中学生の頃に死んだ彼女が十年後、教え子になった ~アンチェリーブロッサム~

アオカラ

桜ではない者の夢


元恋人を、死んで生き返っても思い続けているというのは、重い話だろう。
もしこの世界が地球ではなく異世界だとか、仮想現実だとか、もしくはパラレルワールドのような並行世界であったのなら、私は葉太との再会を諦めていたはずだ。

けれど、この世界にはきちんと「春川桜子という女の子が交通事故で亡くなっている」というニュースが残っていた。
つまり、同じ世界なのだ。いいや、もしかすると微妙に違うのかもしれない。だって記憶や知識を引き継いで生まれ変わるという、葉太の読んでいた本にあるような突拍子もない話が現実に起こるなんて。
誰かが裏で糸を引いていると思う方が、いっそ正しい気もする。

けれど。
もしそうなら、一目でも葉太の姿を見たいと考えてしまう。
誰かが私の最期の願いを聞いてくれたのなら、それを叶えるのが春川桜子の責務なのだ。
だから、私は足しげく思い出の公園に通う事にした。
生まれ変わった先の家庭はその公園から遠く、電車を使って一時間はかかる。それでも休みの日になると様々な口実を作り、ある時は一人で。ある時は家族に足を頼んで共に出向いた。

そんな日々を中学に入ってから過ごし、約一年半。
葉太の姿は、一度も見えなかった。



放課後、学校の図書室。
ばたばたんと、床に本がいくつか落ちたような音が聞こえて気になり、振り返ると図書委員らしき女の子が慌てて拾っていた。

「はい」
「あ、ありがとうございます……!」

手伝うと申し訳なさそうに彼女は笑う。
同じクラスではないが、学年が一緒なので少し見知った顔。首から下げている委員用の名札には「小沢」と書かれていた。

「あ、この小説知ってる。小沢さんこれ好きなの?」
「そ、そうなんです! 知ってるんですね! ええと……」
「春川」
「春川さん! 私、人にこれをおすすめしてもあまり読んでくれなくて……」
「まー、結構小難しい文だもんね。子供は敬遠しちゃうかも」
「お、大人ですね……!」
「あ、あはは……」
まずいまずい。油断するとすぐ口ぶりに現れてしまう。

「実際、マンガなら読んでくれるんですけど小説はちょっと敷居が高いみたいで。面白い物もたくさんあるんですけどね」
話せる相手が居た喜びを隠しきれないようで、小沢さんは楽しそうに語っている。
自分の好きな物を真剣に語る彼女と似たような人を見たことがあるから、親近感が湧いてつい聞き返す。

「小沢さん一押しの本とかあるの?」
「あります! ……あっいえ、なんでもないです……」
「ちょっと、そこまで言ったら教えてよ。気になるじゃん!」
「あ、あの……なんと言いますか、その……」
もじもじと恥ずかしそうに口籠る仕草を見て、軽く聞いてみる。
「エロいやつ?」
「え、えろくはないです! けど、その……男同士と言いますか……」
「あら、腐女子なんだね」
「うっ……」
つい漏れてしまった私の言葉に深くダメージを受けているようだ。どうやらまだ恥ずかしさの方が強いみたいで、背徳感に勝てていないらしい。

「小沢さん、その本のタイトル教えてよ」
「えっ?」
「読んでみるよ。私さ、『毒を食らわば皿まで』って感じだから。おすすめなんだったら、とりあえず読んでみたい」
「あ、じゃあその……また持って来ますね……!」
「貸してくれるの?」
「はい!」

そうやって、腐女子の小沢さんと知り合った私は中学校の図書室で有意義な時間を過ごすようになった。



「この前貸してもらった時を越えるBL漫画、マジで泣いた」
「良かったよね! 春川さんも好きそうって思ってたから!」
「時間を越えても衰えない愛なんて、最高じゃん……」
自分にも当てはまる節があり、共感してしまったからというのもある。

「お話はすっごく良いんだけど、やっぱりBLだからおすすめしづらくて……はは……」
「いやいや、あれは男同士だからなお良いんだよ」
「えっ? そうなの?」
「そう、だって基本的に同性愛はタブーに近いわけじゃん。けど時代が変わって、多種多様な恋愛観が受け入れられるようになるまで二人は待つことを決めたわけよ。尊くない?」
「そ、そうかも!」
彼女は祈るように両手を合わせ、うっとりしていた。

「なんかさ、勇気づけられたよ。ああいう恋もありなんだって」
「……春川さん、恋してるの!? だ、だれに!?」
「ひみつ」
「えー!」

貸してもらった本を返し、「教えてよー!」という小沢さんの声を背中に浴びながら、私は図書室をあとにした。
今日は金曜日。比較的余裕のある平日は、あの公園に今も残っているベンチに向かう事にしている。
たとえ何年経ったとしても、何年待ったとしても。
漫画の二人のように、いつか会えると信じて。



中学校の卒業式を終えて数日経ち、私はとうとう命日の春を迎えた。
もちろん生まれ変わる前の「春川桜子」の命日であり、今の私は死んでいない。
それでもなんとなく、この日を迎えるのは怖かった。
もしかしたらまた、事故に遭って死んでしまうのではないかと思ってびくびくしながら家で過ごしていた。
なのに今日は本当に天気が良く、桜も早咲きの物は満開を迎えているらしい。お花見日和で、風も心地よく、気持ちも穏やかだった。

とてつもない睡魔に襲われること以外は。

「……眠い」

その睡魔に身体を任せてもいいはずだ。
普通の人間であれば。
けど私は恐ろしかった、この日にこのまま家で眠ってしまえば、次起きた時に私はもう居ないのではないかと。
魂の桜子は、今日で終わってしまうのではないかと。
そんな虫の知らせに居ても立っても居られなくなり、私は部屋着を脱いでシャワーを浴びる。

それでも睡魔は収まらなかったから、今度は外出を決める。
余所行きの私服に着替えたら、少しだけ眠気がましになる。
いざ外を出て歩いてみたら、また少しだけ収まっていく。

歩いて、電車に乗って、降りて、また歩いて。

そして辿り着いたのは、いつものあの公園ではなく、私が死んだ場所だった。
トラックに跳ねられ、即死したとされる春川桜子という女の子。
中学生でも高校生でもない、中途半端な時期に死んでしまった十五歳の少女の死地。

歩道の側には今も花を添えてくれている人が居るみたいで、命日でもある今日はさらに多かった。
私はその花を見て、すぅと眠気が引いていくのを感じる。
死んだ土地に来て、生きる実感を取り戻すなんて皮肉な話だ。
自嘲気味な思考に浸っていると、桜の花びらがひらひら舞いながら私の隣を通り過ぎていく。
出所の方に目をやると、そこには私が意識を無くしていく最期に捉えた、桜の樹があった。なんとなく気になり、歩道を渡って近づく。

「散ったけどまた戻ってきたわ、って言っても通じるのかしら?」

多分信じないだろうな。
ふっと一人で笑う。
その一瞬、突風が吹いた。
あまりの強さにスカートがめくれそうになり、慌てて両手で押さえる。
いじらしい風を恨めしく思いつつ、その風の征く先を見つめると、彼が居た。

「……あ……」

ずっと、ずっと待ち焦がれていた。
年を取っているけれど、面影は残っていて男らしくなっており、間違いなく秋田葉太だと確信する。
姿を見るだけで、涙で視界が朧げになる。
彼は、葉太は花が添えられている歩道の側に、私が大好きだった花を置いて静かに黙祷していた。


 「あ、葉太……!」

彼の名前を呼ぶが、身体が酷く重くなり、声が小さくなる。
まるで死に際の、喉が潰れたような感覚。
ふらっと倒れそうになり、身体を桜の樹へ預ける。
その間に葉太は祈りを終え、どこかへ帰っていった。
私は襲われる睡魔に抗えず、そのまま桜の下で眠ってしまった。



「おーい、君!」
「う……ううん……?」
「こんな遅くに何してるの、早く帰りなさい。お家はどこ?」
初老の警察官が私の肩を揺らして眠りから覚める。
辺りは真っ暗で、腕時計を見ると午後九時を回っていた。

「あ、え、すいません! ちゃんと帰りますので!」
「本当に大丈夫? 親御さんに連絡入れようか?」
「だ、大丈夫です!」
「気を付けなよ。ここは昔事故で人が亡くなってから、いわく付きで結構危ない場所だから」
「は、はい! 気を付けます! 失礼します!」
鞄を持って早々に退散する。携帯には家族や友人から数十件の着信履歴があった。

「……死を吸う桜に狙われたのか救われたのか、分からなくなったわ」

眠りに誘った死桜には振り返らず、歩みを進める。
ここに来なければ、きっと葉太が居る事には気付けなかった。
それを知らせてくれたのは、間違いなくあのいわく付きの桜だろう。けどあいつは、見せつけるだけ見せつけて私を葉太の下へ行かせようとしなかった。
まるで、「お前とあいつはあれだけ歳が離れているんだ」と知らしめたかのように。

「生憎、私はそれなりに割り切ってるから。甘い誘いには乗らないよ。けど」
ゆっくり深呼吸し、夜の空気を取り込み、生を味わう。
そして、誰かに向けた独り言をつぶやく。

「ありがとう、彼と会わせてくれて。今日会えてなかったら、多分魂が死んでたと思う。だからもう少しだけ、人生を信じてみるよ」

夜の道を桜子は悠々と進む。
その背中を見送る死桜は、どこか名残惜しそうで。
けれど嬉しそうに、風で花びらを散らしていった。

          

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