境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

博士の異常な悪意

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 彼の悪戯心には困ったものであるな。


 タルボットは静かに嘆息した。頭痛のタネは棚田の独断行為のことであった。行動基準がアトランダムだ。思考が読めない上に、風紀が乱される。どこまで計算尽くかは読めないが、たとえ全部思いつきだとしても厄介な相手だった。


 しかし、イレギュラーな存在は棚田に始まったことではない。鬼無や一之瀬も個性の強い人格で、さり気なく誘導しようとしても、恐らくこちらの思惑をすり抜けていくだろう。贅沢は望めない、と構えておくのが最良だろう。


 もう少しで全員の行動原理を組み込んだ、最上の筋書きが組み上がる予定だった。しかし美玲の例の発言のせいで、書き直しの必要が生じてしまった。


 状況は確かに一変した。


 絶叫から覚めたあと、美玲がさり気なくこちらを警戒していたのをタルボットは読み取っていた。必死に警戒心を隠そうとしていたようだが、頑なにタルボットの方だけを見なかったのは残念ながら失敗である。


 恐らくだが、『二周目』ではこちらの計画が成功したのだろう。『二周目』を美玲が『失敗』したからこそ、この『三周目』のリトライに強制的に投げ込まれたのだ。タルボットを警戒しているということは、ある程度こちらの正体は見抜かれてしまっていると考えた方がいい。自分がヘマを犯すはずがないので、きっと『二周目』の他の者たちが頑張ったのだろう。お陰でこちらの難易度が上がった。


 筋書きを一から書き直そう。タルボットは考えていたストーリーを棄却する。鬼無から順に邪魔者を消していくという計画はもう使えない。そして鬼無も、美玲の話を聞いてこちらを警戒することになるだろうから、他の者を手に掛けるのもなし。しばらく派手な行動は慎んだ方がいいだろう。


 向こうが物理的な手段に出てきたらどう動こうか、とタルボットは思いつき、防衛の対策も練っていく。前回の自分が鬼無を殺すことに成功したということは、彼女は火器を持っていないと考えても大丈夫そうだ。


 タルボットは心の中でほくそ笑み、腕組みをする振りをして、着流しの袂に入っているリボルバー拳銃の輪郭をなぞった。


 いざとなったらこれで全員殺してしまうか。


 だが、それは最後の手段。まだ腹の探りあいの時間だ。美玲が鬼無を仲間に引き込むのならば、こちらは残った者たちを味方にするまで。
 方針を定め、タルボットは皆に向けて発言した。


「いやはや……。開かない扉に、予知夢の話、悪魔と結界の話に続いて、また夢の話と来た。こうも立て続けに起こると頭の中がパンクしてくるね。どうだろう、二人が帰ってくるまで、こちらも一度情報を整理しておかないか?」
「賛成です。私も意見交換の必要性を感じます」阿誰が即応する。
「意見交換? ぶっちゃけあたし、まだ何も考えてないけど? っつか、契約者を見分ける方法がないって、何それ笑える。シスターっち、マジ冗談きついわー」
「玩具のような呼び方はよしてください……」緋冠が憂鬱に答えた。


 棚田が手を叩いて、皆の意識を集めた。


「皆さん。全員揃っていないのは座りが悪いですが、どうせ向こうでも僕たちのことを話されているでしょう。お互いの理解を統一できるように、ここらで改めて自己紹介を交わしませんか?
 ……おっと失礼。他人に名前を聞くときは、まずは自分からでしたねえ。僕は棚田たなだ功奨こうしょうと申します。今日はここで友人と会う約束をしていたのですが、残念なことにこんなことになってしまい、会えなくなりました」


 奇妙な言い方をする。まるで相手がすでに死んでしまって、それをさっき知ったとでも言うような匂わせ方だ。つまり、友人とは鷲尾司教のことか。


 すでに気付いている者もいるかもしれないが、一応指摘した。


「棚田……? 人違いだったら申し訳ない。君の名前と顔を、指名手配の写真で見かけたことがある気がする。確か、数年前に摘発が入った新興宗教団体の重要参考人だった。関連はあるのかな?」


 横で聞いていた阿誰と一之瀬が目を開いて口を押さえた。二人も棚田の顔に見覚えがあったようだ。棚田の口元の笑みが深まった。


「……ああ。黙っていてすみませんでした。私は、その指名手配を受けている棚田功奨です。恐がらせたくないと思って言わなかったのですが、逆効果でしたよね。少し弁明させてもらうと、今の私は何も持っていないということです。危険物も危険思想も、仲間や後ろ盾も、生活の余裕さえありませんよ」


 あまりに犯罪者らしくない立ち振る舞いに、阿誰などは当惑する。そういう反応が慣れているのか、棚田は飄々と肩を竦める。


「こそこそするの、嫌いなんですよね。日本の刑法に触れたというだけで、僕は悪いことをしたとは微塵も思っていません。それは今もだ」
「なるほど。己の過去に恥じるところはないということか」


 食えない男だ。タルボットは棚田への警戒を深めた。こういう人間は、どんな局面でも目的を見失わない。いつだって理想を貪欲に果たそうとする。そして躊躇わずに死を選べるのだ。あまり敵に回したい人物ではない。注意しよう。


 棚田に続いて阿誰と一之瀬が名乗った。どちらも既知の内容だった。一之瀬が除霊師を名乗り、自身がここに呼ばれた理由の疑問を提起した。タルボットは適当なことを言ってお茶を濁したが、予測は立っていた。候補者は限られている。理由もだ。


「では、最後にあなたに名乗ってもらいましょう。ミスタータルボット」


 ちゃっかりと進行役の立場に居座った棚田に、発言を向けられた。


「ミスターは不要だ。プロフェッサーもな」


 実に無駄な時間だ。最初から自己紹介の必要はこちらにはなかった。


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