ばいばい僕の、クソ兄貴

はるはう

ばいばい僕の、クソ兄貴

これで良かったのか、と問われれば、良い訳がない、そう答えるだろう。


月曜日、23時を過ぎた改札のホームは人がまばらだ。
「うーん、これでお別れって思うとお兄ちゃん寂しいよ~」
「気持ち悪ぃな、引っ付くなよクソ兄貴」
「弟よ、最後くらい熱く抱擁を交わそうぜ?」
「最後って・・・隣の県に引っ越すくらいで大げさだろ」
人目もはばからず抱きしめてくる兄の身体が震えていたのは、きっと寒さのせいだけじゃない。




僕が兄を兄として見られなくなったのは、一体いつのことだったのか。
今ではよく思い出せない。
きっともう一生、思い出すこともないだろう。

僕は兄を好きだと思う気持ちに気が付かないフリをしていた。
そしてそれはきっと、兄も一緒だった。

始めて交わったのは、僕が成人式を迎えた次の日。
大学のサークルの飲み会から帰ってきた兄に”飲みなおそう”と無理やり酒を飲まされた時のこと。
酒の力で気を大きくしたのか、兄は突然僕に向かって言って来たのだ。

「なぁ、男同士のセックスってどうやると思う?」

それから僕たちは幾度となく交わった。
好きだとか愛してるだとか、そういうことを口にすることは一切なかった。
まるでそれが禁句であるかのように、僕たちはそれについて話すことはなかった。

セックスし終わったら互いにシャワーをしてそそくさと自室へ戻る。
そして次の日には、何事もなかったかのように普通の兄弟を演じた。




抱きしめる兄の腕をほどいて僕はそっと呟く。
「僕、好きでもない女と結婚するとは思わなかったなぁ」
「でも逆玉の輿だぜ?お兄ちゃんに何かあったらお金貸してね」
「はいはい。でもさ、家の為に婿養子に入るなんていつの時代の話だよって思っちゃうよね」
「たしかに。でもいいなぁ、羨ましい限りです。お兄ちゃんも可愛い彼女欲しい~!」

強がんなよ、クソ兄貴。
今にも泣き出しそうな顔してそんな事言っても説得力ないっつぅの。

「ねぇ、兄貴」
「ん?」

「あの時、兄貴酔ったフリしてただろ」
「あの時って?」
「とぼけんなよ・・・初めてヤった日、だよ」

本当は薄々気付いていた。
あの日の兄貴はどう見ても酔っていなかった。
兄弟だから、好きな人だったから、そんな些細なことにも気づいてしまったのだ。

「そっかぁ、バレちゃってたのかぁ」
へらっ、と笑う兄の表情は照れているような、どこか寂しそうな顔をしていた。


「僕たち、今日から普通の兄弟に戻れるね」
「さすがに既婚者とはセックスできねぇもんな~」
「クソ兄貴もそのあたりの常識は一応あるんだな」
「バカにしてんのかよぉ」

「いや、兄弟は普通セックスしねぇもんな。常識ねぇのはお互い様か」
「そーいうこと」
「これからは、キスもセックスもしない、普通の兄弟・・・」
「・・・そーいう、こと」

「なぁ、兄貴」
「なに?」


「好きになってごめん」
「・・・俺も、ごめん」

「そろそろ、行くわ」
「おう」



電車に乗り込む。
僕は涙を流していた。
僕は、こんなにも愛してしまっていたのか。

でも、もうばいばいなんだ。

ばいばい僕の、クソ兄貴。


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