異世界女将 温泉お宿においでませ♪

ひさら

33

 
 
 
『そのうち向かわせる』と言っていた、思いを読み取れる魔人さんが目の前にいる・・・。
スーさん、そのうちって、次の日って事ですかね?
 
 
 
ついさっき、いつものように子供たちが寝たのを確認してからスーさんとの話し合いに源泉にやって来た。
 
「スーさん、スーさん。今は大丈夫ですか?ど~ぞ」
『・・・・・・あぁ、大丈夫だ』
 
なんていつもの挨拶をしたと思ったら、いきなりだよ!
 
『昨日話したモノを送る。作ってほしい思いを伝えるがいい』
「え?送るって?」
 
と返事をしている最中には、すでに魔人さん?は現れていた。
あまりの事に無言で見つめ合ってしまう。
 
魔人さんは人型?だった。恐ろしい姿だったらどうしようと思ったけど、美形といっていいお兄さんだった。
月明かりを吸い込む様な漆黒の髪に、月の光の様な目の色は、なる程すべてを透かして見るようだ。
スラリとした高身長に、比例した長い手足。それなのに小顔ってどういう事でしょう。
スーさんもべらぼうに美人だった。人外ってみんな美形なのかしら。
 
『コハル、そのモノに頭を触れされるぞ。触れている間は希望の物を思い浮かべろ』
「あ、はい!」
 
美形なお兄さんは、私の頭にそっと手をのせた。
 
「まずは透かし彫りの細工をした引き戸です。 ・・・こんな感じでお願いします」
 
私は以前泊まった事のある、伊豆の老舗旅館で見た見事な細工を思い浮かべた。
基本引きこもりだけど極度の冷え性な私は、温泉だけはたまぁ~に行ったりしたのだ。たまぁ~~にだから、せっかくならといい旅館に泊まる。贅沢をしたと思えば、貧乏性の私はまた日々をがんばる気になるのだ。
 
まぁ話はそれたけど、そんな訳で作ってほしい細工彫りは思い浮かべられた。
 
「伝わりました?」
 
魔人さんは黙って頷いた。
 
「では、次はお庭なんですが・・・、いいですか?」
 
また頷く。
デジャヴ? ・・・なんかこんな感じ、最近あったぞ?
まぁいいか。
造ってほしい中庭と、露店風呂からの眺めを思い浮かべる。
あ、そうだ。と、次を思い浮かべそうになって思いとどまる。順番順番。
 
「これも伝わりました?」
 
魔人さん、頷く。
 
「スーさん、お風呂・・・、湯船もお願いしていいですか?」
『あぁかまわない。思い浮かべろ』
「ありがとうございます。 
魔人さん、よろしくお願いします」
 
魔人さん、お名前は何ていうのかしら?なんてチラッと思ったけど、先にこっちだと湯船を思い浮かべる。
部屋付きの露天風呂。檜でできた真四角な湯船には温泉があふれ出ている。
 
「伝わりました?」
 
魔人さん、頷く。
 
「ではよろしくお願いします。お代はいかほどでしょうか?」
 
人間のお金でお支払できるんだろか?わからないので、とりあえず聞いてみた。
魔人さんは手を下すと、何?という顔をする。
 
『代金はいらぬわ』
 
え、そうなの? 
魔人さんは黙って会話を聞いている。
 
「スーさんにはお世話になりますが、この方・・・お名前は何ていうんですか? わざわざ来てくれたのに、ただ働きは申し訳ないですよ」
『よい。そのモノはわたしの下僕だからな。生まれてまだ二百年程の子供ゆえ、色々な事を覚えさせている最中だ。かまわぬ』
 
二百年! で、子供って・・・。
 
『名はない。コハルがつけてもよいぞ』
「え!」
 
急に名づけてもいいとか、スーさん無茶ぶりだな!
でも名前がないと困る・・・。これからまだしばらくはお世話になるんだろうし・・・。
 
それにお代はいらないとか、それもちょっとね・・・。
対価があるから要求しやすいというか、ただ働きさせるのってこっちの気がすまないというか・・・。
あ!
 
「甘い物は好きですか?」
 
魔人さんはまた、何?という顔をする。
 
「スーさん、この方しゃべれないんですか?」
『あぁ、まだ人語は話せない。伝えたい事があればそのモノに触れさせろ』
「そうなんですね。わかりました」
 
魔人さんを見ると、魔人さんはまた私の頭に手を置いた。
 
「甘い物はすきですか?」
 
もう一度声に出しながら、頭の中でも質問をする。
魔人さんは、何?の顔のままだ
 
・・・・・・?
あぁ!
 
「スーさん、この方甘いものを知らないんですか?」
『知らぬだろうな。わたしもそれ程甘い物は知らぬが。なんだコハル、どんなものだ?』
「ちょっとまっててください!」
 
私は魔人さんとスーさんにそう言うと、ダッシュで家に戻った。
物音を立てないように、ジャムとパンを持ってくる。
 
「おまたせしました!最近うちで大ブームのジャムです!パンにつけると美味しいですよ。そのままでももちろん美味しいですけど!」
 
ふたりにそう言うと、私は初めて見るだろうジャムを一匙すくって魔人さんに差し出した。
 
「味見してみてくださいね。気に入ったらお礼にどうぞ」
 
魔人さんは私の手からパクリと食べた!
うぉっ! スプーンを受け取るかと思っていたからびっくりしたよ!
変な声がでそうになったわ!!
 
魔人さんは嬉しそうに顔をほころばせた。
よかった、気に入ってくれたらしい。
ちょっと餌付けした気分だわ。
 
「気に入ってくれたみたいですね。どうぞ。それと、こっちはスーさん・・・魔王妃様に持って行ってくださいね」
「なんだコハル?そっちが見えないのがもどかしい! おい、早く戻ってこい」
 
おいって・・・。本当に名前がないんだ。
 
「スーさん、名前、本当に私がつけちゃってもいいんですか?」
『あぁ、かまわぬ』
 
いいのかな? 
私は魔人さんを見上げる。魔人さんもジッと私を見ている。
 
「じゃあ、月のような瞳の色から、ルナなんてどうでしょう?」
 
言った瞬間、魔人さんの身体はパァッと淡く光に包まれた。
そして光が治まったと思ったら・・・、五歳くらいの幼児がいた!
将来有望なめちゃくちゃ可愛い子だ!
 
「すーさん!お兄さんだったのが子供になっちゃいました!!」
『人間界だったらそのモノはそのくらいの歳なんだろう。 
なんだお前、コハルの元にいたいのか? ・・・そうか、ならばいればいい。こちらとそちらの行き来をしてもらおう』
 
えぇ!こっちの世界ではこの姿なの?子供って言ってたけど、こういう事なの?! 
っていうか!!
 
「スーさん、この子うちの子になるの?!」
『とりあえず戻ってこい。コハルの望み通りの物ができるモノに仕事を振らなければならない。 
あぁ、ジャムとパンを忘れるなよ』
 
ルナは現れた時と同じく、フッと消えた。
 
『ジャムか・・・。どんなものだ?楽しみだ。コハルのパンは美味いしな。 おぉ、戻ったか!どれ、早くよこせ』
 
スーさんのワクワクした独り言が聞こえる。
スーさんは、私の声など聞いてくれてなかった。
 
通信は、プツリと切れたよ。




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