境界の教会/キョウカイ×キョウカイ
強硬手段/脅迫
●
冷え切った声が、美玲の茹だった頭を一瞬にして冷ました。
振り向いた先で、温もりの一切混じっていない棚田の視線を受け、美玲は萎縮した。表面的にはあれほど朗らかだった棚田の様子が一変していた。
透明な彼の視線にあったのは無感情という名の冷酷な感情。
「あ。わざとらしい友情ごっこの喧嘩はもう終わりですか? いえいえ僕の戯言なんて気にせず目一杯楽しんでくださいよ。どうせここで無駄死にしたいのでしょう? そういう時間にシフトしたってことでしょう? ええ……、仲良しこよしで進むのもここまでのようですねえ。僕と来たら血迷っていました。信用できるのは自分だけだというのに。まったく、何度失敗しても学びません」
棚田は軽い足取りで歩き始め、美玲たちのいる席にまっすぐ近付いてくる。美玲は見えないワイヤ線で全身を固定されたみたいに動けなかった。
棚田がこちらの前に立ち、見下ろしてくる。
「ですので、ここからは自由時間と行きましょう。それぞれが好き勝手するお時間です。ええ、始めからこうしていればよかった」
そして上着のポケットからナイフを取り出して、美玲に向けた。
「駄目ッ!」
咄嗟に席を立った阿誰が、棚田にぶつかっていく。
しかし、体当たりはあっさりと避けられ、腕を取られて捕まえられてしまう。阿誰はナイフの切っ先を顔面に突きつけられ、動けなくなる。
人質を得た棚田は、落ち着いた声音で脅しつける。
「皆さん、できれば動かないでくださいね。僕もこういうことは初めてなので、刺激されると手元が滑って、変な箇所に行ってしまうかもしれませんよ? 僕は難しいことは要求しません。全員動かないこと。そうすれば皆さん幸せになれます」
「……ッ、鳳子を離せ!」
美玲は立ち上がっていた。
喋っていた棚田がこちらに注目し、にンまり、と気味の悪い笑みを浮かべる。ビーカーにホルマリン漬けにされたガマガエルが見せたみたいな笑みだった。
ははは、と空っぽな声が発せられた。
「いえいえ、用があるのは君ですよ、美玲さん。君の態度次第では、彼女はすんなり解放されます。大人しく協力していただくと非常に助かります」
離れたところからタルボットが声を掛ける。
「棚田君……、馬鹿な真似はよせ。その方法は間違っている。暴力に頼った方法では真実は永遠に掴めない。それは君も分かっているはずだ」
「あなたに用はない黙っていてくださいガロッサ・タルボット教授」
視線もナイフの先端もぶれさせずに、淡々と声だけを返す。
彼の目には美玲のことしか映っていない。人質に取った阿誰の命のこともどうとも思っていないのだろう。美玲は従うしか選択肢がなかった。
「……用って何? できないことはできないよ」
「そう硬くならないでください。仲良くするのは無理ですけど、せいぜい腹を括って悪用されてください。大丈夫、美玲さんには指一本触れませんから」
そう言って、ナイフを阿誰の顔先で揺らす棚田。一歩間違えれば頬をすっぱりと切り裂いてしまえる近距離だ。阿誰の顔が恐怖で歪んだ。
美玲は目を細めた。普段滅多に感じることのない感情が、胸の奥底からマグマのごとく湧き上がってくるのを自覚する。しかもそれは静かに蓄積されるのだ。
「あなた、クズなんだね」
彼は無言と無表情で肩を竦める。否定とも肯定とも取れる便利な動作だ。
「棚田さん。いいから鳳子を解放して。私はここから逃げないし、刺すんなら直接私を刺してよ。鳳子は関係ない」
「関係ないこともない。彼女もまだ立派な容疑者の一人です」
「あなたもそうでしょう? あなたが鬼無さんを殺したの?」
「さあ……? すでに死んでしまった人のことはどうでもいいでしょう。さて、美玲さんにあなたの素敵な能力を見込んでお願いしたいことはただ一つ」
棚田は会釈した。
「今から予知夢を見て、教会から脱出する未来を探ってきてください」
「予知夢を?」
なぜこれまで、誰からも出てこなかったのか不思議なくらい真っ当なアイデアに、美玲は小首を傾げる。思案してみて、拒否した。
「たぶんできない。やってみないと分からないけど、やる前に言っておく。失敗してあとから文句言われても困るから。私の予知夢は、好きに見られるもんじゃないんだよ。私に見てもらいたい未来の方から訪れてくるの。たぶん、変えてほしがっているんだ。そんな気がする」
「なるほど……。予言ではなく預言だと。余計『らしい』じゃありませんか。構いませんよ。失敗したら成功するまで試してみればいい」
相手の一方的な言い分に、美玲は眉をひそめる。
「話全然聞いてないじゃん。できないことはできないって言ったよ」
「精神状態やコンディションの問題ではないのですよね? 美玲さんのできる・できないの意志は関係ないということだと僕は解釈しましたが。そして、僕はできなくても怒らないと約束したまでです。挑戦は強要します」
話にならないと思って美玲は渋々と頷いた。どうせ見れやしないのに。
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冷え切った声が、美玲の茹だった頭を一瞬にして冷ました。
振り向いた先で、温もりの一切混じっていない棚田の視線を受け、美玲は萎縮した。表面的にはあれほど朗らかだった棚田の様子が一変していた。
透明な彼の視線にあったのは無感情という名の冷酷な感情。
「あ。わざとらしい友情ごっこの喧嘩はもう終わりですか? いえいえ僕の戯言なんて気にせず目一杯楽しんでくださいよ。どうせここで無駄死にしたいのでしょう? そういう時間にシフトしたってことでしょう? ええ……、仲良しこよしで進むのもここまでのようですねえ。僕と来たら血迷っていました。信用できるのは自分だけだというのに。まったく、何度失敗しても学びません」
棚田は軽い足取りで歩き始め、美玲たちのいる席にまっすぐ近付いてくる。美玲は見えないワイヤ線で全身を固定されたみたいに動けなかった。
棚田がこちらの前に立ち、見下ろしてくる。
「ですので、ここからは自由時間と行きましょう。それぞれが好き勝手するお時間です。ええ、始めからこうしていればよかった」
そして上着のポケットからナイフを取り出して、美玲に向けた。
「駄目ッ!」
咄嗟に席を立った阿誰が、棚田にぶつかっていく。
しかし、体当たりはあっさりと避けられ、腕を取られて捕まえられてしまう。阿誰はナイフの切っ先を顔面に突きつけられ、動けなくなる。
人質を得た棚田は、落ち着いた声音で脅しつける。
「皆さん、できれば動かないでくださいね。僕もこういうことは初めてなので、刺激されると手元が滑って、変な箇所に行ってしまうかもしれませんよ? 僕は難しいことは要求しません。全員動かないこと。そうすれば皆さん幸せになれます」
「……ッ、鳳子を離せ!」
美玲は立ち上がっていた。
喋っていた棚田がこちらに注目し、にンまり、と気味の悪い笑みを浮かべる。ビーカーにホルマリン漬けにされたガマガエルが見せたみたいな笑みだった。
ははは、と空っぽな声が発せられた。
「いえいえ、用があるのは君ですよ、美玲さん。君の態度次第では、彼女はすんなり解放されます。大人しく協力していただくと非常に助かります」
離れたところからタルボットが声を掛ける。
「棚田君……、馬鹿な真似はよせ。その方法は間違っている。暴力に頼った方法では真実は永遠に掴めない。それは君も分かっているはずだ」
「あなたに用はない黙っていてくださいガロッサ・タルボット教授」
視線もナイフの先端もぶれさせずに、淡々と声だけを返す。
彼の目には美玲のことしか映っていない。人質に取った阿誰の命のこともどうとも思っていないのだろう。美玲は従うしか選択肢がなかった。
「……用って何? できないことはできないよ」
「そう硬くならないでください。仲良くするのは無理ですけど、せいぜい腹を括って悪用されてください。大丈夫、美玲さんには指一本触れませんから」
そう言って、ナイフを阿誰の顔先で揺らす棚田。一歩間違えれば頬をすっぱりと切り裂いてしまえる近距離だ。阿誰の顔が恐怖で歪んだ。
美玲は目を細めた。普段滅多に感じることのない感情が、胸の奥底からマグマのごとく湧き上がってくるのを自覚する。しかもそれは静かに蓄積されるのだ。
「あなた、クズなんだね」
彼は無言と無表情で肩を竦める。否定とも肯定とも取れる便利な動作だ。
「棚田さん。いいから鳳子を解放して。私はここから逃げないし、刺すんなら直接私を刺してよ。鳳子は関係ない」
「関係ないこともない。彼女もまだ立派な容疑者の一人です」
「あなたもそうでしょう? あなたが鬼無さんを殺したの?」
「さあ……? すでに死んでしまった人のことはどうでもいいでしょう。さて、美玲さんにあなたの素敵な能力を見込んでお願いしたいことはただ一つ」
棚田は会釈した。
「今から予知夢を見て、教会から脱出する未来を探ってきてください」
「予知夢を?」
なぜこれまで、誰からも出てこなかったのか不思議なくらい真っ当なアイデアに、美玲は小首を傾げる。思案してみて、拒否した。
「たぶんできない。やってみないと分からないけど、やる前に言っておく。失敗してあとから文句言われても困るから。私の予知夢は、好きに見られるもんじゃないんだよ。私に見てもらいたい未来の方から訪れてくるの。たぶん、変えてほしがっているんだ。そんな気がする」
「なるほど……。予言ではなく預言だと。余計『らしい』じゃありませんか。構いませんよ。失敗したら成功するまで試してみればいい」
相手の一方的な言い分に、美玲は眉をひそめる。
「話全然聞いてないじゃん。できないことはできないって言ったよ」
「精神状態やコンディションの問題ではないのですよね? 美玲さんのできる・できないの意志は関係ないということだと僕は解釈しましたが。そして、僕はできなくても怒らないと約束したまでです。挑戦は強要します」
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