パラサイト・ワールド 寄生される世界

MK マッチー

第9話 悪魔の実験




・6階B棟からC棟への連絡路

17:00

山田は走っていた。

脇目も振らずにただひたすらに。通路の端に事切れた男女の遺体を見ても、無惨な屍になった研究員を見ても、走り続けた。一分一秒でも時間が惜しい。宮部の体の中の寄生菌は、刻一刻と蝕み変異を促し続けるだろう。そう考えるとチンタラ歩くのは得策ではない、という考えは子供でも分かった。

動力室までのルートは、あらかじめ地図を見て頭に叩き込んである。C棟に到着してすぐ、左の通路を曲がれば動力室だ。それまでの道中で誰かが邪魔しようものなら、全力で排除する覚悟を決めていた。それがたとえ人間であっても、特殊部隊であっても邪魔はさせない。

誰かを助けたいという想いは、恐怖を凌駕していた。その時だった、前方からまたしても黒板を引っ掻く様な、不快音が轟いた。前を見ると案の定、ヴァリオスが山田に向かって来ていた。

ヴァリオス:「ギーー! ギー!!」

山田:
「お前と遊んでいる暇はないな」

さらに加速し、足を引き裂かれる前に山田は跳んだ。ヴァリオスを飛び越し無視し、連絡路を進む。走る時間ですら惜しいのに、戦いに割く時間はほとんど皆無だ。銃弾も無限ではない、出来る限り節約しなくてはならない。そう思った直後。銃弾を使わざる得ない存在が、前方から現れた。ドス・カーラがフラフラとしながら、立ちはだかってきた。

ドス・カーラ:「……ァァ、アアア……タスケテー、タスケテー………ニンゲンダヨ~……」

山田:
「お前とお喋りしてる暇もない」

山田を真っ二つにする為、ドス・カーラは槍の左手を、大きく振り回した。だがドス・カーラの意思を裏切り、槍は空中を斬った。山田は中腰になって避け、走って来た速度を利用して、ドス・カーラの足を引っかけた。足を掛けられ前のめりによろめいたドス・カーラの背に、間髪入れずに山田が飛び蹴りを食らわせた。蹴られたドス・カーラは頭から窓ガラスに突っ込み、そのまま外へ投げ出された。

ドス・カーラ:「………イヤァアアアダァアアアーーーー!!」

山田:
「嫌よ嫌よも好きの内さ」

真っ逆さまに落ちて行くドス・カーラの、断末魔を聞き終わらない内に、山田は再び走り出した。
6階分の高さから落ちての結末は分かりきっていた。既に分かりきっている最後を、見る必要も無い。だからこそ走り始めた。走り続けた。バテそうになる体力に、アドレナリンを継ぎ足し走って行く。C棟に着き曲がり角を左に曲がった。

・C棟動力室前通路

17:05

山田:
「……はぁ、はぁはぁ………。何だ、これは………」

山田の眼前に飛び込んで来た景色は、地獄だった。
数十人の特殊部隊の折り重なった死体が、血の海に浮かんでいた。

注意深く辺りを見渡す。周りには脅威になる様な、怪物達はいなかった。だが重装備の特殊部隊を、全滅に追い込む程の脅威を持った何かが、近くに居るのかもしれない。その事実だけは変わらず、気は抜けない。周囲を気にしながら死体達に近づいて行く。

どれも皆酷い有様で、頭が拉げていたり、胸に大きな穴が空いていたり、両目が抉られた遺体達が、悲惨さを物語っていた。下半身が無いある遺体に近づいた時、その遺体が手帳の様なものを、握っている事に気付きつまみ上げてページを開く。

《特殊隊員の日記
1ページ目
上層部からの命令で関係者の指示を仰ぎながら重要物の回収を命じられた。
何の事は無い簡単な任務になる筈だった。

化け物がうろついていると報告を受けていたが、これほどとは思わなかった。
一人、また一人と仲間を失って行く。装備は充分な筈なのに隙を付かれ次々と化け物達の餌食になって行く。何故こうも化け物達が我々の居場所を知りうるのかが分からない。黒田氏の道案内で安全な道筋を通っている筈なのだ。

不測の事態に黒田氏もパニクっているのか、それとも違うのか。
考えたくはないが黒田氏はまさか・・・

2ページ目
嫌な予感というべきか読みは当たっていたようだ。
黒田氏と少数で『バイオハザード室』へ向かった班から戦々恐々とした報告が次々と無線から聞こえて来る。

罠だったのだ。まんまと我々は彼らの罠にハマったのだ。
気付いた時にはもう既に遅い。全てが後手に回り対処は不能。成す術が無い。
腹を空かせた凶暴な獣達の前に放り出された赤子のよう。

全ては黒田氏の手の平の上だったのだ。

(あとは血で汚れて読めない)》


隊員:「………誰か………そこに、いるのか?………」

山田:
「__!__大丈夫ですか?!」

物音がしたからなのかまだ息があった隊員が、誰に喋りかけるともなく呟く。山田は日記を閉じ駆け寄った。駆け寄って気付いた。両足が反対に曲がり、腹を抉られているこの隊員は、そう長くないという事を。

隊員:「ど、どこの………班だ?」

山田:
「……どこの班でもないですね。ただの一般市民です」

隊員:「ハハ、冗談がうまいな。………ただの一般人が……こんな所に、来れるわけ……ないだろ………」

山田:
「…………」

隊員:「……誰だか知らないが、任務は放棄して……逃げろ。我々には………手に負えない。……奴が解放される前に……早く……」

山田:
「奴?」

直後内側から何かしらの力が、込められてひしゃげていた動力室のドアが、大きな音と共にさらにひしゃげた。ドン ドンと中から凄い力で叩かれているものすごい音が反響する。

「な、何ですか?」

隊員:「………H-IN 01と呼ばれている怪物だ。何とか閉じ込めたが……扉はそう長く保たない。……早く、逃げろ………」

山田:
「でも、俺はこの動力室に用事が……」

隊員:「……隊長の命令を………無視するとは……物好きな奴だ。………コレを、使え………」

火炎放射器を手渡された直後、ドアがぶっ壊れ動力室から5mくらいある化け物が現れた。
全身灰色の触手にまみれた、巨大なノーミン。右手は触手で形成された鉤爪。左手は人間の顔の、右目と鼻と口から触手が生えている。

喋りもしなければ意思も最早皆無だ。触手の一つ一つに命があるかのように、ウネウネと蠢いている。山田はこの圧倒的なビジュアルを前にして、後ずさり隊員に助けを乞おうと、話しかけようとした。しかし隊員は何も反応を示さなかった。

H-IN 01:「ギギャギャギャーーー!!」

触手で出来た鉤爪を、大きく横に振りかぶり山田を裂こうとする。山田は前屈みになって避け、マシンガンでノーミン本体を狙い撃った。しかし銃弾が当たる前に、触手を伸ばして楯にして銃弾を防いだ。端から見ると蓑虫に見える。あっけにとられた山田を、人の名残がまだ残っている左手で、山田を殴り飛ばす。

山田:
「ぐあ!!」

背を床に叩き付けられ呻き声を上げる。咳き込み身を丸めようとしたが、大きな鉤爪が振り上がっているのを見て、身を丸める事を中断して、火炎放射器を浴びせる。

炎に包まれH-IN 01は苦痛の雄叫び上げ、ノーミンが熱かったのか、触手の楯から顔を出した。
その隙を山田は見逃さなかった。マシンガンで本体を撃ち続けた。悲鳴を上げた。ダメージを与えられている。山田はこれでなら倒せると悟った。

H-IN 01:「ギギギギャーー!!!」

天井を青いで雄叫びを上げたノーミンが、再び触手の楯に身を隠し、闘牛のように突進して来た。
直感が動けと叫び、とっさに山田は体を横にした瞬間、彼がいた後ろの壁に突進し、壁一面に大きな穴が空いた。人間の山田だったなら、押し潰されていただろう。

闘牛まがいの化け物の背に再び火炎放射器をぶっ込んだ。再び叫びながら本体である、ノーミンが楯から顔を出し、マシンガンで狙い撃った。

そしてまたしても触手の楯に身を隠し、大きな鉤爪を振り下ろした。すんでの所で避け、山田がいた場所に穴が空く。余程の力で振り下ろしたのか、床から爪が抜けずにいるH-IN 01に再び火炎放射を浴びせる。三たび顔を出し、雄叫びを上げる。今度は武器を変えずに、そのままノーミン本体に放射し続けた。その行為が功を奏したのか、H-IN 01は雄叫びが弱々しくなっていき、ついに溶け始めた。

山田:
「……これでゆっくり眠れるな、先生」

ドロドロの液状の何かになったH-IN 01を見下ろし、哀悼の言葉を口にした後、踵を返して動力室へ入って行く。

・C棟 動力室

17:08

中は床も天井も壁も全て、冷たいコンクリートで出来ていた。
左右の壁の上部には、横一列にプロペラが付いていた。
換気扇なのだろう、とても大きく立派だが動いていない。

天井に付いている剥き出しの配管からは、少し水が漏れ出し、山田の頭に落ちる。
水が落ちても反応を示さない。頭に落ちる不快感を気にしてられない状況にあった。
なぜなら10匹程のブラックウィドーが、一斉に侵入者である山田の方を、向いたからである。

彼に気付いたブラックウィドー達が、一斉に駆け寄って来る。山田のモテ期である。

ブラックウィドー:「ギチギチギ~~~!!」
山田:
「人外にモテても困る……。」

前方にいたブラックウィドー達を、横一列にマシンガンで蜂の巣にする。
死んだ仲間を楯にし、銃弾を防いだ一匹のブラックウィドーが、山田に急接近した。
大きく口を開け、牙を剥き出しにし、噛み付こうとさらに身を乗り出した。臆する事無く山田は、口を勢いよく踏み潰した。

ブラックウィドーの頭を踏み台にして、跳躍した。

「うぉおおおおーーー!!」

山田を仰ぎ見るブラックウィドー達に、空中から銃弾の雨を降らす。
情けない鳴き声を発し、彼らは死滅した。地面に着地した山田が、そう思いホッと息をついた。

ついた瞬間後ろから、踏み台にしたブラックウィドーが、勢いよく体当たりを食らわして来た。
体当たりを食らった反動で、マシンガンが遠くへ吹っ飛んだ。肩越しに地面を滑って行く、マシンガンを見てため息をつく。

ブラックウィドーに向き直り、持っていたハンカチで闘牛よろしく、ひらひらと挑発をした。
再び体当たりをするために、突っ込んで来たブラックウィドーの頭に、渾身の力で刀を突き刺した。ぐりぐりと頭を動かし、逃げようとするのを、体重をかけ阻止する。刀が貫通し床に突き刺さって、ようやくブラックウィドーは果てた。

やれやれと言わんばかりに山田は、額の汗を拭った。その直後、真横から何かに教われ、その何かと一緒に床に倒れる。よく見たらアイミンが、ギラ付いた目で山田を見つめていた。

アイミン:「あが、あがが、あが~」

山田:

「ガン付けてんじゃ、ねぇよ!!」



右左と振り下ろされる鋭い鉤爪を、刀で防いだ後両手首を切り落とした。あっけにとられたアイミンの隙を付いて、刀を横にかっ捌き、アイミンの首を落とした。
アイミンの遺体をどかして立ち上がる。マシンガンを拾い、ひと際大きなレバーのついた装置の前に立ち止まった。下りている3本のレバーを全て上げた。



アナウンス:『セキュリティーシステムの再起動を確認。これより動力を復旧します。繰り返します』


山田:

「よし、これで雅さんが救える」



アナウンスが数回繰り返した後、辺りがとても明るくなった。見ると電気がついていた。電力が戻ったようだ。動力が復旧した証拠に、先ほどまで止まっていた換気扇のプロペラが動いているのが分かる。

それを確認した山田がうなずき、踵を返して走り出した。動力室から出て、死んだ隊員達の銃の中身を、何個か貰い来た道を走り戻った。道中またブァリオスと遭遇したが、それを無視して飛び越え走り続けた。

走り続けて走り続けて、息を切らして宮部達がいる、B棟の小実験室のドアの前に着いた。
山田は息を整える事もせず、ドアを開いて中に入った。


・6階B棟 小実験室(最深部)

17:15

数発の銃声が轟いた。 間に合わなかった。とっさにこの言葉が山田の脳内を駆け巡った。
同時に走り出した。最深部の部屋へ向かうと、落合が死ねと何度も連呼していた。
どこからか湧いたのか、ブラックウィドー数匹を宮部を守る形で迎撃していた。

最悪な展開を避けられた事を安堵した。

山田:
「落合さん!避けてください、こいつら燃やします!」

落合:
「山田さん!戻って来たんですね?! ………ん?燃やす? ……アチッ!!」

火炎放射器を勢いよく噴射する。炎に包まれブラックウィドー達は奇声を上げ、たちまち灰の塊になる。落合は熱気に当たるだけで済んだ。他に危険が無いのを確認して、山田は火炎放射器を床に下ろして、落合達に近づく。

「なんか、武器がグレードアップしてません?」

山田:
「それよりも、雅さんにワクチンは?」

落合:
「あ、まだです。動力が戻った直後にダクトから襲撃して来たので……」

ダクトの密閉を落合に頼み、山田は駆け足でワクチンのある棚に向かう。端末のディスプレイを操作し、パスワードであるM2O2CAを打ち込む。このパスワードに既視感を覚えたが、それが何なのかはっきりする前にガラス戸が開いた。

ワクチンを掴み宮部の元へ駆け寄った。注射の経験は勿論無かったが、脈の大体の位置に感で注射する。

宮部:
「……ぅ……ん………」

山田:
「雅さん……」

宮部のおでこを優しく撫でる。触られて薄く目を開けか細い声で喋り始める。

宮部:
「………太郎、さん……」

山田:
「もう大丈夫です。ワクチンを打ちました。ゆっくり休んでください」

宮部:
「……助けて、くれたんですね。……さしずめあなたがベアトリーチェで、私がダンテ、みたいですね……」

山田:
「ヘアートリートメントだか、ダテ男だか知らないですけど、俺は俺であなたはあなたですよ」

宮部:
「フフフ、本当に、太郎さんって……面白い人」

落合:
「山田さん、全てのダクトを密閉しました」

山田:
「ありがとうございます。では俺達も、ワクチンを打ちましょう」

落合:
「え?マジで言ってます?」

山田:
「マジです。何かあってからでは遅いので」

落合:
「マジかぁ~……」

注射が苦手だったようで、ビビりながら注射する落合を、飽きれた顔で見ながら自身にも注射する山田。涙目になっている落合を励まして地図を開く。

「次どうします?電気が付いてるので電力室へは、行かなくてよくなりましたけど、宮部さんが休まなきゃいけないので、先へは進めません」

山田:
「……気になる事があるので、C棟へ行って調べたい事があります。手伝ってくれますか?」

落合:
「お付き合いしましょう」

山田:
「雅さん。俺達ちょっと行って来ます。ダクトは密閉されてますので大丈夫だと思います。無線を念のため置いて行きますね」

宮部:
「……必ず、帰って来てくださいね」

山田:
「ええ、戻ります。必ず」

力強く頷いた後踵を返し落合と一緒に小実験室を出て行く。

・6階B棟からC棟への連絡路

落合:
「バイオハザード室?」

山田:
「ええ。黒田さんがそこにいる可能性が出て来ました。だから調べたいんです」

落合:
「なるほど……。宮部さんは休ませて正解ですね。……おっと、客が来やがった」

山田:
「増えてる……」

先ほど山田がスルーして来たヴァリオスが2人に立ちはだかった。しかし今度は2体に増えていた。しかし数が増えても火炎放射器の前では成す術が無く、瞬く間に塵と化した。それからは化け物は出る事は無く、難なくとC棟に着き曲がり角を右に曲がった。その直後後ろから数十体のベビーマンが襲って来た。

落合:
「何て数だ!」

山田:
「さっきの隊員達か!」

一瞬驚いたが気を取り直して一斉に火炎放射を浴びせる。数十体の奇声に耳を塞ぎたくなったが、突如大爆発を起こした。隊員の一人の腰に手榴弾があったようだ。

山田が全ての支流弾を回収し忘れたからだろう。爆発した事に驚いたが怪物の襲撃に対応出来た、という形になった為気にせず歩みを進める。道中通信室という部屋を素通りし、バイオハザード室と書かれたプレートの付いた部屋の前に立ち止まる。

山田と落合がお互い冷や汗をかきながら頷き合う。意を決して自動ドアを開け中に入る。

・C棟 バイオハザード室



17:20



重々しい機械、複数の何かの生物が入った実験用カプセル。散乱した檻の様なもの。
コンクリートで出来た部屋では全てが、物悲しく冷たい空間が支配していた。
しかし目の前には惨劇が広がっていた。重装備の筈の特殊部隊員達の亡骸が、そこらかしこに転がっていた。

人としての尊厳等無く、無惨な遺体となっている。
山田がふと死んだ隊員の手元を見ると何か握っている。つまみ上げると、神話に出て来るケルベロスの、模様が掘られた銀色のメダルがあった。残り一つ。



落合:

「……ここで散った兵士達に、憐れみを」


山田:

「……と言いながら武器は回収するんですね」


落合:

「それはそれ、これはこれです。それにこのM26手榴弾は、すごい戦力になるんですよ?さらっとあなたは回収したみたいですけど、どれぐらい頼りになるか分かってます?武器はあるに超した方がいいって言いましたよね?実にその通りで、そして武器が強ければ強い方がいいんです!生存確率も高くなるんです!」


山田:

「分かりました分かりました、落ち着いてください。暑苦しいモンスターになってます。退治しますよ?」


落合:

「退治しないで!?」


?:

「おやおや、騒がしいと思えば君達か」



声のした方を振り返る。物陰から薬師がニヤけながら出て来た。

山田と落合は地下一階での出来事を思い出し、怒りを露にする。



山田:

「薬師!」


落合:

「テメェジジィ!」


薬師:

「まさかあの暗闇でαを打ち破るとは思わなかったわい。沢山の自衛隊員が敗れたというのに」


山田:

「俺達を殺そうとしたのも、隊員達を殺したのも、その他全部含めて罪を償ってもらおう
か」


落合:

「今からボコボコにしてやる!半殺しにされても文句ねぇよな?!」


薬師:

「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ申し訳ないのう、相手をしたい所じゃが生憎今忙しくてな、
前から試してみたかった実験の最終段階なんじゃ。
じゃが君等と遊びたいという子達がいるから、遊んでくれるかの?」


山田:

「は?」



「お前達」と薬師が誰に言うのでもなくそう呼びかけた。すると物陰からぞろぞろと何かが出て来た。目だけが大きく肥大化し赤く光り、全身真っ黒の子供の身長くらいのある何かが、12体程出て来てブツブツ喋る。

?:「……アソビ、タイ……アソ、アソ……遊び、たい……………」

落合:
「な、何だコイツらは」

薬師:
「通称“キジムナー” 子供にノーミンの血を注入して、造った作品じゃ」

山田:
「……子供……!」

薬師:
「しかし困った事に遊びたいという欲求しか無く、あまり言う事を聞いてくれないのじゃ。
生物兵器としては失敗作じゃよ。」

落合:
「テメェ!!子供を一体なんだと思ってやがる!!」

薬師:
「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ。子供と遊ぶのが大人の勤めじゃろ? だから一緒に遊んであげただけじゃよ」

キジムナー2:「……アソ、ブ………遊ぶ?……。」

薬師:
「おうそうじゃ、あのお兄さん達がお前達と遊んでくれるそうだ。 遊んでおいで」

キジムナー3:「……アソ、ボ……遊ぼ?……」
キジムナー4:「……オ、お兄ちゃん……遊ぼう?……」
キジムナー5:「………遊ぼう、ヨ……」

ゆらゆらと動き、鋭い爪を動かし、ゆっくりとキジムナー達が近づいて来る。

落合:
「クソ、来やがった。12体だから一人6体。僕は左の6体を倒しますので、山田さんは右の6体をお願いします!」

山田:
「……出来ない……」

落合:
「は?」

山田:
「……俺は、子供を殺せない。子供に………罪は無い………!!」

銃を落とし崩れ落ちる。視界に映る床が滲んで見える。落合は山田の胸ぐらを激しく掴み上げた。

落合:
「山田!! テメェしっかりしやがれ!アレの何処が子供だ?! 
ただの哀れなモンスターだろ、子供に見えてる事の方が、よっぽど残酷だろうが!!」

山田:
「……落合さん………」

落合:
「宮部さんを絶対死なせないって言ったよな?! あのままだと死ぬぞ!? 
必ず戻ると、生きてここから脱出すると、そう言っただろうが!!」

キジムナー6:「……オニ、イ、チャン………遊んで……」

落合:
「しまった……っ!!」

落合に覆い被さるように、キジムナーが襲いかかって来た。
咄嗟に反応出来ず、顔を掴まれ死ぬ事を覚悟した。
しかしショットガンがキジムナーの頭諸共吹っ飛ばした。撃ったのは山田だ。
尻餅をついている落合に目を配る事をせず、立ち上がって覚悟のある目でキジムナー達を見る。

山田:
「ありがとうございます、落合さん。お陰で目が覚めました」

落合:
「それは、よかったですね。……でも僕顔を掴まれたんですよね、大丈夫かな……」

山田:
「大丈夫ですよ。……多分。」

落合:
「余計不安になったよ!!」

キジムナー7:「………アソボウ……お兄ちゃん、遊ぼう……」

山田:
「……あの世で神様に遊んでもらいな………」

跡形も無く頭を吹っ飛ばす。もう一体、もう一体と何かを噛み締めるようにショットガンで、一体ずつ殺して行く。反対に落合はマシンガンで、自分の分の数を一掃して行く。

薬師:
「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ。どうやらキジムナーだけじゃ、足らんようじゃのう。お前達も遊ぶがいい、出ろ“テケテケ”!」

落合:
「何だ?!」

スマホの様な端末を操作し、何かが入った実験用カプセルを開け、中の生物を解放する。
外見はまるで真っ黒なクモ。しかしよく見ると、2体のキジムナーのブリッジの状態だ。

テケテケ:「………ぁ……ああ………ぁ……」

薬師:
「通料テケテケ、キジムナーを下半身から繋ぎ合わせて強化したんじゃ。珍妙じゃろ?」

山田:
「どこまで命を愚弄すれば気が済むんだ!!」

薬師:
「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ。ではまたの、わしは実験があるのでの」

数十体のテケテケをカプセルから解放し、薬師は笑いながら奥の部屋へと消えて行く。
山田と落合は背中合わせになり、キジムナーとテケテケを迎撃する。しかし数が多く銃ではさばききれない。仕方なく山田は火炎放射器を使う事にした。

燃え盛る炎に身を焦がしながら、あついとたすけてと、慈悲を懇願するキジムナー達。
悲痛な叫びを聞かずに済めればどんなに良かったか、灰塗れの床を見ながら、
何度も何度も山田は心の中でそう思った。落合が肩に手を置いた。

落合:
「今までの分のお礼参りに行きましょう」

山田:
「ええ、子供達の分も含めて」

頷き合った後、薬師を追うため億の部屋へ。

・C棟 バイオハザード室 (中央部)

薬師を追い、さらに奥の部屋へ辿り着く。太いパイプが天井に貼り巡り、実験を見守る為のものなのか、二階上部には座る為の椅子がある。天井、壁、床全てコンクリで出来た部屋。その部屋の中心に薬師はいた。

山田達に背を向け笑っていた。

山田:
「追い詰めたぞ薬師!」

落合:
「年貢の納め時だぞ!」

薬師:
「なんじゃ?もう来おったのか?案外早かったのう。一人は死ぬと思っておったのじゃが」

喋りながら振り返る。体をずらしたその時、椅子に縛り付けられた池上が見えた。

山田:
「池上さん?! 池上さんをどうするつもりだ!」

薬師:
「こやつは知り合いか?これは面白いのう」

落合:
「何かしたら只じゃおかねぇからな!!」

薬師:
「もう遅い。ノーミンの血を注入してしまったわい」

山田:
「何だと?!」

薬師:
「言うたじゃろ?実験の最終段階じゃと。わしはず~っとこの実験がしたかったんじゃよ、子供にノーミンの血を注入した事はあれど、大人には投与はしておらんかったからのう。しかし今日わしの望みは叶った!今日程素晴らしい日は無い、科学者冥利に尽きるとはまさにこの事じゃわい!」

池上:
「………ぅ、ぅぅ…………ぐぁ………ぅぅ……」

落合:
「この悪魔!!」

薬師:
「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ。悪魔はワシの素晴らしき友人じゃよ」

池上:
「…………ぅぐ!………ぐわぁああああーーー!!!」

池上が悶え苦しみ始めた、口から大量に血を吐き出しながら。首から顔に掛けて青筋の、血管の様な細い筋が浮かぶ。縛られていた縄を引き千切り、変異して行く。

横で見ていた薬師はスマホの様な端末を操作し、耳に当て誰かと会話をする。

薬師:
「……はい。………分かりました博士、彼女を起こします。では……。実に残念じゃが、急用が出来た。
実験の結果は君達が見届けておくれ。友人なのじゃろ?」

山田:
「何を…………っ!!」

落合:
「待てテメェ……!!」

手をひらひらさせ、奥の通路へと消えて行く薬師を追おうとした。
しかし藻掻き苦しんで這いつくばった、池上が立ち塞がった。背は大きく曲がり老人のよう。

その背中からは大きな膿が、溜まった腫瘍のなような物が出来上がっていた。
両目から血が噴き出したかと思えば、顔面が真ん中から真っ二つに裂け、数十本の触手と共に無数の歯が出現した。肌は焼き爛れたように赤黒く変色し、両手には鋭く大きな歪な鉤爪がある。


モンスター池上:「……ギギエエーーー!!」

落合:
「池上さん………」

山田:
「……アレを池上さんだと認める方が、残酷だと思います」

落合:
「山田さん……。そうですね、池上さんはロビーで死んだんですよね」

山田:
「だから楽にしてやりましょう、この幻影を。俺達の友人の為に」

2人で拳銃の銃口を池上だったものに向け、引き金を引く。

池上は大きな鉤爪の付いた右腕を、大きく振り下ろす。山田達は間一髪の所でジャンプして避ける。抉られた床を見ながら2人は冷や汗をかいた。



山田:

「予想はしてましたけど、耐久力が半端無いです!拳銃じゃ駄目だ」


落合:

「ならばショットガンで!」



顔面だった触手まみれの口に連射する。



モンスター池上:「ギエエエーーー!!」



効いたのかは分からない、しかし池上は鉤爪を器用に使い、自分が座っていた椅子を落合目掛けて放り投げた。落合は間一髪で避け、山田はマシンガンで腫瘍のようなものを撃つ。汁の様なものを飛ばし、雄叫びを上げる。山田の方を向き直り、池上は跳躍した。

天井のパイプを数本壊し、山田目掛け鉤爪を振り下ろした。後ろへ避けた山田は転んだ。
転んだ山田に襲いかかり、伸し掛ろうとした池上の腫瘍を落合がショットガンで撃った。撃たれた池上は悶えた後振り返り、凄い勢いで体当たりをかまして、落合を数メートル吹っ飛ばす。



落合:

「ぐぅうう、くっ!………山田さん!燃やせ!!」



落合の合図で池上は、火炎放射器の炎に包まれる。焼かれ苦しんでいた池上だったが、火炎放射器の炎が徐々に弱まり、ついには火が出なくなった。



山田:

「あれ?あれ、あれ?! 嘘ガス欠?!………ぁ」



目の前に池上が迫っていた。

落合:
「山田さん逃げて!」

山田:
「こっちにこないで!」

池上目掛けて火炎放射器を投げた。池上は火炎放射器を口で受け止め、かぶりつく。
その間に山田は距離を取った。そしていつのまにかパイプを上り、天井に着いているパイプから落合が援護謝儀をする。背中に何度も銃弾を受け、目障りだったのか落合の方を向き直り、足場であるパイプを次々壊して行く。足場のパイプを次々壊されて行くたびに、落合はうしろへうしろへ下がって行く。


落合:
「ちょっ!まっ!やめ!ホント!!マジでっ!助け………!!」

山田:
「こっちを向け!化け物!!」
モンスター池上:「ギギギエエ~?」

山田は栓を抜いた手榴弾を投げた。池上は一瞬首を傾げたが、何の迷いも無くかぶりついた。直後大爆発を起こした。爆風で落合は二階上部まで吹っ飛び、椅子に荒々しく座る。山田は落ちているパイプと一緒に、床を滑り壁に当たる。

池上は下顎だけを残し立ちすくんでいた。数秒後地響きを鳴らしながら、崩れ落ちた。

「………ゆっくり眠ってくれ池上さん。………あ、落合さん!大丈夫ですか?!」

落合:
「…………ぁぁ、大丈夫だよ。空中散歩を楽しんでた、だけですから………」

頭を抑えながら顔を出す。その姿を見て少しほっとする。
二階上部から飛び降りた落合と合流する。頷く事も無く、薬師が向かった先へと急ぐ。


・C棟 バイオハザード室 

最深部

長い通路を抜け重々しい機材が、いっぱいある部屋に辿り着く。薬師は背を向け、実験用なのか緑色の液体が入った、大きなカプセルの前で端末を操作していた。




山田:

「追い詰めたぞ、薬師!!」


落合:

「いい加減に逃げるのを諦めろテメェ!!」


薬師:

「……しつこいぞ君達。しつこい男はおなごに、嫌われるって知っておるか?」


山田:

「あんたと恋バナしに、来たんじゃないんだよ、今までの礼たっぷりさせてもらう!」


薬師:

「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ。飛んで火に入る夏の虫とはこの事じゃ。君達はここで死ぬのだ、しかしわしが直接手を下すまでもない。彼女にやってもらおう」


落合:
「彼女?」



ふと気付いた。薬師の背後のカプセルの中身に。淡灰色で両腕と両股の内側の、筋肉の繊維が剥き出した、5メートルもある大男が入っていた。
鋭く大きく尖った鉤爪もそうだが、何より特徴的だったのが、赤黒い斑点のある心臓が、剥き出しになっていた事だろう。
目の錯覚なのだろうか、心臓が鼓動するたびに赤い斑点が動いているように見える。しかし白濁した目からは正気を感じられない。



山田:

「な、何だ……これは……」


薬師:

「KS社最高傑作にして我らの女神! “アイリス”様じゃ!人間の次なる進化の架け橋となる存在。
このお方の御前では、君達等存在する価値もなく、わしでさえ謁見などおこがましい」


山田:

「……女神? つまりこれの元は女性………?」


薬師:

「黒田博士の奥様じゃ。心臓に直接ノーミンを寄生させ、低温生命維持チューブを媒体とし、長期保持を実現したのじゃ。つまり長期間のコールドスリープをさせながら、不安定な寄生を完全適合するようにしたのじゃよ。これこそがこの姿こそが、人間が次に進化するべき姿なのじゃよ!」


山田:

「どいつもこいつも狂ってやがる!」


落合:

「ケッ、不思議の国のアリスだか、アイマスだか知らねーが、そんな化けもんに殺されてたまるかよ!!」


薬師:

「いいや君達はここで死ぬんじゃ、彼女に裁かれてのう! 目覚めなされ我等が女神、栄光の女神よ!!」



端末の何かの操作をして、勝ち誇った顔をする薬師。



アナウンス:『実験体アイリス放出受諾、培養液を排出、酸素受給、覚醒剤投与、アイリス排出!』

カプセルの中にいたモンスターが目覚め、中からカプセルを拳で何度も殴りつける
殴られるたびにカプセルのガラスにひびが入って行く。ガシャーンとガラスを割り、ついに実験用カプセルが割れアイリスがのっそりと出て来る。あまりの迫力に2人は腰を抜かし、唖然とした表情を浮かべ、アイリスを見る。

薬師:
「ヒョ~ッヒョッヒョッヒョ。今こそ!! 女神の手によって栄光の修正が施され…………グフッ……」

喋り終わらない内に、体に衝撃が走った。何事か分からず視線を落とした。血に濡れた大きな鉤爪が、薬師の体を背中から貫いていた。アイリスは何事も無く薬師を持ち上げる。

「……な、ぜじゃ……何故じゃ……アイリス様。何故?全ては………貴女の、為に……アイリス、様ぁぁあああああーーーーーー!!!」

アイリスは両手の鉤爪を使い、事も無げに薬師を真っ二つにした。
大量の鮮血が宙を舞い、床を朱色に彩った。

落合:
「………うわぁ、目の前で衝撃のグロ映像を見てしまった…………夢に出るわ~コレ………」

山田:
「……その前に眠らせてもらえるかどうか、そっちの心配をした方がいいと思う…………」

のそのそとアイリスは、山田達の方へと歩いて来る。生気のない白濁とした目を、ただただ一点を見つめながら。何故アイリスは2人に近づいてくるのか、歓迎のハグをしてくれるのでないのであれば、考えられる最悪なシナリオはたった一つだ。2人の末路は第二の薬師になるだろう。そう察した落合は、持っていた手榴弾を投げた。大爆発を起こし、土煙が辺りを支配した。

落合:
「やったか?!」

たった一言に込められた、希望の言葉は虚しく叶わなかった。
土煙の中から平然とアイリスは、無傷で突っ立っていた。

アイリス:「ゥォォォ……」

落合:
「…………嘘だろ……。手榴弾だぞ? ……耐久力高いってレベルじゃねぇぞ……」

山田:
「撃て!!撃ち続けろ!!」

2人はショットガンで応戦した。

蜂の巣にされているにも関わらず、アイリスは2人の目の前まで歩き、大きな鉤爪を高々と上げた。咄嗟の所で2人は振り下ろされた鉤爪の、餌食にならずに左右に避けた。山田はアイリスの筋肉質な背中に集中砲火を浴びせた。

しかし鬱陶しいハエを払いのけるかのように、裏拳で山田を殴り飛ばした。飛ばされた山田は床を滑り、機材に頭を打ち痛みに悶絶する。それを観た落合は怒りの咆哮を上げ、アイリスの頭を中心に銃弾を浴びせた。しかし体当たりを食らい、壁に激突して虚しく床に這いつくばる。


落合:
「………くそ……。何だ、この化け物………今までのとは桁違いの強さだ………」

山田:
「……俺達は………このまま死ぬのか………?」

アイリスはやはりのそのそとした動きで、落合に近づき片手で首を掴んだ。首を絞められながら持ち上げられた、落合は苦しさに喘いだ。

山田はまだ痛む頭を抑えながら、アイリスの元へ走って背に飛び乗った。スリーパーホールドを決めていたが、頭を掴まれ振るい落とされる。体勢を立て直し起き上がろうとした瞬間、投げ捨てられた落合と衝突した。

落合:
「……ゴホゴホ! ………僕達もしかして、勝ち目無いんじゃ………」

山田:
「………はぁはぁ、……例え勝ち目が無くても………死ぬかもしれないとしても……。……もう、諦める事をしない! うぉおおおおーー!!」

雄叫びを上げながら、アイリスに向かって走って行く。しかし横から大きな鉤爪が、振り回された。大量の鮮血が宙を舞い、床に飛び散った。



落合:

「山田さーーん!!」



山田は刀で鉤爪を受け止めた。手の平から貫通した刀から、赤黒い血が流れた。



山田:

「……女神の血が赤いとは、知らなかったよ」


アイリス:「ウォオオオ!」



山田を引き裂く為に、高々と鉤爪を振り上げた。しかし落合のマシンガンが、振り下ろす事を許さなかった。顔面に集中砲火を浴び、よろめいた。その隙を山田は見逃さなかった。
アイリスの筋肉質な胸に、飛び蹴りを食らわせ床に倒す。倒れたと同時に落合が数個の手榴弾を、投げつけ連鎖爆発させた。危うく爆発に巻き込まれそうになったが、山田は難なく落合と合流する。



落合:

「どうだマッチョマン!僕達のコンビネーションは刺激的だろ?!」


アイリス:「ウォオオオオーーー!!!」



土煙から顔を出しながら、怒り哮る最強のモンスター。少しは効いているらしく、口から血を吐き出しながら、のっそりとした重鈍な動きで立ち上がる。



落合:

「チッ! まだ刺激が足りないらしい。我が儘な女神はどうやら、僕達ともっと刺激的なデートをご所望のようだ」


山田:

「紳士的にエスコートしましょうか」

アイリスが小走りで2人に寄って来た。殺気立った唸りを発しながら、小走りするたび床のタイルをめくる。助走を付けた山田が中腰で通り過ぎる。通り過ぎ際にアイリスの太もも辺りを渾身の力でたたっ斬る。

体勢が崩れよろめくアイリスの顔面に、落合がマシンガンでありったけの銃弾を浴びせる。
フラついた拍子に数発の弾丸が、剥き出しの心臓に直撃した。
血がほとばしったかと思えば、アイリスが今までに聞いた事の無い雄叫びを上げた。

コレは効いている。落合は確信した。銃口を顔から心臓に狙いをつけた。しかし大きな鉤爪が撃たれる事を防いだ。あっけにとられた隙を狙われ、落合は後方へ蹴り飛ばされる。
背中の痛みに耐え体勢を立て直した落合の目に映ったのは、心臓を防いでいる腕を刀で弾き、心臓に銃弾を浴びせる山田だった。咆哮しながら勢いよく山田に鉤爪が振り下ろされるが、山田は後ろへ跳躍して叫んだ。


山田:
「落合さん、顔面!!」

合図だと悟った落合がアイリスの顔面に、雨霰の弾丸を降らせた。再びフラついた隙に、山田が心臓を真一文に斬った。大量の鮮血と共にアイリスは真後ろへ倒れた。

息を切らしながら山田は落合と見合わせ、ホッと胸を撫で下ろす。コレでここでの悪夢は去った。お互いの健闘を称えハイタッチをしようとした。しかし飛んで来た瓦礫に阻まれた。間一髪で避け振り返る。床を破壊しながらアイリスが立ち上がっていた。傷口からなのか心臓から、灰色の触手が数本出現し蠢いている。

落合:
「……流石女神、イソギンチャクのブローチを付けてるとは、オシャレだね」

アイリスは再び咆哮した。褒められてはしゃぐ女の子のように、床を破壊しながら落合の方へと走って来る。両手を広げて迫って来る。落合はショットガンに持ち替えて、山田が斬ったアイリスの太ももに狙いをつけた。指が動き続ける限り連射した。

血しぶきを上げガクンと足から崩れ落ち、アイリスは片膝立ちになる。それでもなお落合を引き裂こうと、腕を上げ鉤爪を振ろうとするが、ショットガンの散弾によって、両腕が弾かれる。
その直後体に衝撃が走った。アイリスは視線を落とした。心臓から刀の切っ先が出ている。
山田が後ろへ回り、アイリスの体を背中から刀で貫いていた。

アイリス:「ゥゥウオオオオーーーー!!!」

最後の抵抗かの如く雄叫びを上げた。しかしそれはただの断末魔に成り下がった。奇妙な音がして心臓が破裂し、大量の血が床を彩った。アイリスは力なく倒れた。今度こそ終わったのを2人は確認した。山田は刀を引き抜き言った。

山田:
「女神なんてお高くまとってるより、そうやってお姫様として眠りな」

落合:
「まぁ、眠りから覚ましてくれる王子様は、永遠に現れねぇけどな」

最高傑作と称された、最強の怪物を倒し周囲を見渡す。何か有益な情報を得られないか、山田は乱雑に置かれている、機材の元へ向かう。落合は真っ二つになった、薬師の上半身の元に向かった。

吐き気を催しそうになるので傷口を見ず、不自然に膨らんでいる白衣のポケットを探る。
出て来たのは神話の怪物、オルトロスが刻まれたプラチナ色のメダル。直通エレベーターの扉を開ける為のメダルは全て揃った。

落合:
「……女神とか神話とかダンテとか、好きすぎだろ。 いい年したおっさん達が何してんだよ」

落合が失礼なツッコミを入れている間に、山田は機材を動かし大型モニターに映像を映させる。
そこには写真付きのレポートが映し出され、写真にはノーミンに似ているが頭の形が、冠の様な形をした灰色の寄生虫が映し出されていた。

《・クイーン・ノーミンについてのレポート
当初は何気なしに生み出されたプロトタイプ・ノーミンは日の光を浴びてはいなかった。
しかし秘めたる凶暴性と寄生能力に目をつけた一部の上層部によって生物兵器として注目された。
一気にスポットライトを浴びる事になったノーミンだが大きな問題にぶち当たる。生物兵器としては力が足りないと判明した。力が無ければ兵器ではない。とするならば強化せざる得ないのは必然だ。ではどのようにして?

再度の合成は安易では無いかと思ったがそれにしか強化は出来ないと結論に至った。再び合成を開始する。プロトタイプ2匹の合成は失敗に終わる。3匹失敗。5匹失敗。6匹失敗。10匹でダニの様なものが誕生。しかし寄生能力に欠けこれも失敗。プロジェクトは暗礁に乗り上げ当初は誰もが失敗するだろうと思われていた。

だが成功した。私の子である赤ん坊とノーミン10匹そして私の血を培養液合成をして成し遂げた。新たに生まれた我が子をクイーンと名付ける。クイーンは全てのノーミンの親となる。
病弱だった我が子に繁栄あれ》

山田は青ざめた表情で顔を伏せた。その拍子に手元に資料を見つけページを開く。

《寄生虫について ~黒田博士の研究レポートより~
・寄生虫:ノーミンについての記述
合成として使った顔ダニもそうだが人間の体には30万匹程の寄生虫に寄生されている。
つまり人間は寄生虫と共に共存しながら生きて来た事になる。

人間にとって寄生虫は共存の出来る友と言える。

であるならば一緒に手を取り力を携えるのは必然だ。寄生虫は人間への活性化を促すのだから。 それは即ち死すらも活性化するという事だ。人間には次の進化が必要だ。寄生虫ならその進化を促してくれる。友とならこの世界を共存出来る。私の夢である死を迎える事の無い永遠の繁栄も叶うだろう。》

山田は後ずさっていた。書かれていた内容にノックアウトされ、めまいがした。
このまま自分は倒れるんだと思ったその時だった。
落合に体を支えられた。
どうしたのかと聞かれたがその質問には答えず、落合の持っているものに目がいった。




落合:

「このボイスレコーダー、アイリスが入っていたカプセルの底で見つけました」


山田:

「……聞いてみましょう、何か聞けるかもしれない」


ボイスレコーダー:
『我思う 故に我あり この言葉から論理的思考を推測するに、『感じるな、考えろ』という言葉に至る』


山田:

「この声、黒田博士……。でも声質からしてもう少し若い時の感じがします」


落合:

「そこまで分かるんですか?流石ファンですね。と言いたい所ですがそこまで分かると引きますよ……」



わざとらしい咳をした後、山田はリピートボタンを押した。最後まで聞く為に耳を澄ませた。



ボイスレコーダー:
『国の頂きに上り全てを変えろ。我想う 故に我あり よって我は我にして我らなり』


落合:
「これは……。中二感満載な………犯行声明………と言った所、ですか……?」


山田:
「……………」



笑いそうになるのを我慢して話す落合とは対照的に、山田は深刻な顔をしてボイスレコーダーを見つめていた。




落合:

「あ、失礼。どんな人物であれあなたは尊敬してましたものね」


山田:

「いいえ。声を聞いてこれではっきりと分かりました。黒田さんは尊敬に値する人物ではなく、
今回の事件の主犯である事が……」


落合:

「いいんですか?」


山田:

「いいんですよ。きっちりと割り切る為に、けじめをつけます」


落合:

「……後問題なのは宮部さんですね。叔父の犯行だということを割り切れますかね?」


山田:

「ええ、出来ると思いますよ。確証はありませんが。……時間がありません戻りましょう」

そう言って踵を返し、部屋を後にする。

・C棟6階通路


17:30



B棟にいる宮部と合流する為に、駆け足で急いでいた。しかしふと山田が立ち止まる。落合が名前を呼ぶが山田は、通信室と書かれた部屋に入って行く。


・通信室

入った直後一匹のキジムナーが襲いかかろうとした。しかし事も無げに山田はショットガンで頭を吹っ飛ばした。

大きな窓に大量の血潮が彩る。
その場面を見た落合は青ざめた表情で山田を見つめる。キジムナーの死骸の傍に立ったまま、山田は落合を呼んだ。呼ばれた落合はうわずった声で返事をした。



山田:

「落合さん、通信機器には詳しいですか?」


落合:

「え、ええ…… それなりにですけど」


山田:

「じゃあ周波数の操作を頼みます」


落合:

「いいですけど、どれぐらいのレベルで?」


山田:

「狩矢崎市全域に、です」


落合:

「電波ジャックですね?! オーケイ、任せなリーダー! 」



様々な通信機器を弄っている間山田は、窓から沈んで行く夕日を眺めていた。この夕日が沈めば
この町で見る夕日は最後となる。つかの間の最後の展望を心ゆくまで堪能する。
準備が終わったとして落合が合図を送る。山田はマイクを掴みスイッチを入れ、深呼吸を入れた後喋り始める。



山田:

『まだ生き残っている生存者の皆さん、聞いてください。俺達の住んでるこの町の、我々のシンボルは死にました。
死が地上を覆い尽くし、絶望が町を浸食し、闇が希望諸共全て飲み込む。俺達の日常は、我々の町は今日死にました。抗い難き敵の絶対的力によって……。
この町はもうすぐ滅びます。政府がこの町の完全抹消を決めました。午後6時、後30分足らずで全てが滅びます。滅びた後残るのは虚無だけです…………』



外の惨劇を見た後目をつむる。一呼吸置いて目を空け再び喋り出す。



『……でも決して希望を捨てないでください。我々に出来る事は、唯一の反撃はコレだけです。
陽はまた昇る。陽が沈んだらまた昇るだけです。何度も、何度でも。明けない夜はありません!
生きてさえいれば必ず希望は胸に宿ります。望みさえすれば生きる為の活路を見出せます。皆さん死なないでください。この町から逃げて生き抜いてください。
明日を生きる為に、明日の陽を見る為に、明日を目指して生きてください……』



スイッチを切りマイクを置く。情けなく泣く落合にため息をつきながら、一緒に通信室を後にする。

・6階B棟 小実験室(最深部)

17:35

小実験室に戻って来た山田と落合。2人は驚き立ちすくんでいた。宮部が立っていたからだ。

山田:
「雅さん。もう立って大丈夫なんですか?」

宮部:
「あ、はい。ワクチンのお陰で体力が戻りました。あと、コレ。ジャケットありがとうございます。……血で汚れちゃいましたけど……」

山田:
「いいですよ血くらい、あなたが無事ならそれでいい」

宮部:
「太郎さん……」

落合:
「いや~それにしてもワクチンは凄いですね。もう立てる程体力が戻る何て」

宮部:
「……生きる気力を、太郎さんに貰いました。 無線から聞こえて来た言葉で、生きなきゃって思いまして。………何かあったんですか?」

山田:
「それが………」

バイオハザード室での出来事、黒田博士のノーミンについての研究やレポート、ボイスレコーダーを聞かせた。話を聞いている最中宮部は、ずっと俯いていた。山田が話終えても俯いたまま、宮部は口を開く。

宮部:
「……太郎さん」

山田:
「はい」

宮部:
「コレを聞いてどう思いましたか?」

山田:
「……今まで俺が見て来た人は幻想だったんだなって思いました。裏では恐ろしい事をやってのける、マッドサイエンティストだったのかと。………残念です」

宮部:
「………結局その程度だったんですね」

山田:
「え?」

宮部:
「あなたの叔父さんに対する気持ちは、改竄された数々のデーターで簡単に覆るような、その程度の気持ちだったって事です。そのボイスレコーダーは音声合成ソフトを、使った可能性だってあるじゃないですか!」

山田:
「それは……」

宮部:
「太郎さんは……いえ山田さんは結局他人だったんです。結局叔父さんを理解出来るのは、身内の私だけみたいですね。どれだけ改竄された証拠を突き付けられても、私は叔父さんの言う事を信じます。……山田さん、命を救って頂いた事だけは感謝します」

軽蔑の眼差しを山田に向けた後、宮部は小実験室から出て行く。

落合:
「はぁ~あ、結局こうりなりましたか………。 頭の固い女性はムキになると話になりませんよね、本当に厄介この上ない」

山田:
「そう言わないでください。身内や親戚のことを悪く言われれば、誰だってああなりますよ。行きましょう彼女を一人にしては置けません」

ため息をつきながら落合は山田の後に付く。2人は小実験室を後にする。
交差するすれ違いの重き空気を背負いながら。 

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