異世界女将 温泉お宿においでませ♪

ひさら

13

 
 
 
お洗濯をしながら、時々麦茶の減りをチェックしに行く。減っていたら足しておく。
麦茶チェックをしに行くたび、作業が進んでいるのがよくわかる。
日本ではある筈の、家屋の基礎工事なんてない。どんどんスイスイ進んでいる。
昨日、二日でできるって聞いたときは、二日?と思ったけれど、これなら二日でできるわ。
 


お昼になった。
親分たちはその辺に適当に座ってお弁当を食べ始める。お弁当といってもパンだけのようだ。調理パンですらない。私がグーにしたくらいの大きさの固そうなかたまり。
口の中の水分が吸われそうだな・・・。
ジダンのおにぎりを珍しそうに見ているよ。
 
という光景を、お味噌汁を差し入れしに行って見た。
初夏の陽気と外での力仕事、すぐ近くに温泉があって湿度もあるだろう、みなさん汗びっしょりだよ。
塩分補給もしてください!
 
「よかったらお弁当と一緒にどうぞ。私の国のスープなのでお口にあったらいいのですが」
 
そう言って、お味噌汁の入ったカップを置くと(お風呂用に使っている桶をテーブルにした)親分たちは本日二回目のポカン顔だ。訳は朝と同じ。
でもその時はまだジダンから聞いてなかったので、またもや焦る私。
 
「あいがたくいただきやす。 おう、オメーらも礼を言え!」
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
 
笑顔で言う親分さん。凶悪な顔に一瞬固まる私。
・・・よかった。
ポカン顔は解せないけど、まぁよかった。
兄さん二人とジダンもお礼を言ってくれて、みんなカップをとる。
一口飲むなり
 
「美味え!」
「何だこれ!初めて飲む味だ!」
「美味い・・・」
 
うんうん ジダンは頷いている。
どうやら大丈夫だね。
お醤油はいけてもお味噌はどうかと思ったんだ。
まぁ子供たちもサイードも大丈夫だったから出してみたんだけど。
喜んでもらえたなら、よかったよかった。
 
 
 
初日は洗い場と、脱衣所が半分できた。早っ!
洗い場ができたから、今夜から足元を気にせず身体が洗えるよ!
めっちゃ嬉しい~~!!
 
それにしても・・・。
仕事の後始末をして、また明日と帰る親分たち。みなさん汗だくだ。
温泉で汗を流してほしいけど、着替えがないでしょうしね。汗でびちょびちょの服をまた着るのは気持ち悪いよね。
 
「親分さん、よかったら明日は仕事終わりに温泉で汗を流していってください。着替えも持ってきてくださいね」
 
親分たちは本日三度目のポカン顔だ。理由は・・・以下略。
 
親分は複雑な顔をした。
でもムリに?笑顔になって(それがものすごく怖い!)
 
「重ね重ねのお心遣いありがとうございやす」
 
お礼を言うと複雑な顔のまま、兄さん二人と帰って行った。
ジダンはここでいいって。
 
そのジダン、今夜のお風呂に心ウキウキの私に
 
「コハルさん、気持ちはわかるけど・・・、親方はあんな顔をしてても堅気だぜ」
「うん?知ってるよ?」
「言いたくなるのもわかるけど、せめて親方って呼んでやってくれないかな」
「うん?呼んでるよ? ・・・え?私呼んでなかった?」
「親分って呼んでた」
 
ノォォーー!!
脳内で親分呼びしていたら、声にもしっかり出ていたなんて!!

・・・明日どうしよう。
 
 
 
この日の夜は、かなり快適に温泉を満喫できた。
足元を気にしないで髪や身体を洗えるっていいね!
綺麗に洗い終わったのに、足に泥はねがついてるとか、哀しくなる。

(半分できている)脱衣所で服を脱ぎ着できるのもいい♪
明日には完成した脱衣所で安心して服が脱げる♪

この土地には結界が張ってあって不審者は入れないようになってるし、兄弟として育ってきてるから男子チームも覗きなんてしない。
でも何にもないところで服を脱ぐのは何となくソワソワしちゃうんだよね。
 
仕切りが出来れば同時に入れる。
夜は早寝のこの世界、時短は大事だ。
温泉や銭湯なんかにある、服を入れておくカゴがほしいなぁ・・・。
服を脱ぎながら、そんな事を思った。平和だ。
 
 
 
次の日も、朝早くから親方たちはやって来た。
今日は脳内でもちゃんと親方呼びをするよ!
 
「昨日は大変失礼いたしました」
 
朝一番で謝罪をする。何をとは言わないよ。大人は暗黙の了解という物がある。傷をえぐるような事はしないのだ。
 
「気にしないでくだせぇ。慣れておりやすから・・・」
 
親方は哀愁ただよう薄ら笑いで謝罪を受け取り、仕事を始めた。

グッ・・・。
気にしてるじゃん。

親方、見た目に合わず傷つきやすいのかもしれない。
困ったな、私は小心者なのよ。薄ら笑いの恐怖より、罪悪感が勝ってるよ!
 
「ではお願いします」
 
昨日と同じに麦茶ポットを湧水の穴にセットして、私は洗濯やら掃除やら子供たちと家事にいそしむ。
とりあえず手は動かそう!
そしてやる事をやりながらお詫びを考えよう!
 
麦茶を足しにいった時に、どんどん出来上がっていく脱衣所を見る。
脱衣所は屋根つきだけど、足元三十センチくらいと、肩くらいから上に壁はない。壁といっても板壁ね。公園なんかにある休憩スペースを想像してもらえればいい。
ここは元の世界で亜熱帯のような気候とは前に述べた。
湿気がこもらないようにって親方が提案してくれたのだった。
 
お昼になって、今日もお味噌汁の差し入れをする。
お味噌汁は昨日に引き続き喜んでもらえたよ。
そして、昨日に引き続きみなさん汗びっしょりだ。
私は労働の汗って美しいと思うけど、汗だくの方は気持ち悪いよね。
親方たち、着替えは持って来たのかな?
 
あっ!そうだ!
親方たちが温泉に入っていくようなら最高のお詫びができるかもしれない。
私なら超嬉しいけどね!
 
 
 
「すべて終わりやした。確認してくだせぇ」
 
夕方、といっても昨日より少し早いくらいの時間に作業は完了した。
 出来上がったばかりの脱衣所を見に行く。

屋根の下に入れば日がさえぎられるし、風も通ってとても涼しい。
木のいい匂いがする。
私は目を閉じて深呼吸した。
子供たちは秘密基地のように思っているのか、キャッキャと楽しそう。
仕切りもちょうどいい感じだ。
 
「とても素敵です!ありがとうございます!」
「「ありがとうございます」」
 
子供たちと笑顔でお礼を言うと、親方たちもちょっと誇らしそうに笑顔になった。 
・・・殴り込みに行って勝利してきたような顔に、私は笑顔を張り付けたまま踏ん張った。
子供たちは引きつっていたよ。
二日ではまだ慣れないな。
 
「お着替えはお持ちですか?ぜひ汗を流していってください!」
「ありがとうございやす。お言葉に甘えさせてもらいやす」
 
ちなみに昨日から作業中はシャンプー類をしまっているよ。この世界にはないであろうプラスチックボトルは見せられないよね。
石鹸で身体は洗えないけど、汗を流せれば少しはさっぱりはするだろうし、温泉効果で疲労回復だ♪
 
 
 
「ありがとうございやした。おかげさんでさっぱりしやした」
 
温泉にゆっくりつかる習慣がないからか、それ程たたないうちに親方たちは上がってきた。
 
「よかったです。 親方はお酒はお好きですか?お好きなようなら一杯どうぞ。お風呂上りには最高ですよ♪ お兄さんたちは成人してるんでしょ?お兄さんたちも飲める?」
 
親方たちはゴクリと喉を鳴らした。
お。いける口ですね!
コップもちゃんと冷たい湧水で冷やしてある。親方たちが出てくるのに合わせてそこに冷たい缶ビールも注いでおいたのよ。缶を見せる訳にいかないしからね。
ジダンが恨めし気に見ている。
わかってるわかってる。君には冷えたミルクがあるから!
 
「くーーー!!!」
 
親方たちは一気にビールをあおると、恍惚とした表情になった。
それから興奮気味に
 
「こんな美味いビールを初めて飲んだぜ!」
「冷えたビールがこんなに美味いなんて!!」
「火照った身体が一気に冷えた!また熱くなってきましたけどね!」
 
めちゃくちゃ喜んでもらえた。
よかったよかった。やっぱ、お風呂上りの一杯は格別だよね!
陶器でできているコップは中がザラザラしていて泡がきめ細かく立つ。コマーシャルで見た事のある、神泡ってやつじゃないだろか?我ながら美味しそうに注げたわ。
今夜サイードが来たら一緒に飲もうかな。
 
「飲み足りねぇ!オメーら!飲みに行くぞ!」
「「うっす!!」」
 
後金もお支払して、お礼を言いつつお見送りすると、気分のよさそうな親方たちが嬉しそうに帰って行った。
 
「コハルさん、冷たいミルクって美味いんだね!俺ミルクってあんまり好きじゃなかったけど、これは好きだわ」
「そっか、よかった。ミルクは栄養があるからたくさん飲みなさい♪」
 
そういえば、朝はヨーグルトと野菜&果物のミックスジュースを出してるから、ミルクは下の子たちのおやつの時しか出してなかった。夕ご飯には麦茶だったしね。今夜から選べるように両方出してみよう。
 
この日の夕食の時、初めて冷たいミルクを飲んだ上の子たちは、下の子たちやジダンの時と同じに大好評だった。冷たいっていうのがミソみたい。
私的には牛乳が冷たいのは当たり前なんだけど。ホットミルクは別としてね?
サイードも冷えたビールを大絶賛していた。
今後も缶チューハイやスパークリングワインなんかで驚かしてあげよう♪
 
この世界がなのか、この国がなのか、冷凍保存とか冷蔵保存なんてものはない。と思う。冷たくして食べる飲むという事もね。
食堂で働いているマリカや、外食をしてるだろうサイードも驚いていたからね。
そういえば、元の世界でも冷蔵庫なんてだいぶ近世になってからできた物だったような・・・。
 
 
 
翌日、仕事から帰ってきたジダンが「親方たちが、もう温いビールが飲めなくなったって落ち込んでたよ」と言っていた。
 
うん? まぁ、だって温いビールって、ねぇ?
あれ? 私、なんか余計な事しちゃった?




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