境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

未開封

 終章  未開封 ― Will Open ―




 その日は起きたときから特別な日だった。いつもの時間より早く起きられたし、朝の牛乳も牛乳配達のお兄さんから直接受け取れたし、一人でハムエッグも作れた。キッチンの物音で起きてきたママなんか、目をまん丸にして驚いていたんだ。


 どうしたの? って聞かれても上手く答えられないよ。何となく、とか、気持ちがいいから、とかそんな言葉でしか言い表せない。胸がスッキリして、頭の中がくっきりして、とにかく外を走り回りたくて、って説明しても、また別の心配されちゃいそうだもんね。頭大丈夫? とかって。失礼しちゃうんだよ。


 髪の毛ぼさぼさのまんま起きてきたパパは、クールなもんで、赤い丸が書かれたカレンダーを指差して、今日の新聞を読み始めちゃった。ママは赤い丸を見て、なるほどって手を打って、私の頭を優しく撫でてくれた。


 お誕生日おめでとう。愛しのお姫様、って。


 まだ早いよって思ったけど、できるなら夕御飯のときに、イチゴのショートケーキを切り分けてから言ってほしかったけど、お祝いの言葉は何度言われても悪いものじゃないと思い直して、何も言わなかった。


 今日は特別な日。何てったって、私の十歳の誕生日。


 誕生日は毎年訪れるけど、十歳の誕生日は人生で一回きり。だから大事に過ごさなきゃいけないってことくらい、お子様の頭でだって分かるんだから。
 午前中にはお手紙を書いた。けっこう長くなっちゃったけど、仕方がないね。難しくて大事なお話は長くなっちゃうものだよ。熱心に書いていたからママが、誰に送るの? って気になっていたけど秘密だよ。言っても分かんないよ、って答えた。


 宛て先の住所は分かんなかったけど、郵便局に行って、そこの名前を言ったら、局員のお姉さんが地図で調べてくれた。封筒にその住所を書き足して、最後に確認。


 S県S市H町。聖インテグラ教会。鷲尾豊様。


 お姉さんにも見てもらい、大丈夫そうだったので送った。
 無事に届きますように。途中でどんなことが起きるか分からないからね。祈っておいた。ちゃんと読んでもらえたらいいんだけど、ちょっぴり不安。


 午後からは親友のホー子ちゃんと遊んだ。ホー子ちゃんは塾に通っていてなかなか遊べないんだけど、日曜日は塾が休みだから遊べるんだ。


 楽しく遊んでいたら、色んなことが思い出してきちゃって、私、泣いちゃった。ホー子ちゃんも私を泣き止ませようと頑張ったんだけど、私がどうして泣いているのか分からなくて、もらい泣きしていた。泣き虫で優しい子なんだよ、ホー子ちゃんは。


 そのままホー子ちゃんは泣き疲れて寝ちゃった。
 一人になったから私は日記の途中を書くことにした。ホー子ちゃんとかママとかに見られても大丈夫な毎日日記じゃなくて、誰にも見せられない秘密の日記。鍵の掛けられるピンク色の日記帳を去年の誕生日プレゼントで買ってもらったんだ。


 朝一番にもちょっと書いたんだけど、まだまだ書かなきゃいけないこと、覚えておかなくちゃいけないことがたくさんある。今日のは印象的な内容だったから、私でもそう簡単には忘れないと思うけど、そうやって油断していて、メモしようと思ったときにすっぽり忘れていることもあったから要注意。


 今日が特別な日なのは、誕生日ってお陰もあるけれど、とってもいい夢を見られたからってのも実はあるんだ。みんなには秘密だけどね。こうやって書いてみると、あんまいい夢じゃなかった気がしてくるし。最悪な夢をとりあえず最悪じゃないかたちで終わらせることができて、それがハッピーって感じ?


 ……それってあんまりハッピーじゃない気がして、ブルーな溜息。


 十歳の私はまだ何にもできなくて、とってもお馬鹿で、本当嫌になる。
 何しているの? ってホー子ちゃんが目を擦りながら起きてきた。


 私はつい、日記を書いているの、って素直に答えちゃった。だってお勉強しているんでもお絵かきしているんでもないし。嘘をつくのは苦手。でもすぐに隠したよ。
 パタンと日記帳を閉じて表紙の鍵をガチャン。学習机の鍵の掛けられる引き出しに仕舞う。これで誰にも見られない。


 えー? どうして隠すの? ってホー子ちゃんに文句を言われたけど、ここは譲れないんだよ。あんな日記を持ってたんだ。可愛いね、って褒めてくれた。


 でもやっぱり中身が気になるみたいで、何を書いているのって訊ねてきた。ホー子ちゃんも秘密の日記を持っていて、好きな男の子への手紙とか、恋の詩歌が書いてあるんだって。そのあとに、私が教えたんだから、そっちも教えてよね、ってずるい交換条件を持ち込んできた。そっちが勝手に話したんじゃんか。


 でも、私だけ黙りん坊じゃ悪いから、頭を捻ってこう答えた。


 大きくなったときの夢の話だよ、って。


 嘘は言っていないよね?





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