身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
51
しばらくの間、私たちはそうしていた。
薬指の感覚に慣れた頃、ふと私はひとつのことが気になる。
「悠馬さん」
「ん?」
「あそこ……遊歩道、あったっけ?」
「ああ……」
わずかに口籠った悠馬さんは、「新しくできたんだ」と言った。
「あそこ、あやめさんが落ちた場所だよ」
「えっ」
「きれいに整備されて散策出来るようになっているみたいだ」
……ここから見えるぐらいの距離だったんだ。カラスを追いかけて、ずいぶん走ったような気がするのに。
いろんなことが変わっていたんだな、と思う。それはそうだ。いつまでも変わらないものなんてない。
悠馬さんの私に対する気持ちだって変化してきただろうし、私もそうだ。それでいいのだ。
「カラスもいないのかな」
「どうだろう。でも、今度は何も奪わせはしない」
力を込めた手。私は頷いて握り返した。
黄昏がじわじわと色を変え、群青色に滲んでいく。今日は晴れだから星が出るだろう。
「帰ろうか」
「うん」
「明日も出かけるし」
用事があっただろうかと首をかしげていると、悠馬さんは笑う。
「君のご両親に挨拶をしないと。本家には先に言ってしまったけれどね」
「あ、え、そっか」
そういえば親に解決したこと、なにも言っていなかった。メッセージでもなんでもいいから送って安心させなければ。いきなり悠馬さんがあいさつしに行ったらお母さんひっくり返っちゃうだろうし……。
あとは同僚にも話さないといけないだろうな。指輪は嵌めるつもりなので、そういうのに目ざとい里美ちゃんに発見されて葉月に問い詰められる流れが今からでも想像できる。どこまで話していいものか。
「あやめさん? どうしたの?」
「ううん、これから忙しくなるなあって。――とっても幸せな忙しさを考えていたの」
悠馬さんは「そうだね」と目を細めた。
〇
――その後、私たちはローズ・フルールのレストランで夕食をとった。
本当はちゃんと予定を立ててプロポーズしたかったんだけど、と悠馬さんは申し訳なさそうに言っていたがそこまで準備万端で臨まれたら逆に私が尻込みしてしまったと思うので、これでよかった。
どうして今日だったのか聞くと
「今日が一番、伝えるのに最適だと思った」
とのことだった。
短い眠りから目覚めて、私がそばにいるのを見て、いてもたってもいられなかったらしい。
プロポーズするには今しかないと直感したという。
あんなに冷静な顔して、内心は焦り気味だったと分かるとなんとなくゆかいな気持ちになる。私だけが慌てたり恥ずかしかったりしていたわけではないと気づいたので。
帰宅してお風呂に入ろうとすると、悠馬さんが呼び止めた。
「疲れていたら、ちゃんと断ってほしい」
そう前置きして。
「あやめさんを抱きたい」
一瞬声が出なかったが、でもすぐに私はいたずらっぽく笑いながら答えた。
「一緒にお風呂に入ってくれるならいいよ」
ちょっと大胆すぎかな。
ううん、いいじゃないか。ほどほどに積極的で行こう。
・ ・ ・
ぐったりと悠馬さんの胸筋に頭を預ける。
荒い息を整えながら頭を動かし、彼をジト目で見る。
「……激しい」
「イヤだった?」
「……イヤじゃないけど。途中からすごく……力強くなったのはどうして?」
前回みたいな腰砕けにはなっていないものの、腰が酷く重い。
「あやめさんなんだなって」
「……」
「いままでは君が君でない中で抱いていたから、俺は今あやめさんを抱いているんだと思うと嬉しくてね」
だから、私の名前を呼んでいたんだ。
そっか。『あやめ』としては初夜でもある。
なんかもうすっかりそういうのが頭になくて気持ちよくさせられていたから今更ようやく気がついた。
「これから……何度だって名前を呼んで。朝も、夜も」
「ああ。たくさん呼ぶ」
手を絡ませ、私たちは何度目になるかも忘れたキスをした。
薬指の感覚に慣れた頃、ふと私はひとつのことが気になる。
「悠馬さん」
「ん?」
「あそこ……遊歩道、あったっけ?」
「ああ……」
わずかに口籠った悠馬さんは、「新しくできたんだ」と言った。
「あそこ、あやめさんが落ちた場所だよ」
「えっ」
「きれいに整備されて散策出来るようになっているみたいだ」
……ここから見えるぐらいの距離だったんだ。カラスを追いかけて、ずいぶん走ったような気がするのに。
いろんなことが変わっていたんだな、と思う。それはそうだ。いつまでも変わらないものなんてない。
悠馬さんの私に対する気持ちだって変化してきただろうし、私もそうだ。それでいいのだ。
「カラスもいないのかな」
「どうだろう。でも、今度は何も奪わせはしない」
力を込めた手。私は頷いて握り返した。
黄昏がじわじわと色を変え、群青色に滲んでいく。今日は晴れだから星が出るだろう。
「帰ろうか」
「うん」
「明日も出かけるし」
用事があっただろうかと首をかしげていると、悠馬さんは笑う。
「君のご両親に挨拶をしないと。本家には先に言ってしまったけれどね」
「あ、え、そっか」
そういえば親に解決したこと、なにも言っていなかった。メッセージでもなんでもいいから送って安心させなければ。いきなり悠馬さんがあいさつしに行ったらお母さんひっくり返っちゃうだろうし……。
あとは同僚にも話さないといけないだろうな。指輪は嵌めるつもりなので、そういうのに目ざとい里美ちゃんに発見されて葉月に問い詰められる流れが今からでも想像できる。どこまで話していいものか。
「あやめさん? どうしたの?」
「ううん、これから忙しくなるなあって。――とっても幸せな忙しさを考えていたの」
悠馬さんは「そうだね」と目を細めた。
〇
――その後、私たちはローズ・フルールのレストランで夕食をとった。
本当はちゃんと予定を立ててプロポーズしたかったんだけど、と悠馬さんは申し訳なさそうに言っていたがそこまで準備万端で臨まれたら逆に私が尻込みしてしまったと思うので、これでよかった。
どうして今日だったのか聞くと
「今日が一番、伝えるのに最適だと思った」
とのことだった。
短い眠りから目覚めて、私がそばにいるのを見て、いてもたってもいられなかったらしい。
プロポーズするには今しかないと直感したという。
あんなに冷静な顔して、内心は焦り気味だったと分かるとなんとなくゆかいな気持ちになる。私だけが慌てたり恥ずかしかったりしていたわけではないと気づいたので。
帰宅してお風呂に入ろうとすると、悠馬さんが呼び止めた。
「疲れていたら、ちゃんと断ってほしい」
そう前置きして。
「あやめさんを抱きたい」
一瞬声が出なかったが、でもすぐに私はいたずらっぽく笑いながら答えた。
「一緒にお風呂に入ってくれるならいいよ」
ちょっと大胆すぎかな。
ううん、いいじゃないか。ほどほどに積極的で行こう。
・ ・ ・
ぐったりと悠馬さんの胸筋に頭を預ける。
荒い息を整えながら頭を動かし、彼をジト目で見る。
「……激しい」
「イヤだった?」
「……イヤじゃないけど。途中からすごく……力強くなったのはどうして?」
前回みたいな腰砕けにはなっていないものの、腰が酷く重い。
「あやめさんなんだなって」
「……」
「いままでは君が君でない中で抱いていたから、俺は今あやめさんを抱いているんだと思うと嬉しくてね」
だから、私の名前を呼んでいたんだ。
そっか。『あやめ』としては初夜でもある。
なんかもうすっかりそういうのが頭になくて気持ちよくさせられていたから今更ようやく気がついた。
「これから……何度だって名前を呼んで。朝も、夜も」
「ああ。たくさん呼ぶ」
手を絡ませ、私たちは何度目になるかも忘れたキスをした。
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コメント
みょうが
素敵なお話でした