本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~
公休日は予想外な一日!?【2】
「毒牙…とは何だ?」
「………。何か、よく分かりませんが、私にとっては毒なんです。支配人は気付かない内に毒をバラまいていますので、自覚した方がいいですよっ」
必死で絞り出した答えに対して、真顔で聞いてきたから私の口元が緩んでしまった。
「…分かった。お前に対しても傲慢な態度が過ぎたかもしれない。これからは気をつける」
笑いを堪えている私に対して、支配人は謝罪をしてきた。私が言った毒牙とは支配人のバラまく色気の事を指しているが、支配人は多分…仕事中の毒舌や態度の事と勘違いしている。
確かに仕事中に毒を吐くし、傲慢な態度の時もあるけれど、後から必ずフォローを入れるのが支配人だと私は知っている。
…だから、勘違いして欲しくはない。
「いや、そーゆー事じゃなくて…」
「………?違うのか?」
「全然っ、違いますっ!支配人は自覚してないみたいですが、えっと…特別扱いしちゃうと…好きにな、…いや、勘違いされちゃいますよって事です」
否定したいのに上手く言葉が伝えられずに、途切れ途切れになる。支配人はそんな私を見て、目がきょとんとして拍子抜けしている様だった。
私が言い放った言葉は、最高責任者でもあり、上司の支配人にかけるものではなく、今更だが取り返しがつかない事に気付く。
「…つまり、それは…俺がお前を特別扱いしている前提で、俺がお前を好きだと言う事か?」
「……っ、え、えっと」
「…だったら、勘違いしてればいい。上司として誘った事にするより、お前の事が好きな同僚がデートに誘った事にすれば、前者よりも気が楽だろ?…もう一度、聞く。帰るなら今だぞ?」
この期に及んで、この人は何を言い出すかと思えば…、余裕の微笑みを浮かべながら私に右手を差し出す。
断るつもりもないが、右手に私の左手を重ねても良いものか戸惑う。
恐る恐る左手を差し出すと強引に引っ張り、お互いの手を重ねられる。骨張ったスラリと長い指が、私の手の平を覆い隠す。
「…嫌だったら、全力で振りほどけ。今日は上司と部下ではなく、"同僚"だからな」
言葉は傲慢だが、微笑みは柔らかく、歩く速度も合わせてくれている。そう言えば、職場でも歩く速度を合わせてくれていた。
サービス業だし、お客様の歩幅に合わせなくてはならない職業だからかもしれないけれど…。
「今日は車で出かけるから。乗って」
連れられるままに歩くと"月極駐車場"に辿り着き、ドアを開けてエスコートされた。コクン、と頷き、車に乗り込むとふんわりと良い香りが広がる。
この香り、ほんのり甘くて癒されるなぁ。支配人が選んだのかな?
「よ、宜しくお願いします!」
「そんなにかしこまらなくていいよ?今日は"同僚"なんだから。…取って食ったりしないから、安心しな」
エンジンをかけるとラジオから流行りの曲が流れて来た。
シートベルトを締めても、緊張のあまりにガチガチに身体が固まり、ベルト部分を握りしめたままの私を見て、支配人はからかう。
隣でニヤニヤと笑う支配人は、職場では見られない姿だが、新鮮かつ気恥しい。
わざとからかって遊んでるのかな?
「…さっきから気になってたけど、暑い?顔が赤いみたいだけど…」
信号待ちの時、バックミラー越しに私を見ながら問いかける。
顔に火照りを感じていたのは暑いのではなく、支配人のせいです。
支配人が近距離過ぎて、運転中も綺麗な横顔を目で追ってしまうし、密室な車内に二人きりなんだから緊張感がなくなる事はない。
意識をしたら負けだと頭では理解しているものの、行動が伴わない。鼓動もうるさく高鳴るばかりで、落ち着かない。
「窓、少しだけ開けるから…。もしかして、車酔いか?全然、話もしないし…」
「だ、大丈夫です。暑いだけです…」
暑くもないし、車酔いでもないが、窓の隙間から入る爽やかな風が心地良い。
仕事中ではないので、一つにまとめずに解放されているセミロングの髪が風になびく。
「東京の街中をドライブしたのは初めてです。いつもは寮とホテルの往復が主ですし、タクシーもバスも利用しませんから…」
通り過ぎて行く街並みを眺めながら、普段の生活を思い出す。
近県から東京に引越ししてからは、まだ仕事にも東京にも不慣れで疲労が溜まる為、出かけても目的を済ますだけ。
早番で早く上がっても出かける気力はないし、友達との連絡も億劫になる時もある。
「良かったな。知り合いが居なくて、独りだとつまらないだろ?たまに連れて行ってやるよ」
「だーかーらっ、そーゆー発言が女子は勘違いするんですって…!支配人はいつもそうやって口説いてるんですか?」
「……口説かれた事はあっても、口説いた事はないな。お前が俺に口説かれたと言うなら、初めて口説いた事になるな」
完全に遊ばれている私。
支配人の事だから冗談で誘っている訳ではないと思うけれど、恋愛感情ではなく、同情や上司としてのお誘いかもしれないから、図に乗って間に受けてはいけない。
深みにはまりたくない。
完璧主義者な支配人が私を所有する理由は、一流のサービススタッフに仕立てる為。
今日だって、そう、私の子供っぽい容姿を改造する計画なんだから───……
「………。何か、よく分かりませんが、私にとっては毒なんです。支配人は気付かない内に毒をバラまいていますので、自覚した方がいいですよっ」
必死で絞り出した答えに対して、真顔で聞いてきたから私の口元が緩んでしまった。
「…分かった。お前に対しても傲慢な態度が過ぎたかもしれない。これからは気をつける」
笑いを堪えている私に対して、支配人は謝罪をしてきた。私が言った毒牙とは支配人のバラまく色気の事を指しているが、支配人は多分…仕事中の毒舌や態度の事と勘違いしている。
確かに仕事中に毒を吐くし、傲慢な態度の時もあるけれど、後から必ずフォローを入れるのが支配人だと私は知っている。
…だから、勘違いして欲しくはない。
「いや、そーゆー事じゃなくて…」
「………?違うのか?」
「全然っ、違いますっ!支配人は自覚してないみたいですが、えっと…特別扱いしちゃうと…好きにな、…いや、勘違いされちゃいますよって事です」
否定したいのに上手く言葉が伝えられずに、途切れ途切れになる。支配人はそんな私を見て、目がきょとんとして拍子抜けしている様だった。
私が言い放った言葉は、最高責任者でもあり、上司の支配人にかけるものではなく、今更だが取り返しがつかない事に気付く。
「…つまり、それは…俺がお前を特別扱いしている前提で、俺がお前を好きだと言う事か?」
「……っ、え、えっと」
「…だったら、勘違いしてればいい。上司として誘った事にするより、お前の事が好きな同僚がデートに誘った事にすれば、前者よりも気が楽だろ?…もう一度、聞く。帰るなら今だぞ?」
この期に及んで、この人は何を言い出すかと思えば…、余裕の微笑みを浮かべながら私に右手を差し出す。
断るつもりもないが、右手に私の左手を重ねても良いものか戸惑う。
恐る恐る左手を差し出すと強引に引っ張り、お互いの手を重ねられる。骨張ったスラリと長い指が、私の手の平を覆い隠す。
「…嫌だったら、全力で振りほどけ。今日は上司と部下ではなく、"同僚"だからな」
言葉は傲慢だが、微笑みは柔らかく、歩く速度も合わせてくれている。そう言えば、職場でも歩く速度を合わせてくれていた。
サービス業だし、お客様の歩幅に合わせなくてはならない職業だからかもしれないけれど…。
「今日は車で出かけるから。乗って」
連れられるままに歩くと"月極駐車場"に辿り着き、ドアを開けてエスコートされた。コクン、と頷き、車に乗り込むとふんわりと良い香りが広がる。
この香り、ほんのり甘くて癒されるなぁ。支配人が選んだのかな?
「よ、宜しくお願いします!」
「そんなにかしこまらなくていいよ?今日は"同僚"なんだから。…取って食ったりしないから、安心しな」
エンジンをかけるとラジオから流行りの曲が流れて来た。
シートベルトを締めても、緊張のあまりにガチガチに身体が固まり、ベルト部分を握りしめたままの私を見て、支配人はからかう。
隣でニヤニヤと笑う支配人は、職場では見られない姿だが、新鮮かつ気恥しい。
わざとからかって遊んでるのかな?
「…さっきから気になってたけど、暑い?顔が赤いみたいだけど…」
信号待ちの時、バックミラー越しに私を見ながら問いかける。
顔に火照りを感じていたのは暑いのではなく、支配人のせいです。
支配人が近距離過ぎて、運転中も綺麗な横顔を目で追ってしまうし、密室な車内に二人きりなんだから緊張感がなくなる事はない。
意識をしたら負けだと頭では理解しているものの、行動が伴わない。鼓動もうるさく高鳴るばかりで、落ち着かない。
「窓、少しだけ開けるから…。もしかして、車酔いか?全然、話もしないし…」
「だ、大丈夫です。暑いだけです…」
暑くもないし、車酔いでもないが、窓の隙間から入る爽やかな風が心地良い。
仕事中ではないので、一つにまとめずに解放されているセミロングの髪が風になびく。
「東京の街中をドライブしたのは初めてです。いつもは寮とホテルの往復が主ですし、タクシーもバスも利用しませんから…」
通り過ぎて行く街並みを眺めながら、普段の生活を思い出す。
近県から東京に引越ししてからは、まだ仕事にも東京にも不慣れで疲労が溜まる為、出かけても目的を済ますだけ。
早番で早く上がっても出かける気力はないし、友達との連絡も億劫になる時もある。
「良かったな。知り合いが居なくて、独りだとつまらないだろ?たまに連れて行ってやるよ」
「だーかーらっ、そーゆー発言が女子は勘違いするんですって…!支配人はいつもそうやって口説いてるんですか?」
「……口説かれた事はあっても、口説いた事はないな。お前が俺に口説かれたと言うなら、初めて口説いた事になるな」
完全に遊ばれている私。
支配人の事だから冗談で誘っている訳ではないと思うけれど、恋愛感情ではなく、同情や上司としてのお誘いかもしれないから、図に乗って間に受けてはいけない。
深みにはまりたくない。
完璧主義者な支配人が私を所有する理由は、一流のサービススタッフに仕立てる為。
今日だって、そう、私の子供っぽい容姿を改造する計画なんだから───……
コメント
文戸玲
仕事人のリアリティでコメディなやりとりが面白かったです!
次も楽しみにしています!