没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで
第四十三話 ベルナ先生の懸念
――リューゼに真実を告げた次の日、俺はベルナ先生の下へ向かっていた。俺がブラオを追い落として父さんを領主へ戻すのを知っているのはベルナ先生だけである。リューゼに話したことを先生にも伝えておこうと思い山道を歩く。
「兄さんはノーラと遊ぶし、付いてこなかったのは幸いかな?」
少し寂しい気もするけどふたりが幸せそうなのは俺も嬉しい。それにこの復讐劇にあのふたりは似合わないからね。そうこうしている内にベルナ先生の家へとたどり着く。この山道も楽になってきたなあと思いながら玄関をノックする。
「こんにちは、ベルナ先生!」
「あらぁ、ラース君? 久しぶりね!」
玄関を開けてくれた先生は満面の笑みで迎えてくれた。実は会うのは入学式以来で、学院と家、ギルドを往復する毎日になったためここに来ることが少なくなってしまったのだ。
「ふふ、学院は楽しい? 魔法の制御はちゃんとできているかしら?」
「それは大丈夫だよ。でも――」
俺はリビングの椅子に座り昨日の出来事を話す。よりによってブラオの息子であるリューゼに言ってしまったこと。それによってリューゼがブラオに伝えた場合、自分たちの身が危うくなる可能性があることを。
「……迂闊だと思ったけど、あいつの想いは痛いほどわかったから答えたんだ……」
無視されることの辛さは十分に分かっている。それでも続けていくしかないと思っていたし、こちらを蔑んでくる相手ならいずれ向こうも俺を相手にしなくなるはずだったと先生に告げる。
すると先生は少し考えた後、俺の頭に手を乗せて微笑んでくれた。
「確かに迂闊だったわねぇ。でもその子はラース君と友達になりたいって言ってたんでしょ? だったらきっと悪いようにならないわ。ラース君がきちんと応えてあげたように、その子もきっと応えてくれる。わたしはそう思う」
「先生……」
俺は不意に泣きそうになるのをこらえてベルナ先生の目を見る。その時、ベルナ先生が今まで見たことが無い真面目な顔になって自分の椅子に腰かけて背を預けて口を開く。
「子供同士はそれでもいいけど、楽観視はできないかなぁ。どこでラース君が『知っている』ことが漏れるか分からないしね。……いいわ、今日からわたし、ラース君の家を観察させてもらうわね」
「え?」
意図が分からず間の抜けた声を出す俺に、ウインクして言う。どこかいたずらめいた笑顔で。
「わたしがラース君の家族を守ってあげるの。君が本当の力を出せない今、学院に行かなければいけない今はとーっても暇なわたしが、ね♪」
「で、でも、先生にそこまでしてもらうわけにはいかないよ!?」
「いいのよ、わたしはあなたのお母さんもお父さんもデダイト君もニーナも、もちろんラース君も大好きだからね! それにお隣さんだし」
「いや、山の中に先生の家しかないだからだけどさ……」
やると決めたらやるんだと先生は鼻歌交じりにお茶を用意し始める。機嫌がいいときの先生は鼻歌を歌う癖があるので、かなり上機嫌のようだ。
お茶を飲みつつ、学院でのことを話して盛り上がる。ルシエールのことや、脳筋少女のマキナに興味を持っていたのが面白かったかな? ウルカの【霊術】も機会があったら見てみたいというのはやはり魔法使いも興味があるのだろう。
そして――
「それじゃ、久しぶりにトレーニングをしましょうか。水からね」
「うう……苦手なのからいくなあ」
「それはそうよぉ、得意なものばかりはバランスが悪いから。それに【超器用貧乏】ならいずれ得意になるでしょう?」
「それは……多分」
俺はしゃべりながらサッカーボールくらいの水の玉を手のひらに作る。ベルナ先生が喋りかけてくるのは話したいからではなく、俺の集中力を切るために話しかけてくるのだ。
「色々できるようになればルシエールちゃんも好きになってくれるかも?」
「ぐあ……!?」
直後、べしゃっという音ともに爆発し俺は水浸しになる。それを見てベルナ先生はケラケラと笑いながらタオルをくれる。
「うふふー。まだまだねえ。火ならこれくらいじゃダメかなぁ?」
「そりゃね。あーでも修行が足りないのは認めるよ……」
学院に行きだしてから暇な時間は格段に減ったのでこれは仕方がないと自分に言い訳をしつつ<ファイア>を使い先ほどと同じくらいの大きさの火の玉を作り出す。
「……ふうむ。やっぱりこっちは安定しているわね。正直、わたしより凄いかもね」
「ベルナ先生って褒めるの上手いよね」
落としてあげるみたいなやり方だとわかっているけどやはり褒められると嬉しいものだ。すると、ベルナ先生は言う。
「そういえば回復魔法はどう? あまりケガをすることはないと思うけど使ってる?」
「あ、そういえば使ってないや。機会があまりないんだよね実際」
「まあ、病院にでも行かない限りなかなかないわよねぇ。それじゃ今日は<ヒーリング>のトレーニングをメインにやっていきましょうか」
「いや、ケガしてないしできないんじゃ……」
「それはこうすれば!」
笑顔でナイフを取り出し、シュっと自分の腕に切り傷を付けた。色白の先生の肌に赤い筋がツゥっと流れ俺はきゅっと胸が痛くなる。
「ちょ、ちょっと先生!?」
「ほら、治してー? じゃないと血がでちゃうわぁ」
「なんで楽しそうなのさ!? <ヒーリング>」
俺が魔法を使うと、ほわっと傷口に暖かい光が現れ、スッと傷口を消す。血を拭きとるときれいさっぱり無くなっていて俺はホッとする。
「うんうん、上出来ね! この調子でいくわよー!」
「ええええ!?」
この後こんな調子で<ヒーリング>の練習をさせられる俺であった……まったく強引だよね……
◆ ◇ ◆
その夜――
「ったく、給金はいいけど、見るだけなんてつまらねぇな」
「そういうな、あの人が領主だから飯にありつけるってもんだからな」
「あのメイドの監視……何を恐れているんだろうな?」
「さあな。それこそ余計なことだいつも通りあの家を監視してりゃいい」
「勿体ねぇなあ……結構可愛い顔してるのによ。あそこの奥さんも美人だし、よく遊びにくる子も可愛いよな」
「……」
「あ、何離れてるんだよ!? 可愛いって言っただけじゃねぇか俺はロリコンじゃ――」
ドサッ
「あん? どうした、おい? あれ、いな――」
ドサッ
ブラオがニーナに差し向けている二人の男は程なくして意識を失う。
なぜならば――
「あらぁ、ちょっと落とし穴が深かったかしらぁ? これじゃラース君に制御をしっかりしなさい、なんて言えないわねぇ」
と、落とし穴を見下ろしてベルナが口を尖らせていた。宣言通り、彼女はアーヴィング家の観察を始めていた。
「……今までは気づいていても害はそれほど無かったから放置していたけど、今後どう転ぶか分からないのはすこーし厄介かな? 妨害しすぎてわたしの存在がおおやけになると動きにくくなるし、塩梅が重要ねぇ。もう少し味方がいるといいんだけど……」
そう言ってベルナは闇夜に身を隠すのだった。
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