モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件

獅東 諒

第三章 モブ令嬢の旦那様探索

 あの後、セバスが手配した幌馬車に乗り私たちは一路ユングラウフ平野へと向かいました。
 本来であれば閉じられていたはずの門も、ライオット様に手配いただいたおかげで、つつがなく通過することができました。
 私と行動を共にするアンドルクの方々は、これまでに見たことも無い方がほとんどでしたが、その中に貴宿館のミミもおりました。メアリーを含めて総勢で七名です。
 メアリーとミミ以外の方々は男性です。幌馬車は六頭立ての大きな馬車ですので窮屈ではございませんが、懸架装置は旧来のものらしく、振動はかなりのものです。ミミが厚い毛布を持ち込んでくれていたので助かりました。そのような点を取っても実際に働いている人間と、私のように頭だけで考えている人間の差を思い知らされます。

「奥様。私たちは実務の人間です。進む道を指し示してくれる方がいなければ十全の力を発揮することはかないません。奥様は私たちに道をお示しください。それが上に立つ人間の役目であると私は思います」

 私の沈んだ様子に気付いたメアリーが、そう言って慰めてくれました。ならば私は、彼らが進む道を過たせないように心しなければ……。

 私たちがユングラウフ平野への入り口となる領境に到着いたしましたのは夜が白む頃合いでした。
 ユングラウフ平野に続く街道は演習の軍によって王都へと向かう方角の通行が制限されております。
 その検問をおこなう人員の中に知り合いの顔を見つけました。

「レオンさん!」

「なッ!? 奥方……」

 私の姿を確認したレオンさんは、驚きの声を上げかけましたが、グッとそれを押さえ込みました。
 彼は周りにいたほかの兵に声を掛けて、私たちの馬車の側へとやってきます。

「まさか、グラードル卿が拉致されたという情報がもう……。やはりあの二人はエヴィデンシア家の関係者だったんですか?」

 私はレオンさんの問いに、無言で頷きます。

「グラードル卿があの二人に何か言っていたから知り合いだとは思ったが……こちらには何の説明もなく、あの騒ぎの後グラードル卿の馬が持ち出されていたので、少々困惑していたんだ」

 確かにフルマもチーシャも説明のしようがありませんよね。しかし襲撃を受けたのは夜遅くだったと言うのにレオンさんはよく見ていらっしゃったのですね。

「レオンさん、旦那様が拉致された場所を教えて頂くことはできますか、おおよその場所は聞いてきたのですが、正確であればあるほど旦那様を見つけやすくなるのです」

「グラードル卿を見つける手立てがあるんですか!?」

 私は、ゆっくりと首を縦に振ります。

「この馬車にはまだ乗れますか、だったら待っていてください、直ぐに引き継ぎをしてきます。グラードル卿の配下と黒竜騎士団は人相確認の為に封鎖したせきで検問に携わっているんです」

 そうしてレオンさんは私たちの馬車に乗り込んできました。

「今日中にグラードル卿が見付からない場合は、大隊は当初の予定通り、明日には陣を払って王都へと帰還することになっています。それで、俺たちを含む中隊がこの地に残り探索することに決まりまして」

「中隊の総数はおよそ五十名ですか……軍部がそれだけの人数を探索に当ててくださる事を考えますと、旦那様は軍部において、信用を得ることができていると考えて良いのでしょうか?」

 私の自問のようなつぶやきを、聞きつけてレオンさんがニヤリと笑って口を開きます。

「以前のグラードル卿でしたら、俺のように名乗り出てまで探そうなんてやつはいませんでしたよ奥方」

「ありがとうございます。レオンさん」

 旦那様……旦那様の歩みは間違っておりませんよ。私も、もしもこのようなことで旦那様の未来が閉ざされることのないように、いま持てる全ての力を使い切ります。

 それから私たちが旦那様が拉致された場所までたどり着くのに一時間ほど掛かりました。
 日はすっかり昇りきり、林の外に幌馬車を止めて現場へと足を運びます。
 その場所には前日まで設営されていた天幕の跡がそこかしこに残っていて、この場所で煮炊きをする急ごしらえの竈の跡も残っていました。
 足下の草地も荒れて所々がこそげ取られたように穴が開いております。

「この辺りで間違いございませんね。それから魔具をお持ちの方がおられましたら、申し訳ございませんが百ルタメートルほど離れて頂けませんか」

 私はそう確認して、腰帯に差していた訓練用杖タクトを引き抜きます。
 タクトの持ち手に手を掛けた瞬間から僅かですが魔力が吸い出されて行きます。吸い出された魔力は持ち手のルーンを通じてタクト全体へと行き渡っていきます。
 王都から出て直ぐに一度試してみましたが、やはり魔力は通常のタクトの倍ほど消費します。出力も上がっておりますが、先生の仰ったとおり僅かです。とても消費する魔力量に見合うものではございません。

『緑竜王リンドヴィルムの神器リンヴィルを我が手に! 地の精霊ノルムが領域、大地を這うツタ葉のごとく伸び広がれ! して魔力の波動を掴み我に示せ!』

 竜魔法と精霊魔法の混合魔法、よく物をどこかへと紛れ込ませてしまう先生が、探し物を見つけるためだけに編み出したという曰く付きの、失せ物探しの魔法です。
 それでなくとも多量の魔力を使う竜魔法と、精霊魔法を合わせた非常に効率の悪い魔法です。ですが、今回の場合もっとも役に立つ魔法でもあります。
 力ある言葉を発した途端、タクトにごっそりと魔力が吸い上げられます。急激な魔力の減少によってまるで貧血を起こしたような眩みに襲われます。しかし、同時に私の感覚はまるで大地一面に張る細かな根のように広がってゆきます。
 幾重もの生命の痕跡が、広がった私の感覚に捕らえられます。
 私が探すのはその中の一つ、私のよく知る魔力の波動……アンドゥーラ先生が合成した魔法薬に残る先生の魔力の波の残滓。
 魔法薬を製造するうえで使われた術者の魔力はおよそ二週間ほどは、その魔法薬に残ります。それ以上時間が経つと魔法薬の原材料の持つ波動が強くなり術者の痕跡は分からなくなってしまうのです。
 先生に魔法薬を造って頂いて今日で丁度一週間です。まだなんとか先生の波動の残滓を追うことは可能です。

「……捕らえました」

 私の広がった感覚に、薄らと線を引くように先生の魔力の残滓が捕らえられました、私はそれまで広げていた魔法の力を絞ってその残滓を捕らえることにのみ集中いたします。
 吸い出されていく魔力は格段に少なくなりました。それまで全域を探っていたものを、見つけた線をたどるだけでよくなったのですから。それでも通常の倍の魔力が吸い出されて行きます。

「急ぎましょう、誰か私を馬車に運んでください。道筋は私が示します」

 私は少しでも体力と魔力の消費を抑えるためにそう言いました。
 ひょいと私を持ち上げて、馬車の中へと入れてくださったのはレオンさんでした。
 馬車は私の指示に従い寂れた街道を進みます。初めは報告にあったとおり北へと、しかし小一時間ほど進んだところで、波動の残滓は東へと向かいました。

「やはり……」

 それは私の想像したとおりでした。ランドゥーザ伯爵の領地へと向かうはずがないのです。エヴィデンシア家の過去を知っている者が今回の件をけしかけたのならば。
 ですが、それは彼らの当初の目的通りだったらです。旦那様の拉致が成功してしまってその選択をしてしまったのは、彼らには悪手であるはず。何故ならば小細工をしたことで時間を消費して、この地を去る前に街道が封鎖されてしまうからです。
 旦那様やアルメリアを連れていなければ、ほとぼりを冷まして、どこなりと散ることもできるでしょうが、二人を連れている以上それはできない。ならばランドゥーザ伯爵領へと入ってしまった方が良かったのです。
 そしてそれは、私の考えが正解に近いことを示していました。彼らは困惑しているはずです。
 
 そこからおよそ十五ベルタキロメートルほど東に進んで私たちは、森の中に朽ちた廃城を見つけました。

「間違いありません。旦那様とアルメリアはあそこです」

 城の地下にアンドゥーラ先生の波動がハッキリと捉えられます。

「しかし、あれは……」

 レオンさんが、朽ちてはいるものの、まだ城としての威容を感じさせる外見に息を呑みます。

「そうですね。旦那様たちを救うにしましてもいまは無理です。夜を待ちましょう。連れてきた者の中に斥候が得意な者がおりますのでそれまでの間に周囲を探らせます。奥様は夜までお休みを、魔力の回復をなされた方がよろしいでしょう」

 メアリーがいつものように薄い表情のまま、まるで既定事実を確認するように言います。
 その後も、侍女服姿のまま私に付き添っているメアリーが、アンドルクの面々にテキパキと指示を飛ばしているのを見て、レオンさんが驚いたように視線を向けました。

「……アンタ、奥方の侍女じゃないのか」

「何を申します、これくらい侍女の嗜みです」

 メアリーは相変わらず、淡々とそう言ってのけました。

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