モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件
番外編 若きアンドルクの悩み(四)
ご主人様であるグラードル様が拉致された事件より一〇日。
拉致されたグラードル様は、フローラ様の活躍により無事救出されていた。
だがなんと、今日ルブレン家を訪ねたお二人が、その帰り道に襲撃されるという事件が起きたのだ。
お二人の身に大事は無かったが、その襲撃がご主人様の兄上であるボンデス様によって為されたのだとフルマもチーシャもメアリーより聞かされていた。
そして、そのことに関連して質問があるので書斎に来るようにと言い付けられたのだった。
二人がメアリーに先導されるようにご主人様の書斎に向かう。
待っていたセバスと共に書斎に入ると、執務机にはグラードルが掛けており、その斜め後ろにフローラが控えていた。
執務机の上には控え帳が広げられていてその上にいくつかの文字が書き出されているのが分かる。
皆が書斎に入ったのを確認すると、グラードルは自分たちの方へと身体を向け、黒灰色の瞳で皆を見つめた。
その途端、これまでの彼への一方的な敵意によって、自分たちが引き起こしてしまったあの拉致事件の後悔の思いが、フルマとチーシャの心の中に渦巻いて、二人は淡い黄色い瞳と薄灰色の瞳で視線を交わすと、その思いに突き動かされるように口を開いてしまっていた。
「失礼ではございますが旦那様、ご用件の前に私たちの話をお聞き頂けないでしょうか」
その二人に向けて、グラードルが静かに視線を重ねる。
「……分かった。話してみなさい」
「ご主人様……お聞き及びだとは思いますが、私たちはご主人様と奥様の婚姻の話が持ち上がった後、ルブレン家へと侍女見習いとして入り込んでおりました…………」
それは、二人がこれまでにグラードルに対して感じていたこと、そしてその思い込みによって引き起こしてしまった自分たちの失態の告白だ。
「……私たちがくだらない意地を張ったから……ご主人様と――アルメリア様の身を危険にさらしてしまいました。どうか、私たちを罰してください! 私たちはご主人様が救出された後、きっと事の次第を質されるだろうと考えておりました。しかしご主人様は何も仰らず。セバス様やメアリー様には『ご主人様にお前たちを罰する意思は無い。そのように考えているのならば、これからは忠義を尽くせ』と、言われました。ですがチーシャも私も、ご主人様に全てを話した上で裁定をいただきたいのです!」
フルマもチーシャも、胸の内から突き上げられるような悔恨の思いに、涙が滲むのを抑えられずにいた。
「ご主人様。フルマとチーシャは、誠に青い娘たちで、あれから十日あまりでこのように思い詰めてしまいました。この行動自体が、仕える主に対してどれほどの無礼であるかも分からなくなっております。誠に申し訳ございませんが、お言葉を頂ければ、それが救いになるでしょう」
自分たちとは一歳しか歳の違わないメアリー姉さんが取りなすように言った。
たった一つの年齢の違いだが、その心の深さが遙かにかけ離れていて、自分たちの至らなさに身が縮む思いだ。
しかし、自分たちの言葉を聞いた旦那様は、眉間に僅かな皺を寄せて、困惑したように細めた目の目尻を下げたのだ。
「いや、まあ……俺の過去の至らなさから来たことだから……君たちが不審に思うのも仕方がない。……それに今日君たちにここに来て貰ったのは、そのことも少し関係しているんだ。だからとりあえず俺の質問に答えて貰えるかな」
そう口を開いたグラードルは、フルマとチーシャがルブレン家に入り込んでいたときに、これから名をあげる人物がいたか、そしていつから仕えはじめたのかなどの質問をした。
「……下働きの二人は私たちと同じ時期に仕え始めました」
フルマはその問いに素直にそう口にした。
チーシャも心当たりを口にしたが、僅かに疑問が浮かび、それも口にしてしまう。
「それ以外の人たちは私たちより後に入ってきたはずです。しかし……その、ご主人様もその時には同じ館に住まわれておられましたのに」
フルマも同じ疑問を抱いたのだろう、隣で確かにと頷いていた。
その疑問を受けたグラードルは、覚悟したように僅かに目を細めて、意を決したように口を開く。
「……そのことについて、君たちに話しておくことがある。先ほどのフルマとチーシャへの答えにもなると思う」
グラードルの決意を滲ませた表情につられるように、二人も真剣な表情で彼の言葉を待った。
「実は……俺には、ここ二年間の記憶が無い。厳密に言うとそれだけでは無いのだが、一度に言ってはきっと混乱すると思うので、とりあえず今は、記憶が無いということだけを心に留いてほしい。これは前回のトーゴ新政王国との領境を巡る紛争の折に落馬した事が原因だ。だからその間に起こった出来事や、知り合った人間の事は分からないのだ。これまで、このことはフローラにしか告白していなかった。だが今回のようにバレンシオ伯爵が関係しているかもしれない出来事が、俺の記憶の無い期間に起こっていた以上、そのことを君たちにも理解していてほしい。そしてその期間で、気に掛かる出来事があったら教えてほしい」
グラードルの告白に、フルマとチーシャは、自分たちの目が驚きのあまり大きく見開かれていることをハッキリと感じることができた。
セバスとメアリーは、おそらく予想していたのだろう。僅かに納得した雰囲気を漂わせている。
「記憶を無くすほどの怪我だったのですか!? それで……」
チーシャは、はじめて得心がいった気がした。
落馬した直後は痛みのあまりわめき散らしていたが、あの後気を失ったようだったし、確かに頭を打っていた。
二年あまりの記憶を失うという事はいったいどういう気持ちになるものなのだろうか?
だがそれほどのことがあれば静養中に心を入れ替えたという話に納得が行こうというものだ。
フルマも、同じように納得した様子で、さらに何かを思い出したように口を開く。
「……ご主人様、馬丁ですが、そいつはご主人様が出征したときに同行していたはずです」
「そうです。私たちはご主人様の出征が決まったあと、ルブレン家から辞してトライン辺境伯領の現地召集の人手に紛れ込みましたが、その時に確認しています」
「なるほど……ということは、やはり、俺が落馬した事故もそいつの仕込みだったのかも知れないな……他に気になったことは?」
その問いに二人は、顔を見合わせて首を振った。
「分かった。……では先ほどの続きだが……」
そのフルマとチーシャの答えを受けて、グラードルは仕切り直すように居住まいを正すと、セバスとメアリー、フルマとチーシャに視線を送って、静かに告白を始めた。
「先ほど、怪我した時から俺の二年ばかりの記憶がなくなっていると話したが、実はそれだけでは無い。信じられないかもしれないが、その二年の記憶が、前世の記憶と入れ替わっている。……そして、今の俺の意識――モノの感じ方や考え方は、おそらく前世のものになっている……」
……それは、にわかには信じがたい告白だった。
普段めったに表情を変えることのないセバスとメアリーまでもが、僅かに驚きの表情を浮かべるほどなのだから。
フルマとチーシャは、完全に自分たちの理解を超えたグラードルの告白に戸惑い……その戸惑いの果てに、彼の事を最も理解しているだろうフローラへと視線を向けた。
セバスにメアリー、そしてフルマとチーシャから視線を向けられたフローラは、静かに、そしてしっかりと頷いた。
彼女の茶色い瞳は深い知性を湛えている。
その瞳を目にしたとき、フルマとチーシャは、何故かグラードルの言葉を真実であるとストンと受け入れることができたのだ。
「……だからフルマ、チーシャ。君たちが俺の事を信用できなかったのは仕方のないことなんだ。先ほどの話も、この事実を君たちに伝えることが出来なかったから起こさせてしまった。詫びなければならないのは俺の方だ」
告白を終えたグラードルは最後に二人に詫びたが、その表情は、まるでとてつもなく重い荷物を下ろしたようにどこか安堵感が滲んでいた。
彼の斜め後ろでは、そのグラードルと、彼の視線の先にいるフルマとチーシャを包み込むように、フローラが温かい微笑みを浮かべて佇んでいた。
珍しく驚きを面に表していたセバスが、驚きを収めてグラードルを見つめる。
「旦那様の秘密を我々に打ち明けてくださりましたこと、その信頼を有り難く思います。しかし今それを我々に語ったことには意味がおありだと拝察いたしますが?」
「さすがはセバス。……以前、簒奪教団の事を調べるようにと指示をしたね。実は、俺の前世の記憶にはこの世界の記憶が物語としてあるんだ……」
グラードルはそう言うと、フルマとチーシャにとっては、さらに夢物語ではないかとさえ思われる、ゲームという物語の説明を始めたのだ。
その物語の中で、グラードルは破滅を迎える運命を背負わされた人間であったという。
本当は今日この秘密をセバスとメアリーに打ち明けるつもりでいたのだと彼は言った。
その秘密を自分たちにまで打ち明けてくれたのは、ご主人様が私たちを信頼してくれているとの意思表示に他ならない。
さらにご主人様は、セバス様にたいして信頼できるアンドルクの人員には、この秘密を開示することを許可した。
それはおそらく、彼の言う簒奪教団という組織が、ご主人様や奥様、そしてアンドルクの皆の力を合わせて対峙しなければならないと考えてのことだろう。
確かに、グラードル様の意識が自分たちの知っていたグラードル・アンデ・ルブレンとは別の――前世の人間の意識に変わっていたというのなら、自分たちの記憶と噛み合わないのは当たり前のことだろう……だが、それでも……。
「……ご主人様。あの、その、ご主人様が怪我の後、前世の意識と切り替わったということは理解しました。しかし、ご主人様を信頼できずに、失態を犯したことは紛れもない事実です。ですから……」
そうチーシャが言うと、グラードルの横にフローラが進み出た。
「フルマ、チーシャ。私、貴女たちが旦那様のことを信用できないと思っていた事を知っておりました」
「奥様……まさか、メアリー姉さん」
フルマとチーシャは、ハッと一緒にメアリーを見た。
メアリーは二人に視線を向けられるよりも早く、素知らぬ顔であらぬ方向を見ていた。
二人が視線をフローラに戻すと、彼女はそれを待っていたように言葉を続ける。
「私は、そんな貴女たちを説得することなく見守っておりました。それは、貴女たちが旦那様とふれあうことで、身をもって今の旦那様を理解してもらえると考えていたからです。ですから、貴女たちの行動に関しては私にも責任がございます。しかし過ぎてしまったことを取り戻すわけにもまいりません。私も貴女たちも、これから先どう行動するか――それが罪を贖うことになると考えられませんか?」
思いやりに満ちたフローラの言葉を受けて、フルマとチーシャは自分たちの身勝手を恥じた。
「奥様……私たち、身勝手でした。罰して貰えばそれで終わるような気がしていました。初めにメアリー姉さんが言ったことはそういうことなのですね……。奥様のおっしゃる通りです。私たちこれから先、エヴィデンシア家のため、最善の行動が取れるように励んでまいります。ご主人様も、申し訳ございませんでした」
フルマは言い、チーシャと共に頭を下げた。
二人は思う、これほど広い心を持った得難い主に仕えることができたことの幸せを……。
これより先、自分たちはこのご夫妻の為に、身を粉にして力を尽くすのだとそう決意をした。
「いや、ほんとに、君らには十分以上に働いて貰ってるよ。だから気負わないように。フローラもね」
二人の過剰な決意を見て取ったのだろうか、そう仰ったご主人様の言葉はとても温かく二人の胸に響いたのだった。
拉致されたグラードル様は、フローラ様の活躍により無事救出されていた。
だがなんと、今日ルブレン家を訪ねたお二人が、その帰り道に襲撃されるという事件が起きたのだ。
お二人の身に大事は無かったが、その襲撃がご主人様の兄上であるボンデス様によって為されたのだとフルマもチーシャもメアリーより聞かされていた。
そして、そのことに関連して質問があるので書斎に来るようにと言い付けられたのだった。
二人がメアリーに先導されるようにご主人様の書斎に向かう。
待っていたセバスと共に書斎に入ると、執務机にはグラードルが掛けており、その斜め後ろにフローラが控えていた。
執務机の上には控え帳が広げられていてその上にいくつかの文字が書き出されているのが分かる。
皆が書斎に入ったのを確認すると、グラードルは自分たちの方へと身体を向け、黒灰色の瞳で皆を見つめた。
その途端、これまでの彼への一方的な敵意によって、自分たちが引き起こしてしまったあの拉致事件の後悔の思いが、フルマとチーシャの心の中に渦巻いて、二人は淡い黄色い瞳と薄灰色の瞳で視線を交わすと、その思いに突き動かされるように口を開いてしまっていた。
「失礼ではございますが旦那様、ご用件の前に私たちの話をお聞き頂けないでしょうか」
その二人に向けて、グラードルが静かに視線を重ねる。
「……分かった。話してみなさい」
「ご主人様……お聞き及びだとは思いますが、私たちはご主人様と奥様の婚姻の話が持ち上がった後、ルブレン家へと侍女見習いとして入り込んでおりました…………」
それは、二人がこれまでにグラードルに対して感じていたこと、そしてその思い込みによって引き起こしてしまった自分たちの失態の告白だ。
「……私たちがくだらない意地を張ったから……ご主人様と――アルメリア様の身を危険にさらしてしまいました。どうか、私たちを罰してください! 私たちはご主人様が救出された後、きっと事の次第を質されるだろうと考えておりました。しかしご主人様は何も仰らず。セバス様やメアリー様には『ご主人様にお前たちを罰する意思は無い。そのように考えているのならば、これからは忠義を尽くせ』と、言われました。ですがチーシャも私も、ご主人様に全てを話した上で裁定をいただきたいのです!」
フルマもチーシャも、胸の内から突き上げられるような悔恨の思いに、涙が滲むのを抑えられずにいた。
「ご主人様。フルマとチーシャは、誠に青い娘たちで、あれから十日あまりでこのように思い詰めてしまいました。この行動自体が、仕える主に対してどれほどの無礼であるかも分からなくなっております。誠に申し訳ございませんが、お言葉を頂ければ、それが救いになるでしょう」
自分たちとは一歳しか歳の違わないメアリー姉さんが取りなすように言った。
たった一つの年齢の違いだが、その心の深さが遙かにかけ離れていて、自分たちの至らなさに身が縮む思いだ。
しかし、自分たちの言葉を聞いた旦那様は、眉間に僅かな皺を寄せて、困惑したように細めた目の目尻を下げたのだ。
「いや、まあ……俺の過去の至らなさから来たことだから……君たちが不審に思うのも仕方がない。……それに今日君たちにここに来て貰ったのは、そのことも少し関係しているんだ。だからとりあえず俺の質問に答えて貰えるかな」
そう口を開いたグラードルは、フルマとチーシャがルブレン家に入り込んでいたときに、これから名をあげる人物がいたか、そしていつから仕えはじめたのかなどの質問をした。
「……下働きの二人は私たちと同じ時期に仕え始めました」
フルマはその問いに素直にそう口にした。
チーシャも心当たりを口にしたが、僅かに疑問が浮かび、それも口にしてしまう。
「それ以外の人たちは私たちより後に入ってきたはずです。しかし……その、ご主人様もその時には同じ館に住まわれておられましたのに」
フルマも同じ疑問を抱いたのだろう、隣で確かにと頷いていた。
その疑問を受けたグラードルは、覚悟したように僅かに目を細めて、意を決したように口を開く。
「……そのことについて、君たちに話しておくことがある。先ほどのフルマとチーシャへの答えにもなると思う」
グラードルの決意を滲ませた表情につられるように、二人も真剣な表情で彼の言葉を待った。
「実は……俺には、ここ二年間の記憶が無い。厳密に言うとそれだけでは無いのだが、一度に言ってはきっと混乱すると思うので、とりあえず今は、記憶が無いということだけを心に留いてほしい。これは前回のトーゴ新政王国との領境を巡る紛争の折に落馬した事が原因だ。だからその間に起こった出来事や、知り合った人間の事は分からないのだ。これまで、このことはフローラにしか告白していなかった。だが今回のようにバレンシオ伯爵が関係しているかもしれない出来事が、俺の記憶の無い期間に起こっていた以上、そのことを君たちにも理解していてほしい。そしてその期間で、気に掛かる出来事があったら教えてほしい」
グラードルの告白に、フルマとチーシャは、自分たちの目が驚きのあまり大きく見開かれていることをハッキリと感じることができた。
セバスとメアリーは、おそらく予想していたのだろう。僅かに納得した雰囲気を漂わせている。
「記憶を無くすほどの怪我だったのですか!? それで……」
チーシャは、はじめて得心がいった気がした。
落馬した直後は痛みのあまりわめき散らしていたが、あの後気を失ったようだったし、確かに頭を打っていた。
二年あまりの記憶を失うという事はいったいどういう気持ちになるものなのだろうか?
だがそれほどのことがあれば静養中に心を入れ替えたという話に納得が行こうというものだ。
フルマも、同じように納得した様子で、さらに何かを思い出したように口を開く。
「……ご主人様、馬丁ですが、そいつはご主人様が出征したときに同行していたはずです」
「そうです。私たちはご主人様の出征が決まったあと、ルブレン家から辞してトライン辺境伯領の現地召集の人手に紛れ込みましたが、その時に確認しています」
「なるほど……ということは、やはり、俺が落馬した事故もそいつの仕込みだったのかも知れないな……他に気になったことは?」
その問いに二人は、顔を見合わせて首を振った。
「分かった。……では先ほどの続きだが……」
そのフルマとチーシャの答えを受けて、グラードルは仕切り直すように居住まいを正すと、セバスとメアリー、フルマとチーシャに視線を送って、静かに告白を始めた。
「先ほど、怪我した時から俺の二年ばかりの記憶がなくなっていると話したが、実はそれだけでは無い。信じられないかもしれないが、その二年の記憶が、前世の記憶と入れ替わっている。……そして、今の俺の意識――モノの感じ方や考え方は、おそらく前世のものになっている……」
……それは、にわかには信じがたい告白だった。
普段めったに表情を変えることのないセバスとメアリーまでもが、僅かに驚きの表情を浮かべるほどなのだから。
フルマとチーシャは、完全に自分たちの理解を超えたグラードルの告白に戸惑い……その戸惑いの果てに、彼の事を最も理解しているだろうフローラへと視線を向けた。
セバスにメアリー、そしてフルマとチーシャから視線を向けられたフローラは、静かに、そしてしっかりと頷いた。
彼女の茶色い瞳は深い知性を湛えている。
その瞳を目にしたとき、フルマとチーシャは、何故かグラードルの言葉を真実であるとストンと受け入れることができたのだ。
「……だからフルマ、チーシャ。君たちが俺の事を信用できなかったのは仕方のないことなんだ。先ほどの話も、この事実を君たちに伝えることが出来なかったから起こさせてしまった。詫びなければならないのは俺の方だ」
告白を終えたグラードルは最後に二人に詫びたが、その表情は、まるでとてつもなく重い荷物を下ろしたようにどこか安堵感が滲んでいた。
彼の斜め後ろでは、そのグラードルと、彼の視線の先にいるフルマとチーシャを包み込むように、フローラが温かい微笑みを浮かべて佇んでいた。
珍しく驚きを面に表していたセバスが、驚きを収めてグラードルを見つめる。
「旦那様の秘密を我々に打ち明けてくださりましたこと、その信頼を有り難く思います。しかし今それを我々に語ったことには意味がおありだと拝察いたしますが?」
「さすがはセバス。……以前、簒奪教団の事を調べるようにと指示をしたね。実は、俺の前世の記憶にはこの世界の記憶が物語としてあるんだ……」
グラードルはそう言うと、フルマとチーシャにとっては、さらに夢物語ではないかとさえ思われる、ゲームという物語の説明を始めたのだ。
その物語の中で、グラードルは破滅を迎える運命を背負わされた人間であったという。
本当は今日この秘密をセバスとメアリーに打ち明けるつもりでいたのだと彼は言った。
その秘密を自分たちにまで打ち明けてくれたのは、ご主人様が私たちを信頼してくれているとの意思表示に他ならない。
さらにご主人様は、セバス様にたいして信頼できるアンドルクの人員には、この秘密を開示することを許可した。
それはおそらく、彼の言う簒奪教団という組織が、ご主人様や奥様、そしてアンドルクの皆の力を合わせて対峙しなければならないと考えてのことだろう。
確かに、グラードル様の意識が自分たちの知っていたグラードル・アンデ・ルブレンとは別の――前世の人間の意識に変わっていたというのなら、自分たちの記憶と噛み合わないのは当たり前のことだろう……だが、それでも……。
「……ご主人様。あの、その、ご主人様が怪我の後、前世の意識と切り替わったということは理解しました。しかし、ご主人様を信頼できずに、失態を犯したことは紛れもない事実です。ですから……」
そうチーシャが言うと、グラードルの横にフローラが進み出た。
「フルマ、チーシャ。私、貴女たちが旦那様のことを信用できないと思っていた事を知っておりました」
「奥様……まさか、メアリー姉さん」
フルマとチーシャは、ハッと一緒にメアリーを見た。
メアリーは二人に視線を向けられるよりも早く、素知らぬ顔であらぬ方向を見ていた。
二人が視線をフローラに戻すと、彼女はそれを待っていたように言葉を続ける。
「私は、そんな貴女たちを説得することなく見守っておりました。それは、貴女たちが旦那様とふれあうことで、身をもって今の旦那様を理解してもらえると考えていたからです。ですから、貴女たちの行動に関しては私にも責任がございます。しかし過ぎてしまったことを取り戻すわけにもまいりません。私も貴女たちも、これから先どう行動するか――それが罪を贖うことになると考えられませんか?」
思いやりに満ちたフローラの言葉を受けて、フルマとチーシャは自分たちの身勝手を恥じた。
「奥様……私たち、身勝手でした。罰して貰えばそれで終わるような気がしていました。初めにメアリー姉さんが言ったことはそういうことなのですね……。奥様のおっしゃる通りです。私たちこれから先、エヴィデンシア家のため、最善の行動が取れるように励んでまいります。ご主人様も、申し訳ございませんでした」
フルマは言い、チーシャと共に頭を下げた。
二人は思う、これほど広い心を持った得難い主に仕えることができたことの幸せを……。
これより先、自分たちはこのご夫妻の為に、身を粉にして力を尽くすのだとそう決意をした。
「いや、ほんとに、君らには十分以上に働いて貰ってるよ。だから気負わないように。フローラもね」
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