異世界になったこの世界を取り戻す

文戸玲

時空を超えて⑤~行ってらっしゃい~

 勝手に人の幸せを決めるな,そう叫んでアトラスに飛びかかった。でも,その進路は一瞬にして阻まれた。目の前でチチカカ笑みを浮かべている。

「遅いね。出直しておいで坊や♡」

 そういうと,身体を一回転させた。衝撃のうちに景色が移動する。息ができない。横腹に重い衝撃を感じて初めて回し蹴りを食らったのだと悟った。

 この野郎,とバオウがいきり立ってチチカカに対峙する。「そそるわあ♡」と頬を赤らませたチチカカからさっきとは比べ物にならないオーラがあふれ出た。バオウが切りかかろうとしたとき,「待て」とジャンが制止した。

「あんたたちの望みは叶えてやれそうにない。都合のいい世界を作りたいんだもんな。アトラス教団・・・・・・。そうか,あんた,時の欠片を使ってかつての王国を取り戻したいんだな。今度は感情のない者たちを従えて。そうすれば・・・・・・」

 ジャンが話していると,みるみるアトラスの顔つきが変わっていく。眉間に寄った皺からはいつもの冷静な聡明さは感じられない。

「お黙り! 死神のジャン・・・・・・。いいでしょう。あなた,私があなたの真実に気付いていないとでも? 兄弟仲良く,死神のくせに守り神が務まるとでも思っておいでかしら?」
「人間生きてりゃ隠したい過去の一つや二つはあるもんだよな。黙らすなら命を取るしかない。やるか?」

 ジャンが短く言葉を唱えて大きな鎌を取り出した。脇腹をさすりながら,アトラスはどんな武器を使うのだろうと興味深く見つめた。肉体派には見えないけど・・・・・・。バオウもアトラスの一挙一動を注意深く見ている。だが,アトラスは武器を出さなかった。代わりに,胸元に手を無造作に突っ込み,例のペンダントを取り出した。

「私が手を下すとでも? 身の程をわきまえなさい」
「てめえ! 待ちやがれ!」

 ジャンがアトラスの素へ素早く駆けだした。

「行ってらっしゃい。また会えたらいいわね」

 アトラスが微笑みかけた。ジャンがあと少しで彼女に触れるというところで,あたりは光に包まれた。

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