中学生の頃に死んだ彼女が十年後、教え子になった ~アンチェリーブロッサム~

アオカラ

終わらない少女の夢


いやだ、痛い。
ああ、痛い。いたい。

不注意な運転をしたトラックが衝突して、身体が空中を数メートルほど飛び、骨と肉がぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、跳ねた身体が地面に衝突した瞬間、全身の内臓が揺れて元々ある位置からずれた。

固いアスファルトの上で血だまりを作りながら横たわる。かろうじて意識は残っていたからこそ(ああ、もう助からないな……)と酷く冷静に心の中で思う。

(やり残したこといっぱいあるけど、もし叶うのなら、葉太と学校でまた会いたかったなぁ)

薄れていく意識の中、早咲きの桜が目に映る。
それを見て「桜子」という名前の由来を思い出し、愚痴を呟こうとするが喉も潰れて声はでない。

(桜は散っても散ってもまた咲くってのに、人間は不便だ)


結局、心の中で愚痴を思うだけで少女の意識はひらりと散った。
三月の末。
中学生を終えて、高校生になっていない十五歳の女の子が交通事故で亡くなった。

そして、その年の四月。
春川桜子という女の子が生まれる。



目が、覚めた。
それはありえない話だった。私は、もう死んだはずだったから。
ならここは天国だろうか。にしては、ずいぶんと現代的な医療機器が揃っている部屋で、どうやら病院の治療室であることが分かる。

「う……まれ……した……! ――……!――」

何か話しているが、上手く聞き取れない。耳が悪いのだろうか。いや、なんなら体もトラックに跳ねられた時ほど痛くはないが、自由が利かず動かない。
目も、どこか世界が遠く見える。真新しく感じるという方が正しいかもしれない。

誰かに抱きかかえられ、女の人の前まで連れられることで、これが私の身体でないことに気付く。
抱きかかえられるほど私の身体が小さいわけがない。華奢と言っても、中学生程度の体格の人間を包むように持ち上げるなら、巨人でないといけない。

私が、赤ん坊なのだ。
今生まれたばっかりの、赤ちゃん。
なのに記憶がはっきりと残っている。ついさっき事故に遭い、そのまま倒れ、ひたひたと歩み寄ってきた死の恐怖が鮮明にこびりついている。
だから、今生きている事にどうしようもないほど安心を覚えてしまう。それが感情の波になって、我慢できなくなった。

「……ぎゃぁ……! う……あぁぁ! あああぁぁぁあん!」

赤ん坊はなぜ泣くのか。
未知への恐怖、新しい世界への恐怖、それとも安心して泣き崩れているだけだろうか。
私の場合、つい先ほどまで自分の精神を覆い尽くす死の恐怖から解放されたことによる安堵からであった。

泣いて、泣いて、泣き疲れて眠った。
起きてはあの事故を思い出し、怖くなって泣き。
眠っても、事故を思い出すような夢を見ては泣いて。

幼児期の私は、泣きじゃくる女の子であった。



女の子というのはおませな生き物で、小学生の頃から恋バナで盛り上がる。なのにあまりそういった話に参加しない私を不思議に思ったのか、女子グループが数人固まって私に話しかけてくる。

「桜子ちゃんって、好きな男の子いないのー?」
「うーん、居るには居るけど」
「そうなのー!? 同じクラス!?」
「違うよ」
「えー、じゃあ隣のクラスの西田君でしょ!」
「あいつ、不良だからあんまし好きじゃない」
「えー? それがカッコいいんでしょー?」
オラオラ系に憧れるお年頃なのも分からんでもないが、タイプじゃないんだよなぁ。私はもっと大人しくて、本好きで、面白い事を教えてくれる人が良い。
けれど私の好みなど気にも留めず、グループのリーダーらしき女子は続けて言う。

「じゃあじゃあ、もし西田君が桜子ちゃんのこと好きって告白してきたらどうするー?」

……なるほどな。
私は彼女らが言いたい事をなんとなく察する。
顔もそれなりに整っている不良の西田はモテている。そしてきっと、西田本人から聞き出したのだろう、「気になっている女の子は?」と。
そこで「春川桜子」という名前があがったから、普段ひっそり過ごしている私へ急に話しかけ、牽制してきたわけだ。

つけあがるなよ、と。

「……もし告白されたら、きちんとお断りするかなぁ」
「へぇーそっかー、もったいないねー」
リーダー格の女子は残念そうに声を上げる。けれど、それがどこか満足気に見えるのは錯覚ではないだろう。


そんな出来事があった数日後。

「……おい、春川。お前今いいか?」
隣のクラスの西田が昼休み、廊下ですれ違った私に話しかけてきた。
「今? まあ別に良いけども」
「ちょっと付いて来てくれねえか?」
そう言って振り返り、彼は背中を向ける。自分を大きく見せようとがに股で歩く姿を見ながら、やっぱりタイプじゃないと心の中で再確認。

連れてこられたのは、屋上前の踊り場だった。

「なあ、春川って俺の事あんまし好きじゃないって言ったらしいな?」
「あー、うん。言ったよ」
「なんでだ?」
「なんでって……好みの話だから」
「女子はでかくて強い男が好きなんじゃないのか?」
「色々居るのよ、一人ひとり好きな人ってのは微妙に違うんだよ」
「春川は、好きな男が居るのか?」
「えっ、ま、まぁいますけど……」
なんだこれ。男にそういう話するの気恥ずかしいな。

「俺さ、わーきゃーうるさい女子に比べて落ち着いてるお前が好きだって思ってたのに、結局お前が俺の事を好きじゃないって聞いてビクついたんだよ」
「そ、そうですか……」
なんだこれ、遠回しに告白されてるのか?

「好きな女に認められなきゃ、男として情けないだろ。だからでかく強くなろうとしてるのに、それだと意味ないんだろ?」
「んー? なんか私はそうやって相手の気にいる自分を作り上げようとしている方が情けない気もするけど」
「……あ?」
軽く威圧されるが、構わず続ける。
「けど良いんじゃないの? 西田は西田でちゃんと考えて、誰かを振り向かせようとしてるんでしょ? そういう努力が身を結ぶこともあれば、そうでない時もあると思う。だからこそ、もっと自分らしさを大事にして良いよ」
しまった、長々と語ってしまったが小学生の男子には理解しづらいか……?

「……やっぱお前、同い年とは思えねーぐらいだぜ。すげーよ」
尊敬の眼差しを向けられる。実際、同い年ではないので意外と彼は勘が鋭い方なのかもしれない……。
「なんか、俺の叔母さん並みの考え方してるぜ」
「誰がおばさんだ、まだ二十代やぞ」
「……えっ? な、急にどうした春川……?」
「なんでもないっす」
相手が小学生で良かった。本当に。

けれど、彼の言い分にどことなく感じる物があった。
「……あのさ西田」
「なんだ?」
「あんたさ、もしかして年上が好きなの?」
「なっ!?」
おおー、図星っぽいな。

「なるほどねぇ、だから自分を大きく見せて、相手と釣り合おうとしてるわけだ」
「ち、ちがうっ!」
「けどやっぱり年の差が大きいとどうしようもない穴があるから、同級生で気になる子を見繕ってたわけだ」
「ち、ちげーし!」
「西田、女子として一つアドバイスしといてあげる。恋に年齢は関係ないよ」
「…………本当か?」
「他の女子にも言ったことない秘密を教えてあげる。私も好きな人は年上だから」

もっとも、今どこに居るのか分からない人ではあるけれど。
それに、同じ世界で生きているのなら中身の年齢は同じという歪な関係だけど。

「そうかっ……! ありがとう春川、お前すげーやつだ!」
私の言葉に勇気づけられたのか、彼は笑顔を浮かべてだんだんと階段を走り降りていく。吹っ切れたような背中を見て、存外悪くない男になりそうだと密かに思うのであった。

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