境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

予知能力少女も手に負えない・後編

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「うん。とっても恐いよ。今にも殺されそうってドキドキしている」


 嘘が下手くそで、頭も回らない自分がこの老獪な敵の前で誤魔化そうとしても無意味だ。すっぱりと切り替えて、美玲は腹に力を篭める。


「タルボットさんは、世界を滅ぼしたいの?」
「発想が短絡的だな。普段なら答える気にならない低レベルの質問だが、君に敬意を表してこう返そう。人類とは、地球を滅ぼすために生存するのではないのかね?」
「でっかい話はしてないよ。人類が生存しているのは、ただ生きているだけでしょ。滅ぼしたいって思って実際に行動している人って珍しいと思うよ」
「その通り。誰かに邪魔をされてしまうからな」


 タルボットは笑顔を見せる。さっき見たときと同じ優しい笑みで、それが話している内容ととても食い違っているような気がして、気持ち悪かった。


「私はね……。永遠に続く栄光。約束された秩序。全人類が望む世界平和。不変の物理法則。そういった綺麗なものが、粉々に砕け散る瞬間を見てみたいのだよ」
「……私にはちょっと分からない。ううん、全然分からない。どうして命を賭けてまで、あの人を庇おうとするの?」
「『あの人?』」


 怪訝な顔になって首を傾げるタルボット。


「おかしなことを言うね。すべて私の策略に決まっているだとも」


 真顔で答えてからタルボットは口の端を歪める。


「慣れないことはよした方がいい。思わず失笑してしまいそうだ。それは鬼無君の入れ知恵かね?」
「まあね。いいの? 認めちゃって。鬼無さんに殺されちゃうよ」
「だったら、なぜ最初に私を殺さなかったのかね?」


 タルボットが冷笑する。


「君の心理は分かる。不安、怒り、強い執念、それと悪人さえも殺したくないという甘さ。実に君らしい。だがそれは優しさではないし、君は正しくない」
「……私の何を知っているの? 知った風に言われると嫌なんだけど」
「定められた終末に介入して、神様気取りかね? これは『何周目』の世界だ?」


 その言葉の意味を考えようとし、頭がフリーズを起こしたので、すぐに諦める。


「……よく分かんないけど、あんなことはさせないから絶対に止めるよ。何をしてでも、タルボットさんを殺してでも止める」
「好きにしたまえ。それも時間の問題だ。君は二度同じ日を繰り返していることで有利に思っているのかもしれないが、依然と情報量で勝っているのは私の方だよ。一度の敗北の経験を経て、ようやく対等になれたといったところか」


 余裕の笑みを浮かべたタルボットは奥の棚に歩いていく。写真図解書がまとめられたコーナーに立ち止まり、横顔を向けたまま語りかけてくる。


「じっくり話せてよかったよ。そろそろ探し物を始めようじゃないか、美玲君。皆の期待に応えられるように、この部屋からヒントを見つけ出そう。争いなど不合理なことはやめて、もっと有意義なことに残りの人生を使おうじゃないか」
「……こんなところにヒントが転がっていると思うの?」
「どちらでもいいことだ」


 そう言ってタルボットは作業を始めてしまう。適当に本を取って、一ページ一ページに目を通して、手がかりになるものがないかを探す、途方もない作業を。


 いったい何のつもり? 存在すると思っていないものを探して何になる?


 タルボットの真意が知りたくて彼を観察するが、そのポーカーフェイスからは何も読み取ることができず、結局、美玲も同じ作業をすることにした。
 タルボットをここに食い止めておく。そんな時間稼ぎだと思いながら。


「……? あれ? 今すごく……」


 頭の中でどんなシナプス信号の跳躍があったのか分からないが、なぜだか前にタルボットが話していた妙な昔話の中身が浮かび上がってきた。そのストーリーに強烈な引っ掛かりを感じたのだ。


 窓のない家に閉じ込められた旅人のお話。


 旅人が家から脱出した方法をタルボットはこう話していた。
『旅人は魔の物を引っくり返し、奥底に溜まっていた悪しきものを清浄した。やがてすべての悪しきものが切り替わったとき……』


 あのときも変わった方法だと思ったが、今はそこに別のイメージが絡んでいる。引っくり返して、底に溜まっていたものを、切り替える。


「……それって何だか、砂時計、みたい?」


 答えを出してみて確かな納得を得る。だけど、続きが思いつかなくて、そこで思考は止まってしまう。分かったような、分からないような『答え』を握り締め、美玲は呆然と、すべてが繋がりそうだった妙な予感の残像を追っていた。


「……何で、砂時計なんだろ?」


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