境界の教会/キョウカイ×キョウカイ

宇佐見きゅう

道化は暴いた/真実を 前編

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 すべてを説明します。


 と、棚田は両膝を着いて、両手を掲げたポーズのまま言った。
 美玲は、クズの凶悪犯から、クズの道化師に成り果てた棚田を見下ろしていた。正直こんな下克上を叶えても、快感どころか普通に気持ち悪い。


 棚田の斜め後ろには、ロープを構えた一之瀬が立っている。不審な行動を取った瞬間、無力化できる間合いだとか。棚田自らが彼女に頼んだのである。


「完全に皆さんの信用を失っただろう僕が捧げられるものは、せいぜい行動の自由とこの命くらいしかありませんからねえ。あ。気に食わなかったら、すぐに命を奪ってくれて構いませんからね?」


 ここまで開き直られるといっそ清々しい。絶対に許さないと誓った美玲だが、無抵抗な相手を痛めつけたいと思うほど被虐的ではない。加えて棚田は、信じなくてもいいし、好きに痛めつけていい、と前置きした。そこまで言われたら話を聞いてやるしかないのだ。きっとこちらがそう考えることさえも、彼の思惑通りなのだろうけど。


 棚田は上機嫌な笑みをばら撒く。


「いやあ、本当に皆さんには悪いことをしました。謝りたいと感じる、この思いこそまさしく感謝です。特に、美玲さんと阿誰さんには感謝してもし切れません。お二人には実に多大な迷惑をお掛けしました。しかし、そのお陰で僕の三文芝居にリアリティが付与し、最後まで演じ抜くことができましたよ」
「へぇー……?」


 美玲は、立てた親指を首の前で滑らせた。


「美玲、美玲。落ち着いて。あれが棚田さんのやり口なのよ」
「分かってるよ。怒ったら負け、でしょ?」


 それに、もう分かっている。棚田が理由もなく、あんな悪趣味なことを仕出かしたわけではないということは。無論、理由があったら何をしてもいいわけではないが。
 驚いたのが、この茶番劇に一之瀬も一枚噛んでいたことだった。


「あたしの役目は、いざってときの弁護とストッパー役だけどね。芝居が変な方向に転がりそうになったら、あたしがネタ晴らしする予定だったの」
「何で命いらないのに、無駄に保険張ってんの?」美玲は棚田を睨んだ。
「毒のある突っ込みですねえ。そりゃあ僕も無駄死には避けますよ。一之瀬さんを保険に選んだのは、彼女に、僕を殺せる武力があったからです」


 茶番劇への協力を持ちかけたのは、倉庫を調べている最中、阿誰が退室して二人きりになったときだったらしい。ナイフもそのときに借りたのだと。


「でも、あたしも最初は呆気に取られたよ。誘いの一言目が『僕に悪用されてください』って、馬鹿じゃねえのって。しかもやってほしいことが『僕を殺して止めること』って、マジどういうこと? でも何つーか、信じられなくなったら殺してもいいって言われて、まあ、それで付き合ってやることにしたのよ」


 一之瀬は開き直ったように言った。
 タルボットさえも騙されていたようで、声音に不機嫌が滲み出ていた。


「しかしね……、あまりに無謀な策ではないか? 効率は悪いし、成功しても君への不信感は最高に跳ね上がる。ここで殺されても文句は言えない。大体、協力者の一之瀬君に道半ばで殺されてしまうことだってあり得た。君のやり方はどう考えても間違っている。それが分かっているのかね?」
「僕は自分の実験の成功を信じ、一之瀬さんを信じました。信じたことによって死ぬのは殉教と同意義。本望です。ゆえに何一つ問題ありません」
「君の個人的な意義などどうでもいい……っ! 場を掻き回すだけ掻き回し、無責任に死んで逃げるつもりなのか!」
「極限状況で語るときにのみ、人は欺瞞や建前から解放されます。責任なんてまさに欺瞞的だ。こんなところに来てまで世間体が重要だとでも? それに、自分のために動いてはいけないと言われましてもねえ……」


 棚田は肩を竦めた。かなりムカつく動作である。


「では、そろそろ本題に入りましょう。僕の芝居の成果について」


 彼はこちらに向き直った。そうである。彼が己の命を質に入れてまで三文芝居のホンを書いたのは、こちらの反応を見るという目的があったはずだ。
 無防備を晒した捕虜は、考察を語り始める。


「結論から言えば、僕は、悪魔の魂を盗んだ首謀者が特定できました。もう少しだけ、僕の与太話にお付き合いください」


 異論は出なかった。棚田が満足そうに微笑み、講義を始めた。


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