境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

っつか、やけに家探しが手馴れてるじゃねえか……(by探偵)

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「っかー! ったく面倒だな、おい」
「自分で決めた仕事でしょう? 文句言わずに頑張りましょう」


 事務室のドアを乱暴に閉め、オフィスチェアに座ってから雄叫びを上げた鬼無に、棚田は突っ込みを入れた。粗暴な探偵の眼光が飛んでくる。


「面倒なのはそっちじゃねえよ、ボケ。あのクソジジイのことだ」
「ジジイと言うとタルボット氏のことですか。あの方がどうしたんです? セクハラでも受けたんですか? 貧乳探偵さん」
「何でてめえは臆面もなく戯言を垂れ流しにできんだぶっ殺すぞ」
「怪しいタルボット氏と美玲さんを組ませるとは、あなたもえげつない手を使う」
「……望んでそうしたわけじゃねえよ」
「僕だったら迷わず同じことをしましたよ」


 鬼無はチェアに座ったまま、さらに仰け反った。仕事をする気はないようだ。


 棚田はスチール棚から手を付けた。上のガラス戸は鍵が掛かっていた。中にあるのはファイルで、背中のシールを見るに月ごとの会計帳簿と利用者名簿のようだ。下の棚には段ボール箱。クリスマス会に使われるような紙飾りや電飾が入っていた。


「『二周目』のことを聞いても、教えてくれないのでしょうね」


 返答はなかった。鬼無は壁をぼんやりと見つめて椅子を揺らしている。声を掛けたらどやされそうな雰囲気。無防備なその横顔がこちらに向いた。


「あのジジイ、拳銃を持っているぞ」
「へえ? タルボット氏がですか? はあ……、それはそれは」


 棚田は、デスクの脇にあった筒型のごみ箱を逆さにしながら相槌を打った。凶器の所持は意外ではあったが、予想の範疇だ。


「美玲さんはそれを知って?」
「知っている。……とは思うが、オレから奪った拳銃だと勘違いしているかもしれねえ。あいつ阿呆だからな」
「教えてあげたらよかったじゃないですか。冷たいですねえ」
「馬鹿か。知らねえんならそのまんまにした方がいいだろ。迂闊に教えてビビらせちまっても可哀想だ。まあ、あのジジイも安っぽい手は使わねえと思うが」
「らしくないことを言いますねえ。あなたが『可哀想』だなんて」


 指摘されてから鬼無も失言に気付いたようで、天井を仰いで顔を覆った。


「……こりゃ、美玲に毒されちまったかな。けっ、下らねえ」


 ロッカーを開けた。中には何の変哲もない掃除道具。モップと箒とバケツと雑巾二枚。ロッカーを閉じて次に向かったのは、鬼無の前にあるデスクだった。


 鬼無に椅子ごと動いてもらって、デスクに張り付く。
 天板には余計なものが置かれていない。ペン立て。朱肉とはんこ。置時計。新書と文庫本が一冊ずつ。文庫本はミステリ小説だった。神父がこういうものを読んでいいのか、と変な心配をしつつ、パラパラと中身に目を通す。


 文庫本を置いてから、棚田は言った。


「別にタルボット氏が野望を果たそうが、その結果、どんな天変地異が起きようが構わないのですが、まあ、頑張っている人たちが報われないのは嫌ですねえ。僕の感情なんてどうでもいいんですけどね」


 デスクの一番上の引き出しを開ける。文房具が整頓されて詰められていた。奥を漁りながら棚田は言った。


「ただ確実に言えるのは、美玲さんの存在は代えがたい価値があるということです。何を犠牲にしてでも、彼女の命は救わねばならない。たとえ、世界を犠牲にしてでもね」
「はっ。言うことが大袈裟だなぁ、男ってのは口を開けばすぐ世界を引き合いに出す。頭の中パッパカパーなんじゃねえのか? クソ下らねえ」
「あれ? もしかしてそれ褒めてます? 照れるなあ」
「一生ほざいてろ、ボケ」


 鬼無は笑い飛ばした。


 二段目の引き出しにはノート型の便箋があった。新品同様だ。その下には封筒もあった。棚田は便箋ノートを開いて、電灯に透かしてみる。ちょっとした遊び心だったのだが、これがヒットした。白紙の便箋に、薄っすらと凹凸が刻まれていたのだ。


 棚田は便箋ノートを机に広げて、ペン立ての鉛筆を斜めにして滑らせる。


「古典的な方法ですが、そう馬鹿にはできません」


 黒く塗り潰されていくことで、白紙に文字が浮き上がってくる。ずぼらな持ち主が便箋を切り離さないまま書いている様子が目に浮かぶようだ。
 浮かんできた筆跡は古い友人、鷲尾豊のもので間違いない。かなりの長文だ。すべての文字は拾えないが、文中から『悪魔の魂』の単語が読み取れれば充分だ。


「ちょっと来てください。面白い物を見つけましたよ」


 呼びかけると鬼無が椅子を滑らせてデスクの前にやってきた。彼女は広げられた便箋ノートに顔を近づけ、まじまじと見つめた。


「んだこりゃ。これ……手紙か?」
「直筆の依頼書ですね。宛先人は……、ええ、『一之瀬様』と読める」
「……人違いってこたぁねえよな。あのメイドのことだ」
「家業を継いだと言っていましたから、本人とは限りませんが、ええ、確実に一之瀬さんと関係のある人物でしょうね」


 聖インテグラ教会の司祭から、ゴーストバスター一之瀬瞳に宛てられた手紙。これは二人を繋ぐ決定的な証拠である。


「ここにメイドを呼んだのは鷲尾だった。ってことは何だ? どうなる?」
「いくつかの仮説が立ちます。一之瀬さんは依頼人は不明で、どうして自分がここに呼ばれたのは分からないと仰っていました。ですが、あれらはすべてブラフだったのかもしれません。結界は悪魔を逃がさない完全体勢なのに、どうして新たな戦力を呼ぶ必要があったのか、と疑問を挙げたのも。一之瀬さんがこのことを隠していた理由は、敵に本当の目的を気付かせないためでしょう。鷲尾神父が以前から警戒していた敵に。それは、彼が信じていなかった仲間と言ってもいい」
「……なるほどな。こんな手紙一枚で、結構見えてくるじゃねえか」


 鬼無は嬉しそうに笑った。それは、獲物を見つけた肉食獣の笑みだった。


 いつかこの笑みを自分に向けられたいものだ、と棚田はまったく関係ない戯言を考えて、ぶるりと身を震わせた。
 鬼無は便箋を鷲掴みにし、事務室を飛び出ていった。
 廊下に鬼無の怒声が響いた。


「おい、てめえら。聖堂に集まれ! あのメイドを吊るし上げるぞ」


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