モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件
番外ルリア編 鬼姫の王都見聞(前)
「エヴィデンシア家の屋敷がある一帯は旧貴族街と呼ばれています。元々はこちらの道が主要街道であったそうで、旧貴族街は元々、王城を守らせる為に領地を持たない貴族たちを城下に住まわせたことによってできあがりました。昔は王城から離れるほど武勇を誇る家が屋敷を構えて、外敵より王都を守っていたそうです。今では第二、第三城壁ができたことと、貴族家の盛衰もあって、そのような形ではなくなっています。それ以前に、建国当時の貴族家がそのままの場所に屋敷を構えているのはエヴィデンシア家を含めて僅かしか残っておりません」
艶めいた黒髪をピタリと撫でつけるように固め、糸杉のようにスラリと背の高い従者が、屋敷から貴族御用達の店が並ぶ大通りまで歩みを進める間に、王都オーラスの成り立ちを説明してくれた。
彼は、執事をしているアルフレッドの息子だそうで、切れ長の細い目をしていて、常に薄く笑っているような印象の男だ。
そんな彼の説明を耳にしながら、大通りを三務部の行政館が見える辺りまでやって来ると、財務部行政館の向こうに王城を守る第一城壁が見えてくる。
ルリアたちは今、昼前にロバートから提案された王都中心部の見学をしていた。
「オルトラント王国の王宮は、オーラスの三重城壁が完成した一三〇年ほど前に城塞型の城から、宮殿へと建て替えられておりまして、外と中の様式の違いに戸惑う方が多いそうです。また、ルリア様たちも昨日通ったと思うのですが、現在では法務部行政館前の広場から、北に向かう大通りが王都の主要な街道となっています」
「昨日は馬車の中からチラリと目に留めただけでしたけれど、オーラスは大きな都市ですね。感覚的なものですがマーリンエルトの王都よりも一回りほど大きいような気がいたします」
「大陸北方にあったドルク帝国の首都が、黒竜戦争末期にヲルドによって大きく破壊されたってんで、いまではオーラスが大陸最大の都市だってさ」
そう口にしたのは、セバスとともにルリアとアネットを案内している侍女だった。
道すがら、セバスの話の合間に少し聞いたところ、彼女はルリアと同じ一六歳で、アルドラという名前だそうだ。
彼女はルリアよりも頭一つと半分くらい背が高く、明るめの赤い髪に清涼感ある緑色の瞳をしている。しかし、どこか勝ち気というか、ぶっきらぼうな印象だ。
侍女としての経験が浅いのか言葉遣いの端々にはすっぱな感じがある。
「アルドラ、口調に気をつけるように、目に余るようだとロッテンマイヤーの下に戻しますよ」
薄い表情のままのセバスにそう言われたアルドラは、ロッテンマイヤーという名を耳にして血相を変えた。
「うぇッ勘弁。――ああッ、申し訳ございませんセバス様」
「その言葉はルリア様に……申し訳ございません奥様。彼女は侍女としての経験が浅く、まだ教育が行き届いておりませんもので、気に障るようでしたら配置換えをいたしますが……」
「大丈夫ですよ。そのくらいの方が私も接しやすいです。私、騎士団の方々以外にも、市兵の方々とも交流がありましたので、彼らの気安い言葉も耳にしておりましたからね」
ニッコリと笑い、胸を張ってそう言うルリアに、アネットが静かに口を挟んだ。
「ルリア様。それは貴族令嬢として自慢にはなりません」
そのような遣り取りがあった後、当初の目的であったファーラム学園にやって来たルリアは、その周辺を一望してから、プウと頬を膨らませてアネットに振り返る。
「……別にアネットたちとの散策が不満だというわけではないですけど、やっぱりロバートと一緒に来たかったです」
ルリアの言葉は、昼後のぽかぽかとした陽気に誘われ、学園の周りを歩く連れ合いたちにあてられて漏れ出してしまったものだ。
なんで私は、昼下がりから従者と侍女をはべらせて、こんな所を歩いているのでしょう……。うぅぅぅぅ、うらやましいです。
「ルリア様、我が儘を言うものではありません。ご主人様は療養開けでまだまだ体力が回復していないのです。マーリンエルトからの帰国の旅路で疲れ果ててしまっているのですから」
「それは、わかっていますけれど……」
アネットにたしなめられたルリアの表情が、しおしおと萎れたようになってしまう。
そんなルリアの様子を見て、今にも吹き出しそうな顔をしていたアルドラが、学園の向こうに何かを見つけて指を差した。
「奥様、学園の向こうにはオルトラントが誇る白竜神殿がありますんでそちらにまいりましょう。せっかくここまで出てきたんですから、あそこを見ないって手はありませんよ」
アルドラが示した先には軍務部の行政館があり、その屋根の向こうに神殿の鐘塔が覗いていた。
学園から五〇〇ルタほど西に向かって歩いて行くと、法務部行政館の前よりも大きな広場があり、その奥には大きな神殿があった。
神殿は白石を建材として利用していて、目にまぶしいほどに白い。
「オーラスの七竜神殿はこの外観からからも白竜神殿と呼ばれます。ご存じのとおり我が国は白竜王ブランダル様の棲まわれる白竜山脈を領土に抱えておりますので、七大竜王様の中でも白竜王様を信仰する人間が多いです」
「領土に竜王様が棲んでおられると、どうしてもその竜王様びいきになりますものね。マーリンエルトには、赤竜王グラニド様がお棲まいになる赤竜山脈と、かの赤竜皇女ファティマ様が治めていた領地がありますから赤竜王様への信仰がとても強いですよ。そのせいで、婚姻の義においてロバートの誓いの言葉がブランダル様へのものだったので、微妙な雰囲気になってしまいました。私は、オルトラントに嫁ぐのですから別にそれでよかったのですけれど、その誓いの言葉をめぐってお父様が最後までごねていました」
セバスの淡々とした神殿の説明に対して、ルリアは努めて感情を豊かに表して答えてみせる。
特に今の話、最後の方は侍女のアルドラに意識を向けていた。
アルドラもそれを理解したのだろう、表情だけで笑って見せる。
セバスは仕事としてはルリアに仕えているが、これまでの会話で明らかにそれ以上の感情を彼女に向けるつもりはないようだ。
アルフレッドがセバスの名前を挙げたときに、ロバートがアルドラも供として付けるように言っていたのを考えると、きっとこうなると判っていたのだろう。
旦那様が、早くエヴィデンシア家に馴染んでほしいと思っているのですもの、屋敷に帰るまでにきっとアルドラとお近付きになってみせましょう。
ルリアは、心の内で密かに拳を握るのだった。
艶めいた黒髪をピタリと撫でつけるように固め、糸杉のようにスラリと背の高い従者が、屋敷から貴族御用達の店が並ぶ大通りまで歩みを進める間に、王都オーラスの成り立ちを説明してくれた。
彼は、執事をしているアルフレッドの息子だそうで、切れ長の細い目をしていて、常に薄く笑っているような印象の男だ。
そんな彼の説明を耳にしながら、大通りを三務部の行政館が見える辺りまでやって来ると、財務部行政館の向こうに王城を守る第一城壁が見えてくる。
ルリアたちは今、昼前にロバートから提案された王都中心部の見学をしていた。
「オルトラント王国の王宮は、オーラスの三重城壁が完成した一三〇年ほど前に城塞型の城から、宮殿へと建て替えられておりまして、外と中の様式の違いに戸惑う方が多いそうです。また、ルリア様たちも昨日通ったと思うのですが、現在では法務部行政館前の広場から、北に向かう大通りが王都の主要な街道となっています」
「昨日は馬車の中からチラリと目に留めただけでしたけれど、オーラスは大きな都市ですね。感覚的なものですがマーリンエルトの王都よりも一回りほど大きいような気がいたします」
「大陸北方にあったドルク帝国の首都が、黒竜戦争末期にヲルドによって大きく破壊されたってんで、いまではオーラスが大陸最大の都市だってさ」
そう口にしたのは、セバスとともにルリアとアネットを案内している侍女だった。
道すがら、セバスの話の合間に少し聞いたところ、彼女はルリアと同じ一六歳で、アルドラという名前だそうだ。
彼女はルリアよりも頭一つと半分くらい背が高く、明るめの赤い髪に清涼感ある緑色の瞳をしている。しかし、どこか勝ち気というか、ぶっきらぼうな印象だ。
侍女としての経験が浅いのか言葉遣いの端々にはすっぱな感じがある。
「アルドラ、口調に気をつけるように、目に余るようだとロッテンマイヤーの下に戻しますよ」
薄い表情のままのセバスにそう言われたアルドラは、ロッテンマイヤーという名を耳にして血相を変えた。
「うぇッ勘弁。――ああッ、申し訳ございませんセバス様」
「その言葉はルリア様に……申し訳ございません奥様。彼女は侍女としての経験が浅く、まだ教育が行き届いておりませんもので、気に障るようでしたら配置換えをいたしますが……」
「大丈夫ですよ。そのくらいの方が私も接しやすいです。私、騎士団の方々以外にも、市兵の方々とも交流がありましたので、彼らの気安い言葉も耳にしておりましたからね」
ニッコリと笑い、胸を張ってそう言うルリアに、アネットが静かに口を挟んだ。
「ルリア様。それは貴族令嬢として自慢にはなりません」
そのような遣り取りがあった後、当初の目的であったファーラム学園にやって来たルリアは、その周辺を一望してから、プウと頬を膨らませてアネットに振り返る。
「……別にアネットたちとの散策が不満だというわけではないですけど、やっぱりロバートと一緒に来たかったです」
ルリアの言葉は、昼後のぽかぽかとした陽気に誘われ、学園の周りを歩く連れ合いたちにあてられて漏れ出してしまったものだ。
なんで私は、昼下がりから従者と侍女をはべらせて、こんな所を歩いているのでしょう……。うぅぅぅぅ、うらやましいです。
「ルリア様、我が儘を言うものではありません。ご主人様は療養開けでまだまだ体力が回復していないのです。マーリンエルトからの帰国の旅路で疲れ果ててしまっているのですから」
「それは、わかっていますけれど……」
アネットにたしなめられたルリアの表情が、しおしおと萎れたようになってしまう。
そんなルリアの様子を見て、今にも吹き出しそうな顔をしていたアルドラが、学園の向こうに何かを見つけて指を差した。
「奥様、学園の向こうにはオルトラントが誇る白竜神殿がありますんでそちらにまいりましょう。せっかくここまで出てきたんですから、あそこを見ないって手はありませんよ」
アルドラが示した先には軍務部の行政館があり、その屋根の向こうに神殿の鐘塔が覗いていた。
学園から五〇〇ルタほど西に向かって歩いて行くと、法務部行政館の前よりも大きな広場があり、その奥には大きな神殿があった。
神殿は白石を建材として利用していて、目にまぶしいほどに白い。
「オーラスの七竜神殿はこの外観からからも白竜神殿と呼ばれます。ご存じのとおり我が国は白竜王ブランダル様の棲まわれる白竜山脈を領土に抱えておりますので、七大竜王様の中でも白竜王様を信仰する人間が多いです」
「領土に竜王様が棲んでおられると、どうしてもその竜王様びいきになりますものね。マーリンエルトには、赤竜王グラニド様がお棲まいになる赤竜山脈と、かの赤竜皇女ファティマ様が治めていた領地がありますから赤竜王様への信仰がとても強いですよ。そのせいで、婚姻の義においてロバートの誓いの言葉がブランダル様へのものだったので、微妙な雰囲気になってしまいました。私は、オルトラントに嫁ぐのですから別にそれでよかったのですけれど、その誓いの言葉をめぐってお父様が最後までごねていました」
セバスの淡々とした神殿の説明に対して、ルリアは努めて感情を豊かに表して答えてみせる。
特に今の話、最後の方は侍女のアルドラに意識を向けていた。
アルドラもそれを理解したのだろう、表情だけで笑って見せる。
セバスは仕事としてはルリアに仕えているが、これまでの会話で明らかにそれ以上の感情を彼女に向けるつもりはないようだ。
アルフレッドがセバスの名前を挙げたときに、ロバートがアルドラも供として付けるように言っていたのを考えると、きっとこうなると判っていたのだろう。
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