モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第四章 モブ令嬢とクルークの試練(三)

「……あの、フローラ? そちらの……この方たちは……もしかして、ノームですか? 姫さんって……お知り合い?」

 マリーズが不思議そうに言いました。虹色の瞳には好奇心の光がありありと浮かび上がっています。

「いっ――いえ、そのようなことは……」

 ああッ! いけません!
 言葉に詰まってしまいました。彼らと出会ったのはあの夢の中です……彼らは妖精ですのでこのようなことがあっても不思議では無いのかもしれませんが、その経緯を話すわけにはまいりません。
 Tのような形の通路、突き当たりの石壁にノームの一人がナイフによって服を縫い留められ、そこから左に折れた通路では、二人のノームがメアリーとリラさんによって襟首を掴まれて、身体をバタバタとしながらブラブラと揺れています。

「ノルム様に特別に愛されてるから、お姉さんは僕たちの姫様だよ――ね、んな」

 その通路の奥から声が響き、ひょこひょこと小さな人影が歩いてきました。
 メアリーが僅かに目を見開いて油断なくその相手に目線を向けます。
 壁のノームと、メアリーとリラさんの手に吊されたままのノームたちは、掛けられた言葉に疑問顔を浮かべたあと、ハッと目を見開きました。

「お? ……おお、そうだ!」

「……そうだ!」

「そうだ!」

 ……皆さん、言葉の意味を理解したご様子です。

「姫様が来た――って、皆んなソワソワして仕事にならないんだ」

 歩いてきたのは、若い――本当の子供のようなノームでした。
 ……あの子は、あの時にもいた、おしゃまなノームのようです。
 彼はニコリと笑いながら近付いてきますが、メアリーはその進路を塞ぐようにして立ちはだかりました。 

「あなたたちですか……私たちがこの迷宮に入ってから覗いていたのは」

「うん。僕たちの領域に人間がやって来るなんて珍しいから、皆んな興味津々なんだ。――しかも姫様が居るって、僕たち迷宮を掘り進めないといけないのに……」

 幼いノームは、無邪気な様子でそのように答えました。

「お待ちくださいノームさん。――もしかして、クルークの試練で出来る迷宮はあなたたちが堀り広げているのですか!?」

「うん。クルーク様が試練を決めてから掘り始めて、三層まで出来たら外に穴が空くんだよ」

 ……図らずもクルークの試練の秘密が二つも判明してしまいました。これは先生が喜びそうです。
 しかし……あの後から掘り始めたということですよね?
 クルークの試練が口を開けたのが、たしか光の月およそ六月の十五日であったはずです。あの夢を見たのは光の月の一日か二日……流石に妖精というべきでしょう。
 そして今日は赤竜の月およそ七月の二日。単純に考えて六層はできあがっているのではないでしょうか。

「ところでノームさん? やはり一柱の精霊王に特に愛されている人間も、一柱の竜王様に特に愛されている人間と同じように、髪と瞳の色が精霊王と竜王様を象徴する色になると考えて良いのかしら?」

 マリーズが、興味津々で問い掛けました。
 リラさんが間に居なければ、駆け寄って行きそうな感じです。
 幼いノームは、マリーズがよくするのと同じように小首を傾げます。

「……姫様がノルム様に特別に愛されてるのは分かるけど――ほかは知らないよ」

「そうなのですか……」

 マリーズは、幼いノームの言葉を噛みしめるようにして考え込みます。

「ノームさんたちも認めているのなら、フローラは『ノルムの愛し子』と呼んでも良いのかも知れませんね。私、考えていたのですが、愛し子と呼ばれる方々はより精霊に近い存在なのかも知れませんね」

 私と同じ髪と瞳の色をしているノームたちを見回して、マリーズが言いました。

「ところでノームさん……、もしも私たちがあなたたちに協力をお願いしたら、クルークの試練を達成するのに違反をしたことになるのかしら?」

 マリーズは、何やら悪戯を思いついたような表情を浮かべました。
 幼いノームも、悪戯めいた表情で答えます。

「クルーク様には、手伝っちゃいけないって言われてないから、問題ないと思うよ」

「だったらあなたたちの姫様の為に手を貸してくれないかしら」

「うん、良いよ」

「おう、任しとけ!」

「任しとけ!」

「任しとけ!」

 幼いノームに続いて、大人のノームたちも胸を叩いて応えました。

「付いておいでよ」

 幼いノームがそのように言って先導するように先に進みます。
 メアリーとリラさんも、二人のノームを解放しました。

「付いてこい!」

「付いてこい!」

 彼らは幼いノームを追い越して付いてくるように促します。

「おい、置いてくな! 取れない……誰か助けて!」

 ああ、いけません。壁に縫い付けてしまったノームさんを忘れて行ってしまうところでした。





 ノームさんを解放した後、私たちは彼らの先導で二層下、第六層にある彼らの集落へと招かれました。
 集落には沢山のノームたちが居て、可愛らしい家々が立ち並んでおりました。
 この場所は、おそらく彼らに招かれなければ入ることが叶わないようになっているのだと思われます。
 学園の図書室にあった資料にも、このような場所の記録はございませんでした。

「案内するぜ!」

「案内するぜ!」

「案内するぜ!」

 ノームさんたちは口々に言い、集落を案内してくれます。
 彼らに引き連れられて集落を見て回っておりましたら、私は妙なものを目にいたしました。
 旦那様の前世の世界で使われているという、ひらがなと言う文字です。
『あるめりあ』と、ひらがなで書かれた板が、犬小屋のような建物の入り口の上に付けられていました。
 何故旦那様の前世の世界の言葉を、彼らは知っているのでしょうか?
 私は気になって、その小屋の中を覗き込みます。

「……!? あッ、アルメリア!? 何でこんなところに居るのですか!?」

 なんと、小屋の中には、アルメリアが鎖の付いた首輪を嵌められて眠りこけていたのです。

「んぁ、…………あれ、フローラ? どうしてここに?」

 私の、驚きの声に目を覚ましたアルメリアは、どこかまだ夢心地の様子です。

「あれ、フローラ? ではございません! 何でこのような仕打ちを受けているのですか! ノームさんたち、いったいどう言う事ですか? 私の友達をこのような目に遭わせて――あなたたちには良くして頂いておりますが、場合によってはただでは済ましませんよ!」

「わあ、姫さんが怒った!」

「姫さんが怒った!」

「怒った!」

「そいつ、シュガールに気に入られてる、奴の眷属! ノルム様の仇敵」

「ノルム様の仇敵」

「仇敵」

 私の剣幕に、ノームさんたちが慌てた様子でグルグルと逃げ惑いますと、家の影に隠れてからこちらを覗き込むようにして口々に言いました。
 確かにアルメリアは、菜の花色の黄色い髪に、金色の瞳をしておりますので、金竜王シュガール様の加護が強いことは見て取れますが……地の精霊王ノルムとシュガール様の因縁はこれほどに深いのですか。

「彼女、罠に嵌まってこの近くに飛ばされてきたんだ。姫様の名前を口にしたから助けたけど……ホントだったら……」

 幼いノームが、最後の言葉を濁しました。
 それは、本当だったら見殺しにしたということでしょうか? 私の名を口にしたから特別に助けたのだと……。

「フローラ、怒らないでやってくれないか。私は彼らに助けてもらったのだし、この扱いにはとても満足している」

 アルメリアは赤らめた顔で鷹揚に言います。助けてくれた彼らから受ける仕打ちなので、大丈夫だということでしょうか?
 アルメリアは心が広いのですね。

「……分かりました。アルメリアが納得しているのなら良いでしょう。でも彼女は私の大切な友人です。首輪を解いて解放してください」

 私がそのように言いましたら、ノームたちは皆、イヤそうに顔を歪めます。アルメリアも残念そうな顔をしているように見えるのは何故でしょうか? 腑に落ちません。

 アルメリアが解放された後、私たちはノームの長の家に通されて歓待されることになりました。
 ノームの長の家は、彼らの集落の中では最も大きいものですが、家の広さはともかく、高さは彼らの身長に合わせて作られているので、背の高いレオパルド様などは背をかがめないと天井に頭がぶつかってしまいます。
 私たちは床に腰掛けて話をすることになりました。

「アルメリア、ご親族は大丈夫だったのですか?」

「父上は、トライン辺境伯から一軍を任されて出陣していたから顔を合わせられなかったけど、弟たちは館にいたよ。場合によっては隣領に避難するように手筈を整えてきた。ああそうだ。アンドゥーラ先生だけど、昨日やってきた黒竜騎士団に、クルークの試練に参加できないのなら、新政トーゴ王国との戦争に力を貸してほしいと請われて、彼らに力を貸すことになったよ。あと、一緒にやって来たサレア様に試してもらったら、やっぱり前回のクルークの試練達成者は、この迷宮に入ることは出来ないみたいだ。アンドゥーラ先生が合流できたらそう言ってくれって」

 ということは、クルークの試練は私たちの力だけで達成しないとならないということですね。
 私が考え込んでしまったと思ったのでしょう、マリーズが話を進めるように口を開きます。

「ところで、どうしてこのような事になったのです?」

 その問い掛けに、アルメリアは恥ずかしそうに頬を掻きます。

「私は、クルークの試練攻略の為にアンドゥーラ先生が集めた人たちに混じって迷宮に入ったんだけど、さっきのノーム君が言ったように、転移の罠に引っかかってしまって、この階層に飛ばされてしまったんだ。途方に暮れてしまって、『フローラ、力になれなくてごめん』って呟いたんだ。そうしたら彼らが周りに現れて、『お前、姫さんの知り合いか?』って聞かれて、『姫さんって、もしかしてフローラの事?』って聞いたらそうだって言うから、私もそうだって、答えたら……彼ら、渋々といった感じで、それは嫌そうに助けてくれたんだよ」

 何でしょうか? 最後の辺り、アルメリアはその時のことを思い出しながら話しているのか、瞳を潤ませています。
 アルメリアはああは言っていましたが、やはりあの仕打ちには思うところがあったのではないでしょうか?
 仮にも女性が、首輪を付けられて犬小屋に入れられるなど、私だったら情けなくて涙してしまったでしょう。

「ところで、フローラたちはここまで来るのにどんな感じだったんだい?」

 今度はアルメリアから問われて、私たちはここまでやって来るまでの事を彼女に話しました。
 そうしているうちに、ノームの長がやってまいりました。

「人間を儂らの村に招いたのは何百年振りか……、しかもノルム様に慈しまれしお方を歓待できるとは思わなかった。儂らの食べ物だから、口に合うか分からんが、どうぞ召し上がってくだされ」

 長がそう言いますと、女性のノームが料理を手にわらわらとやってまいりました。
 クルークの試練攻略に臨んで三日目に入ったその日、私たちはノームの集落で思わぬ休息を得ることができたのでした。

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