身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
40 身代わりと本物
「あやめさん、少し話が」
切り出し方にデジャヴを感じながら私は次の言葉を待つ。
「ドイツに一週間ほど出張することになった」
「ドイツって、あの?」
「あのが何かは分からないけど、多分そう」
ドイツ……。首都はベルリンで、時差七時間であることしか知らない。
「いつ?」
「一週間後。本当は父さんが行く予定だったけれど、体調を崩してしまって」
「え! 大丈夫なの?」
「ピンピンしているけど念のために。あの歳で不調を引きずったまま海外にはいかせたくない」
「そうだよね」
同棲をしてから一週間も離れたことが無かったので、少し寂しい。
そんな思いが顔に現われていたのか、悠馬さんは私の頭を撫でた。
「ちゃんと帰ってくるから。ここが俺たちの家なんだから心配しなくてもいい」
「子ども扱いして!」
むくれると彼は可笑しそうに笑った。
「本家には俺が海外出張行っていること隠さなくてもいい。そこまで詮索はしないだろうけど、念のために」
「分かった。ごめんね、うちが……」
「あやめさんは悪くないよ」
本家からはあれから連絡が来ていない。つばきは一度だけ海辺の写真を送ってきて、それきりだ。
そういえば実家から電話があったけれど、悠馬さんのことをやけに聞いていた。さすがに一人娘が男性と同棲しているから心配になったのだろうか。
「お土産はなにがいいか、考えておいて」
「そんな気を使わなくてもいいよ。会社の人に買ってあげて」
「リクエストがないとくるみ割り人形あたりを選ぶけど」
なんなのそのチョイス。家でくるみを殻ごとは使わないからなあ……。
「ペンとか、そのあたりで……」
「分かった」
悠馬さんは冗談と本気の見分けが難しい。
多分「それでいいよ」と言ったらくるみ割り人形を本当に買ってくるんだろう。
「空港には一緒に行こうか?」
「ずっと別れるわけではないんだからいいよ。迎えも飛行機も大幅に遅れたりしたらあやめさんが大変だから家で待っていて」
「うん」
さすがに過保護すぎるかと反省しながらも、一週間かあ……と考えていた。
その間、何も起きないと良いのだけど。
〇
夜十時、俺はひとり国際空港ターミナルに立っていた。あやめさんは何度も見送りにくるといったが、ここは良くても自宅に帰るまでの夜道は危ない。気持ちこそありがたいが、危険には晒したくない。
ドイツまでは乗り継ぎをしていかなくてはいけないので少々面倒だが、積んでいる本があるのでそれを消化しながらゆっくりと行こう。移動の時間は嫌いではない。
これから会う父親のドイツ人の知り合いは日本のものが好きとのことでいくつかお土産はあるが、菓子の類はない。なにかここで買っていくか。だいたい変なものを選びたくなるのだが、その気持ちは押しとどめる。そういうのは東に買って行こう。
「もしもし? お姉ちゃんだけど」
いかにもバカンスを楽しんでいましたといった雰囲気の女性が電話をしている。
ほかに客もいないので声が良く聞こえる。
「そう、元気にしてた? なによ喜び過ぎじゃない?」」
あんまり嵩張らないものがいいな。
抹茶とかあちらではどうなのだろう。
「ちょっと遊んでからそっち行くわ。お父さん、絶対外出禁止にしてくるじゃない」
いかにも日本らしいパッケージの方が喜ぶか?
「まだお父さんには何も言わなくていいわよ。いつ帰るかも決めてないし」
どうやら女性は家出でもしていたらしい。
国際線にいるということは海外まで逃げていたのだろうか。行動力がすごいな。
「あとそうね、あやめにも先に会いに行くわ。あの子、お父さんの前だと何も話さなくなるじゃない? だからサシでお話ししたほうがいいと思って」
……馴染みのある名前が聞こえて手が止まる。
いや、気にしすぎだ。彼女の名前は特別めずらしくはない。
けっきょく無難なものを選びレジに出す。払っている最中にも女性は通話していた。
「そんなに怒らないでよ。平気平気、あの子優しいから」
そろそろ荷物を預けたほうがいいか。
俺は土産屋から出る。これ、キャリーケースの中にいれたほうがいいかな。手持ちにするとどこかで忘れそうだ。
女性の声が遠ざかっていく。
「じゃあまた近いうちに会いましょうね。――おやすみ、かえで」
切り出し方にデジャヴを感じながら私は次の言葉を待つ。
「ドイツに一週間ほど出張することになった」
「ドイツって、あの?」
「あのが何かは分からないけど、多分そう」
ドイツ……。首都はベルリンで、時差七時間であることしか知らない。
「いつ?」
「一週間後。本当は父さんが行く予定だったけれど、体調を崩してしまって」
「え! 大丈夫なの?」
「ピンピンしているけど念のために。あの歳で不調を引きずったまま海外にはいかせたくない」
「そうだよね」
同棲をしてから一週間も離れたことが無かったので、少し寂しい。
そんな思いが顔に現われていたのか、悠馬さんは私の頭を撫でた。
「ちゃんと帰ってくるから。ここが俺たちの家なんだから心配しなくてもいい」
「子ども扱いして!」
むくれると彼は可笑しそうに笑った。
「本家には俺が海外出張行っていること隠さなくてもいい。そこまで詮索はしないだろうけど、念のために」
「分かった。ごめんね、うちが……」
「あやめさんは悪くないよ」
本家からはあれから連絡が来ていない。つばきは一度だけ海辺の写真を送ってきて、それきりだ。
そういえば実家から電話があったけれど、悠馬さんのことをやけに聞いていた。さすがに一人娘が男性と同棲しているから心配になったのだろうか。
「お土産はなにがいいか、考えておいて」
「そんな気を使わなくてもいいよ。会社の人に買ってあげて」
「リクエストがないとくるみ割り人形あたりを選ぶけど」
なんなのそのチョイス。家でくるみを殻ごとは使わないからなあ……。
「ペンとか、そのあたりで……」
「分かった」
悠馬さんは冗談と本気の見分けが難しい。
多分「それでいいよ」と言ったらくるみ割り人形を本当に買ってくるんだろう。
「空港には一緒に行こうか?」
「ずっと別れるわけではないんだからいいよ。迎えも飛行機も大幅に遅れたりしたらあやめさんが大変だから家で待っていて」
「うん」
さすがに過保護すぎるかと反省しながらも、一週間かあ……と考えていた。
その間、何も起きないと良いのだけど。
〇
夜十時、俺はひとり国際空港ターミナルに立っていた。あやめさんは何度も見送りにくるといったが、ここは良くても自宅に帰るまでの夜道は危ない。気持ちこそありがたいが、危険には晒したくない。
ドイツまでは乗り継ぎをしていかなくてはいけないので少々面倒だが、積んでいる本があるのでそれを消化しながらゆっくりと行こう。移動の時間は嫌いではない。
これから会う父親のドイツ人の知り合いは日本のものが好きとのことでいくつかお土産はあるが、菓子の類はない。なにかここで買っていくか。だいたい変なものを選びたくなるのだが、その気持ちは押しとどめる。そういうのは東に買って行こう。
「もしもし? お姉ちゃんだけど」
いかにもバカンスを楽しんでいましたといった雰囲気の女性が電話をしている。
ほかに客もいないので声が良く聞こえる。
「そう、元気にしてた? なによ喜び過ぎじゃない?」」
あんまり嵩張らないものがいいな。
抹茶とかあちらではどうなのだろう。
「ちょっと遊んでからそっち行くわ。お父さん、絶対外出禁止にしてくるじゃない」
いかにも日本らしいパッケージの方が喜ぶか?
「まだお父さんには何も言わなくていいわよ。いつ帰るかも決めてないし」
どうやら女性は家出でもしていたらしい。
国際線にいるということは海外まで逃げていたのだろうか。行動力がすごいな。
「あとそうね、あやめにも先に会いに行くわ。あの子、お父さんの前だと何も話さなくなるじゃない? だからサシでお話ししたほうがいいと思って」
……馴染みのある名前が聞こえて手が止まる。
いや、気にしすぎだ。彼女の名前は特別めずらしくはない。
けっきょく無難なものを選びレジに出す。払っている最中にも女性は通話していた。
「そんなに怒らないでよ。平気平気、あの子優しいから」
そろそろ荷物を預けたほうがいいか。
俺は土産屋から出る。これ、キャリーケースの中にいれたほうがいいかな。手持ちにするとどこかで忘れそうだ。
女性の声が遠ざかっていく。
「じゃあまた近いうちに会いましょうね。――おやすみ、かえで」
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