エンドロールシガードラム

宇佐見きゅう

ココアシガレット(チョコ)


 頭の中でここまでの話を整頓した。
 わたしの書いているネット小説『エンドロール・シガードラム』の通りに、現実で殺人事件が起きている。まさかこれが単なる偶然だなんて悠長な判断はできまい。現場はバラバラだが、日付と状況が恐ろしいほどに一致している。まったく繋がりのないように見えた一連の事件が『エンドロール・シガードラム』の最終回によって、一本に繋がっていたことが判明した。
 しかし、するとどうなる? 脅迫の件はどう判断すべきなんだ。
「認識を改めるべきだね。脅迫の意味が変わってくる。脅迫状を出してきた犯人は『エンドロール』の最終回と実際の事件のリンクに気付いているか、あるいはそちらの事件に深く関わっているのかもしれない。犯人は知っていて、君に警告しているのだ。第七章の最終回が発表されれば、再びその通りに人が殺されると」
 だから発表するなってか。意味の分からないことをするな、そいつ。殺人を止めたいならわたしじゃなくて、殺人犯を止めろよ。自分の犯行を見せびらかしたいんだったら、七章の最終回を読んで、その通りの事件を起こしてから自白しろよ。まったく行動に筋が通っていない。
「まあまあ。我々には脅迫犯の事情など分かるはずもない。彼の行動のお陰で我々は事件に気付けたのだから、ここで詰るのは止めておこうじゃないか」
 彼なのか?
「彼女かもしれない。正体不明の人物を差す『彼』だ。まだ未発表の七章の最終回は、誰も死なないという可能性はないのかな?」
 わたしを誰彼殺さずにはいられない異常者みたいに言うな。まあ、殺しているんだけど。
「やはりか……。それをアップしても殺人事件は起きないという淡い期待は裏切られたか……。私は残念だよ。今からでも誰も死なない結末にできないのかね?」
 行動としては可能だが、心情的には無理だ。そういうテンションになれない。物書きじゃないあんたには分かりにくい感覚かもしれないが、一つの物語の終わりを書くのってのは相当の気力と体力が求められるんだよ。何というのかな、他の出来事に例えられないんだけど、延々と芝刈りとピッチャーフライをやり続ける気分というか。んー、卒業式を毎日繰り返す気分というか。いや、わけ分からないと思うけど。
「ちっとも伝わらないね。疲れそうなことは分かる」
 疲れる。確かに、疲れるというのが最も適切な表現か。
「葵君。七章では主人公はどうやって死ぬのかね?」
 現実じゃ起こらねえと思うぜ?
「それでも一応聞かせてくれ。知っておいて損はないだろう」
 第七章は、先祖が辿ってきた運命を知った主人公アイルは、それに抗おうと不老不死の研究をする。その過程で様々な人生を収集したアイルは己の血筋に掛かった真の呪いの正体を知る。アイルは不老不死になるのを止め、不老不死化の装置を完成させたあと、自ら命を絶つ。彼の死後、弟子たちがその装置を巡って争い、やがて戦争に発展する。
 それで完結だ。
「不老不死の研究に、戦争への発展。なるほど、現実的じゃないね。主人公の死も単なる自殺で事件性はない。これまで発表した分で読者も、主人公が不老不死の研究をしていることは知っているのだよね?」
 そうだな。最新話は、アイルが呪いの正体を悟る直前だ。
「呪いの正体とは?」
 不幸を怖れる呪い。人生最高の幸せに達したとき、ここから不幸になっていくしかない己の人生に絶望し、自殺する。自分が最も幸せなときに死にたいと思う呪いだよ。だから全員狂ったように周りを巻き込んで破滅していった。
「そして七章の主人公も、夢を実現して満足したと。不幸を描いてきた物語のオチとしては綺麗に型にはまった幕引きだね。死にたいほどの幸せというのは、現実でもきっとあるだろう」
 真正面から褒められると馬鹿にされていると思うのは、わたしの性格が捻くれているからか?
「それは君の性格が捻くれているからだ。うむ、ならば七章のラストは心配が要らないかもしれない。残る懸念は、脅迫状と犯人の要求か」
 なあ、ここまで来たら警察を頼った方がいいんじゃないのか? 個人でどうにかなる範疇を越えているし、明らかにやばい気がするんだが。
「残念だが証拠がない。発表した日にちと事件発生日の一致程度では、警察は動いてくれないだろう。せめて物的証拠を揃える必要がある。実はすでに知人の刑事に頼ってみたのだが、返事は芳しくなかった」
 ああ、やっぱり警察にパイプを持っていたりするんだ。
「警察から捜査協力の依頼をされることもあるよ。私は協力してやっているのに、彼らはちっとも私に協力してくれない。恩知らずな奴らだ」
 わたしもこんな異常者の頼みは引き受けたくないので、警察の心情は分かる。
「そういうわけで、警察に頼るのはもう少し捜査を進めてからだ。それまで警察には我々の税金を無駄遣いして、無駄な捜査を繰り返しててもらおう」
 お前、税金払っているのか……?
「いいや、払っていない。私は一度も税金を払ったことがないのが自慢なんだ」
 そんなこと自慢するな。それは自慢じゃなくて黒歴史だ。
 むしろ日本の闇かもしれなかった。
「消費税も払ったことがない」
 すげえ! 今までどうやって生きてきたんだ。金を持ってないのか?
「ん? 金とは凡人が従うシステムだろう?」
 すげえこと言ってんなあ……。
「自己を管理できない凡人どもが、己を売り捌く代用品として使っているのが金だろう? 己の価値を正しく理解し、十全に活用できる者なら、金に頼らずとも生きていける」
 どういうことだろう……。理屈が分からない。
「簡単に言えば、パトロンに養ってもらう。つまりヒモだ」
 予想以上にクズだった!
 どこまでジョークなのか分からないのが恐ろしい話だった。
「無駄話はさておき。忠告はできたので、今日のところはここで帰るとしよう」
 そうか。この先守ってくれるのかと思ったが、あんたも他の事件で忙しいものな。わたし一人に関わっている暇はないか。
「怖いほど察しがよくて助かるよ。本当何なんだ、その理解力は……」
『探偵』は戦々恐々としながら部屋を出て行った。
 皮靴を履いて玄関を潜ると、『探偵』は最後に言った。
「外出のときはくれぐれも気を付けたまえよ。言わなくても分かっているだろうが。犯人が捕まるまで、慎重な行動を心掛けてくれ」
 分かっている。心配しなくても大丈夫だ。
「安全のためにもしばらく知人の宅にお邪魔したり、実家に身を寄せるのもいいかもしれない。この部屋も安全だと思わない方がいいだろう」
 分かっている。心配しなくても大丈夫だ。
「……まあ、いざとなったら脅迫状の件を事件化させて、警察に保護させよう。警察に生活を監視させて息苦しくなると思うが、安全には代えられない」
 分かっている。心配しなくても大丈夫だ。
「君聞いてないよねぇ! 生返事してんの分かるぞ!」
 うっるせえな! どんだけ心配性なんだ、お前は! お前は俺のかーちゃんか! 実の親はそんなに心配してくれないけどな!
「逆ギレしながら何を言っているんだ君は!」
 分かっている。気を付けるよ。ほら、それでいいだろ。
『探偵』は渋い顔をしてから、再び口を開こうとするのをグッと堪えて、諦めたように笑いながら去っていった。なかなか面白いおっさんだった。
 わたしはドアの鍵を施錠し、完全に篭城してから、真剣に今後のことを考察した。
 さて。いったいどうしたものか。

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