身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
33 悠馬side
【今日会議が入ってしまいました! 遅くなります!】
犬のスタンプと共につばきさんからメッセージが来た。「気を付けて帰って来て」と送る。
本当なら迎えに行きたいぐらいだが‥‥‥昨日の今日で外で会うのは良くないだろう。
冷蔵庫の中を考えて今夜は何を作ろうかを考えながら帰路につく。確か今日は食材が配達されてくる日だな。
マンションのエントランスに入ると警備員と青年が何やら言い争っていた。鍵を忘れて締め出されたのだろうか。
宅配ボックスから食材の入った箱を取り出している間も、その後もまだ話は続いていた。マンションに住む住人に会いに来たそうだが部屋番号が分からないらしい。
一応所有者でもあるので見て見ぬ振りもしていられず、仕方なく話しかける。
「どうしましたか」
「あ、こんばんは……。いえ、この人がどうしても会いたい人が居ると譲らなくて」
「会いたい人? 先に連絡しておけば良かったのではないですか」
青年に話しかけると、彼はバツの悪そうな顔をした。
誰かに似ている気がする。
「そうなんですけど……。多分断られてしまうので」
ストーカーという言葉が頭に浮かんだ。
これは内容によっては警察か?
「君の名前は?」
「……本条」
もごもごと青年は言う。
「本条かえでと言います。本条つばきの婚約者に会いに来たんです……」
〇
スリッパをかえで君に出し、リビングへ案内する。
座ってもらい冷茶を出す。菓子も出すべきか悩んだが、子どもではないしアポなしの相手にそこまでしなくてもいいだろうと止めた。
「改めて、私は香月悠馬だ。これは名刺」
「ありがとうございます……」
名刺の受け取り方は完璧だ。学校で教わったのか、親を見て育ったのか。
「それで、本条かえで君はどういう用件で私に会いに来たんだい?」
「……」
目が泳いでいる。
もしや勢いだけで来たのだろうか。その可能性が高いな、とここまでの彼の行動を見て思う。
「……本条つばきの婚約者が、本条つばきに相応しいのか見にきました……」
週刊少年漫画に出てきそうなセリフだった。
ここはもう少し話を聞いてみよう。
「君はつばきさんの家族?」
「弟です」
「なるほど、つばきさんの。お姉さんが心配になって来たということでいいかな」
「……」
取り調べをしているつもりはないが、かえで君の表情はかちこちに固まっている。
威勢よく来たはいいが本人を目の前にして狼狽えているというところだろうか?
「いきなり家族が他所にいくのは確かに心配だ。その気持ちは分かるよ。そのうえで問うけど――君の意思だね?」
「……は?」
「誰かに言われて、監視しに来たのではないんだね?」
「監視?」
不可解そうにかえで君は首を傾げた。
よほどの芸達者でなければ誰かに指示をされてきたわけではないようだ。そういうプロならまずエントランスホールで止められてもいないものな。
「なんでもない、忘れてくれ。私としてはつばきさんと上手く行っているつもりだが、なにか君はつばきさんから相談を受けていたのかな?」
「そのようなことは言われてませんが……姉は本音で話してくれないので、実際どうなのかを聞きに来ました」
考えが浅い。もしも暴力をふるっている人間にそれを言ったら、その後被害者がどんな目に遭うだとか考えていないのだろうか。
問題点は有り余るほどあるものの、どうやら本当に心配をしているらしい。
「私は仲良くしているつもりだ。彼女にも同じ思いであってほしいけど」
「そう、ですか」
「こちらからも質問していいかな」
実のところ、ただ善意からかえで君を部屋に通したわけではない。
彼女の血縁者ならば知るところは多いはずという打算があった。
「正確には、私の婚約者は『本条つばき』ではないだろう?」
「……っ!」
そんな分かりやすく驚愕しなくてもいいのではないか。
ただ、当事者に近い立場の人間であることは判明した。
「だとしたら、彼女と君はどういう関係だ?」
「その……」
「私は君が話した内容を他に漏らさない。かえで君の家族にも、彼女にも。私はただ知りたいんだ、彼女のことを」
「ね、姉さんは何も話していないんですか?」
「そうでなかったらこんなに必死にはならない」
あーとかうーとか呻いたあと、かえで君は決心したように俺の目を見据える。
「彼女は、『本条つばき』の身代わりなんです」
知ってる。
「なぜ、身代わりになった?」
「……逃げたんです。見合いの前に、つばき姉さんが」
「逃げた」
それは……本条家もさぞ慌てただろう。
まさか逃げていたとは。
「だから、代理であやめ姉さんが」
「あやめ?」
「え? あなたの婚約者の名前ですよ」
そうか――彼女はあやめという名前なのか。
ずっと『つばき』の下に隠していた名前。
本当なら彼女の口から聞きたかったが、待っているうちに本物が現れてしまう可能性だってある。惜しい気持ちでいっぱいだが、いまは割り切らなければ。
あやめさんか……。
「何故、つばきさんとかえで君の父親は縁談を続行しようとしていた?」
「……海外進出したいんです、本条グループは。だから国内外で名前を挙げてきているあなたと繋がりたいのでしょう。だから、縁談を捨てるわけにはいかなかった」
その点については縁談前に調べていた。
俺の父親からも「恐らくは政略的なものだろう」と言われている。縁談自体を俺の方から断れなかったのは、昔父親が本条グループにお世話になっていて無碍にできなかったのだ。
「だから、あやめさんに? そもそもあやめさんとあなた達はどういう関係なんだ?」
「親戚です。曾祖母あたりで血がつながっていて、おれたちはきょうだいみたいに育ちました」
ああ、だから見合い写真とあやめさんはまったく似ていたり似ていないわけでもない雰囲気だったのか。
「あやめさんもどうして引き受けたのか……」
それこそ、本物と同じように逃げだせばよかったのに。
「それは本当に分からないんです。父親があやめ姉さんになにかを話したらしいのですが、その内容は教えてもらっていなくて。あまりいい内容ではなさそうです」
「脅された?」
「父ならやりかねません」
そんな人が義父になりそうなのは穏やかではないが、ともあれ。
大体事情は分かった。
犬のスタンプと共につばきさんからメッセージが来た。「気を付けて帰って来て」と送る。
本当なら迎えに行きたいぐらいだが‥‥‥昨日の今日で外で会うのは良くないだろう。
冷蔵庫の中を考えて今夜は何を作ろうかを考えながら帰路につく。確か今日は食材が配達されてくる日だな。
マンションのエントランスに入ると警備員と青年が何やら言い争っていた。鍵を忘れて締め出されたのだろうか。
宅配ボックスから食材の入った箱を取り出している間も、その後もまだ話は続いていた。マンションに住む住人に会いに来たそうだが部屋番号が分からないらしい。
一応所有者でもあるので見て見ぬ振りもしていられず、仕方なく話しかける。
「どうしましたか」
「あ、こんばんは……。いえ、この人がどうしても会いたい人が居ると譲らなくて」
「会いたい人? 先に連絡しておけば良かったのではないですか」
青年に話しかけると、彼はバツの悪そうな顔をした。
誰かに似ている気がする。
「そうなんですけど……。多分断られてしまうので」
ストーカーという言葉が頭に浮かんだ。
これは内容によっては警察か?
「君の名前は?」
「……本条」
もごもごと青年は言う。
「本条かえでと言います。本条つばきの婚約者に会いに来たんです……」
〇
スリッパをかえで君に出し、リビングへ案内する。
座ってもらい冷茶を出す。菓子も出すべきか悩んだが、子どもではないしアポなしの相手にそこまでしなくてもいいだろうと止めた。
「改めて、私は香月悠馬だ。これは名刺」
「ありがとうございます……」
名刺の受け取り方は完璧だ。学校で教わったのか、親を見て育ったのか。
「それで、本条かえで君はどういう用件で私に会いに来たんだい?」
「……」
目が泳いでいる。
もしや勢いだけで来たのだろうか。その可能性が高いな、とここまでの彼の行動を見て思う。
「……本条つばきの婚約者が、本条つばきに相応しいのか見にきました……」
週刊少年漫画に出てきそうなセリフだった。
ここはもう少し話を聞いてみよう。
「君はつばきさんの家族?」
「弟です」
「なるほど、つばきさんの。お姉さんが心配になって来たということでいいかな」
「……」
取り調べをしているつもりはないが、かえで君の表情はかちこちに固まっている。
威勢よく来たはいいが本人を目の前にして狼狽えているというところだろうか?
「いきなり家族が他所にいくのは確かに心配だ。その気持ちは分かるよ。そのうえで問うけど――君の意思だね?」
「……は?」
「誰かに言われて、監視しに来たのではないんだね?」
「監視?」
不可解そうにかえで君は首を傾げた。
よほどの芸達者でなければ誰かに指示をされてきたわけではないようだ。そういうプロならまずエントランスホールで止められてもいないものな。
「なんでもない、忘れてくれ。私としてはつばきさんと上手く行っているつもりだが、なにか君はつばきさんから相談を受けていたのかな?」
「そのようなことは言われてませんが……姉は本音で話してくれないので、実際どうなのかを聞きに来ました」
考えが浅い。もしも暴力をふるっている人間にそれを言ったら、その後被害者がどんな目に遭うだとか考えていないのだろうか。
問題点は有り余るほどあるものの、どうやら本当に心配をしているらしい。
「私は仲良くしているつもりだ。彼女にも同じ思いであってほしいけど」
「そう、ですか」
「こちらからも質問していいかな」
実のところ、ただ善意からかえで君を部屋に通したわけではない。
彼女の血縁者ならば知るところは多いはずという打算があった。
「正確には、私の婚約者は『本条つばき』ではないだろう?」
「……っ!」
そんな分かりやすく驚愕しなくてもいいのではないか。
ただ、当事者に近い立場の人間であることは判明した。
「だとしたら、彼女と君はどういう関係だ?」
「その……」
「私は君が話した内容を他に漏らさない。かえで君の家族にも、彼女にも。私はただ知りたいんだ、彼女のことを」
「ね、姉さんは何も話していないんですか?」
「そうでなかったらこんなに必死にはならない」
あーとかうーとか呻いたあと、かえで君は決心したように俺の目を見据える。
「彼女は、『本条つばき』の身代わりなんです」
知ってる。
「なぜ、身代わりになった?」
「……逃げたんです。見合いの前に、つばき姉さんが」
「逃げた」
それは……本条家もさぞ慌てただろう。
まさか逃げていたとは。
「だから、代理であやめ姉さんが」
「あやめ?」
「え? あなたの婚約者の名前ですよ」
そうか――彼女はあやめという名前なのか。
ずっと『つばき』の下に隠していた名前。
本当なら彼女の口から聞きたかったが、待っているうちに本物が現れてしまう可能性だってある。惜しい気持ちでいっぱいだが、いまは割り切らなければ。
あやめさんか……。
「何故、つばきさんとかえで君の父親は縁談を続行しようとしていた?」
「……海外進出したいんです、本条グループは。だから国内外で名前を挙げてきているあなたと繋がりたいのでしょう。だから、縁談を捨てるわけにはいかなかった」
その点については縁談前に調べていた。
俺の父親からも「恐らくは政略的なものだろう」と言われている。縁談自体を俺の方から断れなかったのは、昔父親が本条グループにお世話になっていて無碍にできなかったのだ。
「だから、あやめさんに? そもそもあやめさんとあなた達はどういう関係なんだ?」
「親戚です。曾祖母あたりで血がつながっていて、おれたちはきょうだいみたいに育ちました」
ああ、だから見合い写真とあやめさんはまったく似ていたり似ていないわけでもない雰囲気だったのか。
「あやめさんもどうして引き受けたのか……」
それこそ、本物と同じように逃げだせばよかったのに。
「それは本当に分からないんです。父親があやめ姉さんになにかを話したらしいのですが、その内容は教えてもらっていなくて。あまりいい内容ではなさそうです」
「脅された?」
「父ならやりかねません」
そんな人が義父になりそうなのは穏やかではないが、ともあれ。
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