元ヤンは公爵令嬢の姐さんに一生ついていきます

桜杜 あさひ

プロローグ

「葵姐さん、今日も風が気持ちいいっすね!」

 2台の単車が山道を走っていた。
 初夏の涼しい夜だった。

「そうね。明日はようやく関東制圧の夢が叶いそうだ」
 2人の少女はレディースヤンキーとしての目標達成を目の前にして前祝をしていた。

「美咲ー、ちょっと飛ばしすぎじゃない?」
 ふと、葵と呼ばれた少女から心配の声が飛ぶ。

 しかし、バイクに乗りながら話すと、大声を出しても聞こえないことがほとんどだ。
 美咲と呼ばれた少女には葵の声は聞こえていなかった。

「美咲っ!!」

「――っ⁉」

 がしゃあんという音がした後、美咲の体は宙に浮いていた。
(――あ、これは死んだ)

 次の瞬間、本来訪れるはずの激痛は感じることはなく、代わりに視界がぐにゃりとねじれた。落下しているはずの体は不思議な浮遊感に襲われ、意識は徐々に薄れていった。


 ヒューズ公爵家の庭の一角。
 マイア・ヒューズは学園での不満を発散するため、木剣を振り回していた。

「はあ! この、あのクソ王子め!」

 マイアがここまで激怒している理由を知るには3日ほど時間をさかのぼる必要がある。
 マイアは公爵家令嬢として、第2王子と婚約をしていた。

 王家と公爵家が婚姻を結ぶことは、アルシア王国にとって貴族体制をより強固なものにするためにとても重要だった。しかし、その婚約を第2王子のギルバート・アルシアは破棄した。その理由も浅はかなもので、どこかの男爵家の令嬢にたぶらかされたということらしい。その騒動があったのが3日前。それ以来、マイアは毎日欠かさずに木剣を振っている。

 マイアは婚約破棄自体には怒っていない。むしろ喜んでいるぐらいだ。
 実のところ、マイアとギルバートの仲は良いとは言えなかった。学園では挨拶も交わさず、マイアの方から会釈をするだけ。ギルバートの方は女を侍らせデカい顔をするバカなお飾り王子。なので「こんな王子こっちから願い下げ」という態度のマイアだった。

 マイアが怒っているのは王子の言動だ。
 王子いわく『お前は俺と結婚するために頑張ってたみたいだが、無駄だったな』らしい。
(――何を勘違いしているのかしら、あのダメ王子は。私が努力をしていたのはお父様やお母様が喜んでくれるからであって、決してあんなダメ王子のためではなかったのにっ。その努力を否定されたことがとてもムカつくわ)

「はあっ!はあっ!」
「はわわわわ、お嬢様、もうそのくらいでお辞めになった方が……」

 ひとりの侍女がマイアをなだめようと試みる。しかし侍女の声は届かず、令嬢は木剣を振り続ける。
 侍女がまた「はわわわわ」とあたふたしていると、ガサッと大きめの音がした。マイアのちょうど真横の方向だ。
 これには一心不乱に木剣を振っていたマイアも反応する。

「ん? なにかしら」
 音がしたほうに近づいていくマイアと侍女。そこにはマイアたちからすると珍妙な格好をした少女がいた。

「この子は……何者かしら?」

「旅芸人でしょうか?」

「気を失っているだけのようね。んー、客間のベッドにでも寝かせてあげて」

「いけません、お嬢様! このような身元の知れない者を屋敷に入れるなど危険です!」

「いい? 私たちは公爵家の人間なのよ。貴族の見本として民を守らなければならないの」

「………でも」という侍女の声はマリアのひと睨みで掻き消えてしまった。
 侍女はどうやら諦めたようで「はいぃ」と言い残し、謎の少女を運ぶための助けを呼びに屋敷へと走っていった。
 
「それにしても変わった格好ね。一見、外套に見えるけどドレスのようにも見えるわね」
 マイアは少女の頬を指でぷにぷにしながら、笑っていた。
(なぜかしら、初対面だというのになんだか親近感がわいてくるわ)
 マイアはこの出会いが何かを起こすのではないかと、バカ王子への怒りも忘れ微笑んだ。
 

 かくしてヤンキーである美咲は異世界の公爵家に拾われた。
 

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