異世界女将 温泉お宿においでませ♪

ひさら

 
 
 
この世界に来て四日目。
今日も朝ご飯とお弁当作りから始める。
お弁当箱があったら、おかずもありのお弁当が作れるんだけどな~。
そのうち市場に(スーパーとかデパートはないイメージだし)行ってみたい。
 
慌ただしく上の子たちを見送って、下の子たちとゆっくりご飯を食べたら、午前はお洗濯からだ。

あぁ、洗濯機がほしい・・・。

洗濯機だけじゃない、脱衣所と洗い場と仕切りもほしい。早急に。

掃除はまぁ、今のところやりようがないかな。
やっぱ土足の生活じゃ今以上にはならないだろな~。
などと考えながら、せっせと手は動かす。今日もいいお天気だ。
 
洗濯機があれば時間に余裕ができるのに・・・。
聞いたところ、この町には(この国の平民には?)学校がない。
必要な事は勤め先で必要な事だけ教わるらしい。
なので下の子四人は学校には行かず家にいる。

ちなみに、下働きとか見習いはだいたい十二歳頃から行くようになるんだって。
 
上の子たちはそれぞれの勤め先で必要な事を教わっているらしい。
とはいっても、字を教わったのはテオスだけとの事。

テオスは代筆屋の下働きから始めて、丁寧な性格を見込まれて字を教えてもらった。
ご主人のお眼鏡に叶い、綺麗な字を書くテオスは成人したら本採用になれるとの事。
ちなみに成人は十五歳だって。
早っ!!
 
アイシャは仕立て屋さんの見習いで、主に刺繍なんかをしているそう。
それだと字が書けなくても算数が出来なくてもいいのでどっちも教わってない。
 
マリカは食堂での給仕の見習いだって。よく通る声と明るい性格があってるね!
ここもオーダー表をつけないから読み書きできなくてもいいし、会計はおかみさんがしているから算数もできなくていいらしい。

ジダンは身体が大きいのと力もあるので大工さんの見習いをしている。
これも職人技がものをいう仕事だから、特に字も算数も必要ないらしい。本当かい。
 
異世界あるあるだけど、識字率は低そうだね。算数もどのくらい普及しているかわからないし・・・。
知っていれば便利だと思うんだけどな。選べる職業も多くなると思うし。

そういう訳で、家にいる四人には勉強を教えたい。
私にこの国の読み書きができるかわからないけど。算数も十進法じゃなかったら教えられないだろうし。
これも異世界補正があればいいな。
そしたらこの子たちに文字や算数が教えられるのに。
まぁまだここに来て四日だ。
順々にできる事からやっていこう。
 
 
 
お昼ご飯を食べたら、午後はお掃除をする。
三日目ともなればだいぶ綺麗になってきた、気がする。
いや~、初日はひどかった!
もうあんな状態にはしないぞ~!
 
お掃除が終わったら、子供たちお待ちかねのおやつの時間だ♪
 
「今日もチョコレートとミルクでいいの?」
「チョコレートがいい!」
「他にもあるの? 他も気になるけど・・・、でもチョコレートは食べたい・・・」
 
悩む顔も可愛いな!
 
「明日もあさっても、みんなで家の事を頑張ったらおやつはあるから!いつでも違うものも出してあげるよ」
 
笑いながらそう言うと、安心したように

「「じゃあやっぱり今日はチョコレート!!」」

だって!
初めて食べた美味しいものって衝撃的だもんね。飽きるまで食べたいという気持ちはわかるよ。上の子たちも同じくなケンタとか。
 
私はまだ子供を産んだ事がないけど、元々子供好きだった。姪や甥はめちゃくちゃ可愛い。
そんな私は、結婚はしないかもな~と思いつつ、子供はほしいなぁ・・・などと思っていたり。
まぁ子供の将来とか責任とか、色々考えちゃうと簡単にシングルを選べないんだけどね。
 
そしたらこんなに子供に囲まれた生活ができるようになるなんて!
・・・異世界だけどさ。
もしかしたら長い長い夢を見ているだけかもだけどさ。
それでもとっても嬉しい!
子供たちはみんないい子だし。

まだまだお互い遠慮というものはあると思う。
素を出しあうようになったら衝突もあるかもしれないけど、大好きな子供と一緒に暮らせるスローライフ。
幸せだな~と、笑顔になってしまう。
 私にできる事は何でもしよう!
みんなが幸せになれるよう全力で応援するぞ!

鼻息も荒く決意していると、ガラガラゴトゴトと昨日も聞こえた音がする。
あら?夕方になるかもって言ってたけど、昨日よりちょっと早いくらいじゃない?
私は立ってドアを開けた
 
「こんにちは。サイード早かったですね」
「こんにちは。仕事のきりがよかったもので」
 
昨日と同じ穏やかそうなお兄さんが、荷台から大きな革袋を持ち上げてかかえるようにして入ってきた。

入ってきたとたん、閉めたドアに持たれるようにヘナヘナと崩れ落ちていく。
今までの笑顔が嘘のように泣き笑いになってるし!
どうした?!
 
「サイード!大丈夫?!どうしたの?!」
 
子供たちも、サイ兄!サイ兄!と集まってきた。
 
「大丈夫です。お恥ずかしい。気が抜けちゃって・・・」
「シリン、お水を持ってきて!」
「うん!」
 
サイードはコップの水を一気に飲むと、やっとひと心地ついたようで
 
「ありがとう。もう大丈夫です」
 
うん。顔色も少し戻ったようだ。
しかしいったいどうしたっていうのだろう?
 
サイードは食卓に革袋を置くと、ザッと中身を出した。
すごい金貨の数だ!

どうした?
強盗でもしてきたのか?!
 
「昨日お預かりした塩とコショウの代金です」
 
また泣き笑いの顔で言った。
 
ええぇぇーー!!
こんなになったの?!
いったい、いくらになったんだろう?!
 
「塩が金貨二十枚。コショウは金貨百枚です」
 
コショウ一グラムと金貨一枚が同じ価値!!
元の世界の昔話がここにもあてはまったのか!!
私も子供たちも呆然・・・。
 
「塩とコショウが高額になると思っていたので、ここに来る直前にギルドに行った方がいいと思ってました。だけど一日中、どんな高額な取引になるかと気もそぞろで仕事にならなくて・・・」
 
ちょっと恥ずかしそうに言う。
 
「これはもう今日は諦めようと仕事にきりをつけてギルドに行ったんです。そしたら塩は百グラム金貨二枚!貴族が使う一番いい塩でも百グラム銀貨一枚なのにですよ?!」
 
二十倍か・・・。
 
「コショウに至っては・・・、俺もコショウはよく知りませんでしたけど!それにしても一グラム金貨一枚って!!俺、昨日金貨二~三枚分舐めましたよ・・・」
 
そりゃまぁ、何とも・・・。
 
「当たり前ですが出どころは聞かれるし。あぁ、心配しないでください、コハルさんの事は言ってません。商人ですから守秘義務も通ります。でもこんな大金もった事がなくて、ここにくるまで気が気じゃなかった~!!」
 
と締めくくって、サイードはテーブルに突っ伏した。

・・・お疲れ様。
私は甘く入れたコーヒーを出した。
 
「だいぶお疲れですね。すみません、私が頼んじゃったばっかりに。昨日と同じものですが甘めに入れてあります、どうぞ」
 
「ありがとうございます。・・・頼まれごとはいいんです。端くれとはいえ俺も商人ですから。ですが金貨百二十枚・・・。こんな大金、一生持つ事はないと思ってました」
 
というか、この人ずっと泣き笑い顔してるな・・・。
子供たちも心配したのか
 
「サイ兄、疲れてるの?疲れた時は甘いものがいいってコハルさんが言ってたよ。はい、あ~ん。私のチョコレートあげる」
 
私のも、おれのもと、子供たちが一欠けらずつ差し出している。

ええ子や~! 
なんていい子たちなんでしょ!!
大事に大事に食べているチョコなのに惜しげもなく差し出すなんて!
明日からもうちょっと多くあげよう! 
あ。違う美味しいものにしようか。
 
とりあえず、十二枚を残して金貨を革袋にしまう。
それから残した十二枚を並べて、声に出して数えた。
 
「十二枚。確認してください、ありがとうございました。昨日約束した通り、一割がサイードの仲介料です。どうぞ」
 
サイードは、本当に泣きそうな顔になった。
 
「・・・ありがとうございます・・・。仲介っていっても俺、ギルドに持って行って売ってきただけなのに・・・。こんなにもらっちゃって・・・。俺が十年で貯めた半分以上が、たった一日で・・・。なんだか・・・」
 
あぁ・・・。 
うん。そっか。 うん。
 
サイードがどんな思いでお金を貯めたのかはわからない。
けど、テオスの言葉やジダンの乾いた笑い声を思い出す。
それはけっして簡単な事ではなかったんだろう。

私も働いていたから辛い事も大変な事も知っている。
どっちがなんて比べようもないけど、きっと孤児のサイードは、そうじゃない人の何倍も何十倍も大変な思いをしてきたんじゃないかな。
それがあっさり苦労もなく手に入っちゃったら・・・、そりゃあやるせないよね。
 
私は、この泣きそうな顔の若者に、どうにか元気になってもらいたかった。
昔、何かのドラマか映画で、そういうものかと感心したセリフを口にした。
 
「ないところから利を生むのも商人の才覚ですよ」
 
サイードが、ハッと顔を上げる。
 
「ないところから・・・、利を生む・・・?」
「そうです。物の売り買いだけが商売じゃないでしょ?形のないものの売り買いも商売だと思うんです」
「形のないもの・・・」
「はい」
 
私は、笑顔で力強く頷いた。




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