身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される
10
私たちはテーブルに向かい合って夕飯を食べている。
悠馬さんが味噌汁を口に運ぶ様子を私はちらちらと気にしてしまう。視線に気づいてこちらを見た彼は、穏やかに「美味しいですよ」と言った。
「良かった…」
「つばきさんは少々こちらの反応を気にしすぎですね」
ぐさりとすることを言い出したぞ。実際その通りなのでぐうの音も出ない。
「俺はどちらかと言えば大雑把の方ですし、今のところつばきさんに対して不満を持っていません。もう少し肩の力を抜いてくれたらな、と思っています」
「あはは…」
そこまで言われるほどに私は挙動不審だったのだろう。
ボロが出ないようにとするあまり、逆におかしくなってしまっていたようだ。
「私も、悠馬さんに不満はありませんよ。それだけは分かっていただけたら…と」
今まで身内以外の男性と過ごしたことなんて無いが、それでも悠馬さんはいい人だというのがこの数日で知れた。
たまにお世話を焼かれていると思うぐらいには。
「どうしたら俺たちはこのぎこちなさを取っ払えるんでしょうね」
「うーん…」
たしかにいつまでもぎくしゃくしているのは疲れる。
リラックスするべき場所でリラックスできないのは互いに辛いところがある。
「丁寧語を止めてみるとか…」
「いいですね」
いいんだ。思いつきを言ってみただけなのに。
「名前を呼び捨てにするのはまだ気恥ずかしさがありますからね。そこから始めましょうか」
「はい…じゃなくて、うん。よろしくお願いしま…よろしく?」
「慣れるまでは時間がかかりそうですね…あっ」
二人で吹き出してしまった。
「しばらくはこう、かな?」
「こうだろうね」
「大事な一歩だよ」
「そうだね」
意識しながら崩した喋りをするというのもなかなかない。
それでもちょっとした達成感はある。
「そうだ、明日、お弁当はいる?」
「ぜひお願いしようかと…あー…お願いします? 頼む…はなんか違うし」
「難しいね。分かった、じゃあ作るよ」
「つばきさんのほうが順応性が高くて羨ましい…」
「頑張って」
他愛もない話をしながら、私たちは夕飯を終えた。
先にお風呂に入り、上がると悠馬さんはテレビを見ていた。旅番組だ。
私に気づくと彼は振り返る。
「見たい番組があればどうぞ」
「今日は追いかけてるドラマもないからこれといってないよ」
「分かった」
「悠馬さんは、旅行が好きなの?」
テレビに映されている老舗旅館を眺めながら聞く。
実はあまりこういう場所には行ったことはなく、もっぱら本条グループのホテルだった。いやまあそれも贅沢だとは分かっているけど。ビュッフェ美味しいし部屋も好きだったから不満はなかったし。
本条から離れて宿探しをしたのは短大の頃だ。世界は広いとなぜだか感動したのを覚えている。
「出張でいろんな場所には行くけど、観光目的ではないからすぐ帰っていたな。ひとりだと何処に行こうか決められないし」
「出張って、例えば?」
「依頼があれば日本中。海外ならアメリカとかデンマークがあった」
「そんなところまで!?」
「新鮮で楽しかったよ。次行くならもう少し語学を学びたいけど」
英語が全くだめな私には遠い話だ。
しかも観光ではなく仕事なのだから専門用語もたくさん出てくるわけで…。すごいなぁ。
「今まで行った場所で、どこが一番よかった?」
好奇心で聞いたつもりだったが、何故か悠馬さんは一瞬動きを止めた。
「…ローズ・フルールってホテルかな」
「日本?」
「そう、山梨県にある。庭に薔薇園があって、冬以外は薔薇の花が絶えないきれいな場所なんだ」
「へえ…」
薔薇園、という単語が妙に記憶の奥底をつつく。
なんだろう。ローズ・フルールという名前も覚えがあるような感じだけど、何かで目にしたのだろうか。
「子供の頃に一回、大人になって仕事で一回行った。バタバタしていて庭しか印象にないけれど」
「いいなあ、そういうところ素敵だよね。季節が合わなくてなかなか叶わないけれど、小さい頃に見た薔薇のアーチをもう一度見たい時あるよ」
「どんな?」
「白い…モッコウバラって後で教えてもらったんだけど、いい香りだったなあ。もしかしたらそのホテルにもあるかも」
「…名前までは分からないけど、あったかもしれない」
「夏になると咲くみたいだからあともう一月ぐらいで満開かな? 機会があったら見に行き…」
いやいやいや、これじゃデートに誘っているみたいではないか。
つばきの代わりということを忘れてはいけない。
「見に行こう」
悠馬さんからなんだか強い意志を感じる…。
「機会があったら…」
「機会を作りましょう」
「つ、作る」
なんだろう、この人そんなにモッコウバラのアーチが見たいのだろうか。
悠馬さんが味噌汁を口に運ぶ様子を私はちらちらと気にしてしまう。視線に気づいてこちらを見た彼は、穏やかに「美味しいですよ」と言った。
「良かった…」
「つばきさんは少々こちらの反応を気にしすぎですね」
ぐさりとすることを言い出したぞ。実際その通りなのでぐうの音も出ない。
「俺はどちらかと言えば大雑把の方ですし、今のところつばきさんに対して不満を持っていません。もう少し肩の力を抜いてくれたらな、と思っています」
「あはは…」
そこまで言われるほどに私は挙動不審だったのだろう。
ボロが出ないようにとするあまり、逆におかしくなってしまっていたようだ。
「私も、悠馬さんに不満はありませんよ。それだけは分かっていただけたら…と」
今まで身内以外の男性と過ごしたことなんて無いが、それでも悠馬さんはいい人だというのがこの数日で知れた。
たまにお世話を焼かれていると思うぐらいには。
「どうしたら俺たちはこのぎこちなさを取っ払えるんでしょうね」
「うーん…」
たしかにいつまでもぎくしゃくしているのは疲れる。
リラックスするべき場所でリラックスできないのは互いに辛いところがある。
「丁寧語を止めてみるとか…」
「いいですね」
いいんだ。思いつきを言ってみただけなのに。
「名前を呼び捨てにするのはまだ気恥ずかしさがありますからね。そこから始めましょうか」
「はい…じゃなくて、うん。よろしくお願いしま…よろしく?」
「慣れるまでは時間がかかりそうですね…あっ」
二人で吹き出してしまった。
「しばらくはこう、かな?」
「こうだろうね」
「大事な一歩だよ」
「そうだね」
意識しながら崩した喋りをするというのもなかなかない。
それでもちょっとした達成感はある。
「そうだ、明日、お弁当はいる?」
「ぜひお願いしようかと…あー…お願いします? 頼む…はなんか違うし」
「難しいね。分かった、じゃあ作るよ」
「つばきさんのほうが順応性が高くて羨ましい…」
「頑張って」
他愛もない話をしながら、私たちは夕飯を終えた。
先にお風呂に入り、上がると悠馬さんはテレビを見ていた。旅番組だ。
私に気づくと彼は振り返る。
「見たい番組があればどうぞ」
「今日は追いかけてるドラマもないからこれといってないよ」
「分かった」
「悠馬さんは、旅行が好きなの?」
テレビに映されている老舗旅館を眺めながら聞く。
実はあまりこういう場所には行ったことはなく、もっぱら本条グループのホテルだった。いやまあそれも贅沢だとは分かっているけど。ビュッフェ美味しいし部屋も好きだったから不満はなかったし。
本条から離れて宿探しをしたのは短大の頃だ。世界は広いとなぜだか感動したのを覚えている。
「出張でいろんな場所には行くけど、観光目的ではないからすぐ帰っていたな。ひとりだと何処に行こうか決められないし」
「出張って、例えば?」
「依頼があれば日本中。海外ならアメリカとかデンマークがあった」
「そんなところまで!?」
「新鮮で楽しかったよ。次行くならもう少し語学を学びたいけど」
英語が全くだめな私には遠い話だ。
しかも観光ではなく仕事なのだから専門用語もたくさん出てくるわけで…。すごいなぁ。
「今まで行った場所で、どこが一番よかった?」
好奇心で聞いたつもりだったが、何故か悠馬さんは一瞬動きを止めた。
「…ローズ・フルールってホテルかな」
「日本?」
「そう、山梨県にある。庭に薔薇園があって、冬以外は薔薇の花が絶えないきれいな場所なんだ」
「へえ…」
薔薇園、という単語が妙に記憶の奥底をつつく。
なんだろう。ローズ・フルールという名前も覚えがあるような感じだけど、何かで目にしたのだろうか。
「子供の頃に一回、大人になって仕事で一回行った。バタバタしていて庭しか印象にないけれど」
「いいなあ、そういうところ素敵だよね。季節が合わなくてなかなか叶わないけれど、小さい頃に見た薔薇のアーチをもう一度見たい時あるよ」
「どんな?」
「白い…モッコウバラって後で教えてもらったんだけど、いい香りだったなあ。もしかしたらそのホテルにもあるかも」
「…名前までは分からないけど、あったかもしれない」
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