没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで

八神 凪

第二十話 誰がために

 
 「さ、それじゃあこのカードに名前を書いてくれるかな?」
 「はーい。ラース=アーヴィング、と……」
 
 ギブソンさんからカードを受けとり、名前を書く。サインペンという便利なものは無いので、羽ペンと黒インクでサラサラと記入すると、ギブソンさんが感嘆の声をあげた。

 「お、ちゃんと書けるし、上手いじゃない。ローエンさんが教えているんですか?」
 「いや、俺は畑仕事ばかりでなかなか、な。マリアと、その、いい先生がいるんだよ」
 「へえ、家庭教師ですか?」
 「うーん、なんというか……」
 「と、父ちゃん、先生のことはいいよ! で、カードに名前を書いたけどこの後どうするの?」

 ベルナ先生は山奥から出てこないし、こっちの町へ買い出しに来ることはないので知っている人は多くない。それになんとなく、先生を表沙汰に出すのは良くないような気がする。
 優しくもあり、スパルタでもある先生。彼女がどうしてあんな山奥にいるのかという理由は聞いていない。薬草栽培のためと言っているけど、他になにかありそうな……
 俺がそんなことを考えていると、ギブソンさんが説明を続けてくれる。

 「後はラース君の魔力をこのカードに込めてくれるかい? これは特殊な金属でできていてね。最初に込めた魔力を覚えてくれるんだ。だから、他の人が拾っても悪さできないようになっているのさ」
 「悪さって?」
 「ちょっと説明が前後するけど、依頼を終えたカードを盗んでお金を受け取ろうと思っても本人確認で魔力を込めて光るかどうか確認するからね。まあそういうことで、カードは重要な役割を果たしているんだ。 ……って難しかったかな?」
 「ううん、分かりやすかったよ!」
 「はは、やっぱりローエンさんに似て賢いお子さんですね」
 「ありがとうな。さて、それじゃ何か適当に依頼を受けさせてくれ」

 そこで俺ははハタと気づき、父ちゃんの袖を引っ張って尋ねる。

 「これで終わり? スキルとか素質を調べたりする水晶はないの?」
 「? 何を言っているんだ? スキルは【器用貧乏】だし、素質はスキルみたいなものだ。わざわざ調べる必要はないじゃないか。ま、でも面白い話だな。頭がいいし、ラースは物書きとかいいかもしれないなあ。本を書くなら【器用貧乏】でそこそこの話が書ければ売れるんじゃないか?」

 そういえばスキルを教えてもらうんだからわざわざ調べる必要はないんだった……目に見えないし、使っている実感がないスキルだから失念していたよ。

 「それじゃ、ちょうど簡単なやつがあるから頼もうかな。薪割り三十本の作成、どう?」
 「裏でか?」
 「ですね! ちょっと三十本は子供にはきついかもしれないけど、今日は出来高でいいし、ローエンさんが手伝って完了でも大丈夫ですよ」

 呑気にギブソンさんが笑いながらそう言うと、俺と父ちゃんはそれ以上の顔でにやりと笑う。

 「大丈夫です!」
 「え?」

 ◆ ◇ ◆

 ~十五分後~

 「いよっとぉ!」

 スコーン! という小気味よい音ともに最後の丸太が真っ二つ、いや四つに割れて依頼の三十本が完成した。

 「十五分か。少し遅いじゃないか? ははあ、家じゃないから緊張したかラース」
 「いや、この斧だね。父ちゃんみたいに手入れがされていないからだよ?」
 
 父ちゃんが楽しげに、俺が不満げに口を尖らすのを、横でギブソンさんがポカーンと見ていた。すぐにハッとして大声で叫ぶギブソンさん。

 「いやいやいや!? ラース君は八歳でしょ!? 十五分どころか一時間でも無理な量なんですけど!? しかも一本一本が綺麗だ……」

 それはもちろん俺の【超器用貧乏】のおかげである。寒い時期になると暖炉に火をつける必要があるけど、その薪割りを毎年手伝っていたし、ベルナ先生の家も薪が必要なのでそれも俺と兄ちゃんで作っていたから、どこをどうすれば綺麗に割れるかなども習得できていた。

 「これでいくらもらえるんだろう?」
 「あ、そうだね! びっくりしたけど八百ベリルだよ」
 
 ベリルとはこの世界の通貨で、だいたい日本円と同じだ。お札は魔法で偽造防止されていてきちんと通し番号があるのを、四歳のころ驚いた記憶がある。

 「……学院に入学する費用はいくらだった?」
 「んー、それは教えられないなあ。お前、無茶しそうだし、簡単な依頼をこなして父ちゃんのおかずを増やしてくれればいいさ」
 
 くしゃりと俺の頭を撫でてくれる。多分、父ちゃんは俺の小遣い程度で考えているに違いない。学院の入学料は高そうだし……
 だけど、これで八百ベリルも貰えるなら千回やれば八十万。そしてあと二年もあるのだ、塵も積もればの精神で行けばきっとお金は貯まる!

 「それじゃあ、気が向いたらまたお願いするよ。意外と簡単な仕事は安いから残っていたりするんだよ」
 「ありがとうギブソンさん!」

 今日のところはこれで終わりだと父ちゃんに窘められ、俺は八百ベリルを持ってギルドを後にする。道を歩いていると、ふと商店が立ち並ぶ通りで俺はあることを思いつく。

 「……ちょっと、色々なお店に寄っていいかな?」
 「ん? ああ、まだ時間はあるし構わないぞ。初の収入で何か買うのか?」
 「うん!」

 そして――

 「これ、私にくれるの? ……ありがとう、大切にするわね!」
 「あああああ!? ラース様からプレゼントを貰える日が来るとは……このニーナ、一生お仕えしたいと思います!」
 「大げさだよ。ニーナは彼氏を作ろう?」
 「心が痛いです……」

 まあニーナは実家の母親のことがあるから難しいのかもしれないけど。そこへ兄ちゃんが抱きついてくる。

 「ラース! お前ギルドに行ったんだって!? 羨ましいなあ。僕ももっと父ちゃんに言えばよかったよ。あ、このペン凄く使いやすくていいよ! ありがとう!」
 「まあ、八百ベリルだからみんな二百ベリルずつの品物だけどね」

 そう、俺は初収入を家族へプレゼントするため使い切った。母ちゃんには赤い石がはめ込まれたブローチ。ニーナはハンカチで、兄ちゃんは今言ったようにペンだ。で、父ちゃんにはというと。

 「……父ちゃん、泣くなよ」
 「な、泣いてなんかないぞ!? くうぅ、いい子に育って良かったなあ……」

 そう言って作業用の手袋を抱きしめてホロリと泣いた。
 父ちゃんの農作業で鍬や鎌を持つけど、いつも素手なのだ。だから、切り傷擦り傷は当たり前でいつも痛そうだと思っていた。母ちゃんの薬があるからすぐ治るんだけど、そもそもケガをしないようにするのは大事なんだよね。

 そんな感じで俺の初仕事が終わり、ギルドに通うことができるようになり、行動範囲が広くなった。ギブソンさんも冒険者稼業(言い方を変えると何でも屋)も気さくな人が多く、馬鹿にしてきたりなどはなかった。自分たちも子供のころは苦労したからなと、逆に世話してくれるほどである。

 これは幸先がいいなと、今日もギルドへと向かうのだった。
 

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