没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第五十二話 運命の収穫祭③


 「さ、今日から一週間、楽しもうな!」
 「うん!」
 「オ、オラ、ここにいていいのかなー?」
 「ノーラちゃんは去年から一緒だしもう家族みたいなものだしね♪ ……あら? ニーナはどこに行ったのかしら?」

 ――今日から収穫祭。
 
 一家揃ってお出かけ準備中で、ノーラも昨日、兄さんづてで母さんに朝早くに家へ来るよう言われていたためリビングでわいわいやっていた。朝食の準備は終わっているものの、ニーナの姿が見えず母さんが首を傾げていたので、事情を知っている俺が返事をする。

 「ニーナは実家に行くって言ってたよ? ベルナ先生と祭りを見るんだって」
 「あら、そうなの? あの二人仲いいわよねー」
 「……母さんも薬草を買いに行ったとき先生と長話するじゃないか」
 「あ、あはは……さ、ノーラちゃんこっちで着替えましょうか」
 「はーい!」

 逃げたか。母さんはヘタをすると朝出て行って夕方まで帰って来ないからなあ。紅茶……ハーブティーとかめちゃくちゃ飲むんだよ……息子としては少し恥ずかしい。
 ……ともあれニーナと先生が町に出ているのは本当で、俺がみんなとはぐれたふりをした後、ニーナの家で合流し、領主邸へ向かう予定なのだ。

 「……よし、毒瓶は持った。ダガーも大丈夫だ」
 
 少し値は張ったけど、万が一を考えてダガーを一振り買っておいた。魔物討伐の依頼ができるようになっていたのですぐに購入できたのは大きかった。

 「ラース? 行こうか」
 「あ、今行くよ!」

 もしかしたらもう戻れないかもしれない部屋をもう一度見渡して、俺は手を振ってからドアを閉めた。これで終わらせてやると誓って。

 ◆ ◇ ◆

 「ふんふふんーん♪」
 「ご機嫌だねノーラ?」
 「デダイト君とラース君、一緒に祭りに来れるって思ってなかったからねー」
 
 実はおととしまではそのあたりの気が回らず、家族だけで祭りに来ていたりするんだよね。兄さんがノーラと一緒に祭りを歩きたいって言ってから参加するようになった。

 「ギルドも学院もお休みだし、一緒にいるよ」
 「……ルシエールちゃんとかクーデリカちゃんとかマキナちゃんと一緒じゃなくて良かったのー?」
 「ラース、お前そんなに女の子に手を……?」
 「ち、違うよ父さん!? 変なこと言うなよノーラ!」
 「……ノーラはやきもち?」
 「え? そうじゃないよー。でも、オラを女の子だって気づいてくれなかったのに、今はいっぱい女の子と一緒にいるのが悔しいだけー!」
 「うーん……確かに気付かなかったのはねえ……」

 兄さんが苦笑して俺を見る。やきもちでもノーラは兄さんの彼女なんだから気にしなくていいと思うけどね? むしろかっさらわれた俺を慰めてほしい。
 そんな会話をしながら程なくして丘を降りた俺達家族は、町に入るとすぐに祭りの熱気に当てられる。

 「おー、ローエンさん! 一家お揃いでお祭りですか?」
 「ええ。そのナスビ……」
 「もちろんローエンさんとこのやつですよ! 肉と野菜の串焼き、いかがですかい?」
 「はは、商売が上手いね。人数分貰おうかな」
 「一本300ベリル毎度~!」

 一人一本ずつ串焼きを手にし、歩き始める。父さんと母さんもお酒を飲み、俺達は果汁のジュースでのどを潤す。
 
 「……今年も無事収穫祭を迎えられたな」
 「そうね。ラースも学院に入学したし、まだまだ頑張らないと、ね?」
 「新しい野菜に挑戦してみるかなあ。ベルナ先生、野菜にも詳しいんだよ」
 「いいわね。学費は頭が痛いし」

 困り顔で笑う二人はとても楽しそうだった。俺達にお金がかかっても足枷になっているなどみじんも思っていない表情だ。前には兄さんとノーラがはしゃぐ姿が目に入り、幸せだなと胸が熱くなる。
 
 そして大通りに差し掛かった時、町の人達が道の左右に立って大通りを見ていた。

 「あ! もしかして!」
 「待ちなさいデダイト、慌てると人にぶつかってしまうよ!」

 兄さんが何かに気づき、ノーラの手を引いて駆け出すと父さんがそれを追い、俺と母さんも後から追いかける。するとちょうどその時――

 「……国王様の馬車だ」
 「やっぱり! あ、ラースの友達のお父さんも手を振っているね。父さんも領主だったころ国王様に会ったことあるの?」
 「いや、俺は無いんだよ。領主も五年くらいしかやってないからね。きっと俺には向かなかったんだ、【豊穣】のスキルを使えって神様がそうしてくれたのかもしれないな」
 「うーん、残念だなあ……」
 「でも、領主じゃなくてもオラ、デダイト君のお父さん好きだよー」
 「お、ノーラちゃんは嬉しいことを言ってくれるな! ほら、肩車だ!」
 「ひゃあー」

 はは、本当の家族みたいだなノーラは、と、そんなことを母さんの隣で考えていると――

 「国王様の横にいるのが王子様かしら? いつか必ず騎士になるわ!」
 「うわあ!? マキナ!? いつから居たのさ!」
 
 何故か拳を握って目を輝かせているマキナが立って力説していた。まったく気配を感じなかった……すると俺の質問にマキナが答えてくれる。

 「ラースのお兄さんの『あ!もしかして』あたりからかしら?」
 「割と最初からいたんだ……やっぱり王都の騎士になりたいの?」
 「もちろん! そのために聖騎士部に入ったり、あなたとギルドに行っているんだし。……ラースも一緒に……」
 「ん?」
 「い、いや、何でもないわ!? クーデリカに怒られる……じゃ、じゃあまたね!」
 「あら、忙しい子ね。一緒に行けばよかったのに?」
 「まあマキナだしね……」

 なんだか脱力したけど、国王様が大通りに出たってことはもう少ししたら領主邸へ入って行くはず。そろそろか……
 
 「あ、俺ちょっとお手洗いに……」
 「僕も行くよ」
 「オラもー」
 「い、いや、ひとりで行けるよ?」

 それは困ると手を振るが、ふたりとも本当にトイレに行きたいらしい。仕方なく一緒に行ったあと戻ってくる。

 「それじゃ次はあっち行こうか?」
 「いいわね、踊りをやっているみたいよ」
 「ヘレナちゃんが練習してたやつかもー! 行きたいー」

 そう言えばヘレナが収穫祭に出ると言ってたっけ? ダンシングマスターならさぞかしいい踊りを見せてくれそうだけど……俺にはその時間が無い。どうやってここから抜け出す……?

 「あー、デダイト君にラースじゃない!」
 「こ、こんばんは!」
 「あ、ルシエールちゃんにお姉ちゃんだー」
 「ルシエラじゃないか、祭りに来てたんだ?」

 ここでこの姉妹か! ついてないなと俺は胸中で舌打ちをする。普段ならルシエールの登場で喜ぶべきところだけど、今日は素直に喜べない。

 「そそ、お父さんもいるわよ?」
 「……どうも」
 「やあ、久しぶりだね」

 父さんを見て気まずそうな表情をするルシエールの親父さん。この人はブラオ派閥みたいだし、父さんと顔を合わせるのは良しとしないみたいだな。行くなら……今か?

 「父さん、みんな。向こうにギルドの人が居たからちょっと挨拶してくるよ。先にダンス会場へ行ってて」
 「ん? そうかい? 前みたいに迷子にならないかな?」
 「五年も前のことを……さすがに町の中は歩き回ってるから大丈夫だよ! じゃ!」
 「あ! ラース君!」

 どさくさに逃げ出した俺はルシエールの声に片手を上げて答え、振り向かずに走っていく。

 「そこの角を曲がればニーナの家だ!」
 
 玄関をノックし、声をかけるとドレス姿の先生と、いつものメイド服を着たニーナが出てくる。

 「……ラース様、よろしいのですか?」
 「覚悟の上さ。ベルナ先生、ニーナのことお願いするね」
 「うん。わたしならニーナがいても逃げられるからねえ」

 俺は頷き、三人で領主邸へと歩き出す。するとニーナが不安げに声をかけてくる。

 「でも、わたしで大丈夫ですかね……国王様がいらっしゃるのに、裏切り者を入れるとは……」
 「……そこは俺も悩んだけど、解決策はある。少し不本意だけど……」
 「不本意?」

 ベルナ先生の言葉には何も返さず、領主邸へ向かう。そして門の前に到着したその時――

 「待っていたぜ、ラース!」
 「リューゼ、ここまで来ておいてこういうのもなんだけど……いいのか?」
 「……俺のことなら気にしなくていいぜ、そろそろ会食が始まる。あの医者をどうするか悩んだけど、父上が招いたみたいで、会食に出る」
 「……そうか」

 俺はリューゼの友達として、中へ入る算段をつけていた。
 レビテーションでニーナを抱えて侵入するつもりだったので、この提案はありがたかった。

 「……まったく、馬鹿なやつだな」
 「お前ほどじゃないっつーの」

 俺とリューゼはそう言い合ってからフッと笑い、領主邸の門をくぐった。

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