界では存在しないな。ソラが物心がつく前に殺された。家を襲いに来た青い髪の男に。そして,元の世界の時空のひずみをもとに戻すとき・・・・・・」

 ジャンはそこで息をつき,一拍置いた。バオウが頭をかきむしる手をとめる。一瞬の静寂が室内を支配した。ジャンは小さく息を吸い,続けた。

「時の欠片を壊して,すべての時空のひずみを戻すとき・・・・・・,おれはこの世界からいなくなる」

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