モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第五章 モブ令嬢と入居人と茶会(弐)

 我が家を訪れたカサンドラお義姉ねえ様とボンデス様、そして小さなカミュ。
 皆さんは数日、ルブレン家の屋敷に滞在なされた後、ルブレン侯爵領へとお戻りになるそうです。
 ボンデス様は、あの事件のおり、ライオット様がご配慮くださったこともあり、あのような事件を起こしたことは外部には漏れておりません。
 財務部には、ボンデス様が体調不良により長期療養をするため、出仕がかなわない旨の届け出を、お義父ドートル様がなさったと聞き及んでおりました。

 これは旦那様が、ボンデス様の罪を問わないと申し出た事と、捜査局の調べでも、旦那様に対して襲いかかった以外には罪を犯しておられないことが判明していたからだそうです。
 ですが、辻馬車の御者が殺害された案件でもあり、あの時にはまだバレンシオ伯爵は健在でございました。ボンデス様をそそのかしたと思わしき兇賊、ヲルドの手の者たちも捕まっていなかったので、暗殺される可能性を考えて留置という形になっていたようです。
 お義姉様は、特赦によっての釈放と仰いましたが、私たちがトライン辺境伯領へと向かう途中にヲルドの一党が捕らえられましたので、トーゴ軍による王都の急襲がなければ、早晩釈放されていたのではないでしょうか。

 どちらにいたしましても、今回ボンデス様は、お義父様やカサンドラお義姉様とも話し合い、財務部を辞してルブレン侯爵領へと戻る決断をしたそうです。
 王都に次ぐ規模だという、領地にあるヴェルザー商会の支店にて、商会を継ぐための修業をなさるのだとか。

「カサンドラには申し訳ないが、領地の統治は俺には荷が重いのでな。これまで通りカサンドラと家令にまかせることとなる。その代わりカサンドラが担っていたヴェルザー商会関係の仕事は全て引き継ぐつもりだ」

「ヴェルザー商会の仕事を担って頂けるだけで、私には十分ですよアナタ。これでカミュと過ごせる時間も増えるというものです。財務卿の選定がどのようになるか……、それにもよりますが、どちらにしてもアルクが学園を卒業して戻ってくれば。私は彼の後見として少しずつ実務を教えながら、領主代行の役目を離れるつもりです。カミュが物心つく頃には家族水入らずの生活ができるでしょう」

 そのように仰いながら、籠の中で眠るカミュを見つめていた、カサンドラお義姉様の慈愛に満ちた表情が、私の心に強く焼き付きました。

 それを目にした旦那様は、「……義姉上、少しお痩せになりましたか?」などと、無神経なことを仰いまして、私は、「ダメではないですか旦那様! たとえ姉弟でも、言っていいことと悪いことがございます」と叱責してしまいました。
 それを見ていたシュクルにまで、「ダメですよパパ。いいこととわるいことがございます」と、私の真似をして叱られてしまって、旦那様は恐縮しきりでお義姉様に謝ります。
 ですがお義姉様は鷹揚に笑いました。

「そのように叱責しなくてもいいのよフローラ。――シュクルもね。いま太っていることは確かなのだから。ええ……以前はこの人が、私を――自身を飾る装飾品のように扱うのに憤慨して、太って見せたのですが。文の遣り取りをした事で旦那様も私の不満を理解してくださいました。それに……カミュが物心ついたときに、自分の母は美しいのだと思ってもらいたいですからね」

 そのように仰ったカサンドラお義姉様の力強い造りの目鼻立ちは、既に美貌の片鱗を取り戻しつつありました。
 そしてお義兄にい様家族と私たち家族との短い交流の時は過ぎ、お義兄様家族はルブレン家の館へと帰ってゆかれました。





 お義兄様親子が我が家を訪ねてこられてから二日後、赤竜の月およそ七月一五日。金竜の金曜日。
 前日に近衛騎士の方より連絡があり、ご実家に待避しておられたレガリア様とクラウス様。そして、貴宿館においてクラウス様の護衛もかねておられるレオパルド様が、貴宿館へと帰ってまいりました。
 皆様のお帰りの報告を受けて、旦那様と私が貴宿館を訪ねましたら、私を目にしたレガリア様が、珍しくも小走りで駆け寄ってきて、私をしっかりと抱擁いたします。

「レガリア様!?」

「フローラ……貴女は本当に素晴らしい女性です。……私、レオパルドより聞き及びました。愛する夫の寿命を取り戻す為、クルーク様より課せられた試練を、誰に相談することもできずに果たすなど……たとえ男性であろうとも成せることでは無いでしょう。……私、貴女のような方と友である事を、ウクッ……誇らしく……」

 驚いて目を回している私をよそに、レガリア様は言葉をつのるうちに感極まってしまったご様子で、私を抱いたまま言葉を詰まらせて泣き出してしまいました。
 その私たちを横目に、クラウス様が旦那様の前へと進み出ます。

「グラードル卿……、我も、レオパルドから――そして父上からも話は聞いた。そなたの先を見通した考えの深さには感服した。初め……我はマリーズ殿との縁を求めてこの貴宿館へとやって来た。だが、そなたたちエヴィデンシア家の立ち居振る舞いを見るに付け、いま、この時にお主らとの縁を得ることができた事を、七大竜王様に感謝せずにはおれない」

 クラウス様は、敬意を表するように目上の方にする礼をいたしました。

「お主たちには迷惑であるかも知れぬが、これからも学園を卒業するまでの間、よしなに頼む」

「過分なお言葉痛み入ります。ですが殿下――私は、これ以上、揉め事の種を抱え込みたくなかっただけですよ」

 旦那様は、クラウス様の礼を受けながらも、気恥ずかしそうにしておられます。

「謙遜するでない。お主の言ったことも尤もであろう。力を持ちすぎた我が国は近隣諸国には脅威に映るはずだ。これまでは大国でありながら抱える魔道士の数も小国と変わらず、躁竜騎士の数も同じく周辺諸国と大差ない数であった。それが今回のクルークの試練を達成したことによって、魔道士の数は大幅に増やすことが可能になった。しかも……そういえば、例の娘というのは、そちらの幼子か? ……人に化身できるというのは本当であったのだな……」

 私を抱擁して嗚咽を漏らしていたレガリア様は、クラウス様の言葉を聞いてシュクルの事に気付いたご様子で、ゆっくりと私の抱擁を解きました。

「ごめんなさいフローラ。私、はしたない……ああ、貴女がシュクルちゃん? 私たちの国を……王都を救ってくれたこと、本当に感謝します。ありがとう……」

 レガリア様は、隠しから手巾を取り出して涙を拭います。そしてシュクルと目線を合わせるように膝を折って、そのように仰いました。
 シュクルは、クラウス様とレガリア様に視線を向けられて、はにかむように私の腰に抱きつきます。

「まあ、可愛らしい……。話には聞いておりましたが。本当に……フローラとよく似ていますね。姉妹だと言われたら信じてしまいそうです」

「うむ。誠にそうだな……髪と瞳の色が違うが、同じ年頃になればそっくりになるのではないか?」

 レガリア様とクラウス様がそのように話しておりますと、階段を下る足音が響いてきました。

「皆さんお帰りになったのですね。来週より学園の授業が開始されるとはいえ、皆さんいま少しご実家から通うのでは? と考えておりました」

 エントランスへと降りてきたマリーズがこちらへとやってまいります。

「ああ……マリーズ様。貴女もフローラが銀竜王クルーク様よりの試練を達成する為にお力を貸してくださったとか……。それに、リュートさんにアルメリアさんも……。クラウス様は立場がございますのでしかたがございませんが、この貴宿館において私だけがフローラの力になれず……ロメオの演奏にしか取り柄のないこの身が恥ずかしく思います」

 マリーズに続いて二階より降りてきたリュートさんとアルメリアを目にして、レガリア様は沈んだご様子で下を向いてしまいました。

「何を仰いますレガリア様。レガリア様は学園においては私の事をお庇いくださり。さらには我が家の事を思い茶会の段取りなど、様々にお力添えを頂いております。適材適所という言葉もございます。私、レガリア様にはとても助けられておりますよ……」

「そうですわレガリア様。私とて、当初はブランダル様よりリュートさんの力添えをするようにと託宣を頂いたので、フローラたちを追いかけることとなったのです。それに私は癒やしの力を使うことができるようになっておりましたから。フローラの言葉ではございませんが、適材適所というものでしょう」

 私とマリーズが、続けてそのようにレガリア様に声を掛けますと、レガリア様は何かを思いだしたように顔を上げました。

「……そうでした。お茶会の件ですが、先月の末頃を予定しておりましたが、新政トーゴ王国の宣戦布告によってそれどころではなくなってしまいました。ですが、先日より私とレオパルドのところには『いつ、エヴィデンシア家の茶会は開催されるのか?』という問い合わせがひっきりなしに来ております。当初殿下目当てであった方々に、さらに貴方たちの活躍を見聞きした方々が加わって、初めに私が考えていた規模での開催では、大いに不満が出てしまいそうです。天候の不安はございますが、今の季節は急に天候が崩れる事もございません。それに、幸いエヴィデンシア家は古い家柄で、王都に居を構える貴族の中でもお屋敷の敷地は広いですし、この際、庭園茶会のガーデンパーティー形式で執り行いたいと考えております」

 私たちの慰めの言葉を耳にしたレガリア様は、ご自分の得意とするところで私たちの為に力になろうと考えてくださったのでしょう。沈んでいた表情を改めて、テキパキと茶会の段取りを口にいたします。
 ですが我が家の屋敷裏の庭は、どちらかといいますと庭園というよりは林なのですが、大丈夫でしょうか?
 私は、茶会自体人生で未だ三度しか体験しておりませんし、庭園茶会も王宮で開催されたものしか存じません。
 ですが、社交界でも指折りの令嬢として名を馳せるレガリア様が、庭園茶会を提案するのですから、我が家の林でも開催出来るということでしょう。

「開催規模を考えますと、一月ほど先になると思いますが、褒賞授与の式典の前には開催したいと考えておりますので、皆様そのつもりでお願いいたしますね」

 レガリア様がそのように仰いますと、今度はエントランスに貴宿館の住人が降りてきたのを確認して、クラウス様が口を開きました。

「ふむ、皆揃っておるな。これは父上からの言葉であるが、この先開催が予定されている褒賞式典において、この度のクルークの試練を達成したそなた達。マリーズ殿とリュート、そしてアルメリア嬢に名誉男爵の爵位が授けられることとなった。これは前回の試練のおりにも成された事なので、受けて頂けると有り難い。マリーズ殿はマーリンエルトの人間ではあるが、名誉男爵は他国の者にも与えられることのある爵位なので問題ないだろう」

 クラウス様のその言葉を聞いて、アルメリアが目を見開きました。

「フッ、フローラ……どうしよう。私、父上より爵位が上がってしまう……」

「ああ、そうであった。アルメリア嬢、君は学園卒業後、近衛騎士となることを望んでいるのだったな。レオパルドからそのように聞いている。……これは、これから先の君の努力にもよるが、学園卒業時に君が近衛入団に値する力量であると判断された場合。君の名誉男爵位を親族への継承を認める男爵位へとなすつもりでいるそうだ。励むように」

 なんということでしょう。
 親族への継承を認めるということは、アルメリアはお父上や弟のどなたかに爵位を譲る事もできますし、または配偶者を得た時には継承可能な男爵家となることができるのです。

「あっ、ありがとうございます! 私、そのご期待に応えられますよう、懸命に励みます! フローラ! 凄い、凄いよ!」

 私は、レガリア様の次に、今度は感激に打ち震えたアルメリアの抱擁を受けることとなったのでした。

「モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く