モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第三章 モブ令嬢と旦那様と元軍務卿

 本日は銀竜の日土曜日。旦那様たちの帰還から三日目になりました。
 旦那様は、演習後の休暇で週が明けるまでお休みでございます。
 私も、アルメリアも今週は学園へ休みの届け出をして館にて静養しております。
 旦那様には、この三日の間に今回の件について、私の考察をお話しいたしました。
 彼は、とても興味深そうにその話を聞いて、今後の行動を考えておられるようでした。

 今日は昼後に旦那様と私は連れだってデュランド公爵の邸宅を訪ねました。
 演習に出発する前に招かれた事もございますが、元軍務卿のバーナード様にお祖父様やお婆さまの話を聞くことができるかも知れないと思ったからです。
 お父様のお話ですと、お祖父様とバーナード様は同じ歳で何かと親交があったとのことです。
 またお父様が軍務部へと招かれた当時は、財務部が軍務部に宛がわれる費用を削減しようとしたこともあり、軍務部と財務部の関係性は相当に険悪なものであったらしく、現在でもバーナード様は相当にバレンシオ伯爵を嫌っておられるそうです。

 私たちが訪れるとの連絡はセバスによって二日前に既に伝えてあり了承は頂きました。
 デュランド公爵の王都での邸宅は、貴族街でも王宮にほど近い場所にございます。敷地は領地をお持ちでございますので、それほど広くはなく館と庭園が門の外からも確認できます。
 デュランド公爵の館は典型的なバララント様式で、非常に重厚なおもむきです。
 旦那様は玄関のドアに設置されたノッカーで、ドアを打ちます。
 少しの間待っておりますと、ギーッと音を立ててドアが開かれました。
 私は意識して、旦那様よりも一歩前に出て屋敷の中へ入ります。旦那様は、お話ししたのですがどうしてもご自分が先に入ってしまう癖が抜けません。
 館の従僕が先導して私たちを二階へと案内してくださいます。

「グラードル卿! お二人が今日我が家を訪ねてくると聞いてお待ちしておりました」

 そう声を掛けて来ましたのはレオパルド様です。

「グラードル卿、ご無事で何よりでした。私は離れた部隊に配されていたので襲撃の話を聞いて驚きました。人質に取られたアルメリア嬢のために自身も賊に降ったとか……私はその話を聞いて、なおさらに貴男に対しての自分の行いを恥じ入りました」

 レオパルド様はまっすぐに賞賛の色を浮かべて、旦那様に笑顔を向けております。

「いや、考えてみれば軽挙だったかも知れない。あの場では身代金目的であろうから身は安全だろうと投降したが、その場にいた実行犯が安全だとしても、あれだけの大規模に行われた襲撃だ。どのような輩が紛れているかまで考えていなかった。後でその点を妻に指摘されてしまったよ。早急に救出されたから良かったが、時間が経っていたらどうなっていたか……ああ、紹介が遅れて申し訳ない。我が妻、フローラです」

 旦那様が私を紹介してくださいました。
 ですが、私が旦那様を叱責したこと、レオパルド様にはやんわりとお話しくださいました。
 私、あのとき緊張が解けたこともあって思わず旦那様を叱責してしまいましたが、いま自分の行いを思い出しますと恥ずかしくなってしまいます。
 その旦那様の紹介を受けて、レオパルド様が私に視線を移しました。

「時折、アルメリア嬢と一緒にいたのを見たことがありましたが、優れた見識をお持ちの方だったのですね。グラードル卿に敗れ、お祖父様に叱られてから、いかに自分が戦士として優れていると増長して、目が曇っていたのかと思い知らされる毎日です。あの時グラードル卿に敗れていなかったらと思うと、いまはその方が恐ろしい。あなたのご主人には感謝してもしきれない」

「ありがとうございます。私にとっては最高のお言葉です」

 私がそう返事を返しましたら、頃合いを見ていたのでしょう、先導しておりました従僕がレオパルド様に口を開きます。

「レオパルド様、そろそろ、大旦那様がお待ちですので」

「ああ、そうだったすまない。グラードル卿また後日、合同修練のおりにお手合わせをお願いいたします。それでは」

 レオパルド様はそう仰って、ご自分の部屋へと戻って行かれました。
 その後、従僕にバーナード様が滞在している部屋へと案内されました。

「よくきてくれたグラードル卿、そしてフローラ嬢」

 そう言って歓待してくださったバーナード様に礼を返して、私たちは勧められるままに席へと掛けます。

「それにしても、大変な目に遭ったようだのう……身代金目的での拉致であったとレオパルドが言っておったが、夜間に、しかもお主を狙ってとは、なかなか周到に計画されたものではないか。まあ、それにしては、その後が間抜けな話ではあったようだが」

 私たちを迎えるに当たって、レオパルド様からお聞きになったのでしょうが、それにしましても旦那様が狙われたという情報までお持ちとは――その辺りは騎士団の上層部にしか報告しなかったと、旦那様は仰っておりましたが。

「じつは……それも関係しているかも知れないのですが、バーナード卿に伺いたいことがあるのです」

 旦那様は、拉致の話が出たのでそれに便乗して、早々ではございますが今日伺った要件を切り出しました。

「ほう、その拉致話が関係するというのは?」

「義父上の話では、バーナード卿はエヴィデンシア家の先々代当主オルドー様と若い頃から親交があったと伺いました」

「うむ、同じ歳故な。初めて会った頃には――あやつめ、文官家系の青白い男かと思っておったが、なかなかに気骨ものでな、そのうち意気投合してよく一緒に行動しておった」

 バーナード様の視線が、昔を懐かしむように軽く上へと動きます。

「では、財務卿のバレンシオ伯爵に関連したあの、冤罪事件が起こるより前からバレンシオ伯爵がエヴィデンシア家。いえ、オルドー様に恨みを持っていたという話を聞いたことは?」

 旦那様のその言葉を聞いて、バーナード様は少し意外そうな顔をなされました。

「いまになってお主たちがそのような事を言ってくるとはな。では、オルドーのやつも気付いていなかったのだな。あのバレンシオの馬鹿者めが己の妻、フローリアにずっと懸想していたことに……」

「バレンシオ伯爵がお婆さまに!?」

 思わず私が口を開いてしまいました。旦那様も意外そうなお顔をしておいでですが、どこか想像の内にあった様子も窺えます。

「儂は、いつもあの執拗で恨みがましいモルディオには近付くなと言っておったのだがな……。オルドーもフローリアもあのような輩を見捨てることのできない性分だったのだ。まったくあの二人は婚約者同士と言うよりは心根のよく似た兄妹のようであった」

「ではまさか……」

「そうだ。あの当時バレンシオ伯爵家にはまだまだ亡命貴族としての風当たりが強かった。というのも彼らが旧トーゴ王国領から亡命してきて直ぐに、いまの新政トーゴ王国が勃興した。滅び去ったトーゴ王の血筋を僭称した新政トーゴの王は、復興に際して竜王様を否定して精霊王を信奉する国家を打ち立てた。お主たちもよく知っているとおり、かの国はそれから、旧トーゴ王国の版図は当然自分たちのものだと近隣の国々に戦を仕掛けてきたのだからな」

 バーナード様は一度息をついて、深く椅子にかけ直しました。

「バレンシオ家は旧トーゴ王国では公爵家であったのだ。オルトラント王国内では相当に肩身の狭い思いをしておったさ、だが奴めの祖父と父は懸命にオルトラントのために働き、今の地位の足固めをしたのだ。若いときのモルディオはそれは荒れた生活をしておった。その姿をフローリアが目に留めて気に掛けてやったのだ。オルドーもフローリアから奴のことを聞いて二人して良く面倒を見てやっておった」

 ということは、お祖父様よりも、お婆さまが先にバレンシオ伯爵と面識を得ていたということですね。

「儂も、後から気付いたのだがモルディオの奴めフローリアが己のことを好いてくれていると思い込んでおったらしい。このように自分に構ってくれるのは愛してくれているからだと。オルドーとフローリアが結婚してから、奴は二人の前にぱったりと顔を見せなくなった。だが、恋人を横取りされたと酒場で暴れ回っておった奴を見たという者が、儂の騎士仲間におった。儂もそのときにはフローリアのことだとは気が付かなかったのだ、なんといっても二人が生まれたときからの婚約者であったことは王都の貴族の間ではよく知れた話であったからな」

「では、いつお気づきになったのですか?」

「それは、ロバート殿が重傷を負った後だ。王宮の控えの間でたまたま耳にしたのだ。彼奴めが誰かから報告を受けて『これでエヴィデンシア家も終わりだ。死にはしなかったが、これでもう嫁は取れまい。穢されたフローリアの血はこれでこの地から消え去る』と言っておったのをな」

「まさか!? ……お父様の怪我は……」

 私の口から漏れた言葉に、バーナード様が、苦渋に満ちたお顔をいたします。

「儂も、その可能性が高いと思っておる。奴を追い落とせるかも知れぬと思い、儂も当時手を尽くしたが証拠は見つけることができなかった」

 その話を聞き終えた旦那様が、眉間に深い皺を刻んで深刻な表情で口を開きます。

「……フローラ。俺たちは大きな勘違いをしていた……一番危ないのは君だフローラ」

 確かに、バレンシオ伯爵が我が家に執着する根にあるものが、エヴィデンシア家――いえ、この場合はお祖父様の血でしょうか、それが混じったお婆さまの血筋であるとすれば、旦那様のいうことは尤もです。
 ですが、私はその言葉に軽く違和感を感じて答えました。

「しかし旦那様、私を狙うのならばこれまでに機会はいくらでもあったのではないですか?」

 アンドルクの方々が影から見守ってくださっていたようですが、命を狙うのならば圧倒的に狙う側の方が有利なのですから。
 そう考えていた私に、旦那様が首をゆっくりと振ってさらに続けます。

「フローラ。君はバレンシオ伯爵と顔を合わせたことはあるかい?」

「いえ、ございません」

「これは、俺の想像だけど、君と顔を合わせて自分の中の殺意が鈍るかも知れないと思っているのか、あとは君が血を残さずにその人生を終えるのならばそれでよしと思っているのかだね。そう考えると、バレンシオ伯爵にもまだ僅かでも人がましい心根が残っているのかもしれないね」

 旦那様は、想像といいながらも確信を得ているような表情をしております。

「どうして、そう思われたのですか?」

「前回の国境での小競り合いで、俺が怪我をした原因も、もしかするとバレンシオ伯爵の手の者によって仕組まれたのかも知れないと思ったからだよ。あの時、俺が死んでいれば君が子を成す可能性は相当に少なくなったろう?」

 確かに、旦那様との婚姻話が白紙になれば、よほどの物好きでもなければエヴィデンシア家との縁を望む貴族の家はなかったでしょう。ですが、廃爵後に市民へと降ればまだ……ああ、それで旦那様は相当に少なくと仰ったのですね。

「グラードル卿、その怪我とは一体何だ?」

 バーナード様は怪我の部分に好奇心を刺激されたようなお顔をなされております。
 旦那様は、ご自身が怪我をなされたときの話をバーナード様にいたしました。
 バーナード様はその話を腕を組んで聞いておりました。そして、話が終わった後。

「確かに、状況としてはよく似ておるの。ロバート殿の時には鞍の下に遅効性の刺激毒が塗られておったそうだ。馬上で敵と斬り合っておるときに馬が暴れ出して、混戦の中で落馬して馬の蹄で足の骨を砕かれたのだ。彼奴め本当に執念深い男だな」

「今回、俺を拉致しようとした黒幕がフローラが想像した人物だったのなら、正に俺たちに対する警告だね。だからこれから先、リュート君もマリーズ様を守ることも必要だけど、きっと俺とフローラも十分に気を付けないとならない」

 最後の黒幕の話にバーナード様が興味を示されましたが、流石に想像の段階でレンブラント伯爵の名前を挙げるわけにも行かず、旦那様が言葉を濁しましたら、流石に元軍務卿です。お察しくださり「もし、我が家で力になれることができたのなら、頼ってくるがいい」と仰ってくださいました。

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