桜花は一片の約束

アオカラ

後日談

あずま先生!」
「先生はやめろって言ってるでしょ、あたしは探偵であって弁護士じゃないんだから」
「では実里みのりさん!」
「……まぁ良いけどさ」
探偵事務所でやりとりをする相手は、雇っている若い男。歳は24歳だから、あたしの2歳下になる。個人でやっていた探偵業が、一人だと効率が悪いと感じ始めていたあたしは一年前に彼を雇った。元々は依頼主で、財布を無くして項垂れていたところ助けてやったらずいぶんと懐かれて、今に至る。

「んで、急にどうしたよ?」
「僕、このまえ実里みのりさんにもらった鍵をピッキングできたんです!」
「おおー、あれ結構難易度高いやつなのによくできたな。すごいすごい」
「ですよね! 僕すごいですよね!」
えっへんと胸を張って満足そうな笑顔を浮かべている。こういう調子に乗りがちな能天気な性格が彼の良さでも悪さでもある。

「んじゃー次はあれをやりな」
そう言い、あたしはカードを通して解錠するタイプの金庫を指さす。
「えっ……あの実里さん、あれって普通のピッキング道具では開けれませんよね……? 鍵穴ありませんよね……?」
「それも含めて解錠しな。出来なかったら再来月の給料から2万引くから」
「ひどい! けど今月や来月から引かないところが優しいですねぇ!」
「そうだろ? 寛大なあたしを褒めな」
調子に乗りがちな性格の人間に出すべき課題ってのは、途方も無いように感じる課題を期限付きで出すことだ。そして、それをクリアすればさらに自信に繋がり、また調子乗って、さらに新しい課題を出す。繰り返せば伸びる、そんな期待をあたしは彼にしているのだった。
金庫を前に、頭を抱えて悩み始めた彼をよそに、あたしは事務所の窓から見える桜の樹が、少しだけ芽生え始めているのに気づく。
そしてカレンダーを見て、日付を確認。今日は三月十八日だった。

小さな鞄だけ持って、あたしは外出の支度を始める。
「あれ、外回りですか?」
そんなあたしに気付いたようで尋ねられる。
「一時間ほどで帰ってくるよ。三時のおやつに欲しい物はあるかい?」
「カステラが良いです!」
「はいはい」
手をひらひらと振って挨拶をし、あたしは事務所から出る。
外出の目的は、旧友との面会である。



神代じんだいー? おやつあるわよー」
「おお! 実里みのりじゃないか! 元気そうだな!」
飼い主に忠実なワンコ。神代のことを比喩するならその言葉が適切だろう。
神代神社には毎年、春彼岸の時期に訪れている。この時期でなければ彼との面会はできない。でもだからこそ、桜が芽吹き始める頃になるとあたしは思い出すのだ。神代の事を。
「なんという菓子なのだ?」
「カステラっていうの、おいしいわよ」
「かすてら! 数年前に町で見たことがあるぞ!」
「そうかそうか、じゃあいざ実食の時だね」
一つだけ満開の桜の樹の下で、あたしら二人は座って早めの午後休憩をする。時刻は2時20分。天気は晴れ。温かく過ごしやすい春の日だった。
おやつを食べながら神代は世間話を振ってくる。

「探偵業の方はどうだ、順調か?」
「まぁまぁかな。人を雇ったんだけど技量はまだまだ伸ばさないといけない感じ。そっちはどうなの?」
「俺は、そうだな。一週間だけの限られた期間ではあるが、見るたびに変わっていく町並みを寂しく思いながらも楽しんでいる。この前は『たぴおか』なる物が流行っていることを知った」
「そっかー。神代的に見てあれってどう見える?」
「うーむ……見た目こそ気持ち悪いが面白そうではある。玉が水の中に転がっている様は、まるで綺麗な川底に並ぶ丸石を見ているようだ。一度ぐらいは飲んでみたいと思うが、その程度だな」
「なるほどねー。じゃあまた持ってきてあげるよ」
「それは嬉しいな。現世の物は君からしか受け取れないからな」
「来年になるかもだけどね。今年はあと五日しかないし、あたしも仕事が忙しいし」
「それは全く構わない。今年は来ないかと思っていたぐらいだからな。会えただけでも嬉しい」
「そうかい」
「それに美人になったな、周りに男でも居るのか?」
「うるせぇな、タピオカ持ってこないぞ」
「すまなかった」
あぐらをかいていた神代は、こぶしを地面に付けて頭を下げ、即座に平謝りしてくる。まるで武士みたいだけど、普通に平民なんだよなぁこいつ。

「そいえばさ、灰の山が見当たらないけど何処にやったの? まだ残ってなかったっけ?」
数年前に燃やして出来あがった灰の山を、自身の体に少しずつ付けることで神代はこの境内から出られるのだが、例年までは樹の近くにこんもり残っていたはずなのに、今は無い。それが気になって軽く聞いたつもりだから、返ってくる答えも軽いだろうと思っていた。
「ああ、実は使い切ったのだ。だから、今年が最期だ」

……え?

信じられない回答を聞き、じくじくと表情が驚きに塗り替わっていくあたしを見て、神代は申し訳なさそうに続ける。
「本当は真っ先に報告するべきだったのだろうが、君の所在までは分からなくてな。探し回ったのだが、それで使い切ってしまった」
「あんた、それならここで待ってれば良かったでしょうが」
「そうでなくとも、今年が最期のつもりだ」
「なんでよ、なんでそんな急に」
「急にでは無いのだ」
「嘘つけ。去年だって元気そうに、あたしが持ってきたマシュマロ食ってたじゃないの」
信じない。信じたくない。聞きたくない。
「すまない」
なのに彼は、悲しそうに笑った。それはまるで、今際の際を笑って見送ろうと、見栄を張っているようで。あたしは見ていられなかった。
視線を逸らしたあたしなんて気にせず、神代は言葉を紡ぐ。

「桜の寿命は、長い物もあれば短い物もある。俺は、取り憑いているだけの存在だ。だからこそ憑いている先が絶えれば、俺にも居場所は無くなる」
「あんたは、この神社に付いてるんじゃ?」
「それは、違う。俺も、君の祖母から聞いただけの話なのだが。俺は元々、この樹の下にあった死体から湧き出た霊で、この桜がそれを吸い取ったのだと、まるで土から栄養を蓄えるように。一度吸われ、しかしずっと消えなかったのは、君の言っていた『るーぷ』というものなのだろう。桜で例えるなら俺は『花びら』なのだ。樹が産み、樹が自ら散らし、その繰り返しで繁栄する」
知っていた。
あたしは知っていたのだ。でも信じるだけの理由が足りなかった。
神代は桜が満開の時しか知らない。
それはつまり、咲いている時しか知らず、見えていないという事。彼は自分も、近くに居る桜も咲いている姿しか見ていない、桜の花弁の一枚なのだと。
確証が無かった。というより検証する意味が薄かったから調べなかっただけ。仮説として自分の頭にはあった。だから重要視していなかった。
彼の桜が、あたしの生きている時に寿命を迎えるだなんて。

「……もっと生きていると思ってたわ。少なくとも、あたしが死ぬまでぐらいは」
「病気にな、かかってしまったのだ。そうなれば桜でなくとも、樹はあっという間だ」
「……まさか」
気付く。確証はないが、けれどもきっとそう。樹齢千年にもなるような桜が、あっという間に病気でやられるだなんて。そんなの、外部から誰かが毒を持ち込まなければありえない。

「実里」

諭されるように優しく、けれど明瞭な声で名前を呼ばれる。きっとひどく情けない表情を、あたしはしていたのだろう。神代の目にはあたしを慈しみ、慰めるような感情が見える。

「君は、約束を守ってくれたのだ。俺の叶えたかった夢を、約束を。だから、君が悪いわけでは無い」
「そんな!」
「ああ、長い付き合いだ。何となく言いたいことは分かる。でももし君が動いてくれなければ、俺はただただ老衰を待つだけだったのだ。それは『何かを楽しみにして待つ』とは違う。そうだろう?」
「それでも、もっと他に方法があったんじゃないかって!」
「きっとそれは、あったとしても現実的では無いだろう。君の祖母もこの手段が良いと考え、君に託したのだ。そしてその作戦を実行できた。であるなら、これが最適解だ。俺はそう信じている」
憂いは無いと、疑問も覚えない顔。しっかりした顔つきなのに、あどけない少年のような心。ずっと春しか見てこなかった、純粋な性格が表れているようだった。

「……神代」
「なんだ、実里」
「今日が、最期?」
「いいや、今年だ。あと五日ある」
「雨だったとしても、曇りだったとしても、出てこれる?」
「ふむ……」
和服の袖の中で腕を組み、考える素振りをする。数秒の沈黙のあと、神代は近くに落ちていた桜の花を手に取り、差し出してきた。花びらではなく、五枚の花弁が付いた花であった。

「来るたびにこれを一枚、千切ってくれ。普段は晴れでなければ気付けないのだが、それをしてくれれば俺は確実に気付いて出てこれる」
「……ちゃんと五日分あるってことか」
桜の花びらを千切る。それはつまり、ちぎりの契約でもあるのだ。一枚千切るたび、一つの約束が契られる。それの積み重ねをした花びらの山には、現世うつしよ常世とこよを繋げるほどの力が募っていた。だからあの灰には効果があった。

「神代、何が欲しい?」
「む、それは『君が』と答えるべきところなのだろうか?」
「茶化して言ってるなら、この桜の樹に火をつけて早めの葬式にしてやるけど」
「わ、悪かった……そんなに怒らないでくれ……」
「色んな物よ。食べ物でも遊ぶ物でも、それこそあたしで良いならそれでも。幾らでも持ってきてやるわ。毒で死ぬなら最期ぐらい、その毒を楽しまないといけないわ」
毒を持っている物は、おいしいのだ。元々おいしいから身を守るため毒が付いたのか、毒が先にあったのか。それは今、大して重要ではない。

あたしはたくさん候補を伝えた。神代はその中から欲しい物を教えてくれた。
日記にリストを作り、それがどこで買えるのかもすぐさま調べた。
嗜好品の数々。お菓子、飲み物、たばこ、酒などを持ってきた。
文字は残念ながら読めないから、面白くて読み聞かせられる本も持ってきた。
絵もパソコン越しにたくさん見せた。音楽も聞かせた。
ウケが良かったのは直感的に楽しめるゲームだった。逆に良くなかったのは文章系だった。
音楽はジャンルこそ偏ったが、耳に直接語りかける物は時代を選ばないのがよく分かる。
食べた。遊んだ。話した。タピオカだって持ってきた。
できることは全部やった。雇っている男に給料を渡せるのかというぐらい、贅沢品に出費してしまった。まるでホストに貢ぐ女みたいだ。

そうやって全力で最期の数日を楽しんだ。天気はずっと晴れだった。けれど確実に会うためにも、あたしは境内に来たらすぐ花から一枚、花弁を千切っていた。だから本当に最期の日。三月二十三日も晴れでちぎらずとも会えるのに、あたしは残っていた五枚目の花びらを千切ろうとした時、神代から声を掛けられる。

「実里よ、手先が震えているぞ。寒いのか?」
「恋占いで最後の花びらが『嫌い』って見たら分かるのに、千切りたくなる?」
「はは、いいや。今手元にある花は捨てて、新しい花を探してしまうだろうな!」
一枚しか残っていない、寂しくなった見た目をしている桜の花を手に抱えながら、あたしは神代の笑い声を聞く。
音は低く、けれども明るい性格なその声すらも、今日が最期であることを認めたくない気持ちが勝り、聞きたくなかった。

「神代、あんたって体はちゃんと男なの?」
「それはどういう意味で聞いているのだ……?」
「いや、物質的に存在しているのかって意味で。子供が作れるのかっていう」
「実里、君はそんな女々しい事を聞くような人柄では無かった気がする。ずいぶん弱っているようだな?」
「あんた、もう死ぬって分かってる相手に面会する側の気持ち考えたことあるの?」
「考えたことは無いが、感じたことはある」
「はんっ、おんなじ時をぐるぐる堂々巡りしていたやつに分かるのかぁ?」
ついいじめるように聞いてしまった自分の狭量きょうりょうさに嫌気を感じながら、哀しみを当てつける。
そんなあたしは気にせず、神代はぽつりと呟く。
「君が、***の孫だと知った時だ」

***は、あたしのおばあちゃん。おばあちゃんの名前は知っているのに、彼から発せられる言葉はかすむ。まるで、泣いている心が涙で隠したかのように。
そうだった。彼はあたしから話を聞いた時に知ってしまったのだ。約束をした若い女の子は、もうこの世に居ないことを。

「ごめん神代。血が上ってた」
「良いんだ。今日は暖かいからな」
春陽で心地よい、春の暖かさを感じる日だった。

「川の近くって涼しいけどさ、三途の川の近くも涼しいのかな」
「行ってみなければ分からないだろうなぁ」
彼は春彼岸の時にしか現れないが、本当に彼岸まで行ったことは無いらしい。

「あたしらが会えたのはおばあちゃんのおかげだろうけどさ、おばあちゃんと神代が会えたのはなんでなんだろうね?」
「君の祖母は、この神社に勤めていた神職の末裔らしい。その縁が、俺と彼女を繋いでくれたようだ」
そうか。おばあちゃんも神代を見た時は、痛いほど頬をつねったりしたのかな。

「あたしって、美人なのかな?」
「美人になったと思うぞ。少なくとも出会った頃のあの根暗な雰囲気からは、見違えた」
「そっかー、何でだと思う?」
「んん……? な、何でだろう?」
「分からないなら良いさ」
一年で、たった一週間しか会う機会の無い想い人の為にどれだけ頑張ったか。けどそういう陰の努力ってのは、自分から言うもんじゃないから。

「あたしにくれたこの桜の花はさ、残るのかな? 消えたりする?」
「いや、きっとそれは消えないだろう。君に渡して現世に渡った物だからな。朽ちはするが、俺がいない時には枯れ果てるこの桜の樹とは違うだろう」
それなら、生きてる間は残るよう大切に保管しようかな。花びらは押し花の栞にでもするかな。一枚だけで、ボリュームで見たらちょっと頼りないけど。

ぽつぽつ。
晴れていたのに、他愛ない話をしているうちに空が曇り始め、小さな雨が静かに降り始めた。
空が私の心を代弁しているかのように。
晴れのち雨は、命の終わりを告げに来るように。

「神代」
「ああ、そろそろな」
「行かないでって言ったら、聞ける?」
「やれることはどれだけでもする。だが、できないと分かっている約束はしない」
「何十年も待てたのに?」
「待ってはいない。俺は、生きている時が君達とは違う。だから君らから見れば、ほんの数日の期間だ」
「それでも、あたしを待っていたんでしょ」
「……いいや」
少しずつ増していく雨脚を気にせず、彼は顔を空に向けて雨を浴び始める。その雨で何かを隠すように。

「俺は、俺の約束を守りに来ただけだ。実里、俺が外に出られるようになったあの日にした約束を、果たしに来た」
桜の花びらを掃除させ、燃やして、灰にして、それを被って外で犬みたいに走り回っていたあの日。
あたしは「何でもする」と言った神代にこう言ったのだ。
「いつかあたしにも、なんかで返して」と。

「え、いや、あんなの大したものじゃないよ? 話し相手になってくれたら程度のかるーい約束じゃん?」
「今君は、探偵をしていると聞いた。君の祖母のようにな。だから俺があげられるのは、これぐらいしかない。むしろこれしかない。君の祖母にも与えた物だ」
「……え?」
あたしの、おばあちゃんにもあげた?

神代はあたしの手を両手で優しく握ってくる。包み込んでくる手を見ると、あたし自身の手が見えるほど、うっすら彼の体が透けていた。

「樹のように千年と生きる者が持つ、その時代を生き抜くための底力だ。きっと仕事の役に立つだろう」

言って、彼は力を込めた。
その瞬間、あたしの身体に、雷のような物が落ちる。
それは、錯覚であった。手から腕を通し肩に移り、そこから胸、頭、腰、足それぞれの体の領域に広がり始める。稲妻が落ち、電流にすら近い力の流れが全身を駆け巡り、その力の強大さに拒絶反応さえ起こり、あっという間に意識が飛んでしまうかと思うぐらいに。
なのにそれは、じわりと雨に濡れて水が染みる衣服のように体に馴染んでいく。それゆえに理解する。これは電流が一瞬で駆け巡るような荒々しい物では無く、樹の根が少しずつ広がり土に馴染むイメージに近い物なのだと。
これは、圧倒的な力だった。
人間程度の寿命では到達できない、一個人では見ることすら敵わない世界を見る力。
ただ、もっと人間らしく有体に言ってしまえば、『勘』だ。

「うわ、うわ。あ、何これ……。あんたら、こんなのが見えてるの……?」
「先を見据える力が無ければ、うつり行く世界で何年も生き残る事はできない。逆に言えば、何年も生きている者には先を感じられる力が備わってしまうのだ」
「はー、これはやべーわ。おばあちゃんにもあげたって言ってたけど、だから探偵をやり始めたのかぁ」
「いいや、これは素養が無ければ扱えない。渇望する精神力や、生き物としての生命力が強くなければ良い観察眼を持っていたところで、使い余すのだ。それに比べれば、実里と***は良い勝負をしている」
「……探偵としてってこと?」
「まぁ、そんなところだ」
「はいはい、『好奇心旺盛なところが』って言いたいんでしょ」
「おお、早速使えているようだな! 渡し甲斐があるというものだ!」
嬉しそうに笑っている神代を見て、あたしは気付いてしまう。でもそれは、今降っている雨が、たまたま目の近くを流れているのだという事にしておく。
彼には見えている。己の寿命が。
だから、自身が浮かべる笑顔が最期に近い事も分かっている。
聞き分けの悪いあたしの性分は、この力のおかげでちょっとマシになる。

「神代。別れの言葉は何が良いさ?」
「おっ、あれが良いぞ! 映画というやつで異国の人間がしていた挨拶だ!」
「あー、多分あれだな。オッケー、じゃあやりますか!」
お互いの別れの涙は、今降っている雨に頼み、あたしらは手を上げて笑顔で言う。

「「グッドラック!」」

ハイタッチをして、そのままあたしは境内から出る方向に進む。振り返らず、映画のワンシーンのようにカッコつけて。
ああ、カメラが無くて良かった。雨なんかじゃ隠せないぐらいの涙が目から溢れているんだから。

三月二十三日。天気は晴れのち雨。
東実里あずまみのりはとんでもない力を手に入れた」
日記に書いたのは、ただそれだけだった。



数年後、あたしは予想通り雇っていた2歳年下の男から求婚され、そのまま家庭を作る。生まれてきたのは男と女の双子。子育てに集中するためにも探偵業は一度おやすみした。あたし自ら育て上げ、一流の探偵になった旦那に任せる方針で。

だから旦那が帰ってきて「実里先生へ」と書かれた封筒を見せてきたことは、つまりあたしを知っている人からの依頼であるわけで。
「えーと、なんであたし宛て?」
1歳半になる子供をあやしながら疑問になって聞いてしまう。もちろん見当は付いてるけれど。
「昔、実里に依頼した人らしくてね? 子育て中で本業は……って言ったんだけど『どうしても!』とお願いされてさ。一応中身だけは確認したら良いと思う」
「報酬が高くてもやりませんよー」
「確認はするんだね……」
だってちょっと封筒に厚みあるし。もしかしたら多めな前金かもしれないし。

開いた茶封筒の中にあったのは、ずいぶんと内容の濃い手紙だった。
お金じゃないのかと落胆したが、読んでいくうちにあたしに依頼された理由を知る。

「母親と弟を呼ぶわ。何かあったら二人を頼ってね」
「えっ、やる気なのか……?」
「これはあたしがやらないとなんだよねー」
「実里先生の勘がそう言ってるんだね。それなら僕は止められないなぁ……」
「サンキュ!」
旦那の頬に軽くキスをして感謝を伝える。嬉しそうにニヤついているのを見ると、こいつはまだまだあたしに惚れたままだなと確信する。

依頼内容は簡単。
神社にある枯れた桜の近くで、夜な夜な不気味な声が聞こえるのだと。
子供のいたずらかと思えば、大人からも苦情が入ってきており、原因は不明。
似たような件で昔に依頼を受けたのがあたしの祖母であり、さらに孫が探偵をやっているのを知り、何か分かるかもしれないと踏んで頼ってきた。

まぁね、原因不明って言うけどオカルティックな話は検証が足りてない場合が多いのよ。特にそれは、条件がさらに絞られるし、素人が見分けられないのは仕方ない。
だから絶対的な勘を持つあたしならすぐ辿りつける。けどそれだけじゃあ意味が無い。
依頼を受けるなら、解決を見届けないとね。あたしは「できない約束はしない」主義なのよ。

「さぁさぁ、お前の名前はなんだい? あたしが付けてやってもいい。『神代かみよ』とかどうよ!」

春を迎え、境内にある他の桜は満開なのに、一つだけ枯れているその桜に似合う言葉はそう、「桜蘂さくらしべ降る」だろうか?
祖母が昼を解決したなら、あたしは夜ってか。
あーもう、これだから縁っていうのは厄介で、面白いのよねぇ!

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