没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第百六十二話 焦燥のルシエラ


 「す、すみません、ルシエールさんのお父さんを呼んでください……!」
 「……!? ちょ、しっかりしてください! 旦那様! 旦那様!」

 バスレーは痛みをこらえながらブライオン商会へ赴き、中にいた従業員に声をかけてソリオを呼んでもらう。そして駆けつけてきたソリオとティアナ、そしてルシエラへ事情を話した。

 「ギルドから戻ってきていたんですが、四人組の男に囲まれてルシエールちゃんが誘拐されました……申し訳ありません……。わたしはティグレ先生と学院長へ報告に行きますので、お父さん方は自警団へ連絡をお願いします!」
 「そ、そんな……」
 「わ、わかりました! ティアナはここに居てくれ、僕が行ってくる。君は念のため、ローエンへ伝えて欲しい」
 「かしこまりました! えらいことだぞ……これは……!」

 店を早々に閉めるよう指示し、ソリオとバスレーが飛ぶように出ていき、ルシエラも飛び出す。

 「お前は家の中に居なさい!」
 「嫌よ! 私も探しに行く!」
 「ダメだ! すまない、よろしく頼む」
 「はい! こっちへ逃げたので多分、王都方面に逃げるつもりかと」

 珍しくソリオが声を荒げてルシエラに言い、ルシエラはびくっと体をこわばらせる。それぞれ目的へ向かったバスレーやソリオ、従業員が見えなくなるとルシエラは腰のダガーに手をやりひとり呟く。

 「今ならまだ間に合う……? 【増幅】なら……!」

 ルシエラは足に【増幅】をかけて町の入口へと駆け出していく。持続時間は魔力が続く限り。ラース達とギルド部で訓練を積んでいたので、しばらくは走れると姿勢を低く、前傾姿勢で走って行く。
 すぐに町の入り口へ到着し、出入りを確認している門番へ声をかけた。

 「すみません! 怪しい奴らが通らなかった! もしくは慌てて出ていった人とか!」
 「お、ルシエラちゃんじゃないか。また何か騒動かい?」
 「そうよ! ルシエールが誘拐されたの!」

 ルシエラが息を切らせながら叫ぶと、門番は目を丸くして口を開く。

 「本当か!? そういえば、町を出た途端ものすごいスピードを出した馬車が一台、さっき通ったぞ」
 「それだわ! ありがとう!」
 「お、おい! お前ひとりでどうしようってんだ! ……かぁー! くそ、誰か! 誰かいないか!」

 門番の制止を振り切り、町の外へと抜け出るとまた【増幅】で加速し、街道に沿って進む。草原と森が分かれている地形の為、馬車ならすぐに追いつくだろうとルシエラは考えていたが――


 ◆ ◇ ◆


 「……追手は?」

 誘拐実行犯であるガダルが麻袋からルシエールを出しながらタリーヘ尋ねる。幌付きの荷台から後方を確認したタリーは満足気に笑い頷く。

 「いないな。まあ、目撃者はあの先生だけだし、すぐには動けんだろうさ」
 「今回も上手くいったな。あの二人組はなんだったんだ?」
 「あれは町で適当に見繕って雇ったチンピラだ。少し金を握らせて、因縁をつけてくれって頼んだだけさ。もしあいつらが捕まっても俺達のことは知らないからゲロを吐かない。尋問でもしてくれりゃさらに時間が稼げるってもんだ」
 
 ガダルがそう説明をすると、御者台にいるマルトーが口笛を吹いて賞賛した。続けてファーンがルシエールを見てにやにやと笑う。

 「しかし、こいつの利用価値は確かにあるよなあ。宝石のことならなんでも分かるんだろ? 鉱脈でもいいし、ダンジョンで探させてもいい。もしかしてこのまま俺達が使った方がいいんじゃないか?」
 「いや、一応、冒険者として活動している俺達に娘を連れまわすのはリスクが高い。それよりはいつもみたいに誰かに買ってもらった方が金になる。それこそ、今回の依頼主のようにな」

 ガダルは真面目な顔でファーンへ理由を説明し、肩を竦めて納得する。そしてその場にいる全員に声をかける。

 「とりあえずもう少し進んだら一旦休憩だ。このままじゃ馬が持たん。二時間経ったら再び待ち合わせ場所の町に移動だ。そこまでいきゃ後は引き渡して金を貰うだけだ。王都経由で別の国へ渡ろう」

 全員がガダルの言葉に頷いた。
 彼らはこうやって裏の依頼をこなす非道の冒険者で、今回はジュエルマスターであるルシエールの誘拐依頼を請け負っていた。そしてルシエールを乗せた馬車は無情にも街道を走って行くのだった。

 ◆ ◇ ◆

 <オブリヴィオン学院>

 「学院長! 学院長!」

 バスレーは学院長、リブラが住む専用の一軒家のドアを激しく叩きながら叫ぶ。すぐにリブラはドアを開けて対応してくれた。

 「バスレー君か? そんなに慌てて一体どうした?」
 「そ、それが――」

 バスレーは先ほど起こった出来事を話すと、リブラの顔がみるみるうちに険しくなり、額に青筋を浮かべて町の外を睨みつけると、

 「許すまじ外道……! バスレー君は寮の緊急“メガホン”を使って動ける教員を集めてくれ、ティグレは休みだから山の家にいるから私が呼びに行こう」
 「お、お願いします! で、伝令ー! 伝令ー!」

 直後、レビテーションで空を飛び、リブラはものすごいスピードでティグレとベルナの家へと向かう。

 ◆ ◇ ◆

 「はあ……はあ……追い、つけない……ルシエール……ルシエール……」

 もう二十キロは走ったであろうルシエラが、うわ言のようにルシエールの名を呼びながら街道をさらに進む。魔力はほぼ尽きかけていて、後は精神力で走っているそんな状況だった。

 「う、うう……」

 足元がふらつき、倒れそうになる体を必死に支えていたが。いよいよ限界が来て近くの木を背に座り込む。

 「馬車相手じゃやっぱり無理なのかな……すぐに追いかけたし【増幅】を使って全力で走ったからそんなに離れてはないと思うんだけど……」

 ルシエラがはあはあと息を整え、ティグレやラースにお願いをするしかないかと諦めかけていた時だった。ふと、森へ目を向けるとチラチラと灯りが見え隠れしていることに気づく。

 「こんなところで野営……? 魔物が出そうなのに……」

 だが、目を凝らしてもう一度見て、ドクンと心臓が跳ねあがる。
 なぜなら馬に水を飲ませている男とそれを見ながら丸太を椅子に食事を取る三人の男が目に入ったからだ。さらに馬車に荷台。ルシエラは即座に『あたり』だと思った。

 「(居るとすれば荷台のはず)」

 先ほどまで動かないと思っていた体は現金なもので、ルシエールが居ると予想した時点で足取りが軽くなった。
 談笑しながら酒を飲んでいる男達に心臓の音が聞こえないだろうかとびくびくしながら荷台を覗き――

 「(ルシエール……!)」

 探していた妹の顔を見て胸中で歓喜の声を上げる。
 ルシエラは急いで荷台へ乗ると腕に【増幅】をかけてルシエールを抱えると荷台からこっそり降りた。

 「(後は森に隠れながら逃げれば……!)」
 
 腕に【増幅】をかけているので足取りが重く、音を立てずに移動しているため少しずつしか進まない。そうこうしている内に背後から怒声が聞こえてきた。

 「おい、娘がいねえぞ!?」
 「目が覚めたってのか! 探せ、遠くには行ってないはずだ!」

 「(もう気づかれた……!?)」

 元々二時間の休憩と決めていた彼らが出発しようとしたところだった。ルシエラは必死に木の陰を背にしながらガストの町へ戻る道を辿る。

 「はあ……はあ……」

 腕の中で眠るルシエールを見て、ルシエラはふと頭に嫌な考えがよぎる。

 「(なんでこんなきつい目をしてまで助けに来たんだろう……みんなに任せれば良かったのかな……ルシエールを置いていけばお父さんもお母さんも私だけを見てくれる――)」

 朦朧とする意識の中でルシエラは頭を振り、馬鹿な考えをしたと歯噛みをする。

 「何を考えているのよ、私……!」

 そう呟いた瞬間、近くに気配を感じ、ルシエラは身を隠す。

 「くそ……どこだ……暗くて見えねえ……どこに居やがる! すぐ見つけてやるからな!」
 「(これじゃふたりとも捕まっちゃう……)」

 冷や汗をかくルシエラは、苦しそうな表情のルシエールを見て、意を決した表情で腰のダガーを抜く。そして次の瞬間、綺麗に伸ばしていた髪をルシエールと同じに切り揃え、リボンを外すと自分の後ろ頭につける。
 続けてルシエールのスカートを外し、自分の履いていたショートパンツと交換した。最後に上着を変え、これなら暗い森であれば見分けがつかないだろうと思っていた。

 「……こんなところに置き去りにしてごめんね。できればすぐに目が覚めて欲しいけど……ラース、お願い……ルシエールを見つけて……」
 「どこだ! 出てこないと酷い目に合わせるぞ!」
 「……!」

 近い、と、その声にルシエラが顔を青ざめ、ぎゅっと目を瞑った後――

 「だ、誰か助けて……!」
 「いたぞ! くそ、一日は眠りっぱなしじゃないのか、元気じゃないか!」
 
 ルシエラはわざと声を上げ、王都方面へ逃げ始める。ルシエールが見つからないようガダル達を引き離すために。しかし、体力も魔力も無いルシエラはあっという間に囲まれ捕まってしまう。
 
 「は、離しなさいよ! むぐ!?」
 「手間をかけさせるんじゃねえよ。もう一回薬をかがせとけ」
 「ああ」
 「(ルシエール……どうか無事で……バイバイ……)」

 薄れゆく意識の中、ルシエラは妹の安否を気遣い、そのまま深い闇の中へと引きずり込まれていった。

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