モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第五章 モブ令嬢と癒やしのひととき

 褒賞授与式典が終わった翌日。
 火の月およそ八月八日、黒竜の日曜日。
 昨晩ライオット様について話し合った旦那様と私は、神殿より邪杯を盗難したのは間違いなくライオット様であろうとの結論に達しました。
 決定的な証拠は私たちの手にはございません。
 ですが、あの方がこのオルトラントに対して成そうとしている目的。
 それについては、ほぼ間違いようの無い結論に達しているはずです。
 ライオット様が邪杯盗難の犯人である……。その証拠をどのようにして見つけたらよいのか?
 あの後より、頭の中がそのような思いに充たされて、ジリジリとしたような焦燥感に苛まれてしまっています。
 私はその気持ちを鎮めるためにバリオンの演奏をさせて頂こうかと、レガリア様を訪ねるために貴宿館へと足を向けました。
 少々物思いに耽ったまま本館の前を通り抜けましたら、左手――裏庭へと続く本館と貴宿館の間より声を掛けられました。

「……フローラ。一つ聞きたいのだけど、君の屋敷はいつからノルムの眷属に占拠されたのかな? いくら君がノルムに好かれているからといってあれは……、奴らが大手を振って裏庭に巣くっているようなんだけど……」

 声の主はトルテ先生です。私は声の方へと視線を向けて、そうして固まってしまいました。
 何故なら、こちらへと歩いてくる先生は土まみれで、その土を払いながら裏庭からこちらへやって来たからです。

「先生……そのお姿はいったい!?」

「いやあ、夕涼みをしながら裏庭の長椅子でウトウトとしていたら、いつの間にかノームたちに土の中に埋められ掛けてね」

「シュクル――トルテ救出したの!」

 いままで先生の背後に居たので隠れて見えませんでしたが、先生の横に並んだシュクルが自慢顔でそう言いながら、何故かリラさんの武術の型を真似して見せました。

「いやだなあ……ボクたちは、姫様が心配だから見張ってるんだよ。ここには、嫌な金竜の匂いがする奴らが沢山いるからね」

「キャッ!」

 とつぜん私のすぐ隣――腰のあたりから声が響いて、私はビクリとしてそちらへと視線を向けます。
 するとそこでは、幼いノームさんが頭の後ろで手を組んで、とぼけ顔をしておりました。

「ノーム! ママから離れるの! シュッ! シュッ、シュッ!」

 シュクルが小走りで先生の前へと出て、顎の両脇に両手を添えるようにして、シュッ! と言いながら左手を素早く差し出しては戻して、幼いノームさんを威嚇いたしました。
 何やら足取りも軽く、南方の国の踊りのようにも見えます。
 え~~と、これは? リラさんの武術の型とは違うようですが……いったい?
 もしかして旦那様の記憶の中にあった武術でしょうか?
 シュクルは時折、旦那様の中にあった記憶を元にして行動をするときがあるので、私や、よく相手をしてくれているお母様とフルマにチーシャも戸惑うことがございます。

「ちぇッ! 姫様が外にいる時くらい一緒にいたって良いじゃないか。ボクたちは館の中には入らないようにしてるんだからさ。これでもボクたちは気を遣ってるんだよ。君なんか我が儘放題で姫様が屋敷にいる時は殆ど一緒にいるじゃないか」

 ノームさんになじるように言われて、シュクルはぷうっ、と頬を膨らませました。

「むうっ、シュクルはママとパパの子供なの。だから一緒にいて良いの!」

「君は銀竜様と金竜の子供じゃないか。姫様とは本当は関係ないくせに。ただ銀竜様に頼まれたから、姫様は仕方なく一緒にいてくれてるんだよ」

「むう~~~~ッ、そんなこと無いの! ママもパパもシュクルのこと大事だって……そう言ってくれるの!」

 幼いノームさんに揶揄うように言われたシュクルは、ムキになってそう言い返しました。
 そうして少し涙目になったシュクルは、おずおずと私の前にやって来て、上目遣いに心細そうに私を見ます。

「……ママ、ママはシュクルのこと……頼まれたから、仕方なくなの?」

「いいえ、いいえシュクル。切っ掛けは確かにクルーク様に頼まれましたけれど、それでもねシュクル。ママもパパも、それに館の皆もシュクルの事大好きよ。だから泣かないで……」

 そう言いながら私は、シュクルをしっかりと抱きしめてあげました。
 シュクルも私の首の後ろに腕を回し、私と頬を合わせるようにしてしっかりと抱きつきます。

「こらこらノーム君、幼子にそのような意地悪を言うもんじゃないよ。君、絶対にその見た目どおりの歳じゃないだろ?」

 ノームさんの、シュクルに対する意地悪な言い方を、トルテ先生が注意しました。さすがに目に余ると思ったのでしょう。

「うるさいなあ、君が一番金竜の嫌な匂いをまき散らしてるんだから、ボクたちは君が来てから鼻が曲がりそうだよ」

「うわあ、なんてこった。もしかしてボクがノルムの眷属によく悪戯されるのって……フローラ。もしかしてボク、匂ってるかい?」

 無下もなくノームさんに言い捨てられてしまった先生は、腕を広げるようにしてクンクンと自分の匂いを嗅ぐような仕草をしています。

「いえ……その、私には分かりませんが、ノームさんたちノルムの眷属には分かるのではないですか?」

 そもそも何で先生は私に聞いたのでしょうか? 私はノルムの眷属ではなく、いちおう人間なのですけれど……。
 シュクルをしっかりと抱きしめたままの私を、幼いノームさんはジーッと見つめています。

「ねえ姫様……、姫様はボクたちの姫様だよね。ボクたち、姫様のこと大好きなんだ……だから、ボクたちのこと嫌いにならないで……」

 幼いノームさんの私と同じ色の瞳には、どこか懇願するような光が瞬いておりました。

「……その、私は別にノームさんたちのことは嫌いではありませんよ。旦那様を助ける手伝いもしてくれましたし。……ただ、その、貴方たちがシュガール様と因縁があるのは知っていますけど、私の大事な人たち。シュクルやトルテ先生、あとアルメリアやクラリスさんもですけれど、できるならあまりいじめないでいてほしいの」

「そうしたら……姫様はボクたちのこと嫌いにならないでいてくれる?」

「ええ、私は、私が好きな人たちには皆仲良くしていてほしいわ……」

「……分かったよ。……ただ、この男は臭すぎるから、仲間たちがどこまで我慢できるか分からないけど、説得はしてみるね」

 幼いノームさんは、すっかりと先ほどまでのとぼけた様子を取り戻して、ひょこひょこと裏庭へと歩いて行ってしまいました。

「いや、まあ。そんなにボクのことが臭いというなら屋敷から出て行けば良いのに、彼らはこれからも、裏庭に居座るつもりなんだね。せっかく良い感じで寂れていて心安まる場所だと思ったのに……ボクはこれからは裏庭には近付かないようにするよ。……ところで、君にしっかり抱きしめられてよほど安心したんだねぇ、シュクル嬢は眠ってしまったみたいだよ」

 呆れた様子で裏庭へと去って行くノームさんの背中を見送ってから、先生はシュクルの様子を目にしてそう仰いました。
 私は、気晴らしにバリオンを奏でることは諦めて、眠ってしまったシュクルをしっかりと抱き上げ、居室へと戻ることにいたしました。
 バリオンを奏でる気晴らしはできませんでしたが、とても大切なシュクルをこの手に抱いて、私はいまこのひととき、焦燥感からは解放されて過ごすことが叶いました。

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