無敵のフルフェイス

ノベルバユーザー458883

108話 使えない記憶。

 しばらく走ると……大体30分くらいだけど。


『忍様。3キロ先に町があります。』
「そっか。意外と近かったね。」
「忍さん。一つ教えて欲しいのだけど。」
「何を?」
「どうやって止まるの?」
「止まり方?普通に踏ん張れば止まれるよ。その為に強化をしてるし。」


 ―ッタッタタン。


 走り方を変えて、スピードを緩めるレブル。やっぱり器用だな。


「そろそろ普通に歩くか……よいしょ。」


 ―ダン!!……ゴゴゴ……


 ピタッと止まったら、その余波で地面が大きく揺れた。


「きゃ!あわわ!」
「レブル!?」


 ―ボォウ!


「なんの!」
「おぉ。その手があったね。」


 地面が揺れて転びそうになったレブルは空へと回避した。


「始めからこうしてれば良かったわ。忍さんも次からはこうしてね。」
「僕?今でも止まれてるから、別に空を飛ぶ必要無いとんじゃ。」
「それは後ろを振り返っても同じ事が言える?」
「後ろ?」


 町の方に振り返る。特にこれと言って……


「この地面の亀裂見てどう思う?」
「危ないよね。誰か落ちないように柵とか付けた方がいいよね。」
「……これ私達がここに来るまで、ここには無かったのよ?」
「そうなの?それじゃこれは、僕らが到着した後に出来たもの。」
「そう。」
「それでさっきの地震か。びっくりしたもんね。」
「……?」


 僕の言葉に首を傾げるレブル。


「なんて言えば良いのかしら。」
『そのままお伝えすれば良いかと。』
「そのまま?」
『この亀裂は忍様が止まった際。発生した衝撃によるものです。』
「そうなの!?そう言えば、他の所でも走った後に山が出来てたな……次からはレブルの言う通り、空に力を逃してみよう。」
「さすがアイさんね。」
『いえ、忍様はレブルの話だから聞くのですよ。』


 よくよく考えれば120キロが一瞬で0キロになる訳だし。その分の力が地面に吸収されてたと思えば、この亀裂も山も納得出来るものかな。
 空に逃げたレブルは一切何も影響を与えていない。次は気をつけよっと。


「忍さん。見えてきたわよ。」
「さてと、すんなり通してくれるか。」
「おい。そこの黒と赤の騎士!」


 やっぱりすんなり行かないか……


「さっきの地震大丈夫だったか?地面が割れるなんて今まで無かったんだがな。」
「あーうん、問題無かった。」
「そうか。運が良いんだな。」
「そうかもしれんな。」
「まぁ幸い町に被害はない。ゆっくりして行ってくれ。」
「ありがとう。」


 町にすんなり入る事ができた。


「レブル!町にすんなり入れたよ。」
「そんなに喜ぶ……って忍さんはそうね。私も同じ格好してるけど、止められたりしなかったわね。」
「良い町だ。」
「ふふ。そうね。」


 歩いていてじろじろ見られる視線も感じない。


 ―ぐぅ……


「っ!?」
「たくさん走ったからね。お腹空いたよね。」
「恥ずかしい……」
「自然な事だよ。ん〜そろそろ寝たいし、軽く食べて寝れるとこ探そうか。」


 顔色は見えないけど、恥ずかしそうに僕の後ろに隠れるレブル。


「食べる物か何かな……」
「旦那!食事ならうちに!」
「何を言う!貴様のところでは、高貴な方のムードが作れんであろう?」
「あぁ?お高くとまったお前の店じゃ腹は膨れないだろ!」
「なんだと!」


 突然目の前で争いが始まった。


「まぁまぁ2人とも。お客様の前ではしたない。お客様も申し訳ございません。」
「いえ。別に大丈……」
「お詫びと言ってはなんですが。うちに寄って行きませんか?軽食からデザートまで食事の種類も豊富ながら、味にも自信がありますの。それに2階から上は宿にもなってます。」


「デザート……」
「軽食と宿か。」


 ラストラの家に帰って寝ようかと思ってたけど。この魔界が少し薄暗くなってきたって事は、向こうじゃ明るくなってくるはずだ。ここで軽く食べて、レブルと泊まっても良い気もするな。


「姉御!俺が先に声を掛けたんだぜ!」
「別に選ぶのはお客様よ。」
「「ぐぬぬ……」」


 レブルを見る。


「(どうする?)」
「(寝る前だし。ガッツリは嫌ね。)」
「(そしたらムードのある店か、デザートある宿付きの店か。)」
「(ムードって……気にはなるけど。今はデザートが興味あるわ。)」
「(そうだね。じゃここにしようか。)」


 相談して場所も決まった。


「黙ってどうかしたか?」
「あ、ごめんなさい。」
「やれやれ。これだから脳筋戦士は……」
「なんだと!」
「念話で相談でもしていたのでしょう。2人に魔力が流れていましたよ。」
「っは。し、知ってたぜ。」


 このやりとりいつまで続くんだろうか。


「それじゃ宿と一緒にお願いします。」
「あいよ。悪いね2人とも。」
「か〜またやられた。」
「次は負けませんから。あ、そこのお姉さん達〜」


 2人はそれぞれまた違う人に声を掛けに行った。


「いつもこんな感じなんですか?」
「大体そうね。この時間から人が増えるから。完全な夜になると人も居なくなっちゃうから。」
「夜は危険ですからね。」
「そうなんだよ。それで2人は……個室に料理を運ばせた方がいいかね?」
「え?あ、はい。」
「顔を隠す騎士様は多いからね。部屋なら気にすることもない。ロビーの手続きしてる時にでも、食べたい料理頼んでくれれば部屋まで持っていくよ。」
「心遣い感謝いたします。」
「硬いね〜客なんだから、もっと堂々としてな。」


 背中ばんばん叩かれる。さっきまでとは変わって、フレンドリーな人なんだな。






 そして料理を頼み、部屋に着いた僕とレブル。


 ―コンコン


「お料理をお持ち致しました。食べ終わった物は、部屋の扉前に置いておいてください。」
「分かった。ありがとう。」
「こちらの部屋はプライベートルーム。周りに声も響かない設計になっていますので。」
「そこまで配慮されてるのか。」
「当然で御座います。それでは……ごゆっくり。」


 今の人、何か含みのある感じで部屋を出て行った。何があるんだ?
 ともあれ、見られたり声も気にしなくていいのは助かる。


「ふぅ……さぁ食べようか。」
「……。」
「どうしたのレブル?コレ脱がないと食べれないよ?」
「そ、そうね。ふぅ…………よし。」


 何かを決心したように、フルフェイスを取るレブル。髪を手櫛で整える。あーコレ被ってると髪がペタンってなるし、それを気にしてたのか。


「大丈夫だよ。どこも変なところは無いよ。いつも通り可愛い。」
「か、かわ!?」
「髪の毛気になってたんじゃ無いの?」
「え、えぇ!そうね。鏡少し見てくるわ!」


 慌てて席を立つレブル。別に変なところは無かったけどな。一応自分も大丈夫か頭を手櫛で撫でる。


「忍さんも大丈夫よ。いつも通りか……カッコいいわ。」
「あ、ありがとう。」
「……。」
「た、食べようか。」
「そうね。」


 しばらく無言で箸を進める。軽食とデザートだけだし、すぐに食べ終わった。扉前に食器を置いておいて、部屋に戻る。


「「…………。」」


 改めて部屋を見回す。シャワールームに食事をした机、他に大きなベットが一つ。
 プライベートルームで防音設計……顔を隠しているからの配慮では無かったのか。


 少し気まずい……いや、少しどころでは無い。今まで僕はレブルとどう接していたのか?2人で出掛けたり、行動する事は今まで何度かあった。しかし寝る際は個室であったり、仲間がいたから2人っきりになる事はない。


「忍さん……先に入ってきてもいいかしら?汗が気になって。」
「うん。どうぞ。」
「ありがとう。」


 ―ガチャ、ガチャガチャ、スルスル……


 やけに音が……


 ―キュッキュ、ザァァ……


 僕はこんな時どうすれば……


 ここで前世の記憶をフル活用しないと!女性と2人きりになった時、僕はどうしていたか…………


 そんなまさか……記憶がない。そんなはずはない、俺の青春は!バイクに乗る為に、必死にバイトして。クラスの連中とバイクの話をしたり、バイクの話をして……。


「ふむ。僕がそもそも女性と一緒に居たという記憶がない。」


 詰んだ!


 ―ガラガラ。


「!!」
「忍さんもどうぞ。」
「はい。行ってくる。」


 ―ザァァ……


 頭からシャワーを浴びてみる。そしてあまり長いとそれはそれで不自然である。役に立たない前世の記憶はどうでもいい!今の自分の気持ちで行動するしかない!


 僕の着ていた服が綺麗に畳まれて置いてある。そしてその横の棚にバスローブのようなものが……さっきレブルはこっち着てたような。


「……。」


 着替えて外に出ると、窓際に立っているレブルを見つけた。


「……レブル。」
「……はい。」


 振り返るレブルは月明かりに照らされ、完全に乾いていない髪がキラキラして綺麗だ。


 レブルの気持ちも分かっている。そして自分の気持ちだって……
 そっとレブルに近づく。一歩一歩、近づく間もレブルは僕から目を逸らさない。


 月が照らす2つの影は、その日はじめて一つに重なった。

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