モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第四章 モブ令嬢と入居人と茶会

「貴宿館にてお茶会を開きたいと思いますの」

 騎士団の転属話から始まった騒動の翌日。
 夕食前に貴宿館からの呼び出しを受けて、サロンへとまいりましたら、弾いていたロメオの演奏を中断して、レガリア様がそのように仰いました。

「お茶会ですか?」

「ええ、クラウス様がこちらへお住まいになられて、やっと身辺が片付きましたが、そのせいで先日よりレオパルド様や私の友人を押しとどめる口実がなくなってしまいました」

 ゆったりとした動作で私の前にやって来られたレガリア様の落ち着いた風格は、まるでこの館の女主人のようです。

「この二日ばかり、何とか数組に抑えてクラウス様との顔合わせをしたのですが……その、やはり不満が出てしまいまして……それで考えたのです。私たちはどちらにしましてもこの後、茶会の主催をする立場になります。ですので、フローラと貴宿館の女性陣とで茶会の主催をしてみませんか?」

 私は、サロンの椅子に腰掛けて本に目を落としているアルメリアと、ミームさんの描いたらしい絵をホクホク顔で確認しているマリーズにチラリと視線を送ります。
 この反応は……
 サロンの入り口付近で、ドランジュという盤上遊戯ボードゲームをしている男性陣も特別な反応がございません。……既に話は通っているようですね。

「私たちで茶会を主催……、ということは招くのは学園の友人たちということでしょうか?」

 そのように口にいたしましたが……私の友人は既に皆、貴宿館で生活しているのですが……。
 それに、最近親しく話をさせて頂いている方々はレガリア様のご友人たちですし……。
 私がそのような事を考えているとは知らず、レガリア様は続けます。

「そうなりますね。茶会の概要を決めて手配から、招待状なども正式な形で出そうと考えています」

 正式な形ということは、社交界での序列なども考えなければならないのでは?
 それに……我が家は、私が生まれる前に社交界から排斥されてしまっておりましたので、もしかするとお母様も茶会の主催をなされたことがないかもしれません。

「レガリア様――その茶会に付いては了承いたします。ただ、その準備ですが、お母様もご一緒させて頂けませんか?」

 お母様が我が家に嫁いできたのは、今の私と同じ一五歳です。ご実家のオーディエント家で教育を受けていたとしても、実際に茶会の主催をなされた事は無いのではないでしょうか?
 レガリア様は、一瞬私の申し出の意味が分からないご様子でしたが、すぐに思い至ってくださったようです。

「ええ……そうですね。これからはエヴィデンシア家でも、茶会の主催をなされることが増えるでしょうから……ルリア様もご一緒に準備を進めましょう。……ああ、そうでした費用ですが、それは我が家とレオパルド様の家デュランド家にてお支払いいたしますので、食材や使用人の方々の手間賃は私の方へ請求してください」

「レガリア様、よろしいのですか? 我が家も費用の負担をした方が……」

 私がそう口にいたしますと、レガリア様は静かに首を振ります。

「いいえフローラ。今回の茶会は私たちの事情で開催するのですから、そのような気遣いは無用ですよ」

「レガリアは、エヴィデンシア夫人――まあ、同じ学舎で学ぶ間柄だ我もフローラと呼ばせてもらおう。おぬしが沈んでいるのが心配なのだそうだ。何か自分の出来ることでフローラの力になりたいと、このような事を言い出した」

 いつの間にか、ドランジュをなさっていた席を立って、クラウス様が近くにやって来ておりました。
 その言葉にレガリア様は、これまでの落ち着いた様子を乱し、クラウス様を軽く睨みます。

「なッ、クラウス様なんで言ってしまうのですか!? まったく陛下と言い貴男まで……」

「レガリア、我は、素直に『沈んでいるフローラが心配だから、何かをして気を紛らわせた方が良い』と、言った方が良いと思うぞ。それにそのように回りくどい話をしておっては、我が話をする時間が無くなるではないか。夕食後、女性陣が入浴したら我々はサロン二階には居られないのだからな」

 レガリア様は薄らと顔を赤く染めて、少々恥ずかしそうに私を見ます。

「……その、フローラ。グラードル卿のことで、気持ちが沈んでしまうのは仕方ございませんが、私たちが近くにいるのですから、思い詰めずになんでも言って良いのですよ? 力になれるかは分かりませんが、話をするだけでも気が紛れると思うの」

 おそらく、初めに仰った事も事実なのでしょう。しかし、レガリア様は私が一人で思い詰めることを心配してくださって……私は、僅かに瞳に滲んできた涙を軽く拭います。
 私の視線の端に見えるアルメリアもマリーズも、微笑ましそうに私たちに視線を向けておりました。
 このように心配してくれる彼女たちにも、真実を告げることができないのが辛くてなりません。ですが私は微笑みを浮かべます。

「ありがとうございます。もし気持ちが沈んだときにはレガリア様のお言葉に甘えますね。……ところでクラウス様――お話とは?」

 私、王家での茶会の後、クラウス様と顔を合わせるのは初めてのことでございますが、彼は少々雰囲気が変わった気がいたします。

「うむ。……まずは礼を言わねばなるまい。父上と母上を救ってもらったこと、感謝する」

 そう仰って、軽く頭を下げました。その行いに私が僅かに驚いておりますと彼は言葉を続けます。

「……我は尋ねたかったのだ。あの折り、何故君たちはあのように行動できたのだ? バレンシオ伯爵が誠に父上と母上に毒を盛っておったから良かったものの、そうでなければ茶会の席を乱したことと、さらに君の祖父の時と同じように冤罪を仕掛けたとして、重い罰を受けたかも知れぬのに」

 そのように問うクラウス様の目には、先日までの傲慢さは影を潜めて、どこか深慮するような光が覗いておりました。

「あの時は……私たちが得ていた情報と、状況が揃っていたということもございます。……それに事がなされてしまってからでは取り返しがつかないと――私も旦那様もその一心であったような気がいたします」

「……無私の家臣か……」

 私の言葉に、クラウス様は何かを噛みしめるように呟きました。

「…………?」

 クラウス様の言葉を、私が理解しきれていない様子に気付いたのか、彼は補足するように続けました。

「あの茶会の後、父上に言われたのだ。学園に通うことになった我には、これより無数の私欲にまみれた者たちが近付いてくるであろうと……。そして無私の家臣であるエヴィデンシア家の者たちと接することで、我を私欲のために操ろうとする者を見分ける目を養うのだとな。……父上の言葉の意味が少し分かったような気がする」

 クラウス様は、そう仰りながらご自分の思考の内へと入り込んでしまったように見えます。
 そのような過大な評価は身に余ります。私たちとて、平穏に生きて、貴族として国に尽くしたいという私欲がございます。
 そのように考えておりましたら、レガリア様が、私を近くにあるソファーへと導きました。

「クラウス様や私たちは、あの裁判の真似事の時から、奥へと下がっておりましたが、……フローラがグラードル様を思って上げたあの絶叫は、私たちの耳を打ちました。あの、愛しき人を思い、上げられた悲哀に満ちた叫び声を聞いて、心を揺さぶられない者は人ではございません。それにあの後――毒を受け倒れたグラードル様の手をしっかりと握り、その身体の上に重なるようにして気を失った貴女を見て、クラウス様は思うところがあったご様子でした。その後、陛下がそのように仰ったのです」

 レガリア様は小声でそのように教えてくださいました。
 しかし、あの狂ってしまったような叫び声と、その後の醜態ををそのように表されて、私は身の縮む思いです。
 その後、また貴宿館で開催するお茶会の話に戻りまして、今月の末頃に開催しましょうという話に決まりました。
 試練を受けるための準備とお茶会の準備。私、本当に沈んでいる暇がないかもしれませんね。

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