本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~

桜井 響華

配属先が提案されました。【2】

食事休憩が終わると星野さんの待つブッフェ会場へと足を運ぶ。ワインレッドの絨毯にパステルピンクと白のストライプのクロスが良く映える。

丸テーブルの中央には、赤とピンクの薔薇を基本とした可愛らしい花達が飾ってある。

「かっわいい~」
「可愛いっ」

会場の扉を開けた時、あまりの可愛さに優月ちゃんと一緒に感激してしまって、二人ではしゃぐ。

私達に気付いた星野さんは笑いながら、「お疲れ様、宜しくね」と言った。

しまった、お疲れ様も言わずにはしゃいでしまったと二人で顔を見合わせて、「お疲れ様です。宜しくお願いします」と挨拶をした。

「ふふっ、可愛いでしょう。結婚式を出来ないままにデキ婚しちゃった夫婦の結婚記念日パーティーなんだって。そーゆーのも何かいいよね」

星野さんの話を聞いて、益々はしゃいでしまった私達。

ケーキカット用の大きな生ケーキも出すらしく、結婚式に近い催しもあり、テンションが上がる。

オープンが夕方6時からで、仕上がった料理を運んだり、テーブルに事前に置く飲み物を出したりしている内に配膳会の方々が来る時間になった。

配膳会の方々に挨拶をすると、こないだの大学生も居た。オープン前のミーティングが終わり、待機時間に話をかけられる。

「お疲れ様、篠宮さん。雰囲気変わったね、ますます美人になった」

「ちょっとだけメイクを変えただけです」

私は親密度が増さないように避けるようにしているが、何故か後を着いてくる。

「昨日さ、篠宮さんが前に居たホテルのヘルプに行って来たんだけど…フロントの女の子と話す機会があって、篠宮さんが居なくて寂しいって嘆いていたよ」

「そうですか…」

以前働いていたリゾートホテルの仲の良い人とは、メッセージアプリなどでやり取りしているし、お互いに会えずに寂しい思いをしているのも分かっている。

この人が私の事を良く知りもしないのに、前の職場で話題にしている事が不愉快に思える。早くオープン時間になって欲しい。

「今日、終わったら、どこかに行きませんか?」

「…ごめんなさい、明日も仕事なので」

「お休みいつですか?」

「…………」

明らかにナンパ行為。支配人に見られたら今度こそ、確実に厳重注意処分。

黙り込んでもめげずに誘って来て、困り果てていると配膳会の方が注意をしてくれた。

助かったのも束の間、オープン時間になり、慌しく動かざるを得ない。慌しく動いても先日の披露宴の比ではなく、幾分、足取りは軽やかだ。

カラードレスに身を包んだ新婦がにこやかに笑う中、例の大学生に会わないように歩き、星野さんをサポートして料理を追加したり、ドリンクをお客様に提供する。話をかけられる隙を作らず、仕事に没頭する。

パーティー終了後に顔を出した支配人の近くで片付け作業をし、やり過ごせたと思った時、大学生に捕まった。

「手伝うよ」

使い終わり、テーブルから剥がされたクロスをいくつかにまとめて、ランドリーに運ぶ為に台車に乗せて出発しようとした時、大学生に捕まってしまった。

「中里さんと一緒に行くので大丈夫です」

「こっちの女の子は中里さんって言うんだね。じゃあ、三人で行こうよ?」

「他にも片付けが残っていて効率が悪いので二人で行きますから大丈夫です」

しつこく話をかけてくるので、振り切ろうとして台車を勢い良く横にカーブさせると倒れて乗せていたクロスが落ちた。

ガダンッ。

鈍い音がして倒れた台車を慌てて引き起こす。

散らばったクロスを拾おうとした目線の先には、誰かの足元が見えた。紺色にグレーの細いストライプの入った細身のスーツには見覚えがある、支配人だ。

「またお前か、篠宮」

低い声の聞き慣れた叱責。しゃがんでいる私を見下ろす、威圧的な態度。

「私語は慎めと何度言ったら分かるんだ?」

「すみません…」

いつもなら、ただの叱責だと思うけれども…このタイミングで来てくれたのだから、きっと助け舟なんだと思う。

私はクロスをササッと拾い上げ、台車ので籠の中に放り投げる。

「申し訳ありませんでした。一人で行って来ます」

…そう言い残して、私はその場を去った。会場を出て従業員専用エレベーターに乗り、ランドリーまでの道のりを急ぐ。

「はぁっ…」

ランドリーにたどり着き、クリーニング専用ボックスにクロスを移し替えながら溜め息をついた。

あの人、何故あんなにもしつこく私に話をかけてくるのだろうか?たわいもない世間話ならともかく、私自身の事を知りたがっているようで嫌だ。

「アイツには逆効果だったようだな…」

「…うわぁっ」

「人を化け物呼ばわりするように驚くな」

「し、支配人っ!?」

考え事をしながら作業をしていたら、いつの間にか支配人が後ろ側に近付いていた。

「アイツが自分と釣り合わないとひるむと思って、お前を綺麗にしてやったのに…図々しくも余計に声をかけてきたとはな…」

「………?それって、もしかして…?」

「もしかしなくても、ヤキモチだな」

腕を引かれ、支配人の胸にすっぽりと収められる私の頭。

「知ってたか?ナンパな男は目の前の女が落とせそうか無理か見極めて、声をかけるタイプもいる。つまり、お前は簡単に引っかかって落とせそうって見極めされたんだ。
お前、男慣れしてなさそうだし誘われたら流されてくれそうだもんな?」

頭の上から飛んで来る声に反応して、目に涙が滲む。

「そっ、そんな事ないですっ。ちゃんと断りましたから…。それに支配人だって、私の事を流されやすいから簡単に落とせそうって思ってるから、そーゆー考えが出てくるんでしょっ…」

「俺をナンパな男と一緒にするな」

不安な時、周りに不自然ではないように助けてくれる。

涙が滲んでいるのは嫌味を言われているからではなく、私を常に見守っていてくれた事が嬉しかったから。

支配人の胸に額を付けて、背中にぎゅっと腕を回す。

ライトダウンされていて、静まり返ったランドリーには誰も入って来る気配はなく、二人きりだ。

不安だった。

怖かった。

全ての負の感情を消し去るかのように、何も言わずに私の頭をポンポンと軽く叩く。

子供みたいにあやされて私の気持ちが落ち着いた時、「先に支配人室に行ってるから終わったら来い」と言われて、くっついていた身体が引き離される。

去り際に「涙を拭いとけ」とハンカチを渡された。ハンカチからはふんわりと甘い柔軟剤の香りがする。

多分、私が使っている柔軟剤と同じかもしれないと思ったら、支配人と甘い柔軟剤のギャップが可笑しくて一人でニヤけてしまった。

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