本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~

桜井 響華

バトラーとしての品格とは?【3】

───18時58分。

そろそろI・Hさんが来店する時間だ。直ぐにお部屋にご案内出来るようにと裏口で待機している。今夜は肌寒く風も強くなってきた。

チェックインの予定時間よりも遅れること15分後に一台のタクシーが裏口付近に停まった。

サングラスをかけた長身の男の人が降りてきた。スラリと伸びた手足、サラサラの髪、フワリと香るフレグランスの匂い。見た瞬間に一般人ではない雰囲気を醸し出し足早に私の元へと歩いてくる。

「君がお世話係の人かな?」

「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました。本日、担当させて頂きます篠宮  恵里奈と申します」

「恵里奈ちゃんね、OK。よろしくね」

サングラスを取らなくても声のトーンと話し方でI・Hさんが穂坂   一弥だと確信した。テレビで見た話し方にそっくりだ。

私は小さなボストンバッグを受け取り部屋まで案内する。なるべく人目につかないように利用するお客様が少ない経路で向かう。

「こちらのお部屋で御座います。事前に仰せつかった依頼は全て対応させて頂きます」

「はぁい、ありがと。俺の事、誰だか知ってる?」

部屋の中に案内すると窓から景色を眺めながら、私に問いかけた。

「存じ上げております。穂坂  一弥様ですよね?」

「恵里奈ちゃん、正解!今日はね、とても大事な彼女が来る事になってるんだ。色々と噂は聞いてると思うけどね、本当に大切な人でプロポーズしようかな?って思ってる。だから最高な1日になるように願っていてね」

「かしこまりました。最高の1日になりますように精一杯のお手伝いをさせて頂きます!」

私は深々とお辞儀をした。穂坂様は穏やかな表情を浮かべ私に大切な1日を託した。様々な女性との噂があったとしても生涯を共にしたいと思える女性に出会えたのなら、その奇跡は素敵なものだ。今まではそんな運命の女性に出会えなかっただけで本当は一途なのかな?

プロポーズをする為にスイートルームへの予約をするなんて、それだけでも女性は心をくすぐられると思う。

一旦、穂坂様の部屋を出てルームサービスまでの時間を業務の確認の為に使う。

「予約のシャンパンにグラス…、カトラリー、全部OK」

「不安なら俺も一緒に行こうか?」

「心配しなくても大丈夫そうですよ。穂坂さん、良い人そうでした。高見沢さんだから言いますけど…、今日プロポーズの為に予約したんですって!」

「……へぇ。上手く行けば良いけどね」

ルームサービスをお願いしてあるフレンチレストランに確認の為に出向くと高見沢さんが心配そうに私の傍に居座る。高見沢さんは素っ気ない態度を取っているが、ルームサービスが終わるまでは見張っていると言われた。

そんなに心配しなくても穂坂さんは紳士的だし、親しみやすそうな感じ。週刊誌の常連組だけれど、女性関係以外は問題ないと思われたが……。

ルームサービスの予約の時間になっても女性が来店しなかった。

「……電話してるんだけどね、出ない。どうしたのかな…」

「もう少しだけ待ってみましょう。ルームサービスの時間を変更致します」

ルームサービスの予約の時間は20時となっていて、女性が到着したら調理し始める流れだったが午前0時になっても到着はしなかった。電話連絡も取れない為、フレンチのルームサービスはキャンセルとなり、代わりに二人分の軽食が用意された。

「おやすみ、恵里奈ちゃん。遅くまでごめんね」

「今晩はホテル内におりますので、何かありましたら携帯電話までお知らせ下さい。では失礼致します。おやすみなさいませ」

穂坂様は落胆している様子で溜め息ばかりをついては肩を落としていた。高見沢さんに状況連絡をしてロッカーから手荷物を取り出した。

今日は結局、泊まり込みになってしまった。この時間から寮に帰るなら、泊まった方が安全ではあるが一人で泊まるのは心細いな。

高見沢さんが泊まり込みになる時は宿直担当者に言って宿直室を間借りしているらしいけれど、私は仮にも女性である為、それは出来ない。出来ないが故に支配人専用の宿泊部屋を借りている。

支配人専用の宿泊部屋までは薄暗い中を歩いて行かなければならず、行くまでもが試練の一つだったりする。オバケが出そうなんだもんなぁ…、ちょっと怖い。

近くまで行くと部屋の明かりがついていた。

「お疲れ様…」

ノックをしてから部屋に入ろうとすると高見沢さんが顔を出した。

「あ、高見沢さん…」

「結局、女性が来なかったんでしょ?振られたんじゃない?でも仕方ないよね、今までは散々遊んで来たんだし、良い薬なんじゃない?」

高見沢さんは色々と心配だからと今晩は宿直室に泊まると言ってくれたが、何故か、この部屋に居た。奥から聞こえるのはシャワーの水音。

「穂坂様は女性を喜ばせようとして、色々と計画してました。……純粋な気持ちからだと思いますから、そんな事言わないで下さい!」

真剣にプロポーズをしようと計画していた穂坂様に対して、否定的で馬鹿にするような意見は述べて欲しくない。高見沢さんが冗談で言ったかもしれないが、私には許せなかった。

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