殺し屋さんは禁煙できない

ジユウヒコウ。

一箱目

町外れにある煙草屋、昔ながらの佇まいで客足は1日三人やそこらといったオンボロな煙草屋、そこには一人の店主がいて店を一人で切り盛りしていた。

店には各種のタバコ、マッチ、そして真新しい2057年のカレンダーが置いてある。

店主はいつもPeaceのタバコをふかしながら、お気に入りのジッポをカチカチ鳴らす。

彼が着るヨレヨレの白シャツの袖からは年齢とは不釣り合いな太い血管が走った丸太のような腕が通されている。

「おい、タバコをくれ」

店のカウンターからそう言って訪ねてきたのはイギリス紳士を思わせる紺色のスーツを着た一人の男。

「なんや、もうヤニが切れたんか」

店主はそう言いながらスーツの男の顔を奥歯にある金歯が見えるほどニッと笑って覗き込んだ。

「うるさいさっさとしてくれ。あとその“ヤニ“という言い方はやめろ、好まん」

男は店の外に出ているカウンターに体をもたれさせながら眉間を親指と人差し指でつまんだ。

店主はそのにやけた顔のままカウンターにある小窓からその丸太のような腕をニュッと出す。

「見てくれや、この前金が入った時に買ってん。ええやろ」

丸太のような腕にはロレックスの腕時計が巻かれていて、店主は腕を回していた。

「2020年に出たシリーズでな、ずっと欲しかってん。ええやろ。ほんまあの頃はウイルスやらなんやらで大変やったなぁ。隣の国ともなんか揉めてるみたいでこの国も大慌てやった…」

「そんな昔話聞いてない。早くタバコをよこせ」

すると店主はポンとカウンターに一箱のPeaceと飴玉を一粒置く。

「今回は一箱か」

スーツの男はタバコをスーツの胸ポケットにしまい、飴玉はいらないと言わんばかりにカウンターに置いたまま立ち去ろうとする。

「おいおい待てや、飴ちゃんも持っていけや」

「不要だ」

店主はやれやれと言った顔で飴玉の包みを剥がし自身の口に放り込んだ。




町にある1番高いビル。その最上階でスーツの男はタバコを咥えながら窓越しに夜景を眺めていた。

一本とったタバコの箱の底には『武器商人 楠本裕一郎』とだけ書かれた紙が差し込まれていた。

トンと灰皿にタバコを押しつけ火を消すと男は紙を箱から抜き出し、それも灰皿の中に入れ火をつ
ける。

紙は火をつけると一瞬で燃えて跡形もなく消えた。

「楠本裕一郎という男を探してほしい。ああ、いつも通りで。ありがとう」

「任せてシンタロ」

電話の相手は麗しく峰不二子を思わせる声のする女性だった。

電話を切りシンタロはもう一本タバコに火を付けた。

タバコを咥えたままキッチンにむかう、引き出しの中からMaxim9を取り出した。

この銃はアメリカの企業で開発されたサプレッサーと銃が一体化した、通常の物よりも角ばったデザインのものである。

シンタロはソファーに腰掛け、テレビをつける。

「今夜ニュースです。各地で続く内戦は悪化する中、貧富の差がは大きく開き、また新たな感染症が発生したとの恐れもあります。もしこれが新しいウイルスによるものだとすればここ10年で7つ目の新型ウイルス発見となります」

窓の外には高層ビルが立ち並び、見渡す限りは全てコンクリートに覆われていて所々で問題が起きている。

Maxim9を自分の額に軽く押しつけシンタロは少し目を閉じる。

数時間が経ち、灰皿がタバコの吸殻で底が見えなくなって窓越しの夜景が朝日と入れかわる頃、シンタロの携帯に一通のメールが届いた。

『お待たせ。また今度ご飯でもいきましょう』

メールには楠本裕一郎に関するファイルが添付されていた。




このレストランでは高級肉、高級野菜、高級ワイン、とにかく高級が集まる選ばれた富裕層にしか利用ができない現在の各所に広がる貧富の差を象徴するようなレストランである。

各地で内戦が起こり、数年にわたり多くの感染ウイルスが発生したことが原因でここ最近では貧富の差がとても大きく開き、社会問題にもなってきている。

そんなレストランでは内装にも宝石などをふんだんに使われており、入り口から少し歩いた壁には大きな絵画とその横に『禁煙』の注意書きもされている。

「いつきてもここの食事は素晴らしい。特にいいのが貧相な庶民がいないという事だな」

「今夜もお越しいただき誠にありがとうございます、楠本様」

大きな態度、そして10本の指全てに豪華な指輪をはめているこの男が楠本裕一郎である。

彼は近年起こっている内戦にあやかって各地に武器を売って資産を築き上げた武器商人だ。

「少し一服をしてくるよ」

そう言って楠本は席を離れレストランの外にある喫煙所に向かった。

喫煙所には一つの灰皿と一人のスーツの男。

レストランの店内とは裏腹になかなかに質素であり、周りから見ても人目につきにくいものであった。

「くそ、タバコ切れてやがった。」

楠本は自分のジャケットをポンポンと叩きながら、胸ポケットから純金でできたジッポを取り出し
た。

「おい、そこの君。タバコを一本分けてくれないか」

楠本は喫煙所の端にいたスーツの男に声をかける。

とてもものを頼む口調ではないが…

「………」

スーツの男はゆっくりと近寄り、黙ってタバコの箱を楠本へ渡した。

「なんだラスト一本じゃないか、すまんな」

楠本はワハハと大きな口を開けスーツの男を笑いながらタバコを取り出し、空になったタバコの箱をスーツの男に返すとカチンとジッポの音を立て火をつけた。

煙を深く吸い込み、ブハーと吐く。

「楠本裕一郎、内戦過激派に核兵器を流し近年飛躍的に権力を拡大させた武器商人…」

楠本が二口目を吸い始めた時にスーツの男は唐突に話し出した。

「なんだ貴様」

楠本はギロッとスーツの男を睨みつける。

少し不審に思ったのか足を後ずらせた。

「誰だ貴様、どこでワシの名前を」

「そんな事どうでもいい、早く吸え。最後のタバコだ」

スーツの男はそう言うだけで何もせず、すんとした目で楠本を見つめる。

「タバコなんかどうでもいい、誰だと聞いている」

楠本はそういうとタバコを地面に放り捨てた。

その瞬間スーツの男は楠本に拳銃を向け、引き金を引いた。

サプレッサーのきいた乾いた銃声がなると楠本の額から血が流れ出してきた。

「最後の一本だと言っただろう」

タバコの空箱を楠本の亡骸の上にそっと置きその場を去った。




男は非喫煙者だがタバコを吸う。

男は殺し屋で、依頼は特別なルートで知らされることとなっている。

依頼があればそれが煙草屋の店主に伝えられ男に知らされる。

あくまで機密に行われるため、依頼内容はタバコの箱に隠して渡されることとなっていて、タバコの箱数がその依頼の難易度が変わる。

そのタバコを依頼完遂の時まで吸う。

完遂すれば空箱をターゲットの亡骸に残す、それがシンタロの依頼に対する決まりになっていた。

「あぁ、ヤニが切れた。次の依頼だ…」

シンタロはきらびやかに煌めく街の中に消えていった。

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