パラサイト・ワールド 寄生される世界

MK マッチー

第8話 深淵



・C棟地下区画1通路
16:30

カン カン カンと3人が歩くたびに、金属の床から音が反響する。
壁、天井、何かを運ぶ為のカートですら全てが鉄で出来ていた。
それならば金属音がするのは当たり前だ。

しかし3人は音がする事に少し驚きを隠せなかった。何故なら床一面錆び付いていたからだ。錆びているから音が出ないとまでは、思っていなかったがこんなに心地よく、音が出るとは思いもしなかった。

よっぽど使われていた鉄の純度が良かったのか、はたまた只の偶然か。
どちらにしろ血によって錆びた鉄の上を、歩いている事実は変わらないのだ。
あまりの酷い臭いに腹がよじれ、吐き気を催す程気分を害しているが、原因は他にもある。春の陽気な暖かさと、地下である事が起因している。

地下ならば空気を供給する、装置が作動して然るべきだ。だが電力が無く、空気が流れていないため、体から汗が滴り落ち、息をするたび熱い砂を吸い込んでいる様な状態だ。さしずめ気分を害する、悪因のフルコースだとしか言いようが無い。

ここで一体何があったのだろう。

何があったにせよ進むしか方法は無い。彼らは道中で拾った懐中電灯で、辺りを照らしながら進んでいた。その懐中電灯は軍用と書かれていて、特殊部隊が用いていたものだったのだろう。ここら辺に落ちてた事を踏まえると、持ち主に何かトラプルが起こったのは想像するに難くない。

辺りを注意深く照らしながら、実験室と思われるガラス張りの部屋を次々と通過する。すると突如全貌の通路から、何かが落ちる音がした。
物音がする部屋の前まで来て、C実験室5というネームプレートを確認する。
薄暗い部屋からは何かしらの光が点滅している。

宮部:
「そこにいるのは、誰?!」

?:
「ヒッ!」

光に照らし出されたのは、瓶底眼鏡を掛け、白髪のもじゃもじゃ頭をした、白衣の老人が居た。



山田:

「あ、生存者ですか?!」


?:

「……何じゃい、そっちだって部外者の生存者じゃろ。あ~驚いたわい、脅かさんでくれ心臓に悪いの~」


山田:

「あ、すいません驚かせて。でも大丈夫ですか?どこか怪我は無いですかおじいちゃん」


?:

「見ての通りピンピンじゃ。後お年寄り扱いするんでねぇ!まだまだ若いもんには負けんわい!!」


落合:

「うわ~いるわ~、こういう面倒くさいお年…人……」


?:

「それにアッチの方もまだピンピンじゃ。その証拠にそのお嬢ちゃんに反応しとる」


宮部:

「驚かせてなんですけど、何を言っているんですか!! 冗談は寝て言ってください!永遠の眠りにつかせますよ?!」


落合:

「ちょ、ちょっと宮部さ~ん?ツッコミが激しすぎ……」


?:

「何じゃ信じられんか?じゃあ見せてやろうか?」


山田:

「おじいちゃん、本当にいい加減にしようか?」


?:

「だからお年寄り扱いするんでねぇ!!ワシにだって名前はあるぞい!」


山田:

「何て呼べばいいんです?」


?:

「おや?まだ名乗ってなかったかの? 薬師 灰之介(やくし はいのすけ)じゃ」



ぺこりと少し頭を下げ、メガネを光らせて山田達を、見つめニヤける。



薬師:

「以後よろしくの………」


山田:
「それで薬師さん、貴方はここで何していたんですか?」

薬師:
「そうじゃのう、実験の準備を少々……」

宮部:
「実験?」

薬師:
「あ、いや……。何ぶん科学者のもんでの、何か疑問があると確かめたくなるんじゃ。科学者の性というものかの」

山田:
「……科学者なら何か知ってますか?例えばクイーンとか」

薬師:
「『クイーン・ノーミン』の事かの?全てのノーミンの生みの親と言えば簡単じゃのう」

落合:
「クイーン・ノーミン?そいつがノーミンとか言う、寄生虫を生み出した元凶」

山田:
「……そのクイーンを造ったのが、黒田博士?」

薬師:
「いかにも」

宮部:
「………。………」

落合:
「……でもクイーンってノーミン達の合成じゃないんですか?
クイーンがノーミンを造ったというなら、話が矛盾するんじゃ……」

山田:
「それを確かめる為に、黒田さんの所へ連れて行って頂けます?
ただの感ですけど生きてますよね?」

薬師:
「……生きておるが、連れて行く前にどうか、科学者仲間を助けてくれ。
この部屋を出て向こう側の通路に、身動き出来ない者がおるんじゃ」

山田:
「では一緒に行きましょうか」

薬師:
「何をいうておる、この老体じゃぞ?ちょっとここで休ませてもらう」

宮部:
「じゃあ私が付き添います」

薬師:
「ヒョ~、いいのかいの~?薄暗い部屋で男女2人きり、
こりゃわしも頑張らないといかんのかの~?」

宮部:
「私も行って来ます」

薬師を一人で実験室へ残し山田達は、通路を進む。闇の中をゆっくりと進む。
闇の中から人間、ノーミン、寄生された怪物が襲って来たら、いつでも撃てるように構えて、進んだ。ゆっくり、ゆっくりと耳を澄まして歩いた。

周囲の暗闇に比べてひどく小さい懐中電灯の光が届く範囲を見つめる。
闇の中に何が潜んでいるのか全く分からない。

すると前から誰かの足跡が聞こえた。正確に言えば誰かがこっちに向かって歩いてくる音だ。山田達はいつでも撃てるように、指に全神経を注いで集中した。
懐中電灯の光に照らし出されたのは、血塗れで目の焦点が合っていない特殊部隊員だ。フラフラ歩いた後前のめりに倒れる。

宮部:
「ひぃっ!!」

目にした光景は絶望。倒れた隊員の後頭部は大きく抉られ、脳味噌の半分はぶちまけられていた。喉に苦いものがこみ上げ、山田は必死に吐き気を押し戻した。
そのとき奥の暗闇から何かが聞こえた。
奇妙な唸りは、最初は小さく聞こえたが、次第に大きくなった。
何かが来てる。思ったのもつかの間、闇の中でのたくるものが姿を現した。
見た事も無い生物がそこにはいた。

ヒューミンに似ているが、全身の皮膚が全て剥がれ落ち筋組織が露出していた。
筋肉は真っ赤に塗れ僅かに肋骨も見える。
何より特徴的なのは、頭頂部から首に掛けて縦に大きく裂けた口があった。
無数の尖った歯が噛み合わさって音を鳴らす。

謎の生物:「グガァアア!!」

山田は頭か口か分からない顔面に銃弾を撃ち込んでやろうと銃を向けたが、
そいつは素早く動き、口に含んだ隊員の脳髄を吐き出すと、右腕を降り出して山田の肩を打った。山田は吹っ飛び壁に叩き付けられた後、錆びた床に倒れる。

山田の名を叫んでいる宮部を余所に、落合は怪物に向かって続け様に引き金を絞った。金属の通路に耳をつんざく様な轟音が轟き、無数の銃弾は怪物の体に命中した。
しかし何かのダメージを与えている感覚はなかった。弾の傷からは血を吹き出さない。

落合:

「ぐわあ!!」



怪物は落合に体当たりをかまし、懐中電灯を落とし闇の中へと消える。
次に宮部に狙いを定めた怪物は、カミソリのように鋭い鉤爪をブーツの端に引っ掻け、宮部を転倒させる。


悲鳴を上げる宮部を引っ張り闇に消えようとする怪物に、銃をショットガンに変えた山田が頭部を中心に狙いを定め、引き金を絞り続けた。
体の痛みからくる山田の苦痛のうめきと怪物のうめきが共鳴する。

やはり頭が弱点なのか。それを察した直後怪物は高々とジャンプをし、闇の中に姿を消した。



山田:
「くそ!一体何処に_____」



怪物を捜して通路中を照らした直後、それは闇の中から突進して来て、山田を地面に倒させ重く伸し掛る。あまりの重さと鼻孔を刺激する腐臭に山田は喘いだ。
何が腐ったらこんな臭いがするのか。
一瞬思いながら目の前に振り下ろされる、鉤爪を見て死を悟った。しかしありったけの力を込めた宮部の体当たりを食らった怪物は、その衝撃で横に逸れ、またしても闇に消えた。

尻餅をついている宮部を見て一瞬顔がほころんだ山田は、戦慄の表情に戻る。
闇からぬっと顔を出し、とっさの出来事に何も反応出来ない宮部の顔に、
よだれをたらし大きく縦に口を開けた怪物が、宮部の眼前に居た。


そのまま宮部の首ごと噛み裂く__ 
前に落合がマシンガンの雨霰を、横から浴びせる。



落合:

「おらおらーー!!これでどっ____」



半回転した怪物によってマシンガンは吹き飛ばされ、落合は怪物に伸しかけられた。
大きな口で顔面を抉られそうになった瞬間、後頭部にショットガンが投げつけられる。
よほど気に入らなかったのか怪物は、投げた山田に再び歯を剥き出し、飛びかかって来た。

跳躍した怪物は山田と倒れ、床を滑って行った。
宮部と落合が駆け寄ると、怪物の下から山田が這い出て来た。持っていた刀を突き立て口に刺し、後頭部まで貫いた。
そこまでしてようやく怪物は果てた。
宮部は涙を流しながら山田に抱き付き、落合は胸を撫で下ろす。

宮部:
「太郎さん!!よかった、よかった……」

山田:
「ホント、ギリギリでした。生きているのが不思議だ」

落合:
「しっかし、この化け物は何だ?何かの実験体か?」

山田:
「……池上ファイル、見てみよう。何か分かるかも」

《池上ファイル
・実験体達による遭遇①
ある化け物と遭遇した。体中の皮膚を全てひっぺがした様な体で、筋肉の繊維が剥き出しだった。この胸糞の悪い出で立ちの化け物は夢の中にまでお世話になりそうだ。
鋭い鉤爪と素早い動きの他に特徴的なのは顔を覆う大きな口だろう。捕食者を捕らえ頭からかじりつく。変な注射器で寄生するヒューミンとは大違いで、別の寄生体だろうと考えた。

しかし捕らえたKS社の関係者から聞かされたのは衝撃的な事実だった。
この化け物はヒューミンそのもので、寄生を続けた結果変異した姿だと言うのだ。

変異の過程で元々あった人間の口が肥大し縦に剥き出しとなり、剥離した皮膚からは新たに形成された筋肉組織が露出している。凶暴性も遥かに高く、熱感知で獲物を察知する。その恐ろしさから“ヒューミンα”と研究員達から名付けられているそうだ。》

落合:
「この化け物が……ヒューミンそのものだと?」

宮部:
「なんて、恐ろしい……」

山田:
「……コイツの存在を薬師さんが知らなかったは思えない」

宮部:
「まさか、罠!」

落合:
「あのジジィ!!」

山田:
「戻りましょう!」

怪物の口に刺さった刀を抜き、踵返して今来た道を急いで戻る。


・C実験室5
16:33

落合:
「薬師ーー!!ジジィテメェオラーーー!!」

宮部:
「……いませんね」

山田:
「はぁはぁ、やっぱり罠だったか。ん?これは……」

急いで戻って来たもののやはり実験室はもぬけの殻。
薬師が漁っていた薬品棚にあったであろう、試験瓶が数個無くなっていた。
その棚の隣り、つまり薬師が居た場所に紙が落ちている。山田はそれを拾う。

《誰かからのFAX
・開発部部長 薬師殿へ
黒田博士のバカな行為で狩矢崎市は壊滅するのも時間の問題だ。それを危惧した日本国政府は滅菌作戦を決定し、狩矢崎市は見すてられた。国会やマスコミへの作戦遅延工作は、すでに限界を超えている。速やかに脱出せよ。午後6時に軍は決行する。 町は日が暮れると同時に消滅する。ミスターOより》


「薬師が開発部の、部長……」

落合:
「くそーーー!!騙された!あの野郎!!」

宮部:
「探しましょう!きっとそう遠くない所に居る筈です」

山田:
「いいえ、探すのは止めましょう。地の利は向こうにあるので俺達が不利です」

宮部:
「確かに……」

山田:
「それよりもここを調べた方がいいでしょう。何か分かるかもしれません」

3人は手分けして実験室内を調べる。
落合は薬師が何かを探していた棚を半ば破壊しながら調べている。宮部は研究員用のロッカーを探る。

山田は割れたガラスがある個室を覗いた。
中は3人程の研究員が腹を抉られたり、真っ二つにされたりと無惨な姿を晒していた。
山田は顔を伏せた。伏せて足元に何かあるに気がついた。



《特殊実験体報告書

被験者は成人男性。職業医師(黒田博士の主治医だった男)。
拘束した後生きたまま腹を裂き、腹の中に直接ノーミンを投入し閉腹。
(麻酔を使えば実験に支障がある言われたが、果たしてそうだろうか?)


投入1時間経過

全ての高速器具を壊し床をのたうち回る。人間の力を超えた結果を有に見せつけた。


投入2時間経過

体に変化が見られた。体中の至る所から触手のようなものが出現し始める。その際骨が割れる様な音が聞こえた。(内部から食破られているのだろうか。)


投入4時間経過

元々あった人としての原型は止めておらず、腹の中に居たノーミンは腹を引き裂く形で出て来ている。その際触手と共に肥大化している。
人間だと分かるのは僅かに残った形だけの頭部である。しかしそれも触手に埋もれていて理性は皆無。
我々はコイツを“H-IN01”(えいちーあいえぬぜろわん)と命名する



___破り捨てられた後殴り書き___



“H-IN01”は我々の想像を遥かに超えた凶暴性を秘めていたようだ。
防弾ガラスを突き破ったかと思えば、鉄製のドアをへし曲げた。そう逃げたのだ。
実験体の逃走により研究員の何人かが犠牲になった。そこまではまだよくあることだが問題はこの地下区画が完全に閉鎖された事だ。


制御の効かない怪物が閉じ込められない、となると閉鎖するのは当然の事だが、我々は見捨てられたと考えていいだろう。
皆殺しになるのは時間の問題。仲間達の悲鳴を聞きながら死を待つ他に無い。死んだ振りをしてみようと思うが効果はどうだろう。》



報告書をそっと閉じた山田は、報告書を拾った後に気付いた冷たくなった手の上に乗せる。棚を調べていた落合は何も無かった腹いせに何度か棚を蹴る。すると頭にファイルが落ちて来て、イラつきながらそれを拾い読む。




《特殊実験体報告書2

・最初はただの知的好奇心だった

地下区画内を這い回るゴキブリが鬱陶しくなったので、捕まえノーミンに寄生させるとどうなるか検証したくなった。
しかし体格的にノーミンの方が大きいため『プロトタイプ』の方を使う事にした。


・結果は上々

見事ゴキブリへの寄生は成功し立派に変異を遂げた。
大きさは大型犬くらいの体格となり、黒光りした体からは多くないが毛が体中に生え、立派な牙が口から出て来た。
外見はゴキブリよりどちらかと言えばクモ、タランチュラに似ていると思う。こいつを“ブラックウィドー”と名付ける。


・好奇心は猫を殺す

どうやらゴキブリの繁殖能力を舐めていたようで、瞬く間に奴は繁殖した。
しかも最悪な事に凶暴化もしており、職員を手当たり次第襲い出した。何とか逃げ出す事に成功したが、C棟地下区画2が完全に封鎖された。
閉じ込められた職員達の安否は最早絶望的だろう。

少なくない犠牲でこれ以上の被害がでない事を祈るが、嫌な予感しかしない。
この研究所のダクトは全て繋がっている上に、狭い所でも動けるゴキブリの俊敏性が気がかりだ。触覚で獲物を察知するためさらに厄介だ。外見はクモだが、毒が無い事だけが救いだ。》



落合はあまりの気持ち悪さに報告書を床に叩き付ける。今読んだ事を必死に忘れようと報告書を何度も何度も踏みつける。



ロッカーを漁っていた宮部は、マシンガンの弾とショットガンの弾を見つけ補給する。銃弾を見つけた事を2人に報告する為に、振り返った直後。ダクトの蓋が落ち毛深いタランチュラの様な化け物が、宮部の真後ろに降り立つ。

宮部:
「な!何ですかコレ?!クモ??」

落合:
「宮部さん!それゴキブリです!!」

ブラックウィドー:「ギチギチーー!!」

宮部:
「いやああああーーー!!」

ゴキブリだと指摘された直後、宮部は持っていたマシンガンでブラックウィドーを蜂の巣にする。ブラックウィドーは成す術も無くそのまま無惨な死体となる。
死んだ後でも構わずマシンガンをぶっ放す宮部に、山田が慌てて肩を叩き静止する。

山田:
「雅さん!雅さん!!そいつもう死んでます」

宮部:
「嘘です!だってまだピクピクしてるじゃないですかぁ~」

山田:
「死んだ後でも痙攣ってあり得るんですよ……」

宮部:
「うぅ~、鳥肌がぁ~」

落合:
「あぁ最悪、絶対夢に出るわ~コレ………」

山田:
「……!…… ここから出た方がいいですね、先に進みましょう」

ダクトの方からさらに物音を聞いた山田は、2人に実験室から出るよう促し、急いで地下区画の出入り口に向かう。

地下区画の出入り口に辿り着いた宮部と落合は、急いで階段を駆け上がる。
後を追おうとした山田はふと足下に落ちている紙を見つけ拾い上げる。

《何者かによる指示書
KS社侵入後、可及的速やかに任務行動に移ること。

目的はノーミンの奪取。
本作戦をし損じることは許されない。冷静な判断と行動を求む。

1.脱出路の確保
先ずは安全を確認し移動、見つからないことを前提に。

社内は未知の化け物の巣窟であると予想される。
奴らに見つからぬよう周囲には十分に気を配れ。

2.偽装工作の準備
事前に渡したものは攪乱のための偽装工作に使用する。
同入の手引書に従い、速やかに設置せよ。
第3者の存在を悟られるな。

※痕跡は絶対に残すな!

本作戦は主目的となるノーミンの奪取のみである。
自衛隊の例の部隊は気にするな。任務の邪魔になるなら殺しても構わない。》

コレを呼んで第3者の介入があったということだけが分かった。
この地下区画1を開けたというガスマスクの人物、これが何を意味するか今はまだ分からない。まだ分からない以上考えても仕方ない。そう思った山田は2人の後を追いかけ階段を駆け上がる。

途中、宮部は落ちている手帳を拾った。

《 外国語語録:
ドス・カーラ・・・スペイン語で「二つの顔」の意
ブァリオス・・・ スペイン語で「複数」の意
(殴り書きされて、読めたのは二行だけ)  》

宮部:

「…………無我夢中で気がつかなかったんですけど、私達今何処に向かってるんでしたっけ?」


落合:

「そ、そういえば……。がむしゃらに階段を上ってるだけな気が……」


山田:

「今C棟にいるのでこのまま6階にある、動力室へ直行しましょう。セキュリティーシステムが正常かどうか確かめた方がいいかと」



そう言って階段を駆け上がりC棟3階。しかし運命は残酷を極めているようで、炎が立ち塞がりこれ以上は上れない。仕方ないので階段の踊り場から出て通路を進む。



・連絡路前通路

16:40



C棟とB棟との間にある、連絡路を渡る為通路を走る。もう少しで連絡路に辿り着くかと思った矢先、ギ~ っと黒板を引っ掻く様な耳障りのする音が前方から聞こえた。
その不快な音は定期的に一定の時間を空けながら、音を大きくして行く。つまり音を発している何かが近づいているのだ。

暗闇ではないものの懐中電灯の光は必要で、照らさなければはっきりと見えない。
しかしその何かは、薄暗いにも関わらずもぞもぞ動いているのが影でも分かる。
不協和音の主が暗がりから姿を現す。

落合:
「……なんだ、あいつは……?」

皆視線を床に落としていた。それもそのはずで、そいつは床を這いつくばっていた。
赤い斑点の付いた灰色の大きなまんじゅう、というのが第一印象というべきだろう。
不確かな形のそいつは無数のノーミンで成り立っていた。

暗がりでもぞもぞと動いたいたのは、何かに寄生して体を乗っ取ったノーミン達が、所狭しと動いていた所為だ。
不快な音は大きな鉤爪で、床を引っ掻きながら移動していた故に、出ていた音だと分かった。しかし不快な音はそれだけではなかった。
無数の小鳥が鳴いているかのように、地鳴きにも似た耳を塞ぎたくなる程の、騒音を体中から鳴らしていた。

《池上ファイル
・実験体達による遭遇②
不快なオーケストラに出くわした。そいつは赤い目玉が体中に無数にある特徴的な化け物だ。
関係者の話によると、一匹のノーミンに対する実験はやり尽されており、それに飽きた研究員の好奇心の果てだったという。「複数のノーミンに寄生させたらどうなるだろう」という狂った好奇心が、悪魔の実験を勧めた。

一人の人間に対して複数寄生させた結果、ノーミン達の重さに耐えかね自立が出来なくなった、不出来な作品が出来上がったという。失敗作に値する為、一回だけの試みだったのだが、どういう訳だか分からないが奴は増えたというのだ。繁殖なのか、偶発的なのか不明で、不気味なこの化け物は“ブァリオス”と研究員達に名付けられたという。》

正体の知らない化け物を、相手にするのを恐れた山田は急いでファイルを開き、中を確かめた。
名前と正体が判明してもやはり、きみが悪い生物に変わりはなかった。
宮部は銃で、他男2人はショットガンでヴァリオスを撃って行く。
撃つたびにノーミン達が空中に霧散して行く。その様は不気味そのものだ。

ブァリオス:「ギー! ギーーー!!」

抵抗を見せたブァリオスは、片腕だけの大きな鉤爪を振り回す。しかし山田達との距離があり、空中を虚しく切るだけだ。抵抗はしているもののほぼ成す術が無いブァリオスは、ひと際大きな奇声を発した後、ドロドロに溶けて果てる。

落合:
「最後まで気色悪ぃ……」

ブァリオスだった死骸に唾を吐き捨てながら、落合は連絡路へ向かう。
山田と宮部はお互いを見合い、同情の視線を交わす。死骸を避け連絡路へ歩く。

・3階C棟からB棟への連絡路
16:43

床以外全面ガラス張りの連絡路を渡っていると、前方からヒューミンαが、奇声を上げながら高々とジャンプして襲って来た。

ヒューミンα:「グガァアアーー!!」
落合:
「真っ暗闇じゃなけりゃ、お前何か怖くねぇんだよ!」

空中でショットガンを撃ち床に落とす、床を数秒のたうち回っていた
ヒューミンαは、怒りの咆哮を上げ体勢を整える。
即座に山田が反撃をさせまいとして、かんま入れずにショットガンで連射する。
仰け反って後ずさりしたヒューミンαは、ガラスを突き破り外へ落ちる。

山田:
「空中散歩を楽しみな」

宮部:
「た、太郎さん。太郎さん、あれ……」

悲鳴を上げながら落ちて行くのを眺めていた山田を、宮部が青ざめながら今来た道を指差す。
数匹のブラックウィドーを潰しながら、数十体のヒューミンαが向かってくる。

山田:
「……あの数は流石に無理です」

落合:
「確かに対処しきれない。こりゃ逃げるが勝ちって奴だな……」

宮部:
「走って!!」

宮部の合図で一斉に走り出す。宮部が逃げながら銃を撃った。

落合:
「弾を無駄にするな!」

銃弾が頭に当たってもやはり即死はしない。所々壊死した部分から赤い筋の肉と白い骨がのぞき、血の混じったよだれを垂らして、獲物を求めるギラ付いた咆哮を聞けば、誰でも撃ちたくなるだろう。山田は分かっていたつもりだが、血飛沫と脳味噌を床に巻き散らかして尚、襲って来る怪物を見て、優先事項は違うと声に出した。

山田:
「走れ!走り続けろ!」

宮部:
「でも!それだと追い付かれます!」

その時だった。どこか遠くで爆発音が聞こえた。嫌な予感がして山田が頭上を見上げた。
上階から只の瓦礫と化した連絡路が落ちて来る。瓦礫のハルマゲドンというべきか。

「危ない!!」山田は叫び、落合と宮部の背中を思いっきり押した。轟音が轟き、ヒューミンα達を巻き込みながら、落ちて来た瓦礫と一緒に連絡路が下へ落ちていった。

床に腹這いになった山田がチラッと足下を見る。靴のつま先から向こうは何も無かった。
数センチズレていたら、足ごと持って行かれていただろう。
その現実に気付いた山田は、大量の脂汗をかき、引きつった笑顔で
宮部と落合に顔を向け、うわずった声で言った。

山田:
「B棟に着きましたね……」

・B棟6階通路
16:50

上階に進むごとに、室内の被害は酷くなっている気がした。
歩くたびに出くわす、特殊部隊員や職員の遺体が、より惨たらしく凄惨な姿で見つかる。
その度に宮部は小さな悲鳴を上げ、山田の後ろに隠れ、落合は揚々と遺体から銃弾を奪う。
それを見て山田はため息をつく。床に散乱している遺体や瓦礫を避け、着き次ぎ通過する部屋のネームプレートを、注意深く見ながら進む。

山田:
「あった」

小実験室というネームプレートを確認する。
目的地に着いた。うまくいけばワクチンを手に入れられるだろう。
観音開きの自動ドアを開け、中に入る。

・小実験室

中は非常灯で付いているらしく、薄赤い光が部屋を照らしている。様々な端末があり、それのどももがパソコンに繋がっている。しかし何者かに壊されたのか、使えそうなものは無い。

血の付いたガラス張りの薬品棚を見つけた。薬品ラベルを見ると、英語でワクチンと書かれていた。早速取り出したいが、小さな端末が付いており、操作してもうんともすんともいわない。

「駄目か……。動いてない」

宮部:
「つまり、隣りの棟へ行って動力を動かして、セキュリティーシステムを起動させる必要がるんですね。」

落合:
「めんどくせー」

山田:
「まぁ取りあえずここを調べてみましょう。向こうへ行かなくていい方法があるかも」

そう言って各自各々で探索を始める。
落合は何かの拍子に壊れたのだろう、カートの上にある書類を見つける。

《医療薬品(ワクチン)に関する備考
知っての通りワクチンは社外秘であるため、厳重に保管され公にはしてはならない代物だ。
そのため徹底した管理体制が敷かれている。この研究所の動力を使ったセキュリティーで管理され維持される。そんな事は無いだろうがもしも動力室に何か異変が起き、動力の受給が止まるようなことがあれば、セキュリティーシステムは機能を停止し、ワクチンは誰であろうと取り出せない。
火事場泥棒を防ぐ為だと説明されたが、果たしてワクチンの管理をセキュリティーのシステムと一緒に任せていいのか、疑問は残る。

ワクチンの作り方もまた疑問だ。
寄生虫の血と寄生された者の血、そして黒田博士の血を使って培養液合成されたのがワクチンなのだ。その作り方でワクチンとしての効果はあるのか、自分は試した事が無いためいかんせん不明だ。ワクチン担当なら分かるだろう。作り方だけは疑問というより奇妙というべきだろう。》

読んだ落合は薬品棚の上を漁っていた山田に見せる。読んだ山田は複雑な顔をして、見つけた別のファイルを落合に見せる。

《プロトタイプについて ~研究員のノートより~
・“プロトタイプ・ノーミン”についての記述
ノミとダニ(厳密に言えば顔ダニだが)の合成によって生まれた最初の寄生生物は、手のひらサイズの手乗りのノミ。容姿の可愛らしさから“ベビー・ノーミン”と名付ける者が後を絶たない。
だが姿に似合わず凶暴性を秘めている。触って来た研究員の手に寄生し変異を促した。寄生虫としての特異点は変わらないようだ。

しかし弱点もあるようで火に弱いという事が判明している。火に近づかないどころか、わざと避けて行動しているように見えた。試しに火を持った研究員をけしかけたが、寄生をする事は無かった。やはり動物としての本能がそうさせるのだろう。

本能ついでにノーミンに付いて分かった事を記述する。
ノミの本能であるのか、寄生した宿主が死ねばノーミンは逃げようとアクションを起こす。しかし寄生して変異を催促してしまった為にコブようのにまで収縮。そのため一心同体になってしまったノーミンは、宿主と一緒に死んでしまう。宿主の傍にノーミンのコブが落ち、僅かに動きすぐに萎れる。この特性を後に造られたノーミンに受け継がれているかどうかは定かではない。》

落合:
「えぇ~……」

山田:
「もうやだこの研究所……」

宮部:
「あの、お2人共。こっちに部屋が……」

山田と落合がお互いに辟易していると、もっと奥にさらに部屋を見つけた宮部が呼ぶ。
お互いに疲れきった顔を見合わせる。どうする?どうしようか?とテレパシー混じりのアイコンタクト。これ以上行けば只でさえ疲れきった心に、さらに疲れる様な要素を見つけるかもしれない。
しかし行かなければならない。もう後戻りは出来ないのだから。
テレパシーが通じてか通じないか、行くしか無いと覚悟を決め、ため息を混ぜながら頷く。

・小実験室 最深部

その部屋はこじんまりとした小さめな部屋だった。
厳重にその部屋を守っていたであろうガラス戸は、粉々に床に散らばっていた。
誰かが壊したのが明白だった。そしてそれが特殊部隊員である事も分かった。
部屋の隅に横たわっている隊員で、全てを推察した。
山田は倒れている隊員が、何かを握っているのを気付き、近づいて取り出す。

《重要物回収による注意事項
警告!
この取扱説明書には、重要物ならびに危険物の取り扱いに関する重要な説明が書かれています。
・ここに書かれた方法以外で取り扱った場合、あなたの生命を危険に晒す可能性があります。
・ここに書かれた方法以外で取り扱った場合、あなた以外の周りの方の生命にも危険が及ぶ可能性があります。
・この本書の指示に従い、正しく使用してください。

回収する対象物は凶暴であり、襲われる可能性があります。
その為睡眠薬剤を投与してから、接触してください。

接触し回収する際、素手で行わない事。沈静化しても襲う可能性があります。
別途配布された特殊な手袋と器具を使用してください。随時関係者の指示に従ってください。》

落合:

「………何だ?ノミか?」


宮部:

「でも何だか少し可愛らしいですね」



商品棚の様な複数の四角形のガラスケースを覗き込む落合と宮部。
ほとんどのガラスが割れ、中身が無い中、一つだけ中身が何かの液に満たされ、何かが居るのを見つけた。
灰色模様の手のひらに乗るサイズのノミが居た。落合は頭をかしげながら上体を反らす。宮部は深々と覗き込む。




山田:

「えっと、あまり深く見ない方が……」



言った直後、ガラスを突き破り、宮部の首目掛けて飛びついた。




ベビー・ノーミン:「ピーー!」

宮部:

「きゃあああ!!」


山田:

「雅さん!!」



倒れた宮部に急いで駆け寄り、首にくっついたベビーノーミンを掴む。
激しく抵抗するベビーノーミンを、剥がそうと苦戦するも渾身の力で、引っこ抜き壁に叩き付ける。
床に落ちたベビーノーミンは体勢を整え、山田を威嚇する。そして再度襲おうとした瞬間、落合の放ったマシンガンで粛正される。襲われる事が回避され安堵した後、宮部を見やる。



宮部:

「……太郎、さん………」


山田:

「雅さん気をしっかり!……クソ、血が止まらない!」



自分の着ていたジャケットを脱ぎ、宮部の首に巻き強く抑える。



「落合さん、抑えるのを手伝ってください!」


落合:

「……質問いいかな?」


山田:

「こんな時に何ですか?!」


落合:

「あなたが近づいた時、隊員は死んでました?」


山田:

「亡くなってましたよ!それが何?!……!」



イラつきながら山田が振り返る。部屋の隅に目がいき、言葉を失う。
死んでいた筈の隊員がそこに立っていた。

隊員はモゾモゾと動いていた。その理由は注意深く見れば分かった。隊員は隊員だった何かに変貌していた。正確に言えば、無数のベビーノーミンによって形を成していた。

人間の手のように見えていた手も、目出し帽から見える目も、所狭しと
ウジャウジャひしめき合うベビーノーミン達で出来ていた。
ウネウネ動きピーピーと騒音を鳴らしながら、山田達に近づいて来る。

落合:
「うわっ、来た!」

山田:
「あのベビーマンを倒さなきゃ、こっちもやられます!!」
ベビーマン:「ピーピーピー!!!」

山田は片手で宮部の首を、押さえながらショットガンで、落合はマシンガンで応戦する。
銃弾が当たるたびに、ベビーノーミンの亡骸が宙を飛び霧散する。
頭に何発か当たり、奇声を上げながら、バラバラに床に砕け散る。

落合:
「やったか?!」

バラバラになって数秒、再びベビーノーミン立ちが集まり、隊員に形作られて行く。

「気持ち悪い!本当に気持ち悪い!!」
山田:
「撃ち続けろ!!」

再び向かって来たベビーマンに銃弾を浴びせる。また床に散らばり、再度復活する。
しかし少し小さくなっている。

ベビーマン:「ピーピー!!」
山田:
「こいつら……。落合さん!」

落合:
「分かってます!撃ち続ける!!」

銃弾を浴びせられまたしてもバラバラになる。山田はショットガンからマシンガンに持ち替えた。
その直後、子供くらいの大きさになったベビーマンが、復活して襲って来た。
山田は固まった。即座に休む事無く、撃ち続けた落合によってベビーマンがバラバラになった。

「どうしたんですか?山田さん」

山田:
「……えっと、すいませんつい……。子供のように見えたので、撃つのを迷って……」

落合:
「大きさはそうでしょうけど、子供じゃないですからね?」

山田:
「ええ、分かってます。分かってるんですけど……」

直後、大きな手の形になったベビーマンが2人に襲いかかった。
が、ショットガンの露と消えた。

「しつこいよ」

宮部:
「………太郎さん」

山田:
「雅さん。大丈夫です、この場は安全です」

宮部:
「……ごめんなさい、私………」

山田:
「喋らないで、ゆっくり休んで」

落合:
「……山田さん、彼女は多分もう寄生菌に……」

山田:
「感染してませんよ、させませんよ」

落合:
「でもワクチンは……」

山田:
「……俺が動力室へ行って、動力を復活させます。
電力が戻ったら、パスワードを入れてワクチンを取り出してください」

落合:
「一人で行くんですか?」

山田:
「落合さんは彼女を看ておいてください」

落合:
「それはいいですけど。もし変異しちゃったら、どうすれば?」

山田:
「その時はその時です」

落合:
「作戦が大雑把だな!」

首を抑えるのを落合に任せて山田は立ち上がる。
宮部は閉じそうになる目を、必死に開けようとし震える声で話しかける。

宮部:
「………太郎さん、……行かないで………」

山田:
「雅さん。言いましたよね?貴女を失い無くないって。それにもう決めたんです、後悔したくないって」

宮部:
「……どうして………私なんかの為に………」

山田:
「……俺、妹が居るんですよ。貴女と似てないお転婆な妹が」

落合:
「妹……」

山田:
「でも貴女と似てるんですよ、放っておけない所が。だから失いたくない、守りたい」

宮部:
「………太郎、さん………」

山田:
「三人で必ずここから脱出しましょう。
生きて必ずです。だから絶対死なせません」

そう言って落合に「後よろしく」と頼み、出入り口へ向かい通路へ出る。
一人孤独を背負い地獄の中へ 

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