身代わり婚約者は生真面目社長に甘く愛される

黒柴歌織子

1 身代わりなのに婚約を!?

 初夏の空は透き通った水色をしていた。
 私はぼんやりと四角く切り取られた景色を横目で眺めている。じわりと暑い気候であるけれど、空調の効いた室内は寒いぐらい。
 本来ならこの日、この時間、私は勤め先のオフィスで同僚たちとおしゃべりに華を咲かせていたはずなのに。
 だけども現在いるところは貸し切りにされたカフェで、私はスーツ姿の男性とテーブルをはさんで対面している。
 名前は香月悠馬かづきゆうま。31歳という若さながら数々のコンテストで輝かしい成績を残している空間デザイナー。父親の代で立ち上げたデザイン会社の社長。そして――『本条つばき』のお見合い相手。

「……」
「……」

 仲人が去ってからかれこれ十分は経つが、会話がない。ときおり、どちらかが質問をしてそれに対して一言二言返し、終わる。
 あまり彼と相性が良くないのだろうと薄々感じていた。つまらないと思われても仕方がない。そもそもがこの用意された席に乗り気ではないのだから。
 居心地の悪さを覚えている私の顔を香月さんはじっと見つめてくる。
 あまり見ないでほしい。容姿端麗な人に見られて恥ずかしいというのもあるけれど――もうひとつ。私が隠し通さなければならない秘密がバレてしまう。

「あなたは――」

 香月さんが口を開いた。思わず、持っていたティーカップに力が入る。

「本当に、つばきさんですか?」

 いずれそう問われると思った。ちょっと早すぎるけれど。予想内の質問に、私は努めて平静に答える。

「はい。…お見合い写真と違うように見えるのはごめんなさい。あの時の化粧は周りが張り切りすぎてしまったのです」

 苦しい言い訳だ。だけど仕方がない、これは本家の指示なのだから。

「そうですか」

 彼はやはりというか納得していない様子だった。
 お見合い写真の女性と目の前にいる女性が同一人物か疑う香月さんは正しい。だって、本当に別人なのだから。

 ――私の名前は、本条あやめ。
 縁談を蹴飛ばし逃げ出した本家ご令嬢の本条つばきの、身代わりだった。

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