モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件
第二章 モブ令嬢家と聖女様
旦那様と私がセバスに伴われて応接室へとまいりますと、お父様とお母様が、長テーブルをはさんで、薄いベールで頭を覆った、白い巫女服を纏った女性と対面するように席に掛けておりました。
さらに、その女性のお供と思われる紺の巫女服を纏った、三人の女性が彼女の後ろに控えております。
「お待たせして申し訳ございません。エヴィデンシア家当主、グラードル・ルブレン・エヴィデンシアと申します。七大竜王様のお導きによりお目にかかれましたこと慶賀の至りに存じます」
「その妻、フローラ・オーディエント・エヴィデンシアでございます。七大竜王様のお導きによりお目にかかれましたこと慶賀の至りに存じます」
旦那様と私は名を告げます。そして、お腹の前で両の手を組み、その手の親指を額に一度付けるように掲げて元の位置に戻しました。
この出会いを頂いた七大竜王様に祈りを捧げ感謝の意を示します。
「七大竜王様のお導きに感謝を。……初めまして、エヴィデンシア夫妻。私――七竜教の巫女、マリーズ・シェグラット・リンデルと申します。聖女などと呼ばれる方もおられますが、マリーズとお呼びください。それに、お義母上であらせられるルリア様は我がマーリンエルト公国、オーディエント家の出自、こちらへ嫁いでこられてからの話など、お話をさせていただいておりましたので、思いのほか時の巡りは早く感じられました」
私たちの挨拶を受けて立ち上がったマリーズ様も、七大竜王様に祈ってから、そう言って微笑みを浮かべております。
「私も、長らくマーリンエルトの地に足を運んだことがございませんでしたので、聖女様のお話を聞けて懐かしく、また楽しい時間でございました」
お母様も微笑みを返しております。
マリーズ様はおそらく私とほとんど変わらない背の高さではないでしょうか、彼女は私と同じ歳であったと記憶しておりますので、年相応の身長だと思われます。
髪の色は銀色で、光の加減で金色が浮かび上がるように見えます。先ほどからずっと目を軽く伏せておられますので瞳の色までは分かりませんが、噂では虹色の瞳を持っておられると聞き及んでおります。
表情を消しておられましても、ずっと優しく微笑んでいられるようで、聖女の名を冠されるのにふさわしいご容貌でござます。
「お掛けくださいマリーズ様。私たちも失礼して掛けさせていただきます」
お父様とお母様が、マリーズ様と対面で座っておられましたので、旦那様と私は長テーブルの端の席に掛けました。旦那様がお父様たちの側、私がマリーズ様側になります。
私たちは着席すると、旦那様が一息ついてから口を開きます。
「マーリンエルト公国の神殿にご在籍のマリーズ様が、オルトラント王国貴族であるエヴィデンシア家への用件とは、いかようなものでございましょうか?」
マリーズ様の用件につきましては、予想は立っておりますが、これは聞かなければならないことです。
彼女は、軽く思案のご様子を見せてから口を開きました。
「……つい最近のことでございますが、我らの神殿に『オルトラント王国の首都オーラスに白竜の愛し子様が現われた』と報告がございました。オーラスの神殿に調査をお願いいたしましたところ、事実であるとのこと……」
リュートさんが王都へとやって来たのは五日前のことです。隣国とはいえマーリンエルトの首都、マーリンからの旅程を考えますと、少なくともその翌日には出立しなければ、いまこの場にいることは適わないと思うのですが……。
「……そして、これはエヴィデンシア家の当主様には申し上げにくいことですが、私どもの耳に、あなたの……グラードル卿の悪評があまりにも多く入りました。神殿といたしましてはそのような方の館に『白竜の愛し子』様を住まわせてよいものかとの声が上がったのです」
「それは……」
マリーズ様のお言葉に、旦那様が悔しそうに顔をゆがめました。
私は、無礼であるとは分かっておりましたが、たまらずに口を開いてしまいました。
「確かにそれはあったことかも知れません。しかし、いまのグラードル様はその行いを悔い――贖罪の道を歩いておられます! マリーズ様――どうか、どうかいまの旦那様を見ていただきとう存じます!」
「フローラ! 失礼であろう!!」
声を上げてしまった私にお父様が叱咤の声を上げました。
マリーズ様が、そっと片手を上げて、お父様をいさめます。
「いえ、いいのです。……それに先ほど、ご両親からも懇願されました。グラードル卿は噂に上がっているような、以前の彼では無いと、いまの彼は、エヴィデンシア家のために真摯に家族と向き合い生きていると。だからいまの彼を見て私に判断してほしいとも……」
マリーズ様が慈愛に満ちた微笑みを私たち家族へと向けます。
「お父様…………」
お父様は顔を赤らめて小さく咳払いをすると、私から視線をそらしました。
その隣では、お母様も優しく微笑んでおります。
「グラードル卿……よいご家族ですね。貴男の心がこちらのご家族によって浄化され、正しき道へと歩まれたこと、想像に難くはございません」
「ありがとう存じます――マリーズ様」
旦那様の言葉に、マリーズ様は大仰に笑顔を浮かべます。それは、何かおもしろいことを思いついた少女のような、どこか世俗的な雰囲気を含んでおります。
「……しかし、神殿といたしましては言葉のみでの判断はいたしかねます」
その言葉に、旦那様が表情を引き締めます。
「それでは……リュート君を、住まわせることはできないと?」
「いえ……。こちらに来てから時間がございましたので、あの『貴宿館』と呼ばれる館も少々見学させていただきました。あちらはまだお部屋の空きがあるとのこと。そちらに……私を住まわせていただくことは叶いませんでしょうか?」
「へっ? あッ……失礼。あの、それはいったい?」
突然のマリーズ様の提案に旦那様が目をむいております。
驚いているのは旦那様だけではございません。私も、両親も、さらに言いますとマリーズ様の後ろに控えるお供の方々も皆、驚きを隠せないでおります。
「ええ、私がこちらで生活をして、この目で貴男の素行と、『白竜の愛し子』様のご様子を拝見させていただきます」
「聖女様、それは!」
マリーズ様の後ろに控えていた、最も年上らしい巫女が慌てた様子で口を開きました。
「リラ。それが一番ではございませんか。神殿も私に真贋を託したのですから……愛し子様と顔を合わせてそれで帰るというわけにもまいりませんでしょう? 彼はオルトラントの国民であり、白竜様の愛し子なのです。いくら同じ七大竜王様の徒であろうとも、他国人である私たちが無理を通すわけにはまいりません」
私たちを置き去りにして話を進めるマリーズ様に、旦那様が言いにくそうに口を開きます。
「マリーズ様。『貴宿館』は、ファーラム学園に通う学生、それも遠領で懐の厳しい学生のために部屋を貸しております。ですので申し訳ございませんが……」
それを聞いたマリーズ様は、軽く首をかしげると片方の頬に手の平を軽く当てて少し考え込みました。
「では、ファーラム学園の学生ならば問題ないのですね。では私――留学という形で学園に在籍いたします。それに、神殿はいつでもお金に腐心しておりますので、懐が厳しいという点は問題ございませんよね」
そう言ってマリーズ様はニコリと笑いました。とんでもない詭弁です。
背後に控えるお供の巫女たちが、少々哀れに思えるほどに狼狽しております。
先ほどからのご様子を拝見しておりますと。マリーズ様は私たちが当初考えていた聖女様像とは、何やら違う感じがいたしてまいりました。
翌日、マリーズ様は早々にファーラム学園長様と話を纏めてしまいまして、その夕には当然のようにご自身の荷物持参で、貴宿館へとやってまいりました。
また、ひとつ驚きましたのは、マリーズ様のお供の巫女お二人に一つの部屋を与えてほしいと、ファーラム様からの書状が届けられたことでした。
書状には、エヴィデンシア家とバレンシオ伯爵との因縁と、旦那様の悪名があるので、どちらにしても本年は部屋を全部埋めるのは大変であろうから、神殿からの要請もあるので、聖女様の身の回りの世話をする巫女を受け入れてほしいとのことでした。
そういう訳で、貴宿館はいま現在、一階のリュートさん、二階にはアルメリアとマリーズ様、そしてお供の巫女二名で、四部屋が埋まり、部屋の半分に入居人が入ったことになりました。
さらに、その女性のお供と思われる紺の巫女服を纏った、三人の女性が彼女の後ろに控えております。
「お待たせして申し訳ございません。エヴィデンシア家当主、グラードル・ルブレン・エヴィデンシアと申します。七大竜王様のお導きによりお目にかかれましたこと慶賀の至りに存じます」
「その妻、フローラ・オーディエント・エヴィデンシアでございます。七大竜王様のお導きによりお目にかかれましたこと慶賀の至りに存じます」
旦那様と私は名を告げます。そして、お腹の前で両の手を組み、その手の親指を額に一度付けるように掲げて元の位置に戻しました。
この出会いを頂いた七大竜王様に祈りを捧げ感謝の意を示します。
「七大竜王様のお導きに感謝を。……初めまして、エヴィデンシア夫妻。私――七竜教の巫女、マリーズ・シェグラット・リンデルと申します。聖女などと呼ばれる方もおられますが、マリーズとお呼びください。それに、お義母上であらせられるルリア様は我がマーリンエルト公国、オーディエント家の出自、こちらへ嫁いでこられてからの話など、お話をさせていただいておりましたので、思いのほか時の巡りは早く感じられました」
私たちの挨拶を受けて立ち上がったマリーズ様も、七大竜王様に祈ってから、そう言って微笑みを浮かべております。
「私も、長らくマーリンエルトの地に足を運んだことがございませんでしたので、聖女様のお話を聞けて懐かしく、また楽しい時間でございました」
お母様も微笑みを返しております。
マリーズ様はおそらく私とほとんど変わらない背の高さではないでしょうか、彼女は私と同じ歳であったと記憶しておりますので、年相応の身長だと思われます。
髪の色は銀色で、光の加減で金色が浮かび上がるように見えます。先ほどからずっと目を軽く伏せておられますので瞳の色までは分かりませんが、噂では虹色の瞳を持っておられると聞き及んでおります。
表情を消しておられましても、ずっと優しく微笑んでいられるようで、聖女の名を冠されるのにふさわしいご容貌でござます。
「お掛けくださいマリーズ様。私たちも失礼して掛けさせていただきます」
お父様とお母様が、マリーズ様と対面で座っておられましたので、旦那様と私は長テーブルの端の席に掛けました。旦那様がお父様たちの側、私がマリーズ様側になります。
私たちは着席すると、旦那様が一息ついてから口を開きます。
「マーリンエルト公国の神殿にご在籍のマリーズ様が、オルトラント王国貴族であるエヴィデンシア家への用件とは、いかようなものでございましょうか?」
マリーズ様の用件につきましては、予想は立っておりますが、これは聞かなければならないことです。
彼女は、軽く思案のご様子を見せてから口を開きました。
「……つい最近のことでございますが、我らの神殿に『オルトラント王国の首都オーラスに白竜の愛し子様が現われた』と報告がございました。オーラスの神殿に調査をお願いいたしましたところ、事実であるとのこと……」
リュートさんが王都へとやって来たのは五日前のことです。隣国とはいえマーリンエルトの首都、マーリンからの旅程を考えますと、少なくともその翌日には出立しなければ、いまこの場にいることは適わないと思うのですが……。
「……そして、これはエヴィデンシア家の当主様には申し上げにくいことですが、私どもの耳に、あなたの……グラードル卿の悪評があまりにも多く入りました。神殿といたしましてはそのような方の館に『白竜の愛し子』様を住まわせてよいものかとの声が上がったのです」
「それは……」
マリーズ様のお言葉に、旦那様が悔しそうに顔をゆがめました。
私は、無礼であるとは分かっておりましたが、たまらずに口を開いてしまいました。
「確かにそれはあったことかも知れません。しかし、いまのグラードル様はその行いを悔い――贖罪の道を歩いておられます! マリーズ様――どうか、どうかいまの旦那様を見ていただきとう存じます!」
「フローラ! 失礼であろう!!」
声を上げてしまった私にお父様が叱咤の声を上げました。
マリーズ様が、そっと片手を上げて、お父様をいさめます。
「いえ、いいのです。……それに先ほど、ご両親からも懇願されました。グラードル卿は噂に上がっているような、以前の彼では無いと、いまの彼は、エヴィデンシア家のために真摯に家族と向き合い生きていると。だからいまの彼を見て私に判断してほしいとも……」
マリーズ様が慈愛に満ちた微笑みを私たち家族へと向けます。
「お父様…………」
お父様は顔を赤らめて小さく咳払いをすると、私から視線をそらしました。
その隣では、お母様も優しく微笑んでおります。
「グラードル卿……よいご家族ですね。貴男の心がこちらのご家族によって浄化され、正しき道へと歩まれたこと、想像に難くはございません」
「ありがとう存じます――マリーズ様」
旦那様の言葉に、マリーズ様は大仰に笑顔を浮かべます。それは、何かおもしろいことを思いついた少女のような、どこか世俗的な雰囲気を含んでおります。
「……しかし、神殿といたしましては言葉のみでの判断はいたしかねます」
その言葉に、旦那様が表情を引き締めます。
「それでは……リュート君を、住まわせることはできないと?」
「いえ……。こちらに来てから時間がございましたので、あの『貴宿館』と呼ばれる館も少々見学させていただきました。あちらはまだお部屋の空きがあるとのこと。そちらに……私を住まわせていただくことは叶いませんでしょうか?」
「へっ? あッ……失礼。あの、それはいったい?」
突然のマリーズ様の提案に旦那様が目をむいております。
驚いているのは旦那様だけではございません。私も、両親も、さらに言いますとマリーズ様の後ろに控えるお供の方々も皆、驚きを隠せないでおります。
「ええ、私がこちらで生活をして、この目で貴男の素行と、『白竜の愛し子』様のご様子を拝見させていただきます」
「聖女様、それは!」
マリーズ様の後ろに控えていた、最も年上らしい巫女が慌てた様子で口を開きました。
「リラ。それが一番ではございませんか。神殿も私に真贋を託したのですから……愛し子様と顔を合わせてそれで帰るというわけにもまいりませんでしょう? 彼はオルトラントの国民であり、白竜様の愛し子なのです。いくら同じ七大竜王様の徒であろうとも、他国人である私たちが無理を通すわけにはまいりません」
私たちを置き去りにして話を進めるマリーズ様に、旦那様が言いにくそうに口を開きます。
「マリーズ様。『貴宿館』は、ファーラム学園に通う学生、それも遠領で懐の厳しい学生のために部屋を貸しております。ですので申し訳ございませんが……」
それを聞いたマリーズ様は、軽く首をかしげると片方の頬に手の平を軽く当てて少し考え込みました。
「では、ファーラム学園の学生ならば問題ないのですね。では私――留学という形で学園に在籍いたします。それに、神殿はいつでもお金に腐心しておりますので、懐が厳しいという点は問題ございませんよね」
そう言ってマリーズ様はニコリと笑いました。とんでもない詭弁です。
背後に控えるお供の巫女たちが、少々哀れに思えるほどに狼狽しております。
先ほどからのご様子を拝見しておりますと。マリーズ様は私たちが当初考えていた聖女様像とは、何やら違う感じがいたしてまいりました。
翌日、マリーズ様は早々にファーラム学園長様と話を纏めてしまいまして、その夕には当然のようにご自身の荷物持参で、貴宿館へとやってまいりました。
また、ひとつ驚きましたのは、マリーズ様のお供の巫女お二人に一つの部屋を与えてほしいと、ファーラム様からの書状が届けられたことでした。
書状には、エヴィデンシア家とバレンシオ伯爵との因縁と、旦那様の悪名があるので、どちらにしても本年は部屋を全部埋めるのは大変であろうから、神殿からの要請もあるので、聖女様の身の回りの世話をする巫女を受け入れてほしいとのことでした。
そういう訳で、貴宿館はいま現在、一階のリュートさん、二階にはアルメリアとマリーズ様、そしてお供の巫女二名で、四部屋が埋まり、部屋の半分に入居人が入ったことになりました。
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