異世界女将 温泉お宿においでませ♪

ひさら

11

 
 
 
「いってらっしゃい! じゃあジダン、お昼頃いくから!マリカ、下の子たちをよろしくね」
「・・・わかった」
「わかってるって!まかせといて!いってきま~す!」
 
慌ただしく出かけていく背中に声をかける。
昨日の夕ご飯の時に、明日ジダンが見習いに行っている工務店(でいいのかな?)に仕事を依頼しに行く事を話した。
ジダン、微妙な顔をしてたな~。
サイードの言った通りなんだろう。

それから、私が話をしている間、子供たちはサイードとご飯を食べる事になっているんだけど、せっかくならマリカが働きに行っているお店で食べようって事になった。
 
お出かけするから今日は忙しい。
私たちも急いで朝ご飯を食べると、お洗濯をするために井戸に行く。
昨日スーさんが、たらいに水属性の魔獣を入れておいてくれるって言ってたけど・・・。

たらいの中を覗いたけれど、何もいないよ~?
目に見えないものなのかな?魔獣と言っていたし、見た目が怖かったらお近づきにもなれないもんね。
 
「魔獣さんいますか~?よろしくお願いしますね」
 
私は何も見えないたらいに向かって挨拶をした。
子供たちも不思議そうな顔をしながら挨拶をする。
子供たちには、魔法で(説明がしづらいものはみんな魔法だ!)お洗濯を手伝ってくれる怖くない魔獣さんが来てくれるんだよと言ってある。
 
「コハルさん、魔獣さん見えないけどいるの?」
「私にも見えないけど、始めたらわかるかな?さあ始めよう!」
 
結果からいうと、魔獣さんはいた。
声をかけながら、水と洗剤を入れたら水流ができたのだ。 

おぉ!

それから汚れ物を入れる。
洗い終わったら絞って、また水とともに洗い物を入れる。
どんどん水を入れる。流水すすぎってやつね。
水が綺麗になったら終了~!

絞って洗濯ロープに干していく。
いっぺんに洗えるから、ゴシゴシ手洗いするより全然早いし、手も痛くならない。やった~!
 
魔獣さんがいるから、私と(責任者がいないとね!)エラムとローラが洗濯係をして、ユーリンとシリンには朝食の後片付けとご飯炊きをお願いした。
この世界の子供たちは貴重な労働力だ。みんな家の手伝いができる。当然火を扱う炊事もお手の物だ。
 
ご飯を炊いて何をするか?
こちらは仕事の依頼主になるんだけど、子供が見習いに行っているところなら手土産が必要かなと。
・・・これって日本人的発想?
 
まぁ、そういう事で手土産を作ろうって訳ね。
持っていくものは肉巻おにぎり。
大陸でも東地域にあるというこの国では、お米は主流ではないものの、ない訳ではないらしい。
昨日の生姜焼きも、子供たちとサイードはめちゃくちゃ喜んで食べていたし、醤油味は大丈夫と思う。
大工さんなんて体力を使う仕事でしょ?肉巻のインパクトは大きいし、男はやっぱ肉が好きだよね!(勝手なイメージ!)
 
洗濯が終わって台所に行くと、ご飯も炊ける頃だった。
 
「もう終わったの?早いね~!」
 
ユーリンとシリンは驚いている。
私たちも驚いたよね~!と三人で笑顔になる。
洗濯時間はいつもの半分以下だった。
 
炊けたご飯を広げて冷ます。
握れるくらいに冷めたら小ぶりの俵型を作る。上からお肉を巻いちゃうから多少形がいびつでもオーケー!みんなで握る。
キャリーケースから出した薄切りの牛肉で巻いて焼く。
火が通ってきたら焼肉のタレをからめれば出来上がりだ♪
 
「うわ~、いい匂い~!」
「すっごい美味しそう!さっき朝ご飯を食べたばかりだけど食べたい!」
 
いい匂いだよね~。
小春さんはさすがにまだ入らないけど!
 
「これはお土産だから、食べる分はまた今度作ろうね。さあ出かける支度をしよう!」
 
そうそう!!
私は小皿に肉巻おにぎりをひとつのせると外に出た。
たらいの前にお皿を置いて、見えない魔獣さんにお礼をする。
 
「魔獣さんありがとうございました。これはお礼です。食べられるようならどうぞ」
 
帰ってきて見てみたら、お皿は空になっていた。
魔獣さんが食べたのか?鳥が食べちゃったのか?わからないけど、とりあえず労働のお礼は毎日続けようと思う。
 
 
 
町の外れに建っているという家から東広場には、歩いて二十分程かかる。
ジダンが見習いに行っている工務店はそこから五分程だって。
マリカの働いている食堂は、広場を中心に円になって並んでいるお店の中のひとつだ。依頼が終わったら私がそこに行く事になっている。

サイードに、工務店が見えるところまで連れて行ってもらう。
あそこだよと教えてもらって、じゃあ後で!とそこで別れる。
サイードと子供たちは一足先にマリカの働く食堂に向かった。
 
工務店の前でおとないを入れようとした時、鈍い音と低い声が聞こえた。
 
「仕事を依頼するからって偉そうにするんじゃねーよ!」
 
ゴツッという鈍い音。
嫌な音だ。
私は音のする方、建物と建物の間の薄暗い隙間を覗いた。
 
ジダン!!
 
ジダンと、ジダンと同じくらいの背丈の男がいて、ジダンはその男の足元にうずくまっていた。
 
おい!
うちの子に何してやがるんだ!
テオスとジダンの話を思い出した。
こういう事か!
 
私はカッとなった後、・・・我ながら驚くほど冷静になった。
考えろ。感情のままに怒鳴り込んではいけない。
ジダンにとって一番いい方法を考えなくちゃ。
 
私は一歩下がってから、聞こえるように独り言をいった。
 
「あったあった。ここね、ジダンいるかしら?」
 
二人がいる辺りでは慌てて動いたような物音がした。
私は一歩前に足を踏みだして、何の音かしら?というようにそちらを見る。
 
「あら?そこにいるのは、ジダン?」
「うん・・・」
「そんなところで何をしているの?そちらの方は?」
 
二人は隙間から出てきた。
明るいところで見るとその男はまだ若く、というかジダンと同じくらいに見える男の子だった。
 
「一緒に下働きしてる、先輩・・・」
「まぁ!初めまして。先輩というと・・・、ジダンによくしてくれているという方かしら?いつもありがとうね」
 
ニッコリ微笑んでそう言えば、先輩は居心地の悪そうな顔をして、はいとか、いいえとかボソボソ呟いている。
カッとなった時はこのヤローと思ったけれど、明るいところで見た顔は勝気げだけどそこまで性根が悪そうには見えなかった。
私にお礼を言われて気まずそうに目が泳いでいるし。
まぁジダンにした事を思えば許せないけどね!
 
「ジダンこれを持ってくれる?重くて・・・、ありがとう。 じゃあ親方のところに案内して」
 
手土産を持ってくれたジダンが先を歩く。
 
「先輩も一緒に行きましょう?もうお昼だし、ご飯になるでしょ?」
 
取り残された先輩に声をかけると、ビクリと肩がはねた。
何ともいえない顔をして後についてくる。

先にお店の中に入ったジダンが声を上げた。
 
「親方、今朝話したコハルさんです」
 
奥には親方というのにふさわしい、というのかな?ちょっと悪人顔をした、いかにも力仕事をやってますという小山のような男の人がいた。 

圧すごっ!
 
「初めまして、ジダンがお世話になっております。子供たちの保護者をしていますコハルと申します。こちらの都合でお昼の時間にすみません」
「ご丁寧にどうも。ここの店主をやっているハリルといいやす。仕事のご依頼ならそちらの都合でかまいませんや」
 
そう言ってちょっと笑った・・・。
悪人顔が、もうちょっと凶悪になった。
 
「ほんの気持ちですが、どうぞみなさんで召し上がってください」
 
内心、怖い顔だな~なんて失礼な事を思いつつジダンを見ると、ジダンは持ってくれていた肉巻おにぎりが入った入れ物を差し出した。
 
「ありがとうございやす。美味そうな匂いだ」
 
嬉しそうに・・・ 笑った?
嬉しいのかな?本心かな?悪巧みが成功したような顔だよ!
サイードから聞いた先入観があるから、悪い事を考えている顔にしか見えないよ!
 
それから、私の内心とは別にサクサク話は進んでいった。
絵に描いて、作ってほしいイメージを伝える。
それなら二日くらいでできるそうだ。さっそく明日から作業開始してもらえる事になった。

心配していた料金だけど、脱衣所と洗い場と仕切りで金貨六枚だって。それが高いのか安いのかはわからない。
 まぁいいか。
とりあえず出来上がるのが楽しみだ♪

ジダンの仕事環境もしっかりチェックしなくちゃだしね!




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