異世界女将 温泉お宿においでませ♪

ひさら

27

 
 
 
答えを求めないまま二日たった。
私からは何か言うつもりはない。
子供といえど、人生を決めるのは本人だからね。
 
 
 
さて、今日はエラムとお洗濯をしている。
日差しがすっかり夏のものだわぁ・・・。
洗濯物がよく乾きそうだと空を見上げると。
 
「コハルさん・・・」
「ん?」
 
エラムが小さく声をかける。
 
「学校・・・。おれなんかでも行けるもんなら行ってみたい・・・、んだけど・・・。ローラが・・・」
「うん」
 
洗濯機様の水流音も静かに聞こえる。気を使ってくれているのかもしれない。
相変わらず姿は見えないけど、何となく魔獣さんとは親しくなっている気がする。
 
「ローラをひとり残していくのが・・・、 ・・・・・・、 ・・・・・・、 どうしても、行けないんだ・・・」
 
私はエラムに目線を合わせて、できるだけ優しく聞こえるように言った。
 
「ひとりじゃないよ。ローラには私たち家族がいる。エラムがローラを心配なように、ローラや私たちも、君がひとりで行く事が心配なんだけどなぁ」
 
エラムは初めて気づいたようにハッとした。
 
「おれ、ひとりで・・・」
「うん、そうだよ。もし行くのなら、君はひとりでがんばらなくちゃならない。私はそっちの方が心配だよ」
「そうか・・・、行くならおれはひとりで行くんだ・・・」
 
エラムは心細いような、ちょっと情けないような顔になった。
いい兄ちゃんだ。自分の事よりローラの事ばかり考えていたんだね。
 
「にぃに・・・」
 
ローラの小さい呟きに、ふたりで勝手口のドアを見る。
ローラが走り寄ってきた。
 
「にぃに!学校に行きたいんでしょ?行きなよ!ローラは大丈夫だから!」
 
目にいっぱい涙をためて、きっぱりと言い切った。
 
「ローラ・・・」
「大丈夫!みんながいるし、ローラここでにぃにを待ってるよ!」
「そうだね。長い休みの時は帰ってこられるでしょうし、みんなでエラムを待ってるよ。それにさ・・・」
 
私はふと思いついた事を言ってみた。
 
「ローラが望むなら、来年十歳になったらローラも学校に入ればいいじゃない♪」
「え?」
「・・・え?」
 
思ってもみなかった事を言われたふたりは固まった。
 
「ふたりでしっかり勉強をして、卒業後は起業してもいいしね♪あっ、起業っていうのは・・・、何か商売を始めるって事だよ。そういった目標があると励みになるでしょ?」
 
思いつきで言ってる割に、とてもいい考えの気がしてきた。
 
「商売を始める?サイ兄みたく?」
「サイードみたいなのでもいいし、勉強していくうちに自分でやりたいものができるかもしれない。商売とは全く別の事をしてもいいし、学ぶ事はムダにはならない。 君たちは自由だよ」
 
背中を押せるように力強く笑顔になってみる。
二人の顔の不安は薄れて、希望とか未来とかいった明るい色に輝きだした。
 
「ローラ、来年学校に行きたいなら勉強がんばらないとね!エラムと一緒に暮らせるなら、お料理とお針も覚えようね。一年はあっという間だよ!」
「うん!!」
 
こうしてエラムは学校に行く事に決めた。
決めたといっても、こっちがその気でも学校側が受け入れてくれるかはわからない。
入学条件とか全然知らないしね!

という事で、商業者ギルドに行く事になった。
 
ちなみに。思いつきで言った起業の話。
エラムは本当に卒業後会社を立ち上げたよ!
でもそれは、まだ先のお話。
 
 
 
善は急げ。その日の午後にみんなで商業者ギルドにやって来た。
エラム本人と、来年のためにローラ、保護者の私で話を聞きに行く。
ユーリンとシリンには市場でのお買い物を頼んでいる。クバードが一緒にいてくれてるよ。
 
建物の中に入って受付のお姉さんに要件を告げると、私たちの身形をジロジロ見てから、奥に案内してくれた。
どうやら値踏みされていたらしい。
高級品ではないけど小ざっぱりとした新しい服と、汚れていない肌や髪なんかで一応合格したようだ。
感じ悪いけど、タイムイズマネー。商人はムダな時間は作らないという事なのかもしれない。
 
待たされる事しばし。恰幅のいい中年の男性がやってきた。
副ギルド長だって。
私はエラムが優秀な事、王都の学校に入れたい事、そのためにはどうすればいいかを尋ねた。
 
副ギルド長は試しにと、その場で計算の問題を出した。
エラムは難なく全問正解して、副ギルド長を大いに驚かせていたよ。
 
ふふん♪ 
こんなもんじゃないけどね~♪ 
うちの子もっとできますから!
 
「十歳ですでに掛け算割り算までできるとは・・・。 合格です!王都の学校に推薦状を出しましょう!」
 
やった! 
エラムは優秀だから、これ程の人材を落とすようじゃ商業者ギルドは見る目がないと思ったけど、思ってたよりあっさり学校に行ける事になったのには少し驚いた。
まぁいいか。何にしてもこれでエラムは学校に行けるよ!
 
必要書類に記入するエラム。
自分で読んで(理解して)書いている事にも驚かれる。
平民の子がここまでできるのはそんなに驚く事なんだね。
とはいっても、わからない事はちゃんと聞いている。でも、そのわからない事がそもそも子供にはわからないもんね。
うん、エラムはやっぱり賢い!
 
最後に私が保護者名を記入すると、副ギルド長はハッとした。
はっきり空気で感じられるほど身体が揺れたから、こっちがビックリしたよ!
 
「コハルさん・・・。 もしかして、発明ギルドに松葉杖を出されたコハル様ですか・・・?」
「はい?そうですが?」
 
それが何か?と不思議に思っていると
 
「失礼いたしました!少々お待ちください!」
 
大慌てで部屋を出て行ってしまった。 
どうしました~?
何が何やらわからず、三人で顔を見合わせる。
 
「どうしたんだろ?」
「ね?」
 
というより、発明ギルドの事って商業者ギルドにも伝わっているんだ?
発明品を売るからとか、そんな繋がりがあるのかな~?なんて考えていると、バタバタと二人分の足音が近づいてきた。
 
「大変失礼いたしました。ギルド長のサームと申します」
 
推薦状の話もすんで必要な書類ももう書き終えたんだけど、ギルド長の特別推薦というのまでつけてもらえる事になった。
 
松葉杖の発明者(本当は私が発明したんじゃないけど!)は特別らしい。
松葉杖のというか、発明できる人が大変な事みたい。
この先お宝を生み出すかもしれない、みたいな?
発明された物を商品化して、売れれば莫大な利益につながる、みたいな?
売れるか売れないかはわからないけど、わからないから有望な者をつかまえておきたいという商魂らしい。
 
特別推薦の他にも、色々便宜も図ってくれる(って言い方、イメージ悪いな)との事。
何でもいいわ、それで虐められたり貶められたりがなくなるなら。
こっちはただの平民だもん。ちょっとズルな気もするけど、できるだけ理不尽は少ない方がいい。
 
 
 
意外と時間がかかっちゃったな。
商業者ギルドを出ると、広場にはもうユーリンとシリンが待っていた。
 
「ごめんね!ずいぶん待った?」
「大丈夫~!クバードが荷物を持ってくれてるし、モモ水を買ってくれたの!」
 
あら、ほんとに。
たしかにクバードは大荷物を持っている。
 
「クバードありがとう!」
「いや、大した事はない」
 
ユーリンとシリンのカップを見るエラムとローラの目ったら!
 
「エラムとローラも緊張して喉が渇いたでしょう? 私たちもモモ水飲もうか?」
「わーい!」
 
大喜びで屋台に走って行くふたりを見て、こんな時間ももう少しなんだなぁ・・・と感慨深くなる。
大切な思い出になるひと時を心に焼き付けて、私は走るふたりを追いかけた。



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