境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

詐欺師の提案

         ●      


「美玲さん、どうぞ落ち着いて。そこから先を、『二周目』のことを話すのは、あなたが本当に信頼できると言える相手にだけにした方がいい。それが最低限のリスクマネージメントです。まあ、美玲さんが誰を信頼するかで、その『二周目』で起きたことが何となく予想できてしまう気がしますが……」


 肩を竦め、人差し指を立てた。


「ですので、一人にだけ話すというのはどうでしょうか?」
「一人にだけ?」
「ええ、美玲さんが『二周目』の経験を経て、この人は絶対に裏切らないと、そう思える相手にだけ。それでしたら万が一、信頼した相手が『裏切り者』でもフォローが利く。最悪の事態は避けられます。『二周目』の情報を知っていないと起こせない異変があれば、その相手が犯人だという証拠になりますからねえ」
「えっと、あ、そうかな? でも、逆にそれが悪用される心配もあるんじゃ? その、私が話した相手に濡れ衣を着せるように、事件を起こしたりして」


 棚田は指を鳴らす。


「鋭い指摘です。素晴らしい慧眼。そうですねえ、警戒したからこそ利用されることもありますからねえ。ええまあ、僕が提言したいのは、ここにいる全員に話すのは危険だということですよ。無論、僕も含めましてね」


 粗暴な舌打ちが隣から響いた。横に座っている探偵の鬼無しとどだ。


「うぜえな、まどろっこしい。てめえはいったい何が言いてえんだ、クソが。おい阿呆娘。言っとくがオレだけは、お前の話なんか信じねえからな」
「鬼無さんに話すよ」
「……はあ?」


 メンチ付けていた鬼無が固まった。
 美玲が乱暴な探偵をまっすぐに見つめて頷く。


「私、鬼無さんを信じる。鬼無さんにだけ『二周目』のことを話す。だから、他の人には秘密にするよ。悪いけど、鳳子にも」
「それって……私も容疑者ってこと?」
「分からない」


 美玲は悲しげに首を横に振る。


「分からないから、疑う。私が間違えたら、皆また、死んじゃうから」
「……って、おい阿呆娘。オレの話聞いてなかったのかよ。だから、オレは予知夢とか予言とか信じちゃいねえって……」
「最初に殺されたのは鬼無さんだよ」


 鬼無が閉口した。
 なかなかに刺激的な言い方だ、と棚田は感心した。「最初に死ぬのは」ではなく、「最初に殺されたのは」という表現を使っていた。私立探偵の鬼無しとどは『二周目』で何者かによって殺されたのだ。


 人間不信の塊で、最も殺されにくそうな鬼無が、真っ先に殺された。その情報は本人にもショックを与えたようで、鬼無は口を利けないでいる。


「だから協力して」


 強い意志を瞳に篭めて、美玲が畳み掛けた。


「……何がだから、だ。ジャリ餓鬼」


 苦々しく吐き捨てながら、鬼無は立ち上がって廊下の扉に向いた。


「あっちの部屋、ちょっと使わせてもらうぜ。誰も付いてくるんじゃねえぞ。おら、行くぞ阿呆娘。オレに内緒話があんだろうがよ」
「阿呆娘じゃなくて美玲だよ!」


 そう言いつつも、美玲は笑みを浮かべて、鬼無に従った。


 二人が聖堂を去ったあと、残された者たちは奇妙な表情を見合わせる。誰においても、まさかあの乱暴者の探偵が選ばれるとは思いもしなかったに違いない。逆を言えば、ここにいる者たちは、鬼無より信頼されていないということである。その事実に、屈辱を感じる者もいるのではないだろうか。


 自分が提案した条件のせいで、場の空気がぎくしゃくすることに対し、棚田は悪趣味な興奮を得た。とっても、ぞくぞくした。こういう快感があるから、場を引っ掻き回すことはやめられないのだ。


 しかし、期待はまったくしていなかったが、自分が彼女に選ばれなかったことが少しだけ残念だった。自分が心残りを感じることも珍しい。それはやはり、美玲が見せたあの怒りの表情と、『二周目』の失敗が気になるからだろう。


 ならば口を挟まずに、美玲が語るのを黙って聞いていればよかったものの、危機管理の嗅覚が働いてしまった。変なところで真面目な性格だ。欲望に忠実に生きたいと思っているのに、土壇場で日和って堅実な道を選んでしまう。


 そのお陰で、そのせいで、今もなおのうのうと生き残っている。
 いつ死んでも恐くない、と嘯きながら。


 何と滑稽な生き様だろう。鬼無になじられるのも仕方がない。
 自虐と残念を思いながら、二人が出ていった廊下に目を向ける。
 しみじみと、あの偏屈屋の探偵がここにいたら絶対に言えないことを呟いた。


「にしても、まこと、見事なツンデレですねえ」


 残念ながら、その呟きに共感してくれる人は一人もいなかった。
 頭の固い人たちばかりである。実につまらない。


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