桜花は一片の約束

アオカラ

第4話 神代の正体

自宅に眠っていた祖母の遺品を漁るために、母親と久しぶりに深く話した。驚いているようで、けれど娘が最近意欲的に行動している姿にどことなく嬉しそうにしていた。
おばあちゃんが使っていた資料を掘り出しながら話を色々聞いていく毎に、あたしは祖母が名探偵と言われた事実を痛感させられる。依頼があった日から毎日、日記で記録を残し、証拠だけでなく自分の観察眼や所感も大事にする。その洞察力の高さが、解決しなかった事件は無いと評価される程の実績を作り上げたのだと。

「おばあちゃんには何でも見抜かれたわ。私の趣味とか、恥ずかしい物の隠しどころとか、好きな人とか。何でも」
「それは……生きづらい人生だった?」
「いいえ、そんなことはなかったわ」
「え、隠し事が通用しないってなると遊びも出来ないんじゃないの?」
「むしろ、見ないフリができる人だったの。趣味ができたらそれをさらに楽しむために新しい物を教えてくれたし、恥ずかしい物があっても何も言われなかったし、好きな人ができたら応援してくれた」
あたしのお母さんは、自身の母親を敬っていたのが言葉の節々から感じられる。
「いつでもどんな時でも、その時に必要な言葉を分かっている人だったわ。それに助けられた人たちは何人も居る」
「探偵っていう、秘密を暴く仕事なのに?」
「暴いても丸く収められる立ち回りができるのは、本当にすごかったわ。浮気を調べたのに円満に収まるのを見た時は、脅しでもしたのかと思ったわ」
「脅してる時点で円満じゃないね……」
あたしの軽い返しに微かに笑いながら、母親は続ける。

「でも一つだけ、ずっと解決できない依頼があったって言ってたわねぇ」
「えっ? このおばあちゃんが解決できなかったの?」
「どんな依頼? って聞いても『安請け合いしたものよ』としか教えてくれなかった。お母さんがそう言ってしまう話に深く突っ込むのも野暮かなと思って、私はよく知らないの」
見ないフリをできるという血筋は、ちゃんと残っているんだな。

数日使って、あたしは祖母の日記を紐解いていく。
数十年分ある膨大な日記でも、どこから読んでいけば良いのか見当は付いている。おそらく、若い頃。



神代じんだいー?」
三月十七日、天気は晴れ。
神代神社に訪れ、枯れた桜の木にく男へ呼びかける。

「やあ実里、待っていたぞ!」
元気な声であたしを迎えた直後、あたりに桜の香りが舞う。花咲か爺さんが灰を撒いたかのように一気に満開に色づく桜を見ると、自分が現実に居るのかすら分からなくなる。
しかし、これにはもう慣れた。
重要なのはここから先、彼の人生に踏み入った身の上話。

「とりあえずまぁ、座ろっか。話が結構長くなる予定でさ」
「そうか。ならこの桜の花びらの山に座るといい」
「人をだめにしそうな塵の山だね」
「? まぁ座り心地は良いぞ」
彼がぷちぷちと千切っていった花びらの山に埋まるよう座ると、何とも言えない快感に襲われる。ふわりと身体を包む花びらが、いけない事をしている背徳感と共にあたしを丸呑みにするのだった。



「つまり、俺はこの樹の下に眠る死体という事なのか……?」
「厳密には元がそれで、今のあなたは地縛霊どころか、いっそ地主神に近いんだと思う。千年近く前にあった戦争に巻き込まれて亡くなった村の若い男を弔うために、お墓として桜を植えたのが始まりらしくてね? でもおかしいとは思っていたの」
「何がだ?」
「あたしさ、桜を調べていくうちに種類ごとの見分け方も覚えていったから分かるんだけど、神社内にある他の桜は違うのにあなたの樹だけ『江戸彼岸桜』なのよ」
他の桜たちは、寒さこそあるが日差しが温かくなってきたこの時期に少しずつだが芽吹き始めている。
故に判断が付いた。神代の桜だけ種類が違うと。

「境内にある他の桜たちも、あなたには満開に見えてるんだっけ?」
「ああ、間違いなくいつも咲いている」
「でも……それが、あたしには見えてないんだよ。神代が居る時はちゃんとあなたの桜は満開なのに、他の桜には影響を与えてない。そこで一つの仮説が思い浮かんだの、受け売りだけど」
花びらに包まれながら話すあたしの言葉を、神代は隣に座り真面目に聞いている。

「あなたが居て、見えてる世界は、過去なんじゃないかと」

彼は、過去という言葉に対して疑問の表情で返してくる。どうやらいまいち理解できていないようだ。

「細かく掘り下げて言うと、あなたは『とある期間』を何回も繰り返しているんじゃないかという話。とある春に、境内にある全ての桜が満開で、若い女の子に『いつか約束を叶えに来る』と言われた時期を」
「それは……なぜそう言えるのだ?」
「神代、あたしの前に現れた女の子の名前、憶えてる?」
「もちろんだ! 彼女は、***だ!」
「ああ、そう。やっぱり」
「なんだ、なにがやっぱりなのだ」
「聞こえないの、あたしには。認識できないって言う方が正しいかな? あなたの記憶というか、ここであった出来事を外部の者が知り得ることはないの。残せないの、何にも」
「それは……おかしい!」
神代は立ち上がり、激しい剣幕であたしの顔を覗き込む。

「***は日記を記していた! 実里も紙に書いているだろう! それは確実に残っているはずだ!?」
「不思議だよね、書いて記した物全てに修正がかかってて、色んな物がぼやけて消えているの。消しゴムで消したような物でも無い、もっと大きな因果でもみ消されたような誤魔化し方で」
見ないフリどころではない。見なかったことにされる修正力。
「そんな、それでは……俺は何を伝えても無駄になるというのか……」
「神代、あなたその女の子が急に来なくなったって言ってたわよね? それは三月の何日か憶えてる?」
「……三月の二十三日だ。毎日のように来てくれていた彼女が来なくなった日を、俺はよく思い出す……」
「やっぱりか、彼岸明けの日だ。今年のね?」
「彼岸明け?」
「そ、春彼岸は17日から23日までなの。んで、そこがタイムリミットでループの始まりでもあるのだと思う」
「たいむりみっと? るーぷ?」
ああ、時代錯誤っつーのはこういう意思疎通が面倒だな。

「まーなんというかさ、あたしがあんたとした契約は『できるところまではする』だから。懇切丁寧にあれこれ説明しようとしても難しいところがあると思うの、あんた自身が自分の事よく分かってないんだしさ?」
「そ、それは何も言い返せない……」
「だから、あたしは依頼主であるあんたの最終目標だけを叶える事にするわ。細かな説明は時に毒となるからね。桜は毒に弱いじゃん? あたしなりの気遣いってやつ」
「ふ、ふむ?」
よく分かっていないようだ。まぁそれでも本人の目的が達成されるならそれで事件は解決だ。神代の依頼は、「外の世界に出る」なのだから。それ以上はいつか訪れた時、また依頼されたらで良いのだ。

「んじゃー神代、この桜の花びらの山を掃除しなさい」
「な、なぜだ?」
「掃除しなさいって言われたらなぜとかなんでとか聞かないの! はやく掃除しろ!」
「は、はいっ!」
彼は親に怒鳴られた子供のように、急いで箒を取りに行き掃除を始めるのだった。案外手際が良く綺麗になる辺りを見て、なるほど女々しく花びらを千切ってたあの姿は繊細さの裏返しでもあったのだと知る。

「お、終わりました!」
「辺りに散ってる花びらはちゃんと全部集まったか?」
「集まったはずです」
「はずだとぉ?」
「集まりました! 確実にあります!」
「それで良い。では次にこの山を火で燃やせ」
「え」
マッチだと使い方がいまいち分からないかもしれないとなり、火打石と火口ほくちを用意してきたあたしは気が利いてる。
「おら、さっさと燃やせ」
「で、でもこれは***との約束の花でもあってだな!」
「昔の女との思い出がそんなに大事なのかぁ!? 女々しいこと言ってんじゃないよ、それでも玉ついてるのか!?」
「ひいっ! 実里! 君はそんな男勝りな人柄だったか!?」
「燃やせ」
「はいぃ!」
もうあたしの言葉に逆らえないらしい。それぐらい怯えた様子でカチカチと火打石を鳴らして火花を散らし、桜の山を燃やし、灰の山ができあがる。

「おおー上出来上出来、良い感じの灰じゃん」
「うう、すまない***よ……。俺は君との約束を若い女子おなごに消されてしまった……」
「ほーら泣かないの、よちよち」
弟より高い背の頭にぎりぎり届いた手は、振り払われる。つれない奴め。

「んじゃま、この灰をかぶりな」
「待ってくれ実里、今燃えて出来あがったばかりの灰の山をかぶると火傷をしてしま……」
「かぶれ」
「はい……」
もうどうにでもなれといった感じだ。勢いよく灰の山に身を投げる。

「……あれ、熱くない?」
神代から聞こえた感想にあたしは確信する。
「まーそりゃ、今は灰だけどこの花びらは特別なのよ。それは前の女が証明しているってわけ」
「***が?」
「この花びらを積もらせたのは間違いなくそいつの策略なのさ。あんたに約束した女は自分の代ではどう頑張っても無理なことを理解したからあたしに託したわけでさ」
「自分の代……? ま、まさか君はっ!」
「あーだめ、それ以上言ったら改竄が入る可能性あるから口に出しちゃだめ、良い?」
「むぐ!」
灰の山で寝そべる神代は、勢いよく両手で口を塞ぐ。口の中に灰が入らないようにするポーズにも見えなくないが、自ら突っ込んだ塵の山で塞いでいる姿はなんともマッチポンプ感があって笑える。

「良い神代? その灰を被った状態ならあんたは外に出られるわ。試してみな」
「ほ、本当か!?」
早速神社の入り口でもある鳥居の方へ走っていき、神代は声を上げた。
「で、出られるぞ!」
ゆっくり歩いて追いついたあたしは、外を初めて見たかのような、実際初めてでテンション上がりまくりな灰被りの着物男子を見て、吹き出しそうになる。なんだこの光景は。

「すごいぞ! 外はこんな建物達が並んでいるのか! なんだあの高い建物は! 桜より高いぞ!?」

あんまりにも大声で叫びまわる物だからご近所迷惑も考えたが、道行く人々は彼の事は見えていないらしい。喜んでいるし迷惑もかけてないし、良かった良かった。

「実里!」
外の景色に夢中であたしの存在に遅れて気付いた神代は、飼い主が大好きな忠犬のように詰め寄ってくる。
「ありがとう! 君のおかげでずっと願っていた夢が叶った! なんとお礼を言っていいのやら!」
「あたしは、大したことしてないよ」
これは、あたしのおばあちゃんの功績だ。結局、未解決事件は一つも無かった。今この時に無くなった。
「そんな事は無い! どんな形で返せば良いのか分からないぐらいだ!」
「お? お礼をする気はあるってこと?」
「うむ! 俺にできることなら何でも言ってくれ!」
ふむふむ、言質はとったぞ。

「じゃあさー」

一つだけ満開の桜の樹の下に、灰の山が積もる神社で。
あたしらは、気楽な約束を交わした。

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