モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件
第五章 モブ令嬢と愛し子の力
ノルム様によって私たちは地上へと戻されました。
ですがその場所は、私が囚われた場所とは別の場所です。
おそらくはユングラウフ平原との領境より六、七ベルタ程、モーティス公爵領に入っているのではないでしょうか?
鱗を大きく削られ、焼かれたような傷を負って地に伏せておられる竜王様方の向こうには、沈み行く赤い陽光に紛れるように、邪竜の背がどす黒く窺えます。
以前、拉致された旦那様を救うために、王都よりユングラウフ平原を目指した道程では、その途中に存在するモーティス公爵領の主都リューベックに入ることはございませんでした。
リューベックは、王都オーラスの第二城壁内をさらに一回り小さくしたほどの大きさだそうですが、領主の収める都市としては、大きいものであるそうです。
そのリューベックは、ユングラウフ平原との領境より三〇ベルタほど王都寄りにあります。
このまま邪竜の這行が続けば六時間ほどでリューベックに到達してしまうのではないでしょうか?
それにしましても……
「いったい何故このようなことに……」
「クルーク様まで……」
この場所に送り出される直前まで言葉を交わしていたクルーク様までもが、首を地面に垂れてグオウと呻いておりました。ただ、視界に入る竜王様方の中では最も傷が浅いようです。
「グラードル卿、いったいどこッ!? フッ、フローラ嬢……か?」
私たちの背後より掛かった声は、途中で戸惑いの響きになりました。その声はレオパルド様のものです。
「フローラ!? 君、その姿……!?」
「フローラ……。まさか、貴女が、シュガール様の仰っていた……」
私たちが振り返りましたら、アルメリアもマリーズも驚きで目を見開いておりました。
マリーズはバルファムート様の守りの中で力を行使しておりましたので、トルテ先生とグラニド様の話を聞いておりました。ですので、私の姿を目にしてすぐに思い至ったのでしょう。
二人の背後にメアリーがおりますが、彼女の変化の乏しい薄い表情からはその心の動きを読み取ることはできません。
ただ、皆疲労の色が濃く、レオパルド様とアルメリア、さらにメアリーは、前に出て戦っていたからでしょう、所々に細かい傷を負っています。
「バルファムート様とリュート君は?」
旦那様がこの場にいないふたりの名前を挙げ、それを受けてレオパルド様が悔しげに顔を歪めました。
「……リュートは、邪竜の後を追っています」
「バルファムート様は、邪竜が放った毒霧のような攻撃から皆を守ろうとしたのですが、その隙を突かれて大きな傷を負われてしまったのです。私にもっと強い力があれば……」
マリーズも、無念の思いを強く浮かべて言葉を続けます。
「バルファムート様が倒れたことで一気に形勢が傾いて……邪竜の攻撃を避けきれなくなった竜王様方は、じわじわと傷つき、力を削られて……」
「邪竜の奴は、俺たちのことは脅威にもならないと思ったのかは知りませんが、竜王様方が倒れたら見向きもせずに王都へと向かっています」
『フローラ……マリーズと共にバルファムートの元に向かいなさい……力を解放された貴方ならば、マリーズの持つ偽神器を、神器の域にまで高めることができるはずです』
そう私の頭の中にクルーク様の声が響きました。
マリーズに目を向けますと、クルーク様の声は皆にも届いたのでしょう、視線が合った彼女は頷きます。
「フローラ、バルファムート様の元に案内します急ぎましょう」
もしかして、皆さんが私たちが戻るのに合わせてこの場所にやって来たのは、クルーク様の導きによっての事でしょうか?
私がそのような事を思い浮かべておりましたら、旦那様はシュクルの前に屈みます。
そして、しっかりと彼女と視線を合わせました。
「シュクル、ママとマリーズを頼む。バルファムート様の元に連れて行ってやってくれ」
「旦那様!? 旦那様はどうなされるのですか?」
「俺は、リュート君の後を追う。……もしかしたら彼は、性分化の力を使うつもりかも知れない。……だけどゲームの中と違って、邪竜はまったく力を弱めていない。いま彼がその力を使っても無意味だし、クラリス嬢との仲はまだまだこれからだ。性分化の力を使ったら二度と人には戻れないだろう……」
そう仰る旦那様の姿から、私は、ノルム様によって地上に戻される前に感じた不安と同じ想いが浮かび上がります。その想いを抑えきれずに、口から言葉がこぼれ落ちます。
「旦那様……旦那様は何かおかしな事は考えておりませんよね?」
今の私の顔には、間違いなく濃い懸念の色が浮き出ていることでしょう。
旦那様は、そんな私の頬に手を添えると、優しく微笑みました。
「……大丈夫。俺にできることは限られてるんだから、……それに、今この中で最も守りが堅いのは俺なんだ、リュート君の持つ偽神器は攻撃力は上だが、彼には身を守る術がないからね。さあフローラ、早く行きなさい。シュクル、ママを頼んだよ」
「うんパパ。ママもマリーズもシュクルにまかせるの!」
無邪気にそう答えるシュクルのおかげで、僅かに気持ちがほぐれますが、やはり旦那様の様子が気になります。
「旦那様、無茶はなされないでください。きっと……約束ですよ」
私は念を押すように旦那様にそう声を掛け、マリーズと共にシュクルの背に乗ってバルファムート様の元へと向かうこととなったのです。
竜の姿へと戻ったシュクルの背に乗る間に、レオパルド様が、「性分化とはなんですか、それにゲームとは? 貴男はいったい何を知っているのですか!」と旦那様に問われておりました。
旦那様はレオパルド様の問いを、「事が済んだら話す。いまはその時ではないだろ」と、仰ってリュートさんの後を追ってゆかれました。
◇
「酷い……バルファムート様……」
私の視界に入ったバルファムート様は、人の姿ではなく、巨大な水竜の姿に戻っておりました。
呼吸をしておられるように身体が動いておりますので、生きておられるのは間違いございません。
ですが、生きておられるのが不思議なくらいに、綺麗な青い鱗に包まれた身体は大きく穿たれてしまっております。
バルファムート様の周りには、人と同じ色の鮮血が飛び散って、それは酷い有様です。
おそらく、大きな傷を負ったことで、人への擬態を保てなくなったのでしょう。
『……ああ、マリーズ……それに、フローラ……クルークから話は聞きました。希望を冠するシュガールの愛し子。貴女の力でマリーズの手にある偽神器バルトの強化を……』
「フローラ、急ぎましょう」
マリーズに急かされて、私はストラディウスを顕現させました。そうして魔奏十三楽章、そのバルファムート様の神器、聖盾バルトに対応した楽章を奏でます。
「……これは!?」
私が楽章を奏でていくと、マリーズの手にある偽神器バルトは、バルファムート様が邪竜との戦いの中で竜王様方を守るのに使っていたのと同じように大きく、そうして強い力を示しました。
それまで隠されていた力を解放されたことで、ストラディウスによる力の増幅は以前の比ではございません。
……強力な癒やしの力は、みるみると、まさに目に見える速度でバルファムート様の、大きく穿たれた肉体を再生して行きます。
『……助かりましたマリーズ。そしてフローラ……貴女の愛し子としての力と、その手にあるストラディウスの力によって、私のもつ癒やしの力も強化されました。本来であればとてもこの短い時間で治る傷ではなかった……。さあ、他の竜王たちも癒やしましょう。フローラ、私に力の強化を……』
私は、それまでマリーズの手にある偽神器に向けていた力を、バルファムート様へと切り替えます。
『ああ……なんと大きな力。魔法の力だけならば私たちと遜色ない……』
バルファムート様は、巨大な水竜の姿のまま、力を行使なさいました。
すると、離れた場所に五つの巨大な聖盾バルトの幻影が現れます。
さすがに、癒やしの力の象徴でもあるご自身ほどではありませんでしたが、しばらくの時を経て、倒れておられた竜王様方も、その傷を癒やされて立ち上がったのです。
こうして、一時の絶望的な危機は乗り越えられました。
ですが、まだまだ邪竜は健在であり、私たちはさらなる戦いを続けることとなるのです。
ですがその場所は、私が囚われた場所とは別の場所です。
おそらくはユングラウフ平原との領境より六、七ベルタ程、モーティス公爵領に入っているのではないでしょうか?
鱗を大きく削られ、焼かれたような傷を負って地に伏せておられる竜王様方の向こうには、沈み行く赤い陽光に紛れるように、邪竜の背がどす黒く窺えます。
以前、拉致された旦那様を救うために、王都よりユングラウフ平原を目指した道程では、その途中に存在するモーティス公爵領の主都リューベックに入ることはございませんでした。
リューベックは、王都オーラスの第二城壁内をさらに一回り小さくしたほどの大きさだそうですが、領主の収める都市としては、大きいものであるそうです。
そのリューベックは、ユングラウフ平原との領境より三〇ベルタほど王都寄りにあります。
このまま邪竜の這行が続けば六時間ほどでリューベックに到達してしまうのではないでしょうか?
それにしましても……
「いったい何故このようなことに……」
「クルーク様まで……」
この場所に送り出される直前まで言葉を交わしていたクルーク様までもが、首を地面に垂れてグオウと呻いておりました。ただ、視界に入る竜王様方の中では最も傷が浅いようです。
「グラードル卿、いったいどこッ!? フッ、フローラ嬢……か?」
私たちの背後より掛かった声は、途中で戸惑いの響きになりました。その声はレオパルド様のものです。
「フローラ!? 君、その姿……!?」
「フローラ……。まさか、貴女が、シュガール様の仰っていた……」
私たちが振り返りましたら、アルメリアもマリーズも驚きで目を見開いておりました。
マリーズはバルファムート様の守りの中で力を行使しておりましたので、トルテ先生とグラニド様の話を聞いておりました。ですので、私の姿を目にしてすぐに思い至ったのでしょう。
二人の背後にメアリーがおりますが、彼女の変化の乏しい薄い表情からはその心の動きを読み取ることはできません。
ただ、皆疲労の色が濃く、レオパルド様とアルメリア、さらにメアリーは、前に出て戦っていたからでしょう、所々に細かい傷を負っています。
「バルファムート様とリュート君は?」
旦那様がこの場にいないふたりの名前を挙げ、それを受けてレオパルド様が悔しげに顔を歪めました。
「……リュートは、邪竜の後を追っています」
「バルファムート様は、邪竜が放った毒霧のような攻撃から皆を守ろうとしたのですが、その隙を突かれて大きな傷を負われてしまったのです。私にもっと強い力があれば……」
マリーズも、無念の思いを強く浮かべて言葉を続けます。
「バルファムート様が倒れたことで一気に形勢が傾いて……邪竜の攻撃を避けきれなくなった竜王様方は、じわじわと傷つき、力を削られて……」
「邪竜の奴は、俺たちのことは脅威にもならないと思ったのかは知りませんが、竜王様方が倒れたら見向きもせずに王都へと向かっています」
『フローラ……マリーズと共にバルファムートの元に向かいなさい……力を解放された貴方ならば、マリーズの持つ偽神器を、神器の域にまで高めることができるはずです』
そう私の頭の中にクルーク様の声が響きました。
マリーズに目を向けますと、クルーク様の声は皆にも届いたのでしょう、視線が合った彼女は頷きます。
「フローラ、バルファムート様の元に案内します急ぎましょう」
もしかして、皆さんが私たちが戻るのに合わせてこの場所にやって来たのは、クルーク様の導きによっての事でしょうか?
私がそのような事を思い浮かべておりましたら、旦那様はシュクルの前に屈みます。
そして、しっかりと彼女と視線を合わせました。
「シュクル、ママとマリーズを頼む。バルファムート様の元に連れて行ってやってくれ」
「旦那様!? 旦那様はどうなされるのですか?」
「俺は、リュート君の後を追う。……もしかしたら彼は、性分化の力を使うつもりかも知れない。……だけどゲームの中と違って、邪竜はまったく力を弱めていない。いま彼がその力を使っても無意味だし、クラリス嬢との仲はまだまだこれからだ。性分化の力を使ったら二度と人には戻れないだろう……」
そう仰る旦那様の姿から、私は、ノルム様によって地上に戻される前に感じた不安と同じ想いが浮かび上がります。その想いを抑えきれずに、口から言葉がこぼれ落ちます。
「旦那様……旦那様は何かおかしな事は考えておりませんよね?」
今の私の顔には、間違いなく濃い懸念の色が浮き出ていることでしょう。
旦那様は、そんな私の頬に手を添えると、優しく微笑みました。
「……大丈夫。俺にできることは限られてるんだから、……それに、今この中で最も守りが堅いのは俺なんだ、リュート君の持つ偽神器は攻撃力は上だが、彼には身を守る術がないからね。さあフローラ、早く行きなさい。シュクル、ママを頼んだよ」
「うんパパ。ママもマリーズもシュクルにまかせるの!」
無邪気にそう答えるシュクルのおかげで、僅かに気持ちがほぐれますが、やはり旦那様の様子が気になります。
「旦那様、無茶はなされないでください。きっと……約束ですよ」
私は念を押すように旦那様にそう声を掛け、マリーズと共にシュクルの背に乗ってバルファムート様の元へと向かうこととなったのです。
竜の姿へと戻ったシュクルの背に乗る間に、レオパルド様が、「性分化とはなんですか、それにゲームとは? 貴男はいったい何を知っているのですか!」と旦那様に問われておりました。
旦那様はレオパルド様の問いを、「事が済んだら話す。いまはその時ではないだろ」と、仰ってリュートさんの後を追ってゆかれました。
◇
「酷い……バルファムート様……」
私の視界に入ったバルファムート様は、人の姿ではなく、巨大な水竜の姿に戻っておりました。
呼吸をしておられるように身体が動いておりますので、生きておられるのは間違いございません。
ですが、生きておられるのが不思議なくらいに、綺麗な青い鱗に包まれた身体は大きく穿たれてしまっております。
バルファムート様の周りには、人と同じ色の鮮血が飛び散って、それは酷い有様です。
おそらく、大きな傷を負ったことで、人への擬態を保てなくなったのでしょう。
『……ああ、マリーズ……それに、フローラ……クルークから話は聞きました。希望を冠するシュガールの愛し子。貴女の力でマリーズの手にある偽神器バルトの強化を……』
「フローラ、急ぎましょう」
マリーズに急かされて、私はストラディウスを顕現させました。そうして魔奏十三楽章、そのバルファムート様の神器、聖盾バルトに対応した楽章を奏でます。
「……これは!?」
私が楽章を奏でていくと、マリーズの手にある偽神器バルトは、バルファムート様が邪竜との戦いの中で竜王様方を守るのに使っていたのと同じように大きく、そうして強い力を示しました。
それまで隠されていた力を解放されたことで、ストラディウスによる力の増幅は以前の比ではございません。
……強力な癒やしの力は、みるみると、まさに目に見える速度でバルファムート様の、大きく穿たれた肉体を再生して行きます。
『……助かりましたマリーズ。そしてフローラ……貴女の愛し子としての力と、その手にあるストラディウスの力によって、私のもつ癒やしの力も強化されました。本来であればとてもこの短い時間で治る傷ではなかった……。さあ、他の竜王たちも癒やしましょう。フローラ、私に力の強化を……』
私は、それまでマリーズの手にある偽神器に向けていた力を、バルファムート様へと切り替えます。
『ああ……なんと大きな力。魔法の力だけならば私たちと遜色ない……』
バルファムート様は、巨大な水竜の姿のまま、力を行使なさいました。
すると、離れた場所に五つの巨大な聖盾バルトの幻影が現れます。
さすがに、癒やしの力の象徴でもあるご自身ほどではありませんでしたが、しばらくの時を経て、倒れておられた竜王様方も、その傷を癒やされて立ち上がったのです。
こうして、一時の絶望的な危機は乗り越えられました。
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