預かり部

わこうなゆな

出会い

死について考えてみた。

経験談も、記事も、それらをまとめた本でさえも全ては推測で、どこかで見るありきたりなことしか書いてなかったけれど、ただ一つ分かった。

死とは、可能性の塊だ。

その体験はどのようなものか、それを体験した後はどうなってしまうのか、生まれ変わりは?推測に推測が重なっていった今現在でさえ、それを確定づけるものは何一つとしてない。死とは、生きたものが終着点についた褒美として与えられる未知の領域なのだ。それはそれは素晴らしいものなのだろうと、幼少期に思った。さぞかし可笑しいそれだ。笑ってくれていい。

だがふと思ってほしい。死とはなにか。

そして、それが魅力的だと思うのであれば

今こうして生きていることに、あなたは何を感じるのだろうか。

俺は思う。死を魅力的だと思うならば早く死ぬ方がいいと。

だから感じる。今生きている俺は、一体何をしているのだろうーーー


ーーーーーーーーーーーーーー


季節は夏。だがまだ少し冷える。このむず痒くもありがたい天気、気温に、俺は溜めていた息を吹き掛けた。もちろん息は白く染まらずどこかへ飛んでいく。今日は高校の入学式。よって俺が乗ろうとするバス停も、いくらか期待と不安の様相だ。

幼少、死への魅力を感じてなお高校生になるまで生きているという、生をむさぼっている俺なのだが、そこには言い訳という名の理由がある。

一つ、死は世間一般では忌むべきものだ。

特に自殺という行為は素晴らしいと評されることはない。何故死んでしまったのか、という残念半分な解釈を向けられる。それに、その事実はこんな自分を育ててくれた親にも負担になる。

二つ、俺自身が死を怖がっている。

もちろんこれは痛みが伴うことを加味してではあるのだが、それよりは「未知で魅力的だからこその恐怖」が勝っている。

人間未知なものに恐れながらも手をだしがちだ。そして知り、恐れなくなる。

だが死は人間の思考にそこまでとストップをかける。知ることはできず、ゆえに恐れることを止められない。例えるのなら、完全なデッドロック状態というような感じだろうか。

あくまで表面上理知的のように聞こえるかもしれないが、要は迷惑をかけたくないのと死ぬのか怖いというだけの話だ。ありきたりでつまらないだろう。申し訳ない。


(願わくば、誰か俺を殺してくれよ)


長ったらしい校長の話を聞いている最中、自己紹介の最中、俺はずっとそう思っている。いや、今日だけではなくあれから暇さえあればずっとだ。淡い期待と、小さな失望。自分に課せられないそれをどうにか他人に押し付けるように。

そんな自分に、もう一度大きな失望を押し付ける。お前は最低だ。お前は社会不適合者だと。

俺の生きる意味はどこにあるのか、なんなのか。こんな男、死に魅せられながら生を享受し、生に浸りながら偶然の死を望むような男に、意味どころか、資格すら本当にあるのだろうか。

残念ながら、その思考さえ恵まれている者のすることだ。恵まれていないのならば、そんなこと思う間もなく死んでいる。もう一度、自分に失望しよう。

と、思ったときだった。


「きみ!」


呼ぶ言葉、場所は廊下、もう放課後だ。俺を呼んだのだろうか。いや、聞くところその声に聞き覚えは全くもってない。では俺ではないな。さぁ、家に帰ろう。

「きみだよきみ!南城くん!」

南城?誰だそれ。そんなやつクラスで自己紹介してた覚えないぞ。もう本当に止めてくれ。

「聞こえないのかい?南城 秋!」

あ、俺だ。俺の名前だ。

え?

「……………え?」

心の声を口から漏らしながら声の主を探す。そして、案外その主は間近にいた。女だ。女子。コミュ力の塊というやつだ。

「ようやっと気付いたか!よかったよかった!」

「………誰です?」

俺はない語彙力を振り絞り、会話、もとい疑問をぶつける。その横柄な態度に普通は顔をしかませると思うのだが、何故かその女子はそんな態度こそ望んでいたというようだ。

「私は一条 春、君の一つ先輩だ。ようこそ新入生」

一条に、恐らく春の春。先輩だというその人間。一体なんのために俺に接触してきたというのか。

「言葉足らずで済まないな。用件だが、きみ、預かり部という部活に興味はない?」

「部活、ですか………?」

なんだ、ただの部活勧誘か。しかも預かり部ってどういう部活だよ。お荷物預かり部って、需要あんのかね。ただのパシられます宣言部にしか聞こえない。

と、様々な暴言が頭を駆け巡るが口には出さない。だが入部は却下だ。絶対入らない。それとなく断ろう。

「そう!」

「すみません今部活とかには興味なくて家で家事したりとか勉強できたらいいなと思ってるんで今日はこのくらいで」

「早いな!言葉も早いな!」

軽く息継ぎしないで声に出したが、伝わっただろうか?

「では、さようなら」

足を動かす。この生命体から逃げるように顔を背ける。大丈夫ここは廊下だ。下駄箱になんとかたどり着き、靴を履き替えてしまえばこっちのものだ。いくらつけ回されたって反応しなければ勝ちなのだ。

我先に、というのは変だがそのくらいの速さで俺は下駄箱へ走ろうとする。

だが、

「きみ、死に興味があるんだろう?」

「…………え?」

足が、止まる。想定していたどの言葉とも違う。シミュレーションにない先輩女子の言動に、俺の体は固められたかのごとく動かなくなっていた。

死に興味があるんだろう?

その言葉が、俺を逃がさない。

もう一度振り向くと、さっきよりも一段と柔らかく、優しげな笑みをおびた先輩の顔がそこにはあった。

そしてーーー

「一緒に来ないか?」

その言葉に、俺は、俺の体はーーー

くぃと、顎を引かせていた。

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